後編:髪をも恐れぬ行為

 俺は芝居のことはよくわからないが、いわゆる芸術の世界というのは面倒な奴が多いと思っている。


 個人的な偏見ではあるが、漫画でも絵でも小説でも、文化人という奴の考え方は百人百様であり、皆それぞれ譲れないものを抱える偏屈者ではなかろうか。


「僕たちが演るのは学芸会じゃないんだ。オヤツの礼儀作法じゃあるまいし」

「ちょっと待ってよ。私の演技はお子ちゃまだって言うの!?」


「違う。今の年齢でしかできない挑戦。つまりは革新的であれということだ」

「何が革新的よ。あんたのは妙に背伸びしてるだけじゃないの!」


 部室の一角で言い争う二人の男女生徒。

 会話の雰囲気からして間違いなく演劇部だろう。互いの演技の方向性がすれ違っているようだ。


 しかし悪くないなこの熱気。一見ただの喧嘩のようだが、互いに理想を目指して情熱や演劇論をぶつけ合い、燃えているのが伝わる。


「2人とも3年生でね。男子の方は演劇部の部長で、剣 英道(つるぎ ひでみち )先輩。そんで、女子の方は副部長の蛇臣 古奈美(へびおみ こなみ)先輩」


 俺と鷹山の許へと歩き戻りながら、ツルピカこと鶴見は言う。


「あの二人、ああ見えて実は両想いなんだけどね。だけどよく衝突してるんだ」 


 なるほど。喧嘩するほど仲がいいってやつか。


「だが鶴見よ。その衝突の原因はお前の書いたシナリオにもあると思うぞ」


 俺は近くの机に置かれていた、今回のミュージカル用と思われる台本を手に持ちページを開いて見せる。


シーン6.

 B王子:待て、それは誤解だ! (ズババーンな感情で)


シーン25

 L王子:くっ・・・殺せ (スパッとパッとな勢いで)


「お前、本当に脚本と演出担当なのか?もう少し具体的な表現で書け」


 俺の指摘に鶴見は、自慢のオデコから一筋の汗を垂らしながら笑って誤魔化す。鷹山もそんな鶴見を見て楽しむように笑っていた。


「目下、修行中ってことでご勘弁を。でも今回のシナリオには自信あるんだ」


 鶴見は急に真面目な顔になる。


「それに、剣先輩は来月にはこの部から…いや、学校からいなくなるし」

「え?どういうことですか?初耳です…」


「実は剣先輩、本格的に演技の勉強するって来月にロンドンへ留学するんだ」

「そ、それじゃ…」


 つまり、今度のクラブ活動紹介で部員が入らなければ、演劇部は4人となって廃部、もしくは同好会に格下げってことか…。


「留学が決まって以来、古奈美さんもピリピリしててね。お互い余計に素直になれないって感じかな」


 俺はまだ未経験だが、好きな気持ちと照れが錯綜して、相手に意地悪な態度をとったりキツく当たるのはよく聞く話だ。


「だから、私は演劇部の凄いところを見せたい。有志の力を借りることにはなるけど、最高のミュージカルにしようと思う。誰も後悔しないね」


 俺と鷹山はしばし無言になる。


「二人とも辛気臭い顔してどうしたのさ。ほらほら、美桂はスマイル・スマイル。そんで鷲頭君は頭みたいにフラッシュ・フラッシュ」


 鶴見の強がりのような元気さとボケに俺は思わずツッコミすら忘れる。

 鷹山も少し気を落としている。


「部長が抜けるのは痛いけど、でもそれをバネにしていつかは部員みんなの力を合わせて演劇の全国大会を目指すつもりだよ」


 鶴見はフザケた性格ではあるが、演劇に対する気持ちは本物のようだ。鷹山も彼女のそういうところに魅力を感じているのだろう。俺も少しグッときた。


「ところで美桂。追加したラストシーンのダンス練習なんだけどさ」


 鶴見の言葉に俺と鷹山は思わず本心に返る。

 しまった。ここに来たからには練習があることを考えていなかった。


「美桂と踊る部員が今日は用事で席外してるの。悪いけど明日の昼休みに本番前の通し練習に付き合ってくれるかな?当日になっちゃうけど」

「え、あ、はい。いいですよ」

 

 危ないところだった。俺と鷹山は互いに分かるくらい一息をつく。


「まあ、踊りは相方が全面的にサポートしてくれるから大丈夫だよ。それに最後のターンは、少しくらいタイミングがズレても問題ないから」


 タイミングより、とんでもないものがズレるかもしれないがな。


「万が一、失敗したり転んでもウケて熱く盛り上がるのも有りだと思う。だから私と美桂にとっても良い思い出にしようね」


 転ぼうものなら、その場にいる全員が凍り付いて氷河期確定だ。

 最悪の場合、明日はドタキャンか急病ってことで学校を休むよう提言することも考えていたが、鷹山はもちろん、俺も鶴見の思いを裏切ることはできない。


 どうしたものか。このままでは八方塞がりだ。

 いや『八方塞がり』は陰陽道の言葉だ。尼さんである鷹山の場合は『進むも地獄、退くも地獄』の方が相応しいかもしれない。って、そういう問題ではない。


「練習、お疲れ様~」

「みんな~見て見て!出来たよ~!」


 どうやって光明が見出すか悩んでいたそのときだった。部室の扉が開くとともに複数の声がした。


 声のする方向を見ると、たくさんの衣装が掛けられた長いハンガーラックと、小道具らしき物が詰め込まれた箱を乗せた台車が小さな車輪を転がしながらこちらへと向かってきた。


