第七話:俺は社会人になったら酒の誘いは『髪さんが待ってますんで』と断ろうと思う。

 前編:誰がために髪はある。

「鷲頭君の親戚って、みんな同じような頭をしてるの?」


 鶴見のひと言に俺たち10人ほどを乗せたバス車内の一角は、他の乗客の迷惑にならない程度に大きな笑いに包まれていた。


「お前な。俺だからいいが、他の奴にそんな質問してみろ。心に大きな傷を受けて不登校になるか、うらみはらさでおくべきかだぞ」


 俺は背後にメラメラと恨みの炎を纏うようなつもりで鶴見に反論する。


「だって、鷲頭君が急に ”今日はみんな怪我しないようにな、俺は既に毛がないけど ”なんて変な自虐ネタを披露するからじゃん」


 鶴見は腹を抱えながら笑っているが、俺は別に自虐のつもりはない。

 今日一日の楽しいひと時をより弾ませようと個性を発揮したまでだ。


「まあいい。先日、親父方の親戚の葬儀に行ってきたんだが、相変わらず男連中は全員が見事にハゲていた。一瞬、誰が坊さんか分からなかったぐらいだ」


 その一言にまたもや全員が笑う。

 ただし鷹山だけは口を押さえながら小さく笑うだけだ。やはり自分の頭のこともあるので無理して合わせているのだろうか?


「それと前から思ったんだけど、鷲巣君って昔の漫画とかアニメのネタに詳しいよね?」


 鶴見は続けて質問する。お前はこの道中、俺だけを話題にするつもりか。


「そこは親父の影響が大きい。親父は体を鍛えるのが生きがいの脳筋野郎だが、オタク趣味な一面を持っていてな。幼い頃からネタを披露する度に元ネタを教えられたもんだ」


 実は親父は三人兄弟であり、先日の葬儀のあとも辛気臭い雰囲気を吹き飛ばそうと、酒を飲みながら赤ハゲ、青ハゲ、白ハゲなる忍者アニメのキャラ真似を披露して笑いを取っていた。


 だが、これ以上は鶴見が調子づくだけなので言わないでおこう。

 そう思いながら俺たちを乗せたバスは、ユニバース・ワールドへと向かう。


    ◆


「凄い人だかりだな」


 俺以外の全員も同じことを思っているだろう。

 ユニバース・ワールド(通称ユニバ)。それは来場者を夢と興奮の世界へと導き、海外の映画やアニメなどの世界を体験できる総合テーマパーク。


 オープンわずか一ヶ月足らずで来場者は100万人に達する勢いらしく、今、日本でも最も注目を集めている観光地だ。


 地元からバスで揺られること2時間。ユニバへとやって来た俺たちは、その山あいに現れた異世界とも言うべき広大な敷地、そしてそれを埋め尽くさんばかりの人の波に驚きを隠せない。


「みんなはどこから行くんだ?俺たちはまず、ジュラシック・パンクから行こうと思うんだが」

「え?最初はバック・トゥ・ザ・フューチャリングでしょ?」


 皆に声をかける今回のスポンサーである、演劇部部長の剣先輩。しかし、その意見に副部長の蛇臣先輩が反対の声をあげる。


「何を言ってるんだ。まずは恐竜映画の世界を見て気持ちを高めてだな…」

「それより、先に時代を行き来する近代SFドラマの大作で役作りを…」


 あの二人、本当に付き合っているのだろうか?クラブ活動紹介の告白劇以来、関係は変化してないように思えるが。


「まあ、先輩たちはお二人で仲良くごゆっくり。さあ、みんな行こうか」


 まるで指揮をとるように演劇部の鉄砲玉こと鶴見は他の奴らを後押しする。

 確かに全員で遊びに来たとは言え、二人だけの時間を楽しんでもらいたいのは俺も同じだ。

 

