鍍金の賢者⑤


 こうして、僧侶たちの視線を浴びながら慌しく食事を済ませた俺たちはリーフベルの案内で大聖堂最上階にある大司教の部屋に通されたわけだけど…ああ…腹減った。



 くきゅぅぅ~…っと、控えめに俺の腹がなる。



 「ちょいと!」



 そんな腹の虫をならす俺をカランカが、小声でたしなめた。



 だって、仕方ねーだろ! …赤ん坊に全部やったんだから。


 

 「ふにゅ…? こっじ?」



 腕の中の赤ん坊が、心配そうに上目遣いに俺を見上げる。


 

 「…気にスンナ。 お前は我慢なんてしなくていいんだよ…良く食って良く寝ろ」


 

 背中をさすってやると、赤ん坊は欠伸をして目を細める…腹が膨れて眠いんだろう。



 「コージ、なにか獲ってくるからがんばって!」



 直ぐ傍で、赤ん坊と同じく心配そうに俺を見ていたガリィちゃんがパリッと電流を走らせ『すぐにお腹いっぱいにしてあげる!』と息巻く。

 


 おぉ…俺の嫁が頼もしい!



 「貴様等、いい加減にしろ大司教様の御前だぞ!!」



 突如、低い怒号が響きようやく俺とガリィちゃんはそちらに目を向ける。



 白亜の鉱石によって作られた純白に輝く空間。


 屋内のはずなのに天井は何故か青空で、だだっ広いだけの白一色短の中で一機は異彩を放つは高さ5mはあろうかと言う見事な女神クロノスの彫刻。


 それは、牧師が説法するときに上がる壇上の一段上がったところに祭られていてその壇上の傍に怒号の主と思われる上半身裸のボディビルダーのような筋骨隆々としたエルフのが苛立ちながら俺達を睨む。



 「…でね、コージは何が食べたい?」


 「あ~そうだなー、たまには魚とかもいいなぁ~さっきの森に沢が…」




 「き・さ・ま・らぁ!!!」




 更に無視して話しだした俺とガリィちゃんに、筋肉エルフが今にも飛び掛らんと筋肉を呻らせ何処から取り出したのか恐らくミスリル製と思われる矛を取り出しブンブンと回す。



 「まぁ、まぁ~落ち着ついて、仕方ないよ…所詮は我等の同胞として生を得られなかった哀れな民だ大目に見てやりなさい」



 激怒する野太い声の主を、おっとりとした優しげな声が諭す。



 シャラン。



 鈴の音。


 

 その音と共にまるで、湖畔に広がる波紋のように壇上の空間が歪む。



 それにあわせてリーフベル、カランカ、メイヤは片膝を白亜の床につき頭を垂れた。



 波紋の中から現れた何者かが、俺とガリィちゃんに哀れむように笑みを抜ける。


 男とも女ともとれる中世的な顔立ち、年は二十歳前後床に達するほどに長いエルフ特有の緑の髪にやはり白いローブを身に着けていたがそれには他の僧侶達のものとは違い質素ながらも金糸で縁取りが成されている。



 「貴様等! 大司教様のお姿を直視するとは何事か! 頭が高い! 控えんか!!」



 筋肉エルフが、ぼんやり立っていた俺とガリィちゃんに憤慨しその手にしていた矛を向けた。



 それにガリィちゃんがフーッ!っと髪を逆立て牙をむく!


 その、世界を滅ぼす潜在能力を秘めた狂戦士の気迫を目の当たりにした筋肉エルフがヒュッっと息を呑み構えた矛が微かに震える。




 「がっ、ガリィちゃん!」



 俺は、うとうとした赤ん坊を抱きなおし一気に暴走寸前になったガリィちゃんの腕を掴む!



 すると、首筋が熱くなりそれと同時に逆立っていたガリィちゃんの金髪がふぁさりと下り駆け巡ろうとしていた稲妻が成りを潜めた。




 え? 俺、今コードだしてないのに!?



