21 危険でキケンなデート

「おおっ、やっぱり広いですね吾妻さん! 久しぶりに来ました!」

 テンション高く俺の4歩先を駆け足で進む蜜ちゃん。


「この辺りじゃ一番大きいからね」


 電車とバスを乗り継いで40分ほど。シネコンとフットサルコートを併設したショッピングモールに着いた。


 雲は待ち合わせのときより大きくなり、ほぼ入道雲。あとはセミの鳴き声が加われば、夏の出来あがり。


「あ、ポスター出てますよ!」


 自動ドアを入ると「ノー・リデンプション5 本日上映開始」と書かれたポスターが1枚貼り出されていた。上映開始日が被っていたらしく、他のポスターは全て大ヒットファンタジーの続編モノ。


「あー、やっぱり扱い小さいですね」

 これだって面白いのにー、と頬をプクッと膨らませる蜜ちゃん。


「まっ、みんながこぞって持て囃すのもイヤですけどね」

「そうそう、ファンがいっぱい増えるのも何かイヤだよ。『ノー・リデンプションが好きです』って言ったらミーハーだと思われる、みたいな」

「うわっ、それ辛いですね」


 2人でクスクス笑う。同じ作品、しかもマイナーな作品が好きというのは、やっぱりそれだけで十分親近感が湧くものだった。


「よし、もう劇場に入れますね」

「蜜ちゃん、ポップコーン食べる?」

「ホントですか! じゃあごちそうになります!」


 小さいフラワーベースくらいのサイズのポップコーンとメロンソーダ2つを持って、5番シアターに入った。


「えっと、俺達の席はL列の――」

 客席に目を遣り、しばし黙り込んでから何事もなかったかのように歩き出す。


「やっぱり家でDVD見るのと違いますね。うわあ、照明落ちてないのに結構暗いなあ」


 良かった、暗いって言ってもらえて。

 今ガサガサと動いた変なモノを発見しないで済む。


「うん、良い席だね」


 見渡すフリをしてサッと斜め後ろを振り向くと、2列後ろの10席くらい右側に見慣れた背丈の2人。

 どちらもサングラスにマスクという、大いなる目立ちだがりの出で立ち。

 お前ら、どう頭使ってその変装スタイルに落ち着いたんだよ……。


 溜息を掻き消すように、上映開始を告げるブザーが鳴る。



 …………おおっ、今回のはなかなかホラーチックだな。ゾンビまで出てくるとは。


 でもチープな展開になってなくて良い感じ。エイベルとフィオナの距離も縮まってるし、新展開も期待できそうだ。


 ………………うおっ、ビビった! ゾンビ怖ええ!



 ギュッ



 ん、何だ? 右の二の腕が温かい。

 理解が追い付かない頭で目線を移すと、蜜ちゃんが腕を掴んでいる。


「わっ」

 ビクッと揺れながら空気だけの声を漏らすと、彼女は顔を近づけた。


「ご、ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって」

「あ、うん、いや、だ、大丈夫」


 落ち着け、落ち着け。これも魔法の3点セットの1つか、1つなのか。「手が触れる」の上位互換バージョンか!


 いやいや、意識してどうする。相手は中学生なんだぞ。照れずに――



 ギュッ



 痛てててててててててて! 痛い痛い痛い、痛いって!

 首の後ろに激痛が走り、思わず振り返る。

 陽が親の敵の如く力を入れ、両手の爪を首に立てていた。

 蜜ちゃんにバレないよう、顔を近づけてくる。


「イチゴ、お前もこの映画みたいに希望のない世界に行きたいか」

 怖すぎるだろ! いつの間に移動してたんだよ!


