俺の嫁は狂戦士⑥


 もっとも、勇者の従者でありその"鍵"でもあるメイヤ、リーフベルは同じ従者で剣士あるカランカや"普通"のこの世界の住人に比べて個人レベルでの魔力の埋蔵量が桁違いだがそれを放出する肉体はまだまだ未熟だ。


 その為、大量の魔力の放出した際の熱の奪われ方が尋常ではない。


 普段ならその事も考慮し、どちらか一方が魔力を温存して置くのだが今回はそうのも行かなかった。


 

 余りにも早い襲来、村は一気にパニックに陥りかけた!



 その時、あの軽口を叩きながら群集を収めたのがあの正体不明の少年オヤマダ・コージだ。


 迫る群衆をのらりくらいりかわし、自分の立てた避難経路に上手く転がして誘導しまんまと自分たちごと村からたたき出すことに成功したのだきっと腹の中でほくそ笑んでいるんだろう。



 

 「まんまとしてやられたねぇ」



 この非難場所に指定された谷は村から大分離れてはいたが、魔力を使った転移などしなくてもカランカのその足なら十分に駆けていってオヤマダ少年を回収する事が出来たはずだが…。



 メイヤにもほっとミルクを手渡しながら、カランカは横目で赤ん坊の姿をした勇者を抱く狂戦士をみやる。


 金色の目、金の髪に覗く少しカールした猫科の獣人の耳そして身に着けているのは多分オヤマダの物と思われるここら辺に衣服とはまるで違う黒の長袖に金色ボタン胸元には赤い刺繍でなにやら生き物の形が縫いこまれているぶかぶかの上着の裾から不機嫌そうにフサフサの尻尾を揺らしながらその目は村の方角から目を放さない。




 選ばれし剣士は、舌打ちをする。



 カランカにしてみれば、今すぐにでも村まで駆け首根っこ引きずってでもオヤマダを確保したい気持ちでいっぱいだったのだが…。



 「剣士様、我々はどうなるのでしょうか? 村は? あの化け物は…」


 「お助けくだせぇ…従者様~」


 「勇者様は、まだ見つからないのですか!?」


 「嗚呼…女神様、勇者様、従者様ーオラたちのことたすけてくんろー!」



 不安に苛まれた群集が、カランカに縋りつく。


 メイヤやリーフベルが疲労困憊する中、自分が今この場を離れれば住人達は不安感から暴動を起こしかねない。


 そうなれば、兵士達だけでは穏便に事を収める事なんて出来ないだろう。



 それに______



 このパニック寸前にまで緊張の張り詰めたの群集が、狂戦士の存在に気付いたら?


 それこそ、狂戦士をこんな状態でこの場に残す訳には行かないし何よりアレは赤子の状態の勇者を手中に治めている。



 いずれ糧になる為死んで身を捧げなければならない相手だ、もしその気にさせてしまったらようやく座り始めた首くらい簡単にへし折られてしまうだろう。

 


 「大丈夫さ…あんた達の安全は保障するよ」



 誰が?



 たった一人で村に残って戦うあの非力で脆い少年か?



 不安がる群集を諌め兵士に指示して、下がらせたカランカは唇をかみ締める。



 込上げるのは、悔しさと虚しさ。



 何が、勇者の従者だ!



 『鍵』だ!



 あの赤いドロドロの前にはそんなの役に立たなかった!



 「カランカ…」



 ようやく体が温まってきたのか、リーフベルが握り締め血を滴らせたカランカの拳を取って治癒魔法を施す。



 リビングを吹き飛ばした時、あの少年は真っ先に狂戦士と勇者の前に立った。


 見越してはいたが、確信する。

 

 オヤマダと言う少年は、何だかんだ言っていたが恐らくはあの狂戦士と勇者を守るつもりなのだろう。


 それこそ、この世界が滅んだとして…いや、滅ぼしてでも。



 目の当たりにしたあの力にそれ程の事が出来るかは分からないが兎に角危険な存在に違いはない。



 が、現状として力を借りなければならなかったのが悔しいのだ。







 「いやぁぁぁぁぁ!!」





 突如、村の方角を見ていた狂戦士が叫び抱いていた勇者を地面に落とす!


