鍍金の賢者②

 お陰で、調理経験0の俺だったがこうやって人に振る舞え尚且つ美味いというのに何がそんなに不満なのか?



 「味とかそういうんじゃないんだよ…アタシが言いたいのは______」



 その時、遠くのほうから元気一杯のガリィちゃんが『こーーーーじーーー!見てみてぇ~~~~~!』と嬉しそうに叫びならが何やら大きな魔物をズルズル引きずりながら駆けて来る。



 多分獲物からの返り血だろう、ガリィちゃんはその金色の髪を鮮血に濡らし顔半分を滴った赤が染め上げそれが金色の目に映えて無邪気に微笑む笑顔が何処か妖艶に見える…いいな…そそるよ。



 ブカブカの学ランの上着も萌えるけど、やっぱ深紅がガリィちゃんには似合うな…服を何とかしろってカランカにも言われたし今度町に寄れたら______って!



 アレもしかしてベクトワームじゃね!?

 



 ベクトワーム:生息地は草原の地中、遭遇率は低くレア・美味



 よっしゃ!



 きたぁぁぁぁぁ!!









 ごりっぷちゅぅ…がりっべきっ!



 

「ふんふんふ~ん♪ 手足は無し、目は退化、口と排泄口は同じ♪ うほぉ? 心臓と胃袋…腸? 腸だな!」




 俺は、鋭い車輪のような歯以外殆ど筋肉で出来た食いでのありそうな15m級のベクトワームの喉? からナイフを一直線に入れその内臓や生殖器を丹念に切り分ける。



 勿論、食べる為でもあるが書物でしかキオクにないレアな魔物の構造を目にする事が出来るなんて…実写の知識の前にじゅるりと脳ミソが涎をたらしそうだ!




 「よかった! コージが嬉しいとガリィも嬉しい! 焦がさないようにコロスの難しかったんだけど頑張ったんだよ!」



 褒めて褒めてと擦り寄ってきた血まみれの頭を血まみれの手でくしゃっと撫でると、金色の目が細まってゴロゴロと喉を鳴らす。




 あ、ヤバイ。



 食欲と知識欲と性欲が込上げて脳内がカオスに! 落ち着け俺! 平常心平常心!



 俺は、心頭滅却とばかりにノコギリとナイフで車輪状の歯をメジッっと取り外す。



 へぇ…肉質は鶏肉に近い…。




 「やでちぃぃ! もうやでちぃぃぃぃぃ!」



 うわぁんとメイヤが、リーフベルのローブに顔を埋めシクシクと泣き始めカランカも溜め息をつく。



 はぁ?



 俺なんか変な事したか?




 「手つきが…手つきが調理の手つきじゃなんだよ! もう止めとくれ! それじゃ解剖だよ!」


 「食欲は失せますね…」



 リーフベルも何処か遠い目をしている。



 っち、失礼な奴等だな~…まぁ、殆ど俺が食うんだけどさ。



 昼も少し過ぎた頃、大量の血の後を残して15m級のベクトワームはその食べられない車輪状の歯だけを残して全て俺達…主に俺に美味しく頂かれた。




 「げっぷ」



 「行儀が悪いよオヤマダ」



 文句を言ってた割りに良く食べたカランカが、品悪くゲップした俺をまるで姉が弟を窘めるように言う。


 メイヤもリーフベルも、初めは躊躇するがいつもの様に食事を済ませティーポッドから注いだ紅茶を優雅に啜る。


 俺と同じく腹いっぱい食べたガリィちゃんは、沢で血まみれの体を流した後すっかり眠くなってしまったのかリーフベルの代えのローブに包まって赤ん坊と一緒に馬車の荷台で眠ってしまった。