 俺たちは先輩たちとは別行動でユニバを楽しむことにした。


   ◆


 午前に幾つものアトラクションを回った俺たちは、フードコートスペースで食事をしながら休憩をとっていた。


 剣先輩の計らいであるエクスプレスVIPパスのおかげで、どれも待ち時間の少ない優待列から乗れるのでストレスなく楽しめている。


 思えば俺が遊園地などがあまり好きではない理由は、陽射しや紫外線なんかよりも待ち時間のイライラなのかもしれない。今はとても楽しい気分だ。


「それにしても鷹山さん、いきなりレジャーシート出したのには驚いたよね」

「そうそう。”どこでお弁当食べましょうか?"って、ウケるよね」


 一緒に来ている女子たちが楽しげに話す。それを聞いた鷹山は少し恥ずかしそうにしている。


 俺も少し驚いたが、鷹山はこういう場所は初めてなので、ピクニック感覚だったのだろう。現にリュックに弁当まで持参していたのだから。


「でも今日の鷹山さんって、いつもより生き生きしてるよね」

「学校とはまるで別人みたいだな」


 メンバーたちは皆、普段とは違う鷹山にいつも以上に興味を示す。

 確かに今日の鷹山はいつもと雰囲気がガラリと違って見える。


 薄水色のスカートに白のシャツ姿、そのフェミニンな雰囲気のコーデは、いかにも普通の女子高生だ。俺はてっきり和服姿で来るのではないかと心配した。


「そのも凄く可愛いよね」

「そうですか?実は私もとても気に入っているのです」


 そう言いながら、笑顔でその場でくるりとステップを踏んで軽く回る鷹山。

 その羽の生えた天使と錯覚するような可憐な姿と動きに誰もが心を奪われるなか、俺だけは「オイ、ヤメロ」と真顔になる。


 鷹山が身に付けているカチューシャは、もちろん俺の特製だ。

 前身であるアゴ紐ティアラと同じく、鷹山の表情が変化しないように横からの圧力は最小限に抑えてある。


 カチューシャの下側には髪留めとなるクリップのような仕掛けが幾重にも施されている。それに加えてカチューシャの両端付近から伸びる透明ゴム紐が首にしっかり掛かっていた。


 これのおかげで、これまでユニバ内のアトラクションはすべて危機に面することなく過ごしているが、油断大敵である 。


 人間、道具にばかり依存してはならない。それはしばらく前に経験済みだ。


「じゃあ、次はそろそろ美桂のお待ちかねのクローズ・コールに行こうか?」


 鶴見が楽しそうに提案する。それと同時に一瞬、緊張の反応を見せた鷹山を俺は見逃さなかった。


 それは、鷹山が本日ここを訪れた真の目的。課せられた修行と願いの儀式 ” 滝飛び込み ” という名のジェットコースターへの挑戦の時を示していた。


    ◆


 ー クローズ・コール ー

 全長1800m、高さ最高到達点80m、最高時速160km。国内最大にして世界でも第三位の規模を誇るジェットコースターだ。


 ちなみに名前の英語とその意味が【Close call:危機一髪】というのは、何とも皮肉ではなかろうか。


 俺たちメンバーの内、高所恐怖症な数人を除いた大半がこれに乗ろうと並んでいた。


 だが、優待列とは言えどユニバ内でもさらに指折りの人気のこのクローズ・コールは、少しばかり待ち時間を必要としていた。


 だが正直、少しばかり待たされる方が都合が良い。この間に俺と鷹山は軽く作戦会議というか確認事項を行っていた。


 とは言っても鷹山にできることは、コースターが走っている間は、頭を必死に押さえることぐらいだ。それよりも俺が気になるのはアレだ。


 順番待ちの人たちは皆、近くに掲げられた複数に分かれた大画面の液晶モニターに注目していた。


 そこにはコースターに乗る人々の叫び顔の様子が静止画で映し出されている。それは写真の販売サービスだった。


 コースターの最後を飾る直滑降コース近くの柱にはカメラが設置されており、その走行の様子が撮影されている。しばらくは履歴として残っており、気に入ったものがあれば印刷して販売してくれるというものだ。


 これが厄介であると同時に俺はどうしても不安が拭えなかった。

 まあ、鷹山の即頭部の圧迫による凶悪な形相が撮影されたとしても、ジェットコースターゆえ特に違和感はないだろう。


 しかし、万が一、カツラが風圧で浮いたりした瞬間が撮影されたら…。

 それはまさに公開処刑であり、鷹山自身がその場で自ら命を断ちかねない。


「なあ鷹山、やっぱりやめないか?」

「いえ、ここまで来たら私は覚悟を決めております…」


 自分でも多分、自信のない顔をしているだろう俺は、乗車の中止を軽く促すが、鷹山の顔は真剣そのものだった。


「どうしたんだよ美桂、そんな真面目な顔してさ。やっぱり怖いかもだけど別に死ぬわけじゃないんだから」


 そんな鷹山の様子に気が付いた鶴見が楽しそうに声をかける。

 いや、下手すれば死ぬかもしれないんだよ。


 俺たちは今、絶叫マシンという名の修行の場と決戦の死地へと向かおうとしていた。

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