 リーフベルが、すかさず抱き上げたが狂戦士の様子がおかしい。


 次の瞬間、雷を纏ったその少女は地面を抉るような衝撃を残して村の方角へ飛び去った!




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 あー…。



 途中までは上手く行ってたんだよ…。



 そりゃもう、この赤スライムが予想より早く雪崩れ込んだ時はビビッたけどさ!


 その後の俺の氷の様な冷静さときたら、パニクッた村の連中を上手い事誘導してさぁ~『やっ! コージと一緒にいるぅ!』なんて、理性フッ飛ばしそうな可愛い殺し文句放ったマイエンジェルを気が引けたけどちょ~とだけ良い子にさせて、村人ごと赤ん坊と一緒に安全な場所まであいつらに運ばせて、俺ってテラかっけーwとか思った訳よ!



 「ごふっ…2時間前の俺 しね つか、も やば 」



 あはは~ったく。



 柄にも無い事するもんじゃぁない…いや、この場合俺しか何とか出来る人材なんていなかった訳だけど。



 うん。



 身の程を知るべきだった、いくらレンブランがこの力をくれたつったて良く考えたら俺は何処にでもフツーの中学生でフツーの容姿にフツーの身長・体重…此処にきて頭は大幅に良くなった気がするがそれ以外は、この世界じゃゴミレベルの雑魚キャラだ。


 しかも、この世界とは何の関係もない部外者中の部外者。

 


 モブにすらなれないイレギュラー。



 そんなのが、ちょっと力を貰ったからって何でも出来る気になって恥ずかしい…今なら羞恥心で死ねる!





 と言うか、今正に俺は死の縁に立っていますねコレは。




 赤スライムについては、大方予想通りの反応だった。


 最初に触れたときの感じだと、アレはまだ起きる時では無かった明らかに『誰か』によって叩き起された感じだ。



 その証拠に、エネルギー…魔力が決定的に足りなかった。




 捕獲なんて簡単。



 怒りに我を忘れた赤スライムを俺を餌に、ちょちょいと外壁に使われていた元聖木の情報を書き換えて無人の村に閉じ込める。


 たったそれだけ。


 幸いにも、この世界の生物ではない俺を喰う事は出来ないらしいしから後は自分が得体の知れない力によって書き換えられ絶命する恐怖を味あわせてやるだけだ。



 もし、レンブランのキオクの『本来の時』に目覚めたコレであったなら俺は一人でやれるなんて大それた考え持たなかったしガリィちゃんには悪いがこんな村なんてさっさと見捨てて赤ん坊と3人でとっくの昔にとんずらしてただろう。



 村の半分をゆうに覆うほどに増殖した赤スライムは、案の定俺を飲み込んだが消化する事は出来なかった。


 が、片栗粉を入れたスープくらいのとろみのある赤いスライムの体内はやっぱり息ができない。



 まぁ、それも想定の範囲だったから俺は焦らずコードモードに切り替え一気にそれを只の水書き換える!



 誰もいない無人の村で、幾ら感情が暴走しようが関係ないわけだけど…さて、何処だ?



 1と0が崩壊し泡立つ中、俺はお目当ての物体を探す。



 あった! あの凝縮された数字の蠢く球体!




 ゴボボボボボボボボボボボ!?



 数字の蠢く球体が、ようやく異変に気が付いたが遅いねw



 赤いスライムは、そのサッカーボール程の大きさの黒い球体だけを残しそれ以外を只の水に変化させ地面に力なく広がる。



 「ごほ! げほっ! はっ、ざまぁ!」



 通常モードに切り替え目の前に転がる球体に近づく。


 あ~…コレは核だ、ほって置けば又増殖して殺戮を繰り返すだろう。



 そんな事になる前に、破壊しておくに越した事はない。



 俺は、ソレを破壊すべくに手を伸ばし___________ドン!




