鍍金の賢者⑦



「おい…助けを求める相手を間違えてる…俺は_____」


 『間違エテナドイナイ』



 銀に輝く球体は、不機嫌そうにチリチリ鳴きながら振動する。


 

 くっ…球体が鳴くたび視界がぶれて気持ち悪い!



 「あ…うっ…」


 脱力したように膝をつくカランカが呻く。



 「姉御!」



 ジジジジジジジジジジジジシ!!゙



 「ぐああああああ!」



 その球体が、発光強め耳障りに鳴くとカランカの体がまるで電流でも流されたようにビクンと跳ね苦痛に身を縮める。



 「おい! 何すんだよ! やめろ!!」



 俺は、発光しながら震える球体を殴りつけた!



 パキィン!


 

 拳が触れるやいなや、ガラスが割れるような音がして球体は弾け______。



 「え?」


 

 ぐにっと、何かの肉に触れた確かな手ごたえ。



 ガサッと音を立て、何かが藁中に落ちソレと同時にカランカも苦痛から解放されたらしい。



 「がはっ! ごほっごほっ!」


 「大丈夫かよ!」



 俺は、何かの落ちた少し山のようになっている藁から目を晒さず激しく咳き込むカランカの背中を擦る。



 「なんで…!」



 カランカが、顔色も悪く驚愕の表情を浮かべた。



 無理も無い、カランカにとってコレは到底信じられない出来事だ。



 「何故だ! 何故、アタシを攻撃した…勇者の従者だぞ!」



 ああ、いくら単純馬鹿な剣士にもこの状況が把握できたらしい。



 『ダマレ…殺戮者メ!』



 藁の中から現れる銀色。



 触ったらふあふあしてそうな綿飴のような銀髪。


 陶器のように白い肌。



 身に着けたシンプルな白いワンピースの裾を払いふわりと宙に舞い上がるその背中には、トンボの羽のような薄羽根が六枚細やかな動きを見せながら空中に静止したままの浮遊を可能にする!



 そして、煌く銀の瞳はカランカを怒りを露に鋭く睨みつけた!

 


 そこには、他の民が向けるような世界を救う勇者の従者に対する敬いなどあるはずもない。



 今まで、勇者の従者として感謝されたり賛美される事はあってもこのような扱いを受けたこの無いカランカは明らかに困惑する。


 

 「殺戮者ってなんのことだい!? あたし達は、世界を魔王から…引いてはあんた達を救うため_____」


 『ダマレ!』



 眼光鋭くカランカを睨む生き物…ああ、間違いない。




 ザ・ファンタジーの真骨頂!



 精霊たん!!!



 俺、けも耳がどストライクだけど…ああ、あの小さなボディに薄口の羽根…なんか怒ちゃっててほっぺがほんのり赤い。



 萌え。


 萌えぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!




 『キっ、聞イテイルノカ! 世界ノ絶望!』



 銀に輝く精霊は、くねくね悶える変態に若干引き気味に怒鳴る。



 あ"?


 

 さっきから『世界の絶望』って、なにそれ俺の事? もの凄い物騒なネーミング______



 「!」



 俺の脳裏にレンブランの言葉が甦る。



 それだけじゃない、あの大司教の言葉も。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!



 突如、立っていられないほどに地面が揺れる!



 「なっ! 何だ!?」



 漆黒に包まれた森の向こう、空に向って放たれる巨大な光の柱から大気を震わせるほどの咆哮。


 がっ、ガリィちゃん!? いや、違う!



 『アア、王!』



 精霊が叫び、それにあわせて檻の外でひしめく光る球体達が次々に割れ中なら様々な精霊たちが顔を出す。



 『時間ガ無イ!』



 銀の精霊は、羽根を振るわせたかと思うとその場から消え______ガキキキ!