 「…コージ…?」



 ガリィちゃんが『なにしたの?』と自分の首筋を押さえながら俺を潤んだ瞳で上目遣いにみる…ああ、なにその顔…今すぐ涙で歪ませたら最高だろうな…。



 「何考えてまちか! 変態…いや、びょーきでちぃぃぃ!!」



 現在、ガリィちゃんと精霊契約中のメイヤがガリィちゃんの拾った俺の思考を受信して悲鳴を上げる!



 げっ!



 ある程度予測してたけど、やっぱりか!


 俺とガリィちゃんは、精神修復時と比嘉のコードでかなり強固なリンク状態だしメイヤは精霊契約でガリィちゃんと一心同体…ちょっとでも気を抜いたらメイヤにまで俺の感情思考は筒抜けだしその逆のある。


 ちなみに今メイヤは『変態色魔は、勇者の為にも早めに駆逐れち!』と既に100通りを超える殺害法を脳内で組み立てる!



 「………」


 「うきゃぁぁぁぁ!! こりは、ななっ卑猥れち! エグイれち! この変質者ぁぁぁぁ!!!」



 試しに今まで人生で見てきたエロイメージを総まとめでメイヤに流してみたら顔を真っ赤にして悶絶してる。



 ふふ、俺を殺そうとした呪いだよw 





 「おやぁ…これはこれは」



 壇上に肘を突き、柔和な笑みを浮かべた美しいエルフが低くも鈴を振るような声で呟き視線を俺達から膝をつくリーフベルにうつす。



 「コレは一体どういう事なのかな?」



 リーフベルは、ビクッと肩を震わせ何事か言葉を紡ごうとしたが_______



 「他の者ならいざ知らず…大司教たるこの兄まで欺けると思ったのかい?」



 大司教でありリーフベルの兄と名乗った美貌のエルフは、微笑みを崩さずローブからスラリとした白い手を伸ばし手の平を膝をつき青ざめた妹に向ける。




 「ホーリーボール」




 詠唱破棄で唱えられた光属性魔法と思われる粒子が、差し向けられた手の平に集まる!



 「こんな失態、女神様に申し訳が立たない…死を持って償え」


 

 「兄様!」



 白亜の空間に走る目も開けられない程の白い閃光。



 それは、肉を焼き消炭さえ残さないはずだった。



 「な!」



 美貌のエルフの目に映ったのは、無傷のリーフベルそして______



 「てめぇ、何考えてんだ!!」



 リーフベルを庇うように立ちはだかり、咬み付くような鋭い眼光で自分を睨む黒髪に黒瞳の少年。



 その姿に、控えていた筋肉エルフがヒィッと小さな悲鳴をあげる。


 どうやら、衝撃で幻術を発動していた猫耳が吹き飛び正体を晒してしまったようだ。



 「そうか、お前がクリス様の言っていた『世界の絶望』か…」



 大司教は笑みを絶やさず、突き出した手の平に更に魔力を集中させる。

 


 「大司教様! 何事ですか!!」


  

 白亜の部屋の戸が乱暴に蹴破られ、中に僧侶達が雪崩れ込む。


 各々、ロッドや魔道書、矛などを装備し僧侶と言う割には体格良さげな所を見ると戦いなれてる?


 ジョブ的にはモンクとか僧兵って感じ? って!


 なに冷静に分析してんだ! ヤバイだろ!?


 

 「立て! リーフベル! 逃げんだよ!」



 俺は、固まったまま動かないリーフベルの腕を引く!


 

 「ほっておいてください…」


 「馬鹿言え! できるか!!」


 

 リーフベルは、全てを諦めたように動こうとしない。



 「コージ!」


 

 寝ている赤ん坊を抱いたガリィちゃんが、俺の背後に立ち丁度せなかあわせになる。



 「囲まれた…!」


 

 チッと、ガリィちゃんが舌打ちをした。

 

 




 僧兵達が、一斉に歌う。




 「うに"ぁ!?」


 「こっ、こりはっ!?」



 響くテノールの合唱に、ガリィちゃんが苦しげに俺に赤ん坊を渡し耳を押さえて蹲りメイヤも同じく耳を塞ぐ。



 「なっ、なんだ!? ガリィちゃん大丈夫か!?」


 

 この騒ぎに、寝てた赤ん坊も目を覚ます!