 「うそ…ゴポッ」


 

 意図しないのに、喉に血が競り上がる。




 俺の胸。



 心臓の位置に突き刺さって背中に突き抜けるのは、腕ほどの太さの鋭い棘。



 それは目の前の球体が変形したもの。




 あ、駄目だこりゃ。



 最初に脳裏に去来したのは、そんなこと。 



 油断した…!


 

 「がはっ! うあぁっ…ぁ」



 激痛。


 

 悲鳴を上げようにも、それは直ぐに無駄に終わる。



 足の先が冷えて意識が混濁する。



 心臓が完全に潰れてる…血液が循環を止めそのダメージは思考を先に奪う。






 レン ごめ…約束   がりぃ……かあさん かえりた_____





 視界がぼやける、ねむい、ねむい…さむい…さみし…。





 ああ、しにたくない。









 もう! なにやってんの!小山田君~!








 意識の切れる瞬間、奴の呆れた声が聞こえた気がした。


------------------------------



 「間違いねぇのか?」


 少し長めの燃える様な明るいオレンジ色の髪を後ろで束ね髪から覗くけも耳が、訝しげにピコピコしながらその背中に問う。



 「ああ、間違いない」



 問われた背中の主は、その手に持った古びたノートを閉じ頭上を睨む。



 年の頃は、恐らく17か18位だろうか?


 黒く艶のある少し伸びた髪、前髪に普段は隠れているその黒曜石のような瞳が揺れその陶器のように白い肌はその人物が男であるにも関らず性別を超えた美しさを与える。



 相変わらずキレイだなっと、オレンジの髪の年の頃は同じと思われる獣人の少年は頭上を睨む黒髪の少年の横顔をみやる。




 その視線の先にあるのは、石造りの天井。




 パリッ!




 その時、天井がにわかに光り青白い稲妻のような物が無数に走る!




 「来るぞ!」


 「マジか!?」



 石造りの天井に浮かぶ円形の幾何学模様それは、恐らく魔方陣だが少年達はその形状と刻まれた魔法を初めて目の当たりにし体を強張らせた。



 浮かび上がった魔方陣にノイズのような物が走り、そこに人影が浮かんだかと思うとそれは重力に従い地面に向って落下する!



 「っち!」



 落下するそれを黒髪の少年が受け止め一瞬安堵した表情を浮かべたが、瞬時にそれは驚愕に変わり言葉を失った。



 「嘘だろ…!」



 覗きこんだオレンジの少年も、そのあまりの凄まじい状態に思わず耳を畳む。



 黒髪の少年に腕の中でぐったりと気を失っているのは、同じ黒髪をしたこれまた少年。



 ただし、体格の小さな所を見ると自分たちよりも年は下だろう。



 だが、それ以前に_____。



 「ひでぇ…」



 オレンジの少年は、思わず声を漏らす。



 ぐったりとした少年の胸にには、下手したら向こう側が見えるんじゃないかと思えるほど大きな穴。



 というか、コレはもうぐったりとかじゃない!



 コレは、大変申し訳ないがもはや生きているとは俄かには信じ難い。



 が、黒髪の少年はそんな血まみれ状態の少年の体をそっと地面に置きその致命傷になった傷に手を添え何事が呟き始めるとその手の平が紫色に輝き回復魔法と思われるエネルギーを傷に注ぐ。



 しかし、黒髪の少年の顔が険しくなる。





 紫の輝きは、もはや眩しい位だというのに傷も意識も戻る気配を見せない。




 「まさか…!」



 黒髪の少年は、ある可能性に行き当たる。



 が、もしそのとおりならこの少年を助けられるのは自分ではない_____



 「ガイル!」



 黒髪の少年は、呆然と此方を凝視していたオレンジの名前を呼ぶ。



 「頼む! 小山田を救えるのは今この場においてお前しかいない!」



 「うえ!?」



 突然の言葉に、オレンジ_____ガイルは怪訝な表情を浮かべる。



 「ちょっ、チョイ待ち_____」


 「僕の指示に従ってくれ…頼む! もう頼れるのはお前しかいないんだ!」



 普段、他人を利用する事はあっても絶対に頼るという事をしないこの少年の必死の『お願い』に緊急事態にも関らずガイルの背筋がゾクゾクと震える。




 「…オレが、お前の頼み聞かないわけなじゃんW」



 ガイルは、満面の笑みを浮かべ少年の傍に駆け寄った。


------------------------------





 ああ、はらへった。



 良く考えたら、俺ここに来てから殆ど腹減ってばっかだと思う。



 今日だって、折角喰ったのに根こそぎ持ってかれて空っぽの状態で赤スライムと対決ですよ?