 銀の閃光が走り、檻の格子が幾つか切り倒される。



 『行クゾ!』


 「はぁ!? ちょっと待て! 俺、引き受けるなんて言ってねぇし!! つか、何だよお前一体どうなってんだ!?」



 困惑する俺に、銀の精霊は背を向けたまあ言葉を続ける。



 『私ノ名ハ『レヴィ』光ノ精霊。 ココニ集マッタノハ王ニ仕エル各属性ノ同房達ダ』


 「へぇ、そらどーも…で? その精霊さんが俺に自分たちの王様救ってくれってどういうこった?」



 光の精霊レヴィは、未だ藁の上に膝をついたままのカランカを一瞥する。



 『外ノ世界カラノ侵入シテキタ殺戮者共ガ、我等ノ王ヲ殺シソノ力ヲ奪オウトシテイル! ダガ、我々ダケの力デハ王ヲ護ル事が____』


 「待ちな!」



 カランカは、声を荒げ銀色の精霊を睨みつける!



 「『王』ってのは、まさか精霊獣のことかい?」



 カランカの質問を黙殺し、光の精霊レヴィはその銀色の視線を俺に向ける。



 『世界ノ絶望ヨ、我ラノ王ヲ救エルノハアナタダケナノダ』



 懇願するような目…いやいやいや無理でしょ!?


 だって、相手はあの大司教だろ?


 下手したら此処にいるカランカ含め、勇者の従者達と戦うって事になりかねねぇし?



 「いやぁ~それ困るわ、だって俺ってば少なくとも魔王には会わないといけないし…」



 『魔王? 魔王ニ会エルナラ我等ノ王ヲ救ッテクレルノカ?』


 「あ"? ああ…?」



 レヴィは、一瞬にして俺の眼前に詰め寄る。


 うぉ、ゲロ可愛い。


 じゃなくて!


 精霊獣を殺さず魔王の場所にいけるなら、赤ん坊に『勇者』の力与えてしまわないで済むしこれほど助かる事は無いわけだけど。



 「…できんのか? 俺がお前等の王とやらを救ったら本当に魔王に会うことができんの?」


 

 見つめる銀の瞳は、少し揺れてから言葉をつむぐ。



 『私ガ知ッテイルノハ『方法』ダケ…会エルカハアナタシダイダ』



 「…わかった」


 「オヤマダ!」



 カランカの赤い瞳が、噛み付くように俺を睨む。



 「そんな目で見るなよ、俺がいつお前等の味方になるなんて言った?」


 「なっ! アンタっ!」



 俺の言葉に、カランカの表情が凍りつく。



 …へぇ、なんか可愛いな…なるほどあの癒し系どSのレンブランが好きになるわけだ。



 カランカは、震える手で大剣の切先を俺の背中に向ける。



 「俺を殺すか? 俺が死んだらアイツは餓死するぜ?」



 握られていた大剣が、消えカランカは肩を落とす。



 あーあー、俺今最高に悪役ってかんじだ。



 まぁ、俺にこの世界を救う義務なんてないし護るべき義務があるとすればソレは死なせてしまったレンブンランとの約束であるガリィちゃんの身の安全と赤ん坊の自由に比嘉と霧香さんの救出。


 それ以外はホントどうでもいい。


 こんな世界滅んでも痛くも痒くも無い…ああ、そっか。



 ははw

 

 久しぶりに背中がぞくぞくする。



 なるほど、確かに俺が『世界の絶望』と呼ばれるのも無理は無い。



 少し干渉に浸る俺に、レヴィが『アマリ時間ガナイ』と声をかける。



 「…さっさと案内しろ」



 俺は、膝をついたままのカランカを檻に残しレヴィに続いて外に出た。



 地面に足をつけると、周りに浮遊していた精霊たちがさっと散る。



 俺には魔力は効かない、それどころか触れたり近くにいるだけでそのエネルギーが飛散することもある。


 魔力や気力などのエネルギー体である精霊は、本来俺に近づくのさえ苦痛の筈だ。



 「お?」



 さっと距離を取った精霊たちが、俺とレヴィの周りに円を描きぐるぐると回転し始めそのスピードはぐんぐん上がっていく。



 『安心シロコレハ_____』


 「フェアリーサークル。 精霊の魔力で時空に歪みを作る…か、これなら俺を…」



 レヴィの視線は、俺の変色した片目に注がれる。


 