「いや、今のは俺のせいじゃ――」

「オレはいつでも見てるからな」


 言い残して忍びのようにスススッと戻り、朱夏の隣に座る。

 俺の視線に気がついた朱夏は、マスクを外してアッカンベーをした。


 いやあ、こんなにスリリングな「ノー・リデンプション」の観賞は初めてです。




***




「面白かったですね! 私、ラストシーン結構感動しちゃいました」

「うん、面白かった! 6もやるかな?」

「絶対やりますよ! 4の真犯人の伏線が回収できてませんもん」


 あっという間の2時間。ご無沙汰の日光に目を細めながら、レストランエリアに向かう。


「吾妻さん、お昼何食べます?」

「よし、ちょっと一緒に探してみるか」


 マスク&サングラス姿、怪しすぎて逆に怪しまれない連中の気配をうっすら感じながら、エリア案内マップを並んで眺める。


「蜜ちゃん、どれ食べたい?」

「うーん、パスタがいいです!」


 ああ、ホントにデートみたいだ。そりゃあ久瀬さんと来たかったけど、最近蜜ちゃんとも会ってなかったし、楽しいからいいのだ!



「私、途中までラスが犯人だと思ってました。冷静に考えると1と似た手法でしたね」

「ここで1をセルフオマージュするあたり、演出巧いよね」

「っていうか、4に比べてCG大分スゴくなってましたよね!」

「思った! ゾンビが溶けながら迫ってくるシーンはヤバかったよ」

 パスタが来るまで映画談議。やっぱり知ってる人と話すと会話が弾むなあ。


「あーでも今回もフィオナ達の進展は無しでしたね。カップルとしての2人の活躍も見たい気がしますけど」

「まあ、男女の親友だからこそ出来る絆っていうのもあるかもよ。『戦友』って感じでさ」


「吾妻さんは男女の友情はあると思ってるタイプですか」

「うーん、朱夏とかそれに近いかもしれないなあ」


 そうなんですねー、と深くウンウン頷く。なんか恋愛トークっぽくなってきたな。


「ちょっと話変わりますけど、例えば、例えばですよ。これまであんまり親しくなかった人から好きだって言われたら、吾妻さん全く脈ナシのタイプですか? それとも、友達から始めて、考えてみようってタイプですか?」

「んん、どうだろう、それまでの関係性にもよるけど、始めから全く無しってことはないんじゃないかなあ……親しくなかったって、例えばどんな感じ?」


 その質問に、彼女は座ったままジャンプするように揺れて、動揺する。


「え、あ、えっと、その……例えば……私が友達の弟から好きだって言われる、とか」

「ああ、なるほどね、俺だったら友達の姉妹か。まあ多分もともとその人のこと意識はしてないと思うけど、その友達との関係が悪くならないなら、一回ちゃんと考えてみようとは思うけどなあ」

「そ、そうですか! 良かったあ」


 安心したように脱力して、ジンジャーエールを一気にストローで啜る。

 へえ、なんか近い出来事があったのかな?



「あ、来ましたよ」

 嬉しそうに手をギュッと握る彼女と俺の前に、ボリューミーな皿が置かれた。

 うん、メニューの写真より美味しそうかも。


「すごい! 生パスタがもちもちだ!」

 黒豚とナスの和風パスタをニコニコしながら食べる。


 よっぽど美味しかったのか、リネンシャツと前髪を揺らして興奮する。うーん、さすがに中学3年生だと胸も発達段階か……でも朱夏はこのくらいの年の時には……と、ダメダメ、自重しないとどこかで俺を見張ってるヤツに刺される。



「お、こっちも美味しい」

「それ、何でしたっけ?」

「渡り蟹のクリームソースパスタ」

「ホントだ、いい香り!」

「ちょっと食べてみる?」

「わっ、ありがとうございます。こっちもどうぞ」


 フォークで巻いて、俺の口元まで腕を伸ばす蜜ちゃん。


 何の違和感も覚えず、和風パスタを口に入れてから、気がついて「おわっ」と息を吸い込んだ。


「ご、ごごごごめん! これは、その、アレだな、うん」



 アレとは、世間一般で言うところの「あーん」である!


 そして、今回かけた魔法3点セットの2つ目、間接キスである!


 そして、不器用にもそれを口に出してしまったことで、彼女にも意識させることになってしまっている!

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