 「ふ…うう、まんま? こっじ? ううう…ふぇっヒックやぁぁぁっまんまぁぁ~~」



 テノールに地を這うような重低音が加わり、更には蹲って苦痛に震えるガリィちゃんをまのあたりにした赤ん坊は不安から泣き叫ぶ!



 見渡せば、ガリィちゃんやメイヤだけじゃないリーフベルもカランカも脂汗を浮かべ耳を塞ぐ。



 どうやら影響が無いのは俺と赤ん坊だけの様だ。



 「驚いた…エルフの誇る『リザヤの詩篇』の影響を受けないなんて」



 耳障りな重低音の中でもそのおっとりとした声は、はっきりと俺の耳に届く。



 「てめぇ…いきなり自分の妹を殺そうとしたな! 何考えてやがる!」



 「…ソレは、大罪を犯した。 狂戦士を殺さず勇者をそんな中途半端な状態で起動させたばかりかお前のようなモノに『奪われる』なんて…何度殺されても償えない」



 俺の足元でへたり込んだリーフベルが微かに震える…こいつ、そんな事で実の妹を殺そうとするなんて!



 「くそっ!」


 あいた方の手でリーフベルのローブの首根っこを捕まえた俺は強引に立たせようと引っ張った!



 「おや? まだ逃げようというのか? 愚かな」



 大司教は、教壇の上で手をかざす。


 すると、そこに魔方陣が浮かび眩い光と共に一組の弓と矢じりが出現しそれを素早く構えキリキリと弦を引く。



 照準をあわせる…俺に向けて。



 「クリス様からお前の弱点は聞いている…こんな事で死ねるなんて…なんて脆く儚い」



 『私が君なら堪えられないな』そう言って哀れむような目を俺に向けた大司教は、張り詰めた弦を離し________ガキィン!




 矢は、放たれた瞬間その軌道から弾かれ粉砕されれる!



 「ふうん…まだ動けるのか? 亜種…下等な種族め」



 俺の眼前に立ちはだかる頼もしい姉御の背中が、女豹のように野生的な筋肉を呻かせその両手に一本づつ携えた白銀の刃をもつ『大地の双剣』構える!




 「かっけ~…」



 なんと言う雄雄しさ…レンブランが惚れるのも分かる!



 が、不協和音のなか苦痛を堪え肩で息をしている所を見るとあまり余裕はない。



 「あたしゃね…あんたの事がはじめから気に入らなかったんだよリーフベルの兄貴じゃなきゃとうの昔に!」


 「誰に許可を得ては発言してるんだい?」



 『身の程を知れ』とばかりに、大司教が軽く手を振る。


 すると、まるで指揮者の合図をばかりに響きわたる僧侶達の歌に力強いさと刹那さが加わり表現力とボリュームが跳ね上がる!




 「ぐっ、ぐにゃああああああ!!!」


 「くきゅううううう!!!」


 「にっ、兄様っ!!」


 

 ガリィちゃん、メイヤ、リーフベルは更に苦痛に顔を歪め床に伏す!



 「ガリィちゃん! みんな!」



 そして、双剣を構えていたカランカもガクッと床に膝をつき倒れまいと剣をつきたて身を保つ。



 「くっ! オヤマダっ! なにか策は?」



 カランカの背中がが苦しげに俺に問う、その姿に壇上の大司教は嘲る様に目を細め無駄だと笑って矢をつがえる。




 「さぁ、コレで______!?」



 ガガッガガガガアガガガガガガガガ!!



 歪な音と振動、白亜の鉱石の床に走る亀裂。



 「かってぇなこのっ!」



 俺は、過密な1と0の数字の羅列を断ち切った!



 そんなことをすれば、当然俺達の乗ってる床は_______抜ける。



 「!?」


 「うきゃぁぁぁ!!」


 「メイヤ! リーフベル!!」


 「くっ! コージ!!」



 床が崩れ、俺たちは落ちる。



 大司教のスカした薄ら笑みが、引きつり矢が放たれるがそれは虚空を切るのみで俺にはあたらない!