 『流石ダ…』



 精霊たちの回転が、高速回転に移るそれと同時に目の前の地面がまるで裂けるようにバクッっと口を開けた。



 『危険ハナ____』


 「知ってる」



 俺は、漆黒の裂け目に足を踏み出そうと足をのばす。



 「待ちな!」



 檻から地面に這い出た、カランカがザッっと地面に降り立つ。



 「アタシも行く!」

 


 「あ"? 連れて行くわけねーだろ? 馬鹿なの? 低脳なの? あ、低脳だったねぇ」

 


 俺の毒舌にカランカの目に殺気が宿る。



 「アンタ達の言ってる事が納得できない、あまりにもアタシの」


 「『知ってる事と違う』か?」



 かぶされた言葉に、カランカは唇を噛む。


 

 カランカには、レンブランと過ごした記憶が無い。


 

 仕方が無い事とは言え、その余りに無知な余りに盲目な様子に俺の中にふつふつと怒りが込上げる。



 何で、気付いてやれなかったんだ?


 あんた等の誰か一人…いや…カランカ、レンブランの愛したあんただけでも気付けたらレンブランは!



 「っ…!」



 ここで、この怒りをカランカにぶつけた所で何も解決しない。

 


 『急ゲ、アマリ時間ハ無イ』



 レヴィに促されるまでも無く、俺は背を向け歩き出す。



 「待ちな! 行かせないよ!」


 

 カランカは双剣を構え、俺に向ってつ込んでくる!



 『皆、障壁ヲ!』


 「あーいいや、いらね」



 俺は、精霊達に出された指示を取り下げ迫り来る剣士を迎え撃つ。



 「…ごめな、レンブラン」



 少し、左目が軋んだ気がした。




 ◆◆◆





 

 「かはっ!」



 地面に沈むカランカ。


 手にしていた大地の双剣は、見るも無残に砕けその手から姿消す。



 「な…んでっ!」



 さも信じられないと、カランカの赤い目が俺を捕らえようと揺らめく。



 「やっぱ、あんた馬鹿だな…俺には魔力とかの類のもんは効かねぇっての!」


 

 俺の言葉が理解できないのか、カランカは苦しげに眉間に皺を寄せる。



 マジか? ここまで言っても分かんないの? 



 お馬鹿な娘は可愛いとか言うけど、ここまで鈍いと引くよ?



 「はぁ…『大地の双剣』ってのは、大地の神の力が具現化したものだろ? つまり、『剣』として形を成すのはアンタの魔力と神の加護だ」



 ここまで言ってようやくカランカの表情が驚愕する。



 もし、カランカが構えたのが普通の剣であったなら俺に勝ち目など無かっただろう。

 


 俺は足元地面に惨めに這い蹲るカランカに背を向け、レヴィについて真っ黒な裂け目に向おうと______ガッシ!



 カランカの手が俺の足首を掴む。



 が、普段なら俺みたいなか弱い生き物の骨なんて砕けるであろうその力は無くただ捕まえるのがやっとなくらい弱弱しい。



 「へぇ、流石だな…あれだけ食らって」



 「いかせない…! 精霊獣は倒さないと…世界を_____!」



 ざわっ。



 カランカが掴む足首から全身に鳥肌が走り軽く吐き気がする…ああ、これって多分…俺の従兄が言っていた『虫唾が走る』って奴だ。



 「…なんで、あんた等は…!」



 俺は、掴まれた足を蹴り上げうつぶせに這い蹲りあっけに取られたカランカの髪を掴み地面に叩きつける!




 「がっ!!」



 「なにも知らねぇ癖に! レンブランがどんな思いでっ!」



 ぐつぐつと頭が沸騰するみたいに感情が入り乱れる。


 

 レンブランに書き込まれた何千回にも及ぶキオク、運命に抗おうともがき何度も何度も大切な物を失いそして繰り返す。



 「ぐっ…っ!」


 

 頭を地面に叩きつけられながらも、押さえつけられた腕を押し返し睨む鋭い眼光はその心が折れてなどいないと吠える。



 流石は、勇者の従者『剣士カランカ』様ってとこか?


