002

 そんな、何の指針もない生活を悠々と続けていたわけなんだけど、存外退屈することもなく季節は巡るものでね。


 世界はあっという間に、夏の終わりに差し掛かったんだ。


 外が暑いのもあってずっと引きこもってばかりの生活を続けていたんだけどさ。


 ノスタルジックに説明するなら、そう。一夏かけてかけられた、夏休みへの名残惜しさの刷り込みってやつだろう。


 いつだってどうしてか夏の終わりというのは、どうも夏が恋しくなるものでさ。


 ぼくは、柄にもなく海を見に行こう、なんて思ったんだ。


 ずっと、使わずに横目に見てきた、無人で走り続ける電車ってやつに乗ってね。


 どうせだから、うんと遠い海にしよう。ずっとずっと、遠くの、とても綺麗な海にしよう。


 もうぼくはまるっきり、小説や、ドラマであるような逃避行の気分だった。


 図書館や本屋で、いろいろな旅行雑誌を眺めてみるのもそれはそれで素晴らしい時間だとは思ったんだけどさ。如何せん引きこもりのぼくにはそこまでするのはどうにもめんどくさく感じてね。


 いくつかのキーワードをGoogleに打ち込んで、出てきた海の中からひとつの海に決めた。


 いろいろと悩んではみたものの、結局は画像検索で出てきた画像の中からピンときた海に目星をつけることにしたんだ。


 我ながら、めんどくさがりのぼくにぴったりの決め方だと思ったよ。


 時刻表や乗り換えは、検索すればすぐに出てきた。


 そういえば、インターネットも例に漏れず、世界と共に勝手に回り続けるものらしい。


 世界は存外、ぼくたちが思ってるよりもずっと、人類がいなくたって普通に明日を迎えるのかもしれないな。


 ◆


 数年前から使っているiPod classicに、TSUTAYAから持ってきた様々なジャンルのCDを数枚落とし込みつつ、いくつかの荷物を整えた。


 荷物を整える、なんていったって誰もいやしないこの世界じゃ宿も食事もどうとでもなるもんだから、スマートフォンとipod以外には、小銭をいくつか持ってくるくらいだったな。


 でも小銭は自動販売機で使えるからね。持っておくと、便利なんだ。


 そうそう。自動販売機といえば、最近の話してくれる自動販売機ってのは実にいいね。


 誰もいない世界で唯一、ぼくを認識して話しかけてくれる存在がそいつだった。


  人間が溢れていた頃と比べて、世間からの扱いに大きな差があるのか、と問われるとそれはそれで別問題なわけだけど。


 ぼくはそれらを持って、なんとなしにイヤホンからブルーノマーズを垂れ流しながら家を出た。


 選曲に特に理由はないよ。なんせ、聴いたばかりの曲でしかないわけだし。


 あえて言うなら、そう。


 旅行やドライブのときには洋楽を聴こうって決めてたんだ。


 それだけさ。


 ◆


 イヤホンをしてきたのはいいものの、そいつがお役ごめんとなるのも、すぐのことだった。


 というのも、ぼくは電車に揺られるのがとても好きでね。


 がたごととうるさく感じるような電車の走行音も、どこか小気味よく聞こえるものだから、電車に乗るときってのはあまり音楽を聴かないんだよ。


 しかし、そんな人間はどうも偏屈というか、変わった人種であるらしい。


 いつもいつも周りを見てみると、みんなイヤホンやヘッドホンで世界を塞ぎこんでいるものだから、もったいないな、なんて思っていたな。


 ぼくからしたら、そんなありふれた人達が変わっていると思うんだけどね。


 本当に、もったいない。


 まぁ、ぼくが言えた義理じゃないけどさ。


 ◆


 数時間も揺られているとそんな電車の音にもどこかで飽きが来るんじゃないか、なんて思っていたんだけど、思ったよりずっと退屈することなく、最初の乗り換え駅に到着することになった。


 どうやら、ぼくはぼくが思っている以上に飽きっぽくはないらしい。


 さて、この電車の乗り換えを持って、ぼくのこれまでの固定観念がひとつ、ひっくり返ることになる。


 聞き慣れたような、久しぶりに聴くような駅メロをかき鳴らす駅のホームに足を下ろして、駅を一望した、そのときだった。


 ほんとに擦りはしなかったけど、思わず目を擦りたくなるような光景だったな。


 その駅の腰掛けに、ひとりの少女が座っていたんだ。

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