 無邪気な二人の寝顔は、ほんと心癒されるのについ泣き叫ばせたいとか思う俺は何処かおかしいのかも知れない。





 「さぁて…と!」




 荷台の天使たちを存分に眺め終えた俺は、三人の勇者の従者が思い思い食後の休息を取るキャンピングテーブルの椅子にドカッと腰掛けた。



 「本題かい?」



 カランカがそう言うと、寛いでいたメイヤとリーフベルがティーカップをコースターに戻し俺に視線を向ける。



 俺が、このパーティーに同行するのに突きつけた条件それは…




 ・ガリィちゃん及び俺に手出しはしない事


 ・勇者たる赤ん坊をちゃんと『人"』して扱う事


 ・今後、旅の指揮を俺に取らせる事




 まぁ、大まかにはこんな所…全てが守られる可能性は低いと踏んでいたんだがこの従者共は大人しくこの条件を飲んだ素振りを見せている…上手く行き過ぎて何だかぞっとしない。




 「で? これから何処に向うんだい?」



 「ん…ああ」


 

 俺は、移動中に革紙に書き起したこの地方の地図をキャンピングテーブルに広げる。



 「現在地はここ、このペースなら後半日でカッサリン峠だ…そこを越えてエルフ領に入る」



 その言葉に、リーフベルがそのエルフ特有の尖った耳をピクリと動かす。




 「まさか…コレから向おうとしてるのは…!」



 リーフベルの『何故、アナタがそれを知っているのか?』と言いたげな顔を見据え俺はニヤッと笑う。




 「コレまで何体倒した? 5体くらいか?」



 その言葉に、テープルの空気が凍った。



 メイヤもカランカもリーフベルと同じくその顔を驚愕に染め、少しばかり恐怖すらも浮かべている。


 が、三人に共通する思いは同じ。



 『何故?』




 ああ、そうさ…俺は知っている。



 レンブランの『賢者』のキオクが教えてくれる…テンポが尋常でないくらいハイペースなのを除けば何千何万とパターン化されたもはや退屈としか言えないこのくっだらない消化イベント。




 「まっ待つれち! あんしゃんが何をしたいかは分かったでちが勇者もこの状態でそこへ行くなんて…そりに! あんしゃんも狂戦士もあすこへは立ち入れんれち!」



 俺は、理屈っぽく腹を立てるメイヤの木の葉のような小さな手をがっちり掴む。



 「そ、だから俺と契約してよメイヤ」

 


 可愛く笑ってお願いしたのに、メイヤの顔は青を通り越して白くになり獣人でもないのに喉を『きゅ~っ』っと鳴らした。





 三人の勇者の従者に、俺は歌う様に云う。

 



「勇者、ソレは世界を滅びカラ救うモノ。


 世界の糧となるモノ。


 『鍵』と定められし従者ハ女神のより授けられシ種子を持ち六つ国を巡ル。


 ソコに眠りシ精霊の獣を倒シ種子にソノ力を注ぎ実を成した時"勇者"は形作られるものナリ」




 『どうして…?』リーフベルが、口を利くことすら侭ならないメイヤに代わり俺に問う。



 「答えたいのは山々だけど、どうせ理解なんて出来ないさ…今回あの村に寄ったのも村長を通しての依頼もあったろうが、主な理由は狂戦士を倒して勇者の糧にする事とココへ向う事だったんだろ?」



 俺は地図の赤く丸をつけた場所を、トンと指で叩く。



 「精霊の国フェアリア。 この世界を象るのは6大国だが、この国はその国々とは違う…いや次元が違う7番目の『精霊』達がすむ国_____」


 「ちょっと! ちょっと待って!」



 言葉を続けようとしたら、リーフベルが待ったをかけてきて掴んでいたメイヤの手を強引に俺から引き離し震えるメイヤを抱きしめたまま捲くし立てる。



 「どうして! どうして、アナタがフェアリアの位置を!? コレは、同盟国であるわが国フリージアが_____」


 「あー知ってる、精霊の保護とか名目に首都の大聖堂の地下に『門』を保護? してるんだっけ? でもって、司祭とか貴族とかが精霊を引っ剥いだしては実験用とか愛玩(性的)用で売っ払てんだろ? 祈ってる対象がアレなだけに信徒も…て、あ、もしかして知らない情報?」