 「オヤマダ!!」


 「姉御! そのまま最下層まで貫いてくれ!!」



 カランカは、俺の指示に従い双剣をふりその斬撃は迫っていた真下の階の床を次々貫く!



 地上10階から地下3階。


 瓦礫と共に、更に俺たちは落下し続ける!



 「コージ!!」


 瓦礫を蹴り、ガリィちゃんが必死に俺に向って手を伸ばすが、赤ん坊を抱えた俺のほうが落下速度が速くてなかなか届かない!



 バコォン!



 カランカが更に床を破壊した!



 すると突然視界がフッと暗くなる…『キオク』が確かならもう直ぐか。



 真っ暗な空間、その中で光を放つもの。



 俺は、相変わらず落下しないがら真下に迫るソレを見据える!



 空間にまるで重力なんて関係ないように浮かぶ小さいが島のようなモノ…そこにそびえる白く輝く壁のような物体。



 迫る地面に俺の耳に突如聞こえた『歌』。



 リーフベルが歌う。


 その、歌声と共に風が舞い落下する仲間たちを優しくつつみ________スカッ。




 

 ああ、やっぱりそう来るか!



 見えたのは、風の精霊の力で空中にふわりと浮遊する仲間たちが落下する俺をぽかんと眺めてる姿。



 もちろん、俺の落下速度はそのままどんどん落ちる…ですよね!



 レンブランの目が写す、地面まであと0.5mという現実!




 「っつか!まじでぇぇぇぇぇ!!!!!」



 俺は腕の中の赤ん坊を抱きしめ________シュコッォォォォォォ。



 赤ん坊が、突如熱をおび発光する!



 「やぁぁぁぁぁぁぁぁ! こっじ、いたいたいのめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」



 ぷにぷにの小さな手が、抱きしめた俺の腕の隙間からにゅっと突き出されその手の平に高密度のエネルギーが集まり______



 「え? うそ?」



 ドゴォォォォォォォォン!!!



 放たれたソレは、浮かぶ島のようなモノを破壊しその衝撃で俺の体は落下とは逆の運動エネルギーによって宙に突き上げられる!




 危うく、何処までも突き上げられそうになった俺をカランカが捕まえた。



 お陰で、地面に叩きつけられる事はなくなったが…。



 ガコォォォォォォォン…。



 闇の向こうで宙に浮いてた島だったものの残骸がナニカにぶつかる音がした…ああ、やばい…。



 「オヤマダ・・・あれは?」


 「え? ああ、うん精霊門かな?」


 

 沈黙が、その場を覆う。



 きょとんとしているガリィちゃん以外皆がそれを理解しただろう。



 「あはw 精霊門ぶっとんじゃったw」



 

 てへぺろw




                ◆◆◆



 



 数分後。



 「…俺は悪く無い…」



 頭にでかいたんこぶを作った俺は、ガリィちゃんに濡れタオルを乗せてもらいながら呻く。



 「これだけの事をしておいて、どの口が言うんだい!」


 

 たんこぶの製作者、剣士カランカはギロリとこの事態の元凶というべき俺を睨みながらまるで米俵でも担ぐようになにやら白い石膏のようなものでできた大きな瓦礫を肩に乗せ運ぶ。



 ちびっ子年増魔道士メイヤも『まったくでちぃ!』と憤慨しその小さな手に瓦礫を抱える。



 ここは、大聖堂の地下深く。


 もうこれ以上は、ないというくらいで上部の荘厳華麗にして厳かなつくりとは違い手付かずの岩肌むき出しの閑散とした空間…と言うよりは穴ぐらだ。


 そして、もちろん暗い。


 俺は、レンブランの底なしリュックから取り出したランプでようやく辺りの様子を伺う。


 

 さっきまで宙に浮いていた島のようなモノの残骸以外、あるのは黒ずみ苔の生えた岩ばかりだ。




 ガラガラ…。



 「さぁて、こんなもんかねぇ…どうだいリーフベル?」



 残骸を運んでいたカランカが、地面にしゃがむリーフベルに問う。



 「ええ、これでパーツは…」



 リーフベルの眼下には、砕け散った例のアレがまるでジグソーパズルのようにその原型をなぞる様に並べられている。



 無駄だろ?


