第16話やがて収束する

 10人乗ってもまだ余裕があるヘリコプターの室内―――それは乗り物と言うよりも、部屋のようなものだった。

 軽量そうな材質の、黒い壁。

 室内はニュースだろうか―――ラジオの音声がずっと響き渡っていて、プロペラ音はあまり聞こえない。

 チェコの政治情勢がどうだとかという話だったが、ヘリコプターに夢中な臼田がうるさくて、聞き取れなかった。

 うおーすげーとかいうのやめろ、臼田。


「す、すげえ………これ、本物?」


「乗って飛べるんだから本物よ………軍からの払い下げではないわ、企業でお偉いさんが使うことがあるものよ」


「いや、疑ってはいないんだが………」


 しかし枯木よ、そして青スカーフの男よ。

 ヘリコプターを呼べる知り合いがいるとは驚きだ。

 どういうコネクションだよ、そしてお前ら本当に高校生かよ。

 半藤と臼田は、後で助けるらしい。

「人数制限というモノがあってね」


「いいや、それは―――イイんですけれど。

 ヘリコプターの乗り心地、浮遊感や振動はあまり感じない。

 窓から見える、校舎が小さくなっていく様子の方が気になる。


「さあて―――この事件はやがて収束する。それでよし―――だ。ある程度離れたところにショッピングセンターの跡地がある。駐車場が丁度いい具合に空いているから、そこに降ろすよ」


 青スカーフは言った。

「………ん、これかい?首元を隠そうと思ってね。防御………とも言いづらいつたないものだけど、無いよりマシさ。肌を見せていると、感染者にとって都合がいい、狙われやすいんだ」


 そう言って息をつく。

 笑顔ではないが、彼も危機を脱して安心したのか、微笑んでいる―――という印象を受けた。


「現場は、あの学校だ………そこから外には、出ていないらしい。どうやら検問は厳しい―――」


 それを最後に、しばらくは外の景色を眺めた。


 枯木と青スカーフは無言だった。

 臼田は窓の外の景色を、焦点の合ってないような目で見ている。

 やっと一息つける安全地帯と言うこともあり、半藤もそんな様子だ。

 秋里さん―――は、終始おとなしかったが、いやしかし、今日は大人し過ぎる気もした。

 彼女は、そういえば今日は喋っただろうか。


 こんな事件の時に喋れ、というのも変だが………何か………。

 ただ単に、俺が彼女の声を聴きたいだけなのだろうか。

 何か、声をかけるべきだろうか。

 俺ごときがクラスのマドンナに声をかけてもいい、話題となると………。


「あ、秋里さん」


 彼女がびくりと、震えた。

 俺は面食らう。


「なに」


 素早くささやくような声。


「あ、いや―――怪我けが、無いかなって。心配しただけなんだけど………」


 俺は何か悪いことをしたような気になったが、枯木が素早く、無いわと断言した。

 怪我がないのならよいのだけれど---。


「私が守るから」


 そう、付け足したのが気になった。

 ………まあ枯木も女子だし、女子優先で守ることになるのも、おかしくない。

 自然な話だ。


「あのう―――これで、俺たち帰れるんですか?本当に?」


「大丈夫よ」


 町の風景を、窺う。

 夕暮れがまぶしくて、町の様子は細部までわからない。


「景色を見ているの?」


 枯木は言う。


「騒ぎは学校内だけのようだわ」


「………そう、か」


 臼田が、青スカーフの男に向き直った。


「あの、お名前は―――?」


 臼田が訪ねる、

青樫あおがしだ。今日は災難だったね。君達。」


「………気になることがあるんですが、ずっと三階にいたんですか?」


 青樫さんは無表情で黙る。


「………ああ、そうだね。三階からは出ていないよ、僕は」


「じゃ、じゃあ―――音楽室について、知っていますか?変な音がしたんですけれど」


 言われて、思い出した。

 だが今更どうしようもないことではないか。

 かち、かちと変な音がしたのだったっけ。

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