第三話 仕事中の酒は美味い!

 今日は人間界に繰り出しての、情報収集任務を与えられた。

 コルペリアルを怒らせてしまった俺を、彼女から遠ざけるためだろう。

 俺が訪れたのは、トぺスという大陸の南に位置する都市だ。


 現在トペスには、手練れの勇者が滞在しているという情報がある。

 その勇者の細かな情報を掴み、必要であれば始末するのが今回の任務の内容だ。


 俺はローブのフードを深くかぶり、魔族であることを隠して、トペス市街地を探索する。俺の目は人間族とは違い黄色だから、顔を見られるとすぐにバレてしまうからな。

 さて、トペスにいるという勇者達はどこにいるんだろうか。


 もうすぐ夜だからまずは酒場に行ってみよう。

 勇者を名乗っている以上噂になっているに違いない。

 俺は階段状になっている都市の道をこそこそと歩いていった。


 酒場と書かれた看板の店に入ると、いるよいるよ。人間達がうじゃうじゃと。

 街の住民から屈強な戦士まで、様々な人間が俺の存在に気付かずに、のんきに酒を飲んでいる。


 俺はカウンターの、一番奥の席に座ってぶどう酒を注文した。

 あとついでにサラダと肉料理も注文しておく。

 お腹減ってるからね。


 それから耳を澄ませて、酒場の客の会話を注意深く聞く。

 日常生活の話題。魔族との戦いの自慢話。恋愛の話。

 いろんな話題が酒場の中で交わされている。


 勇者の話題はないなー。

 手練れの勇者なら、話題になってもおかしくないのにな。

 渋い初老のバーテンダーが、つつっと、ぶどう酒の入ったグラスを俺の前に置いた。

 俺はグラスを傾ける。む、美味いなここのぶどう酒。


「いかがですか?」


 バーテンダーが声をかけてきた。


「美味いです。ここは良い酒を置いていますね」

「ありがとうございます」


 仕草も渋すぎる。このバーテンダーなかなかの手練れだな。

 そうだ、このバーテンダーに勇者の噂がないか聞いてみよう。


「ところで、この街に勇者が滞在していると聞いたんですが、噂を耳にしたりしてませんか?」

「勇者ですか……はい、昨日お越しになられてましたね」


 昨日来てた!

 ということは勇者はこの酒場の近くにいるかもしれない!

 あ、サラダと肉料理だ。


「もぐもぐ、勇者はどんな男でしたか? あ、サラダと肉料理も美味いですね」

「ありがとうございます。そうですね……身長は二メートル以上ありました。腕の太さは丸太を連想させるようで、体は筋肉の鎧で守られていました」


 はい、勝てる気がしません!

 ちょっと待って。勇者って言ったらイケメンの少年だったりするんじゃないの。どうしてそんなマッチョなの!?

 おっとと、ここで慌てちゃいけない。強そうなのは勇者だけかもしれないからね。


「仲間の方も似たような風貌でした。職業を尋ねてみたところ魔法使いの方もいらっしゃいましたね」


 勇者だけじゃなくて仲間もマッチョなの!? 筋肉ムキムキの魔法使いなんて、魔法使うより物理で殴った方が絶対強いよ!

 これは思ったより苦戦する予感。

 必要であれば始末しろという命令だけど、逆に俺が始末されかねない。

 任務は情報収集だから一度魔界に戻ろうかな。

 いやでも、逃げ帰ったみたいだなそれじゃ。


 俺が考えに耽っていると、バーテンダーが入口を指差す。

 振り返ってみると三人の巨人ギガースが、こっちに向かって歩いてきていた。

 そして筋肉の塊の巨人は俺の隣の椅子にドカッと座る。


「マスター、ビールをくれ」

「かしこまりました」


 なんか嫌な汗が噴き出してきたよ。

 とにかく冷静に、冷静になって目の前の料理を食べてしまおう。

 もぐもぐもぐもぐ。


 最後の晩餐に、なるかもしれない料理を食べていると、筋肉勇者達が話始めた。


「今日住民から知らされたんだが、怪しいローブ姿の人物が、トペスをうろうろしていたらしい」

「それは、盗賊……か?」

「住民の情報だ。詳しいことはわからない」


 盗賊……か。

 そいつを利用して、この筋肉勇者達をなんとかできないだろうか?

 魔族悩をフル回転させて盗賊の利用方法を考える。


「おい、そこの奴……」

「ああ、かなり怪しいな」


 考えろ! 考えるんだ俺!

 なんとかこの勇者達を倒す方法を思いつくんだ!


 ちょんちょん。


 ん? なんだ。肩を突かれた。

 待ってくれ、今それどころじゃないんだ。


 ちょんちょん。


 しつこいな。なんなんだ一体。

 突かれた肩の方を見ると、勇者達が俺を見つめていた。

 俺の隣にいる勇者は、犬のような顔をしていて愛嬌がある。

 って、ちょっと待って。なんで俺を呼ぶの?


「おい、あんた」

「は、はい!」

「今日この辺りをうろうろしてなかったか?」


 うろうろはしてたけど決して怪しい行動は取ってない。


「ちょっと、そのフードを取ってもらってもいいか?」

「え」


 いや、これを取ると俺が魔族だってバレちゃうよ。

 なんとか話を逸らさなければ。


「話は聞いていました。盗賊が現れたみたいですね」

「ああ、その容疑者があんたなんだ」


 あー。そういうことかー。

 これもう逃げ道ないよね。どうすればいいの俺。


「ちょっと失礼するぜ」


 勇者達の一人が俺のフードを摘まむと、がばっと後ろに引っ張った。


「おい……こいつ!」

「尖った耳に黄色い瞳……! ま、魔族だ! 間違いねぇ!」


 バレてしまった。それもあっさり勇者にバレてしまった。

 勇者達は席を立って腰の剣を抜く。

 俺達の様子が、おかしいと気付きこっちを見ていた他の客も、俺が魔族だとわかると騒ぎだした。


 マジかー。

 これはもう覚悟を決めるしかない!

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