黎明

上羽理瀬

序章

月灯りの下、終焉を迎えて

 もう、自分には二度と朝はやって来ない。この暗闇の中、静かに終わって行くのだろう。だから、今日は最後の空をこの目に焼き付けておこうとこの場所へ来たんだ。


 もうじき、夜が終わろうとしている。これまでの酷く長い暗闇から、やっと解放されるときが来た。


 お願いだ。自分のことなど、どうか忘れて欲しい。


 ひとりはビルの屋上で、ひとりは波打ち際で。お互い、仲間であり敵であった。助け合って疑い合った。


 その手に掲げるのは、決意と覚悟の表れ。朝陽に照らされて堂々としたその姿を剥き出し、月夜に照らされて漆黒が深く染まった。


 たくさんの命を奪ったそれは、待っていたかのようにこちらを向く。この数年の罪の重みがのし掛かる。そして、もうじきその役目を果たそうとしていた。


「……お前は、どうしてそれを手にしようと思った」


 いつだったか、ひと仕事終えた後にそう問い掛けたことがあった。


 足下には、今しがた争っていた相手が幾人も転がり、僅かに硝煙の匂いと血生臭さが鼻をつく。


 そんな中、彼は口を噤みしばし無言で考える。なんて答えるのだろう。今、自分の頭の中に予想している言葉が返って来るのだろうか。


 やがて、手にしているそれから視線を外し、自らの頭に向けた。漆黒の髪から覗く生気のない眼でこちらを向いて、彼は口を開いた。


「……因果応報」


 それは、予想もしていなかった答えで、とても単純で、まるで少し先の未来を見ているかのようだった。


「やられたらやり返すし、そしたらまたやり返される。俺はその報いが大き過ぎるから。だから、この狂った頭を吹き飛ばさないと。出来るだけ、早く」


 やがてその扉を開けて、やがて暗闇を抜けて。全てを葬りに君はやって来る。


***


 偽りという名の観客の前で、絶望という名の舞台に立つ。重い緞帳が、ぎしぎしと音を立てて上がりはじめた。


 さあ、反逆劇の始まりだ。

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