第14話 カナン再構築
放課後になって、わたしと隆さんは二日ぶりに部活動に顔を出した。物理部での活動は、この時期はあまり盛んな時期ではなくて、四時過ぎになると、自由解散になった。校門には、まだ取材陣やカメラマンの姿が見えた。わたしが出てくるのを待ってるのね。
「なんとかしなきゃな、あれ」
三階の物理室の窓から校門を見ていたわたしの横に、隆がやってきて言った。
「わたし、塀を越えて帰るわ。用務員さんにおねがいしてハシゴを使わせてもらうの」
「円盤で飛んで帰る、とか言い出さなくて安心したよ」
「言うわけないでしょ」
冗談で和んだと思ったら、隆は真顔になった。
「今日、阿久根との約束って、ほんとに危険じゃないのか?」
わたしは、彼の目を見ていられず、校門の方を向き直って言った。
「……うん」
隆がため息をついた。
「わかりやすいヤツだな、きみは」
よく、言われます、それ。嘘だってばれちゃったのかしら。
任務が一番。だから今回は自分の安全が一番。隆をマークし続けるのこそが任務。忘れちゃだめよ、恵。
隆は先に校門から帰り、わたしは用務員さんにお願いして、門がない東側の塀にハシゴで上って裏道へ出してもらった。
わざと遠回りをして、家についたころには5時近くになっていた。
夕日に赤く染まりはじめた洋館の、バラ園に入ると、玄関の前の石段に女子高生が座っているのが見えた。
うちの高校の制服だ。わたしにそっくりな……カナンさん。
まだ五時には十分くらいあったけど。彼女はそこに座って待っていた。多分、立っていると外から見えてしまうから座っていたのだろう。
CGだからって、じっとしているわけではなく、まるで本当に生きている少女が待っているようだった。ときおり、あたりをゆっくりと見回すしぐさをしたり、手を花の方にかざして物憂げに小首をかしげてみたり、風もないのに、髪をなびかせてみたり。
「カナンさん、待っててくれたの?」
呼びかけたが、返事がない。それどころか、まったく無視してるみたいに変化もない。さっきまでと同じように動いている。
一瞬、罠?! と思ってドキッとしたけど、それは軍人の悪い癖で、警戒のしすぎだと、おちついて観察した。故障かしら、まるでこちらが見えないような。
と、そのときやっと気がついた。ここには彼女が操れるカメラがないのだ。だから彼女からはわたしが見えていない。
わたしは、自分の左手の中指の腹を自分に向けて、コマンドワードを唱えた。
「カメラ起動。ウェブに接続。隆のパソコンのMACアドレスで、デバイス名『メグミ』で登録」
体内に埋め込まれたいろんな仕掛けのチップについては、隊長の場合は魔法っぽい起動コマンドで登録しているけれど、わたしは単純にコマンドワード登録している。
今、ネット上では、あたかも隆のパソコンのウェブカメラを、わたしが左手で持って、自画撮りしているように公開されているはずだ。そして隆のパソコンはKプランに参加しているから、カナンさんも気がつくはずだ。
案の定、カナンさんのCGの焦点が、わたしの顔にぴったり合った。
「おかえりなさい、恵さん」
「ただいま。待っててくれたの? いつから?」
「放課後って言ってたから三時二十五分から来てたの」
「あっ! そうか、ごめんなさい! わたし、五時からって言ったんだけど、カメラを向いていなかったのね、あのとき」
「ううん、いいの。わたしがダメなのよね。相手に見えている眼とは別の向きから相手を見たりしてるから。でも、それも今日までなのよねぇ!?」
「ええ、そうよ。さあ、中に入って」
このときは、彼女が玄関前に座っていた一時間二十分ほどの間に、誰かが訪ねてきて、彼女をわたしと勘違いしたかもしれないなんて考えもしなかった。
玄関ホールに入ると、わたしはさっそく作業に入った。隊長のコマンドソーサーを呼び出して、座って、操作する。
「まず、指のカメラを使わなくても会話できるようにしましょう。地球のカメラとマイクをコピーして、と」
マイクをひとつと、カメラを四方にひとつづつコピーして出現させ、ウェブに接続する。だれかに侵入されて、ビレキア星の装備とかを見られちゃいけないから、ガードをかけておき、カナンさんだけにパスワードを教えて接続してもらう。
「これで普通に話せるわね」
どの方角をわたしが向いても、わたしの顔はどれかのカメラに映っているし、マイクで音も拾えるから、昼のように聞き逃しは起きないはず。
「ええ。快適よ」
「じゃあ、これから、あなたの画像の眼と耳の位置で映像と音を捉える機能と、力場を利用して、離れた場所にフィールドを発生させてCGの映像とシンクロさせて物に触ったようにできる機能をつけるわ」