 

 けど、ムカつくなぁその目。



 俺の左目が熱を持つ。



 「いいもんくれてやるよ」



 コードモードを展開。



 足元にみっともなく這い蹲る1と0の塊…どこかにあるはず。



 俺は、容赦なく数字の海を弄りそれを探し当てる。



 やっぱりな…予想通りだ。




 カチッ。




 それは、まるで鍵を開けるようなそんな音。




 「なっ な に_____」



 カランカの赤い目に映ったのは、ゾッとするような笑みを浮かべた懐かしい緑の瞳。




 「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!」


 


 身に覚えの無い何が、カランカの頭の中で弾ける。



 止めろ! しらない! 見たくない! たすけて! と叫びなら大きな体がまるで小さな子供のようにのたうつ。



 緑の瞳は、冷たくその様を見下し呆気に取られていた光の精霊に『行こうぜ』と案内を促した。



 ばっくりとを開ける漆黒の裂け目。



 俺は躊躇無く足を踏み入れる。




 『泣イテルノカ?』



 闇の中で、白く輝く精霊は顔の横で浮遊し戸惑ったように問う。


は?



 泣いてる?



 左手の人差し指で目の縁を拭うと、確かに濡れている_______ポタッ



 左目からボタボタと涙が頬を伝い闇の中に落ちていく…俺は後悔なんかしてねーよ。



 もういいじゃねーか?



 今までお前が一人で抱え込んでたんだ、少しくらい共有したっていいだろ?



 俺は涙を拭い、先を急いだ。







◆◆◆

 

 

 

 天から降り注ぐような歌。



 轟く咆哮。



 眩い光の中で巨大な白き龍が苦痛に喘ぐ。



 

 「やめろ! 苦しんでるじゃないか!!」



 四肢を拘束され地面に転がされた狂戦士は、金の瞳でその元凶を睨む。



 天に向かって歌を捧げるそのエルフは、深緑の豊かな長い髪をサラリと揺らし柔和に微笑みその瞳はまるで哀れむようにその金の瞳を見下す。



 「言葉を喋れるとは以外だったよ狂戦士」



 ゆったりとした白いローブを翻し、反抗的な眼光を向けるその顔をまるで小石でも弾くように蹴り付けた。



 「ぐっ!」



 顔が退けそる程度の威力ではあったが、口元が切れ血がにじむ。



 「哀れな…実に不運だ下等種族。 我等の同房に生を受けなかったばかりか、死すべき事を義務ずけられるとは…いや、死してこの世界の糧になれるなら幸福といえるかな?」



 柔和な笑みを湛えたままエルフは、蹴り上げた頭を今度は踏み付けその衝撃で地面に細かなヒビ走る!



 「やめるれち! そりでも大司教れちか!!」



 同じように拘束され地面に転がる幼女が、その余りに理不尽な暴挙に遂に声を上げた。



 「狂戦士を庇うのかい? 魔道士メイヤ…コレは死すべきモノだ、本来なら勇者様によって手が下されるべきだったけど君らと我が妹が招いたこの不手際を代わりに僕が手を下そうというんだよ? 感謝されてもそんな目で睨まれる筋合いないよ?」



 ゆったりとしたまるで悪びれの無い言葉。


 まるで、大司教の言葉が正しいのではないか? と思い込んでしまいそうなそんな絶対感がメイヤに自信を無くさせる。


 

 「そうだろう? 女神様に選ばれた勇者の従者たる君が何を血迷っているんだい? あの『世界の絶望』に誑かされてしまったかな?」



 「しょ、しょんなわけ…!」



 深緑の目が、メイヤの小さな顔を見据えその心に芽生えかけた『疑問』を飲み込もうとした。



 「…ああ、そうか君と狂戦士は契約しちゃってるんだっけ? だったら今手を下したら君も死ぬんだ?」



 柔和な笑みはそのままに深緑の瞳は優しさを湛えたまま、ただ当たり前にそのスラリとした手をローブから伸ばしメイヤに向け『残念だよ』っと言葉をつむぐ。


 

 「ぅぁ…やぁ っ!」



 その手の平に光が______。



 「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」



 バチン!



 「!!」


 

 黄色い閃光が弾け、メイヤは思わず目を閉じる!