 ミスった。



 強張った表情のリーフベルを目の当たりにして、俺は心の中で舌打ちをした。



 そうだった…『今』は『前』とは状況が違う。



 本来なら此処にいるべきは俺ではないし、レンブンランの暗躍により前回まではこの時点でもガリィちゃんは森を彷徨っているはずだった…本筋から外れ出した物語は明らかに先が不透明になりつつある。



 レンブランのキオクの中のリーフベルは、自分の国の高官や司祭達が同盟国の精霊たちになにをしているかそれを把握してそれでも『世界を救う』という壮大な使命を前にそれを黙殺していた。


 が、今のリーフベルはそれを知らない…。



 早すぎる。



 レンブランもそう思ったに違いない。



 俺は、改めて驚愕と恐怖そして少しの怒りに満ちた従者達を見る。



 若い…若すぎる…。



 メイヤの見た目は変わらないが、カランカもリーフベルも初見からあの空間で過ぎ去った3年をプラスしても見た目はまだ十代後半だ…俺が最初に会ったときリーフベルなんて多分タメだっただろう。



 しかし、レンブランのどのキオクを見ても彼女達は20代半ばの立派な大人だった…こんなに若いのはおかしい!



 それに、まともに考えたら世界が滅ぶかも知れない時にいくら女神に選ばれたとは言えまだ精神的にも魔力を放出するには肉体も成長しきっていない女ばかりのパーティーをよく旅立たせたもんだ!



 それも、世界の運命を握る勇者の種子を持たせて!


 俺が国とかのトップなら、そんな危険極まりないことはさせない!どうしてもって言うんなら大人の引率をつけ_______




 あ。



 そういやいたな…大人つーかなんてーか…。




 バン!




 キャンピングテーブルが、カランカによって壊れるんじゃないかと思う勢いで叩かれる。



 「今更、アンタがなんでそんな情報を知ってるかなんて聞かない…けれど何でそれがメイヤと契約なんてのに繋がるんだい? 大体メイヤにそんな事出来るわけないだろ?」



 リーフベルの腕の中で小刻みにふるえる小さな魔道士をチラリと見ると、『ひぅ!』と小さく脅えた声が上がる…まるで小動物だね。



 ああ…こーゆーの好きだな萌える。



 「できるよなぁ~…だって『精霊の血族』だもんな?」



 にっこり笑う俺に、メイヤに代わりリーフベルが捲くし立てる。



 「何いってるの! 確かにメイヤの種族は精霊の血族って呼ばれてるけどそんな精霊と同じ真似出来る訳無いでしょ!?」



 「出来るさ」



 間髪いれず言い返した俺に、リーフベルが言葉を詰まらせる…やっぱりな~知ってるんだろ?



 「何だい? 一体あんた達何の話をしてるのさ?」



 すっかり置いていかれたカランカは眉を顰め、リーフベルとメイヤに視線を移す。



 「なんだ? カランカには喋ってなかったの?仲間って割りに以外に秘密主義なんだな」



 『何だ? どう言う事だ?』と、詰め寄ってきたカランカに俺は答える。



 「『精霊の血族』ってのは、ガチで精霊の子孫なんだよ」



 それを聞いたカランカは、仲間に向き直り唇を噛んだ。





 まぁ、本来なら大した事じゃないだろう。



 精霊の血族が、本当に精霊血を引いてたところで勇者の従者としてなんら支障は無いはずだ。


 だから、カランカが腹を立てるのだって単に仲間なのに秘密を持たれてたって事位の物だろう…少し仲間と口論した後、その事とに気がついたカランカは俺に向き直る。



 「で? メイヤが精霊の血を引いてたとして何でアンタと契約なんて話になるんだい?」



 …カランカってホント頭はあまり良く無いんだな…レンブランが低脳て呼ぶだけの事はある。



 「今から向うフェアリアは、精霊の国だ外からは基本立ち入る事は出来ない…無論、勇者と従者のあんた等は女神の籠とやらで顔パスだろうけど俺とガリィちゃんはそうは行かない」