 俺は、喉元まで競りあがった言葉を飲み込む。



 その見るも無残に砕けた白い瓦礫は、精霊の国フェアリアへ繋がる唯一の道。


 精霊門フェアリーゲート


 

 あの状況下で、床をぶち抜くなんて作戦に打って出たのはこの精霊門がここにあるのを見越しての判断だった。


 あの、不協和音ではまともに逃げるなんて無理だったからここまで辿り着けばなんとか精霊の国に逃げ込めると踏んだのだが…。


 

 まぁ…失念してたわな。



 俺のは予想以上に魔法とか、この世界の便利な力には嫌われているらしい。



 攻撃や治癒だけじゃない幻覚や幻聴、さっきみたいな補助的なものまで本当に全部だ。



 本当に、この手の力を全く当てにすることが出来ないらしい。




 精霊門が壊れたのは予想外だったけど、俺としてはこれほど都合の良い話はない。



 この門さえなくなれば、同盟国など名ばかりな奴隷国といっても過言ではない精霊の国フェアリアの哀れな精霊たちは欲に目が眩み肥え太ったエルフどもに売っ払われることも無いし。


 何より、『勇者』は精霊の国の精霊獣を倒せない。


 赤ん坊は『勇者』として完成されず魔王になんて立ち向かえない…つまり、戦って死ぬ確立は減るし引いてはガリィちゃんの身の安全だって当面は確保される。



 その間にこの世界は滅ぶかも知れないが、俺にそんなの関係ないしな。



 まぁ…問題は、現在上空から迫り来る追っ手にある。



 こんな限られた空間のなかであっても迎え撃つこと事態は此方の戦力をかんがみるに実力的には問題ないけど、勇者の従者達は罪もない僧侶達を倒すことが…殺す事ができるだろうか?



 ああ、でもそれはこの世界じゃあたりま_________




 「_____ジ…コージっ! ふっぅっ…」




 ガリィちゃんのなんとも艶かしい声にふと我にかえ__________ん?



 俺の膝の上、さっきまで赤ん坊が乗ってたのに何故かガリィちゃんがいて左腕ががっつり腰に手をまわして…あれ? なにこの右手柔らかい感触? って俺なに噛んでるの!? 耳?



 視線をずらすと、顔を真っ赤にして此方を凝視する選ばれし勇者の従者たち。


 俺は、噛んでたガリィちゃんの耳を離すが嘗め回していたらしくくるんとカールした可愛らしい耳はベチョベチョだ。



 しまった!


 やっちまった!!



 コードモード。


 レンブランより授けられしこの能力。


 基本的になんでもできる能力だが、その規模や範囲は俺の体力に左右される。


 そして、その反動として理性のタガが外れるらしい。



 「オヤマダ。 何故、今? この非常事態に狂戦士の胸を直に?」



 剣士が問う。



 「もみたい、もむとき、もめば…っと」



 たがの外れた本能が、前頭葉を無視して回答する。



 「何故に耳を噛むれちか?」



 魔道士は、既に1000を越す拷問及び後処理のシュミレーションをしながら変質者に問う。



 「そこにケモ耳があったから」



 前頭葉の緒言は、煩悩に届く事は無かった。


 

 剣士が大剣を魔道士が水晶を僧侶の皮かぶった腐女子が舌打ちながらロッドを構える。



 「NLなんて認めない…あなたの運命の相手は勇者様です!!」



 え? なにそれ? なんだがその二人より殺気がこもってるんですけど!!


 つか、聞き捨てならない!!


 

 俺、ペドじゃねーし! おにゃの子大好き人間ですよ!



 てーか、今ガリィちゃん一筋ですから!



 

 「うにゃぁ…もっやめてぇ…ふぇっええええっ」



 ガリィちゃんが耳をたたんで震えて、遂は泣きだす。



 「いい加減もむの止めな!!!」

 


 カランカの大剣がマグマのように赤く染まり、穴ぐらの温度が上昇する!



 はっ!


 生命の危機にも関らず煩悩が欲望が一人歩きぃぃぃぃぃ!!!



 迫る3人の従者、殺意と生命危機!