 グイッっと誰かに体を持上げられる感覚に、メイヤは恐る恐る目を開けた。


 黒い上着を身に着けた金色の髪、自分の事を大事そうに抱えている。


 何故?


 自分はこの狂戦士を殺そうとしたのに?


 

 「大丈夫か!?」



 抱えていたメイヤを下ろし、手と足を拘束していた魔力背編まれた拘束具を引き千切りながらこすれて血がにじんだ手を血まみれの指が心配そうにさする。



 「なんで助けたれちか? 契約だから? メイヤが死ぬとあんしゃんも死ぬかられちか?」



 その言葉に、金色の目がきょとんとメイヤを見詰め首をかしげた。



 「んう? そうなの? 良くわかんないけど、チビ 手 痛そうだ大丈夫か? 他は痛くないか?」


 「あんしゃんの方が痛そうれちよ」


 「ん? ガリィこんなの慣れっこだよ、村の皆も森の皆もガリィの事殺そうとして切ったりぶったりするもの! こんなの『痛い』じゃないよ?」



 ふにゃりと微笑むこの狂戦士にとって、あの少年以外の全ては皆敵でしかないのにその敵の傷の心配をする危うい幼さとあどけない笑顔にメイヤの胸が締め付けられる。



 殆ど事故みたいな状態で交わした精霊契約。


 本来、ソレは契約と同時に記憶・感覚・魔力・肉体の生死まで共有するが狂戦士とメイヤの間にはあの少年が緩衝材となり全てを共有している訳ではないにしろメイヤは視てしまった。


 この狂戦士_____ガラリア・ガルガレイ『記憶』を。



 それは、余りに悲しく余りに理不尽。


 

 「なんで…なんでれち? なんでそんなに…」



 契約して繋がったから分かる『穢れ無き魂』この世界のほとんどの民から死することを求められ、村を追いやられ魔物だらけの森に長きにわたり封印されていたにも関わらずこの狂戦士は誰も…誰の事も憎んでいない。



 いや、『憎む』と言う感情が生まれる前に心が壊れてしまったというのが正しいのか…あの少年が砕けた心の残骸を使って人格を再構築しなければ狂戦士は本能の赴くままそのなの通り世界を破壊しつくすまで荒ぶり続けいずれは勇者によって消滅させられていただろう。



 「信じられないれち…」



 自分を殺そうとしている相手の手の傷を心配そうに擦るこの少女と、倒さなければならない狂戦士が同じとはどうしてもメイヤには信じられなかった。



 「…逃げもしないとは随分舐めた真似するね」



 純白のローブについた埃を払い、穏やかな深緑の瞳がにっと此方を見据えた。


 表情とは違うその殺気に、ヒッっと小さな悲鳴を上げたメイヤを護るように金の髪が立ちふさがりパリパリと体に稲妻を纏わせ威嚇する!




 「お前は強い、逃げても無駄」


 「へぇ? じゃどうするんだい?」



 見詰められただけで、全てに絶望してしまいそうな深緑の眼光を金色の激昂が弾き返す!



 「ここでお前を倒す!」



 その言葉に、絶えず微笑していた大司教の顔が歪む。



 「ぷっ…くくははははははは! なんだって? 倒す? この世界でもっとも優れ女神様に祝福を受けたエルフの民、それを統べる大司教であり『女神の愛仔』たるこの僕を?」



 『女神の愛仔』と聞いたメイヤの表情に戦慄が走る!



 「しょ、しょんな…!」


 「チビ! どうしたんだ!?」



 メイヤは震えをいなそうと、自分の肩を抱くがそれでも足りない。


  

 「らめれち…メイヤ達殺されるれち!」



 年甲斐も無く声を荒げ、まるで見た目通りの小さな子供の様にいやいやと首を振るメイヤ。


 

 「チビ!」


 

 ぎゅ!


 震える小さな体を、狂戦士の腕が力強く抱きしめる。



 「うえっ…ヒック ぅぁっ!」


 「チビ、赤ちゃん達をさがして!」



 耳元で囁く声。


 

 「ふへっ?」

 

 「アイツはみんな殺す気だ! ガリィが戦う! チビは赤ちゃんとみんなと逃げろ!」


 「で も"」


 「だいじょぶ! ガリィ死なない、だからチビも死なない…いって!」 


 

 小さな体を突き飛ばすように突き放し、金の閃光が駆ける!