 

 「それなら、アタシらが戻るまで…」



 そう言いかけて、カランカはようやくことの重大性に気が付いたらしい。



 「…倒せない…このままじゃ、精霊獣なんて倒せないじゃないか…」




 ピ~ンポ~ン。



 correctだぜ姉御! ようやく答えが導けたのねパチパチ~。



 カランカが焦ったのも無理は無い、自分達は明らかに精霊の国にいる精霊獣を倒すには弱すぎる。


 だから、勇者の起動を必要とし狂戦士を倒そうとしていたはずなのにそこにいたのは得体の知れない技で攻撃してくる俺という未確認生物でうかつに手を出せば切れた狂戦士が世界を滅ぼさんばかりで暴れまくると来てるしそれを止める術を持った勇者は赤ん坊だホントご愁傷様。




 「くっ…こんな時に…クリス様」




 カランカが、まるで祈るように天を仰ぐ。



 クリス。



 旅をするには幼かった彼女等が、まるで姉のように慕っていた時と時空を司る女神から使わされた精霊。


 レンブランを何千回と死に追いやったあのクソ女を、俺が混沌の闇に沈めたと知ったらこの3人はどう思うだろう?



 「じゃ、話は戻るけど…俺と契約してよ!メイヤでないと先には進めないぜ?」



 リーフベルの腕の中の綿飴みたいな銀髪がぶるりと震えて、恐々顔を上げる。



 「あ…あんしゃん、契約がっ『精霊契約』がどんなもんか知ってまちか…?」


 

 知ってるけど?っと、答えたら真っ白になっていたメイヤの顔が今度は真っ赤に染まった。




 「やっ…ひっ!? ホントのホントに分かってまちか!?」



 「はぁ? 知らないで頼むわけ無いだろ? こうでもしないと俺たちは入れないんだから!」



 赤くなったり青くなったりしながら叫びまくる幼女に心の底からげんなりする…まぁ気持ちは分からんでもない…何故なら精霊契約って______



 「本気でちか! 精霊契約は魂の契約でち!!」



 メイヤの叫びにリーフベルも頷く。



 「本当にわかってる? そんな事したらソレこそ…いえ、それ以前に素養が____」



 「あー…はいはい、説明いる?


 精霊契約とは、お互いの心を通わせ魂を結合させる事によりその力を何倍にも跳ね上げたり普段必要な召喚詠唱や召喚陣といった手順を省略することが出来るとってもお得な機能だがその反面、契約した精霊とは死ぬまで一緒。


 おまけに心の声はもちろん精霊は契約者からあまり離れて行動することは出来ないので風呂もトイレもアレな時だっていつも一緒だプライベートも糞も無い。


 本来なら、精霊と契約するにはそれに相応しい『素養』が必要だが…俺にそういうの関係ないし______それに」



 視線を上げると、まるで変質者でもみるような目で此方を見る乙女達…何コレ?



 「あっ貴方! 異種族なのにメイヤの一生に責任とれるの!」



 小さな子供を俺から守るようにメイヤを抱きしめるリーフベル。



 んう?


 

 「そうだよ、オヤマダ!いつからそんな目でメイヤを見ていたか知らないけどね!この世には理ってもんがあるんだよ!」




 まるで、妹を守るように立ちはだかるカランカ。



 あれ? 


 何か壮大な勘違い発動中?