 まずい、と思っても手が止まらないんだから仕方ない。


 え、やだ、なにそれ俺こんなことで現世とさよならとかある意味至福だけどなさけな…つか、足りません!


 もっとくらはい。


 眼前に迫る殺気に満ちた勇者の従者達!



 「あーうー! こっじ! こっじ!」

 


 『もはやこれまで! 良い人生だった』と、目をつぶった俺のYシャツの裾を引っ張って小さな指が『上』を指す。



 

 その指先が指す方向に、俺たちは視線を移す。




 遥か上…いや、早い!



 眩い光が、一瞬にして薄暗かった穴ぐらに閃光を浴びせる!



 激しい熱。


 骨すら砕き跡形もなく消し去る聖なる光。



 ああ、吐き気がする。




               ◆◆◆




 「は…助かったよオヤマダ」



 激しい衝撃と光が過ぎさり、ソコには俺を中心に半径1.5mほどの範囲を残して全てが溶け出していた。



 じくじく音を立てて溶ける周囲の岩に、カランカが戦慄の表情を浮かべながらも震える唇で俺に礼を言う。



 「しんじられんれち、わえわえを皆殺しにしようとしてまちね…!」



 メイヤに続き、声を出さないまでもリーフベルの唇が微かに動く『ごめんなさい』っと。



 恐らく、アレは大司教の放ったもの。


 純度の高い光属性の魔力、レンブランの『キオク』に無いから恐らくオリジナルの攻撃魔法だそして含まれるのは…。




 「うっ!」



 俺は口を押さえて蹲るが、吹き出た胃液を止める事は出来なかった。




 「コージ!!」


 「こっじ!」



 蹲って呻く俺に、ガリィちゃんと赤ん坊が駆け寄る。


 アレだ、加護の森ってところで立ち込めてたあの胸糞悪い『女神の加護』とか言うエネルギー。


 俺を、俺と言う存在を否定する拒絶の力…。



 ヤバイ…これかなりヤバイ…! 



 どうして良いか分からず、おろおろするガリィちゃんの手を掴む。



 「ガリィちゃ…」


 「なに? どうしたの!?」


 「くる、あと、15びょ…ガリィちゃ…姉御、メイヤ、リーフベル少しだけ時間かせいでっ!」



 コードモードで写るはるか上空に密集する1と0、あのやろう…本気で自分の妹と勇者たる赤ん坊を俺達ごと殺す気だっ…!



 その時だった、上から『歌』がふって来た。



 「くっ!」


 「うきゅっ!?」



 あの歌だ、さっき皆を行動不能にした『リザヤの詩篇』。



 はっ! なんだあの人数で追ってきてるのか? 


 容赦ねーなぁ。



 「舐めんじゃないよ…まだ距離がある…屋上まで叩き返してやんよ!」



 カランカの大地の双剣が、マグマに染まる。



 「せいれーの一族なめんなれちぃ!!!」



 メイヤの周りにいくつもの大小さまざまの魔方陣が出現した。



 「コージのかたきだぁぁぁぁぁぁ!!!」



 ガリィちゃんの全身に狂戦士の稲妻が走り上に向けた拳にあつまる…って、俺はまだ死んでねーぞ?



 上空から、さっきと同じ白い閃光が放射される!



 「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」



 三人は各自今のところ出せる最強の魔力、技で閃光を迎えうつ!



 業火と雷、無属性破壊魔法薄暗い穴ぐらは真昼のように明るくたらされる。



 「リーフベル」



 俺は、ボンヤリとその情景を眺める僧侶に問う。



 「お前たちは…お前の兄は正しいといえるか?」



 僧侶は、空を仰ぎその唇は願うように歌った。



 すると、あれほど五月蝿かった重低音が鈴を振るような心地よい歌声にかき消され上空でせめぎあう魔力が増大する。



 「オヤマダさん、わたしにはもう何が正しいのかわかりません…けれど」



 深い緑の目は、空を見据える。



 「わたしは、この仲間を世界を護りたい」 



 たとえ、兄を敵に回しても______



 強い意志とともに『歌』が、重低音を吹き飛ばした。

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