スクールデイズ・デッドオアアライブ

クロロニー

プロローグ 少年と少女の語られざる過去

 少女と少年は暗い路地を並んで歩いていた。ついさっきまでは葉の一枚一枚が鮮明に揺らいでいた木々も、いつの間にか不気味なシルエットのオブジェに様変わりしている。2人は僅かに歩調を速め、家に向かって歩みを進める。帰宅が遅くなったことへの言い訳を、いくつも頭に思い浮かべながら。しかし進めど進めど、見慣れた道に中々辿り着かない。街灯は輝度を増し、それに比して闇夜は深まるばかり。時折背後から響く荒々しい足音に2人は身を震わせた。そしてその度におっかなびっくり振り返り、足音の主が襲ってこないか確認するのを忘れなかった。


 周りの6年生よりは多少早熟だったとは言え、まだまだ子供なのだ。幽霊だって怖いし、不審者だって怖い。それに、近頃物騒な事件も増えている。人生経験の少ない小学生に判断できる安全なんてたかが知れてる。些細なことでも、警戒するのは当然のことだった。


 あと2筋歩けばいつもの大通りに出るというところで、少女が少年に囁いた。


「ねえねえ。後ろのあのおじさん、さっきからずっとこっちを見てるよ」

「……怖いの?」


 少女は横目で中年男性を見つめると、こくりと頷いた。それから「ケンジは怖くないの?」と呟いた。少年は同じように中年男性を盗み見るとユキの背中を軽く叩いた。


「大丈夫だよ、ユキ。足はあるし、オバケじゃない」

「ケンジはオバケが怖いの?」

「……うん。実は」

「わたしはオバケよりも人間の方が怖いかな。何考えてるかわからないし、平気で他人を殺しちゃうような頭のおかしい人かもしれないと思うと……」

「人間だったらやっつけるさ。……ユキのことは絶対に守るから、だから大丈夫」

「……じゃあ、わたしはオバケが出てきたら退治してあげる」


 少年と少女は互いを勇気づけるように、ニッと笑うと背後の男を警戒しながら足音を立てずに歩いた。だからなのだろう。2人はすぐ前で黒塗りの車が止まったことに意識を向けることが出来なかった。


 車はライトを点けていなかった。車内ライトさえ。助手席と後部座席のドアが開き、そこから大学生ぐらいの外国人が2人降りた時も、少年と少女は後ろの中年男性を警戒し続けていた。


 男達の手際は鮮やかだった。筋肉質の男が、後ろを振り向いていた少女の髪と右腕を素早く掴み思い切り引っ張ると、腹の出た男が両足を掬いあげる。そして少女が悲鳴を上げる間もなく、即座に後部座席へ運び込んだ。


「ユキっ!」


 少年はそう叫びながら閉ざされるドアの隙間に身体を滑り込ませ、車内に飛びこんだ。


 少年はあくまでも冷静だった。遮二無二暴れ出したい気持ちを抑え、大人しく男達に取り押さえられることを選んだ。動き出した車で暴れて万が一にも事故を起こせば、無事に帰れなくなるから。


「……怖い。これからどうなっちゃうんだろう」

「大丈夫、絶対大丈夫だから」


 怯えた少女を勇気づける少年の姿を見て、筋肉質の男は腹いせに少年の顔を殴りつけた。それでも少年は冷静だった。静かな怒りを、はらの底に溜めこみ続けた。そして2人を乗せた黒塗りの車は、県境の山奥を目指して走り出した。


 翌朝、2人は隣県の山の麓で発見され、無事に保護されることになる。

 

 2人には特に変わったところがなく、周囲の人間は「何事もなくて良かった」と胸を撫で下ろした。誰も2人に何が起こったかは知らなかったし、2人とも何も言わなかったため特に追及されることもなかった。中には神隠しだと騒ぐ人間や、家出と決めつけて説教をする人間もいたが、それはごく少数の話だった。彼らの親や友達、友達の親達はただただ変わりのないことに安堵したのだった。

 

 しかしそれは見かけだけのことだった。少女の中では何かが確実に変わったのだった。そして、その日以来心の底から笑うことがなくなった。


 これは少女が本当の笑顔を取り戻す物語だ。

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