 

 「メイヤにも、都合ってもんがあるし互いに分かり合う時間だって…それ以前に異種族同士なんて女神様が許すわけないよ!」



 「いやいや、人の話最後まで聞けよ! 大丈夫だから! 解除できるから! 契約はフェアリアの精霊獣倒すまでで十分だから! 俺、ロリコンじゃねーし! ガリィちゃんLOVEだから! そこんとこよろしく!」



 俺の絶叫に、ようやく言わんとしている事が伝わったのかようやくその場が落ち着きを取り戻し始める。



 あぶねぇ…幾らなんでもこんな幼稚園児無いわー年上らしいけど無理だろ!?



 あ。



 身内にロリコンが一人いたな…本人は全力否定だったけど、あの人なら喜んだろうな…こんなツルぺたの何が良いのか俺には分からないけれど。





 「ううう…どうしてもれちか?」


 

 キャンピングテーブルを挟んで正面に座ったメイヤは、上目遣いに俺を見てごねる。



 「あんた等だけで精霊獣が倒せるならこんな事は提案しない」


 「そもそも、あんしゃんが勇者を起動しなけえばこんなことにはならんかったれちに! 偉そうでち!」




 俺は、もっともらしい反論をする年増幼女に無言で手を差し出す。




 「ううう…」



 差し出された手の平に、木の葉のように小さな手が乗せられた。




 「始めろ」


 

 言葉に合わせて、メイヤが目を閉じ魔力を高め俺はそれをコードモードで数値化する。



 が、



 「ブツブツ…01001000001100101101…っち! ちゃんとしろよ!」


 「ふぇ…ヤなもんはヤれちぃぃぃぃぃぃ!!!」



 無理も無いといえば無理も無い。



 本来、この手の契約にはお互いの信頼関係がモノを言うし、なにより相性の問題もある。



 まぁ、今回相性と言う点では俺に魔力なんてないしそれで拒否反応が起きるわけはないがやはり______。




 「こら! 後で解除できるっつてんだろ!?」


 「乙女心がわかってないれち! こんなの、こんなのあんまりれちぃぃぃぃ!!!」



 確かに、いくら世界の為とは言えこんな得体の知れない男に短期間とは言え心を全て曝け出さなくてはならないのは苦痛以外の何物でもないだろう。



 気持ちは分かる。



 が、こんな所ででぐずぐずしている訳には行かない…こいつらには悪いが俺はこんな世界どうなろうと知った事ではない。



 早く、一刻も早く、比嘉を霧香さんを見つけ出してガリィちゃんと赤ん坊もこんな馬鹿げた茶番から解放するんだ!



 俺は、ぐずるメイヤのローブの襟を掴みテーブルの上を引きずる形で自分に引き寄せる。



 「わきゃぁ!?」


 「ちょっと! なにすんだい!?」



 悲鳴もカランカの咎める声も無視して、メイヤの小さな口に親指をつっ込んで半開きにした!



 「ぶひゃ!?」


 「聞き分けねーから、直接書き込んでやんよ」


 


 ほんと、気は進まないが仕方にない。



 『ひぅ…!』っと、小さな悲鳴を上げる唇に喰らいつこうとしたときだった!




 「だぁめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 

 キャンピングテーブルを奔った黄色い閃光が、俺が喰らいつこうとした小さな体をかっ攫う!





 「!」


 「メイヤ!」


 「ちょと!!?」




 ぶちゅぅぅぅうぅぅぅぅうぅ!




 その場にいた俺、カランカ、リーフベルは状況が飲み込めずただ固まってソノ状況を見ている事しか出来なかった。



 からみあう金と銀。



 地面に組みひしがれた小さな体が驚愕のあまり固まり、ただされるが侭にその小さな唇を貪られる。





 ジジジッジ…ジジジ




 「っ!? てぇ!?」



 左目に走る痺れいるような痛み…まさか!



 あちゃ~マジかよ?



 地面で絡む二人をコードモードで確認する…ああ、間違いない________契約完了だ。




 「ぷはっ! なにするれち!? びっくりして契約しちゃったれちぃぃ!!」


 「コージは赤ちゃんのごはんなんだよ! いくら美味しそうでも皆が食べたら無くなっちゃうかもしれないでしょ!!!」



 『食べてみたいけどガリィだって我慢してるんだから!』と、明らかに俺を食料と見なす様な発言をしたガリィちゃんは代わりに自分を食えと言わんばかりに更にメイヤの唇に自分のを押し付ける!