 小道具や衣装の担当だろうか。部室にいた全員がそこへと集まる。そして衣装や小道具などを手に取りながら、賑わっていた。


「明日だけど、女子は全員これ付けてね」


 そう言いながら、小道具担当らしき一人が装飾品を取り出す。

 それは冠のような、だが薄くて網目状のようなプレートの形状をしたティアラだった。

 

「わぁ綺麗。とてもよく出来てますね」


 鷹山も嬉しいのかティアラを手に取る。そしてそれを頭に乗せて髪に掛ける。

 一瞬、ティアラの圧力で鷹山の表情が変化しないか恐れたが、どうやら髪の上から巧く引っ掛かっているようだ。ん?上から?


 ひとつ気になることが浮かんだ俺は、鷹山を部室内の少し離れたところへ呼ぶ。


「お前、頭周りの刺激に弱いって言っていたが、てっぺんはどうなんだ?」

「てっぺんですか?上からは…大丈夫かもしれません」


 俺は「ちょっとすまん」と言いながら、鷹山の頭に手を乗せて恐る恐る上から少し強めに押してみる。


 鷹山はキョトンとした表情で、俺の手を上目使いで眺めていた。

 俺は少しだけその様子にドキッとしたが、それを勝る発見に喜んだ。


「鷹山、いけるかもしれないぞ!」

「え?全国大会にですか?」


    ◆


 こうやって俺と鷹山が薄暮の空色の中を歩くのは、あの日以来、二度目だろうか。しばらく演劇部の練習やらを見学した後、俺たちは途中で学校の売店前で買ったジュースを飲みながら、校門へと向かっていた。


「今夜にでも用意しておく。明日の朝にでも微調整しよう」

「ありがとうございます。さすが鷲頭君です」


 俺の鞄には演劇部から拝借してきたティアラがあった。

 鶴見には、鷹山から「自宅で少しでも役作りの練習にしたいから貸してほしい」と頼んでもらった。


 俺は今夜、このティアラに少しばかり鷹山のカツラのズレ防止の加工を施すつもりだ。


 透明のゴムバンドなどで上からアゴ紐のように張力が掛かるようにすれば、かなりの効果が期待できそうだ。


「私、明日のミュージカルとても楽しみです。ミュージカルの音楽って今まであまり聴いたことがなかったから、とても新鮮です。」


 鷹山は嬉しそうな表情で空を見上げながら言う。


「俺もミュージカルの歌はあまり馴染みないな。ところで鷹山は、普段はどんな音楽を聴いてるんだ?」


 俺はふと思った。鷹山の家は平安時代から続く長い歴史の尼の家系だ。

 もしかしたら、お経ぐらいしか聴いたことないのではと勝手に予想する。それとも演歌だったり。案外、普通に流行のJーPOPに詳しいかもしれない。


「はい。普段はデスメタルを聴いています」

「ぶふぉお!!!」


 鼻と口から勢いよくジュースを噴出した俺は思わずその場に倒れ込みそうになった。


「だ、大丈夫ですか鷲頭君!」

「お前が変な冗談を言うからだろうが!」


「冗談なんてそんな」

「本当なのか…?」


「はい。私、家ではカツラを外して生活しています。やっぱり頭を自由に動かせるのが何より楽ですから」


 確かに、そんないつズレるかも分からんカツラを被っていたら、神経は使うし肩も凝るだろうな。


「なので、家ではデスメタルを聴きながら、思い切りヘッドバンキングをするのが楽しみです。実家ではよく母ともやりました」

「ひとつ教えてくれ。お前の母親は、そのなんだ、頭はどうなってる?」


「生まれたときから私と同じ頭をしています。父は婿養子ですので」

「そ、そうか。それはとても賑やかそうなご趣味でございますな…」


 スキンヘッドの女性が2人並んで、デスメタルを聞きながらヘッドバンキングをする光景は、想像するだけで気力がもがれそうだ。


 それから校門を出て別れるまでの間、鷹山は楽しそうにお勧めのデスメタルバンドや曲名を俺に語ってくれた。


 俺は、鷹山の家は本当に神仏に仕えている身なのかと疑問を持ったが、そのことにはあえて触れなかった。


    ◆


 その夜、ティアラの加工作業を終えた俺は、寝る前に鷹山が一番のれると言っていた、日本で活動するデスメタルバンドの一曲をスマホにダウンロード購入して聴いてみた。


 その曲は、耳を切り裂くような楽器の騒音をバックに10秒の間に「殺す」という言葉を100回は言い放つとともに、絶望、混沌、苦しみなどのネガティブかつアグレッシブな歌詞が連なっていた。


 歌は植物の成長に良いという研究をよく聞くが、俺の髪の毛が植物だとしたら間違いなく枯れると思う。


 俺は鷹山と全国のデスメタルファンに「無理です。僕の耳には合いません」と謝りながら音楽をそっと切り、眠りに就いた。


(つづく)

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