 「があああ!」


 

 電光石火の如く大司教の腹に、内臓にを抉るかという一撃が入ったがその微笑は顔色一つ変えない。



 「ふっ…こんなものかい?」



 手の平に集まる光。



 「狂戦士ぃ!!」



 メイヤの叫びも虚しく凄まじい白い閃光が、狂戦士に至近距離から直撃した!



 激しい衝撃波と共に吹き飛んだ狂戦士は、地面を何度か跳ねて近くの巨木に激突する!


 


 「狂戦士! 狂戦士!」


 メイヤは駆け寄ろうとしたが、木にもたれるように俯いた狂戦士の腕が『来るな!』と言うように手を振った。




 「っ…くっ!」


 「そうそう、そうこなくちゃ…もっと足掻いて見せろ狂戦士」



 ふらふら立ち上がる金色の髪を、大司教の白く滑らかな手が乱暴に掴みそのまま引き上げる。



 「くっ…! ガリィ、お前の腹を裂いたのに何で動ける!」



 グチャグチャ!


 

 真っ赤に染まった裂けた純白のローブ、その中から聞こえるまるで肉を捏ねるような音。



 「なっ!」



 蠢く肉、まるで巻き戻されるみたいに傷口が見る見る塞がり裂けたローブまで元に戻っていく!


 

 「コレが時と時空を司る女神クロノス様の加護の力、この愛がある限り『女神の愛仔』に誰も傷をつけるなんて出来ない」



 哀れむような目で牙を剥く狂戦士を見下した大司教は、その掴んだ金色の髪ごと狂戦士の頭を地面に叩きつける!



 地面はビキビキと鈍い音を立て、顔面から叩きつけられた頭を中心に放射状にヒビが広かった。



 ガッ! ガッ! ガッ!



 「ははは、どうした狂戦士! この世界すら滅ぼすとまで歌われた力はそんな物か!」



 何度も何度も、無抵抗な少女をまるで赤ん坊がおもちゃを弄ぶように地面に叩きつける横顔に浮かぶ『狂嬉』。


 もし、普段このエルフを崇める僧侶達が見たらきっと気がふれたと思うに違いない。




 「ふ…もう終いか」



 髪を掴んだまま、だらんと力が抜けたようになった体を壊れたおもちゃを弄ぶようにぶらぶらとさせる大司教と呼ばれたエルフはカクンと小首をかしげ『つまらない』とそのおもちゃを放り出そうと______ガッシ!



 「!?」



 額が割れ流れる血で赤く染まった顔が、自分の金の髪を握る手首に指を食い込ませニッと微笑む。



 「なーんだ、そんなもんか…心配して損した」


 

  ギシッ ギシッっと、掴まれた手首を砕かんばかりに食い込む指に大司教の表情が苦痛に歪んだ。



 「今度はこっちの番だ!」



 大司教を見据える金の瞳に無数の血管が走る!



 ゴキン!



 鈍い音と共に、掴まれていた手首が握りつぶされ大司教は声にならない悲鳴を上げた!



 「グルルルルウルル…」



 狂戦士は、ぐにゃりとなった手首を掴んだまま開いた方の手に稲妻を纏わせ痛みに戦慄する大司教の喉元を引き裂こうと振りかぶったが大司教はそれより素早く掴まれていた手首を自ら切り離す! 



 「!」



 虚空を振りぬく拳。



 手首を切り離すという凶行に出た大司教は、苦痛に顔をゆがめるが既に手首の辺りの肉がなにやら蠢き始める。



 狂戦士は、握っていた手首の残骸をゴミでも捨てるように地面に放りなげその狂気に満ちた瞳で距離をとる相手を見据えた。



 「ふっ…正気を捨ててたか」


 

 ぐちゃぐちゃと蠢く手首を庇いながら、大司教ははき捨てるように言い更に後退しようとしたが次の瞬間眼前ギリギリに黄色の閃光が迫る!

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