 「ぶううううう!?」



 「うわぁお!? おk! ガリィちゃんもういい! 十分だから放してあげて!!」


  

 俺は、覆いかぶさるようにメイヤを貪るガリィちゃんを引っぺがす。



 「けふけふ! …ふええええええええええん!!!」



 なにやら色々なショックが重なったのか、その場で大声で泣き出してしまったメイヤにカランカとリーフベルがすかさずフォローに入る。



 『相手は女の子だから』とか『アレよりましよ』だのあまり慰めにならない言葉が飛び交う中、俺は捕まえたガリィちゃんをキャンピングテーブルに座らせた。



 「えと、大丈夫? なんか変わった感じある?」



 俺の問いに、ガリィちゃんは小首をかしげ首を振る。



 …直ぐには分からないか…って、ん?



 「ガリィちゃん、ちょっとごめんな」



 ちらりとみえたソレを確認すべく俺は、ガリィちゃんの着てるガバガバのローブの首元を胸の辺りまで引き下げる。



 あった。



 形良いBカップの谷間に500円玉程の大きさの円形の幾何学模様…恐らくメイヤにも同じ物が現れているだろう。 




 拒否反応が出ないといいけど…。




 ガリィちゃんと俺は、相互関係にある。



 だから、どちらかが契約すれば事足りるわけで…当初の予定とは違うけど目的は果たせたよな?


 


 「コージ」



 胸を眺めていた俺の顔が、ガシッと両手でつかまれグキッと強制的に上を向かされる!



 うほぉ! やべぇ! 煩悩読まれた!?



 と、一瞬、死を覚悟したが_______




 ベロリ



 顎の先から唇を這って鼻先まで湿った温かい肉が通過する。


 

 あまりの事に、言葉を失った俺の脳裏に感情が流れこむ。



 『思ったとおり…やっぱりコージは、甘くて美味しいなぁ…いつかガリィが全部喰い尽せたらいいのに』



 本能をギリギリの所で押さえ込んだ金色の獣は、美味そうな獲物を前に舌なめずりをしてニコリと可愛く微笑んだ。




 ゴトゴトゴトゴト、馬車は揺れる。



 とりあえず、昨日はあの沢の近くで野営してガリィちゃんの獲ってきた獲物で朝食をすませ半日がかりで当初の目的地カッサリン峠まで目の前と言うところまで来たんだけど…。



 「ふぅ…こんな所にまで魔王の力の影響が…」


 「ええ、本当になんて恐ろしい…」


 「早く、早く先に進むれちぃ…早くぅ…」


 「すごーい! うねうねしてるね」


 「ぶじゅぅぅぅぅぅっ! げほっげほっ! ちょ、っすとっぷ じゅるるるる~(捕食され中)」



 三者三様言葉に相違はあるが、意見は同じだ。




 どうしよう…。



 峠を目の前に控えた『森』は、蠢いていた。



 そりゃもう、まるで生い茂る木々にまるで意志でもあるみたいにベシベシ、バキバキと!



 そう、獲物を待つイソギンチャクみたいに!


 

 「オヤマダ! 何か策はなのかい?」


 カランカが、万策尽きたと俺に意見を求める。



 「ゲホッ! ハァハァ…コッカスを使って空から峠まで往復する事も考えたけどまだ義羽根と筋肉を繋ぐ金属がなじんでない…飛ぶのは無理だ」



 俺はカランカの問いに答えてから、不満げに手足をばたばたさせる赤ん坊を睨む。



 コイツ、最近喰い終わってからもチュウチュウと!