カナンさんは、クリスマスの贈り物をもらう子供のように期待のまなざしでわたしをみつめて頷いた。もちろん、地球でクリスマスを迎えたことがないわたしは、そういう子供の表情を生で見たことはないけれど、画像は知ってる。今のカナンさんはそういう感じ。すぐにでもプレゼントを開けて中を見たいって表情。
「あなたが今、CG投影に使っている車載のパソコンじゃ無理なの」
わたしは、ビレキアのCG投射機を取り出した。それは、十円玉ほどのサイズのパックで、その機能は、昼休みにカナンさんが望んだすべての機能を網羅した上、さらにたくさんの機能を備えている。でも、これをそのまま地球のネットに接続したら、宇宙人が地上にいるとバラしているようなものになってしまう。
「まず、このCG投射機をスキャンしてコピー。そして、機能をCG投射、音声発生の基本機能以外は、遠隔モニターとフィールド発生に限定して、その他を削除。現在のカナンさんの投影機が持つ機能は残して、投影可能距離は十キロ以内に広げるわ。そして、さらに、それを実現するための機械の部品を地球で現在存在する部品に置き換えて構成する、と」
なんとか、可能ね。しかし問題があった。
「だめね、サイズが大きすぎだわ。東京ドーム一個分ってやつね」
すこし、近未来技術を混ぜないとだめみたい。省スペースの効果が高い部分に絞って置き換える。
「フィールド発生装置と、遠隔同期システムを、地球っぽく開発したものに置き換えて、その部品を、現在の地球のメーカーが作った試作機としてネットを通じて登録、と。よし、これで再構成すると」
かなり小さくなった。地球の最先端技術を結集したような研究所ならば、ひょっとしたら、開発に成功しててもおかしくないかも、という技術。
「マイクロバスのサイズでは無理だけど、路線バスサイズになら、なんとか投影機が収まるわ!」
パチパチパチと、カナンさんが手をたたく。ちゃんと音をさせるところが彼女らしくて、わたしも笑顔になってしまう。彼女は、可能なかぎり本物の人間がやっているように振舞っている。本当に人間にあこがれているんだと思う。
「その路線バスを実物として合成。今使用しているマイクロバスと置き換えて、乗ってるマネージャーさんやオペレータさんの記憶を操作。そして機械の操作方法を催眠学習させて」
「あ、だめよ! マネージャーさんは大型免許を持ってないわ」
「じゃ、マネージャーさんの催眠学習に大型免許取得を追加。免許データーを書き換えて、と」
「ウフフ。免許証は?」
「偽造するから、隙を見て入れ換えちゃって。あなたはそれを持っていけるようになるんだから」
(ワ~ォ)とカナンさんが両手を合わせて指を組んで、叫ぶまねをする。やっぱり、クリスマスプレゼントをもらう子供ね。
「準備完了! じゃあ、この設定で、実行!」
カナンさんは、手をあわせたままひざまづいて眼を閉じた。礼拝堂で祈りをささげる乙女のように。
カナンさんの身体が、輝いて更新されていく。足元から次第に光が上っていき、頭の先まで光ったあと、頭上で更新の輝きが輪を作った。天使の輪だ。白く輝くカナンさんは、まるで天使のよう。
光が次第に治まり、頭上の天使の輪も消える。
「さあ、ゆっくりと眼を開いてみて」
カナンさんの瞼がゆっくりと開いた。彼女は、瞳孔が動いて明るさを調整しているような演出を忘れなかった。
「見える! 見えるわ! 恵さんの顔がアップで見える。うわあ、いろいろ調整がたいへんね。ゆれとかゆがみとか。人間の脳ってこんなことしてるのね」
「はい、免許証」
マネージャーの新しい免許証を作って、彼女に差し出すと、カナンさんはおそるおそるそれを指でつまんで受取った。そうして、裏と表をくるくる交互に眺めている。
「持ってる。わたし、現実の物をはじめて持ってる!」
「あらあら、そうしてると本物の双子みたいね」
二階からエリカさんが声をかけるまで、わたしたちは、ふたりで免許証をまわしては微笑み合っていた。エリカさんがゆっくり階段を下りてくる。
「あ、エリカさんですね。朝お会いしたけど、ご挨拶ははじめてね。はじめまして、カナンです」
「さっきはびっくりしたわよ、恵がまた落ち込んでるのかと思ってこっちが話してるのに、ぼーっと玄関の前に座り込んだままで」
「ごめんなさい。わたし、そのときはまだ、何も見えてなくて、恵さんを待っていたんです」
「今はよく見えてるみたいね。あ、そういえばさっき、阿久根さんも来てたわね。カナンさんに向かって何か話して帰っちゃったけど」
「え?!」
訊き返したのはわたし。だって、阿久根さんとの約束は六時だったもの。まだ四十分くらい先。
悪い予感がする。
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