 「お前なぁ~喰うなら真面目に喰えよ遊ぶな」



 俺は、抱いていた赤ん坊をそっと荷台の板の間に下ろす。



 とりあえず今は、この森を突破する事を_____



 「こっじ、もっと」


 

 は?


 しゃべった?



 今まで、『まんまー』とか『あうー』とかそんな事は言ってたけどこんな風に会話として成り立つ文面を発したのは初めてだ…しかも、名指しで?


 ああ、何コレめっちゃ嬉しい!



 が、そんな喜びに浸れたのは一瞬だった。



 赤ん坊が…勇者が成長する…つまり、少しずつ魔王と戦う為に力をつけて来たと言う事。



 『魔王を倒した勇者は輪廻に還る』


 

 背筋に冷たいものが走り、脳裏にレンブランの最期の顔が浮かんだ俺は思わず赤ん坊を抱きしめる!



 …こんなに、こんなに小さいのに!



 「うう?」


 「お前は、俺が死なせない…勇者になんか絶対にさせねぇ!」



 

 「オヤマダ!なにしてんだい?」



 馬車を降り仲間と蠢く森を眺めながら作戦会議をしていたカランカは、荷台を覗き込む俺を苛立った声で呼びつけた!



 ああ、そうだな…今は取り合えずこの事態を何とかしないと。



 俺は、抱きしめていた赤ん坊をそっと下ろそうと手を緩める。



 「こっじ、こっじ」



 メイヤなんかよりももっと小さな手が、Yシャツの肩口をキュっと掴みもの言いたげなライトブラウンの目が必死に俺を見上げあうあうと口を動かす。



 「…しょうがねーな~少しだけだぞ? これ以上は俺が寝込むからな!」



 仕方ないと、目をつぶるが_______ちゅ。



 「え?」


 

 いつもと違う場所に感じた感触に目を開けると、赤ん坊がふにゃりと天使の笑顔を浮かべてる。



 ほっぺにちゅう…?


 俺、てっきりコイツにゃ食料扱いされてるだけって…何コレ?


 ゲロかわいい!



 痺れをきらしたカランカに襟首をつかまれ引きずられるまで、俺は赤ん坊を凝視していた。







 小一時間。



 全員での作戦会議で俺たちが導き出したのは実にシンプルな方法だった。



 『邪魔なら、焼き払ってしまえばいい』



 堂々巡りの答えの出ない会議の中、すっかり暇になった俺の提案は手放しで認証された。


 

 まぁ、あんな蠢く森に生き物がいるとは思えないし斬新だけど環境破壊が半端ないこの作戦は予想以上に上手くいってる。



 ガラガラ…。



 コッカスに引かれた馬車は火の海の中を進むが、こんなにも炎が燃えさかっているというのに馬車には一切影響は無い。 






 歌が響く。



 「流石だな…」



 エルフ特有の詠唱。


 エルフの中でも、特に僧侶や司祭と言った神に仕える者が使用する詠唱法でイメージとしては俺達の世界で言う所の『聖歌』だ。


 恐らくリーフベルの『詠唱歌』は、同じエルフの僧侶達…いや現在の司祭なんかより遥かに強力で心地よい物なのだろう。



 言語はエルフ古語。



 レンブランの知識を総動員しても聞き取れるのはごく僅か、大気の精霊に力を借りソレを己の魔力で何十倍にも圧縮してこの馬車の周りをすっぽり覆う。



 お陰でこの大惨事にも関らず熱くも煙くも息苦しくもない至って快適なのだが、その大気の壁の向こうの蠢く森の木々達は己の体が焼き尽くされる事にもがきメキメキと幹をよじる音がまるで悲鳴のようでこの状況を例えるなら阿鼻叫喚と言うに相応しいだろう。



 ズパン!



 カランカの折れた大剣が、死に際の一撃とばかりに馬車に振り下ろされた燃え盛る極太の木の根をなぎ払う!



 「もっと! やりな! メイヤ! 狂戦士!! 焼き尽くすんだ!」



 カランカの激が飛ぶ。



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