 もう勘弁してくれって感じだ!



 全く、世の授乳期の赤ん坊を抱えたお母様方は偉いと思うよ…。



 もうさぁ、喰っても喰っても足んないの…そう…全然_____だからさっきから流れ込む『コレ』すげぇ美味い…久々に腹が満たされる。



 口から流れ込む暖かいソレは、そっと離れていこうとしたが俺はそれを捕まえそのままむしゃぶりついた!



 捕まえたソレは、驚いて呻き声を上げる。





 駄目だ、逃がさない  足りない もっと もっと   ハラヘッタ。




 捕まえたソレを枯渇させる勢いで吸い尽くそうとした時、なんと追加が投入された!



 外部からリンクされたみたいに、吸い付くソレに流れ込んだエネルギーは変換されて俺に供給される。




 「この底なしが! オレ達を殺す気か!!!」



 知らないような、知ってるようなどこか懐かしいような声が俺を罵倒したけど構わず貪る。


 


 _____だって、腹ペコなんだもっと喰わせろよ。





 ガリッツ!




 「ふざけんな!』っと、無理やり離れたソレの舌に思わず噛み付いてしまった。



 じわりと口の中に広がる血の味…それすらも甘く感じ______?



 ん? 血?



 なん______バシッ!


 

 やっと開けた視界が真横にぶれる!


 


 「って…!」



 頬に受けた衝撃に、俺は横目でそいつを見上げた。



 人の上に馬乗りになった明るいオレンジの髪に金色の目が、顔色悪く俺を睨みつける。



 ぷるぷる震える三角の耳を見る限り、多分ガリィちゃんと同じ猫科の獣人だ。



 そいつは、口元についていた血を手の甲でぐいっと拭きなおも恨みがましい視線で俺を見下す。



 なに…この人?



 上手く頭が回らない、まだフラフラする…それに口の中がやたらぬるぬるって______!




 「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」




 俺の悲鳴に、馬乗りになっている獣人は耳を押さえる。




 「なにすんの! なにすんの! なにすんのぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 「うるせぇな! 泣きてぇのはこっちだ! この死に底無いが!」



 嫌だ! 考えたくない! だってだって俺、始めてはガリィちゃんとって思ってたのに!



 「ちっ!」



 不機嫌そうに顔を歪めた獣人は、いつの間にかはだけていた俺のYシャツから覗く胸の中心にするっと触れてる!


 

 「うひょぉ!? なに! なに!!!? おっお兄さん! 俺そっちの気はありません!」


 「はぁ? 何言ってんだ?」



 更にするりと手を這わせる獣人! 



 ゾゾゾっと悪寒が走り鳥肌が駆け巡る!




 「_______よし、大丈夫…成功だ」




 そういうと、獣人は俺の上から退く。



 成功? 何が?



 あ



 熱い手が離れようやく思い出す…そうだ、俺っ!



 俺は起き上がり自分の胸、あの貫かれた心臓の辺りを弄る!



 あ、傷が…傷が塞がってる!


 と言うか、なんだが周囲から無理やり肉と皮を寄せ集めたみたいに埋められたようになっている。



 「不恰好だが我慢しろ、これが精一杯だったんだ」



 不意にそう言われて、俺は顔を上げる。


 オレンジの獣人の肩をかりようやっと立っているのが精一杯という様子の黒いローブに身を包んだ俺と同じ黒い髪に黒い目のその人はどこか安堵したように俺を見た。



 「え? あ?」



 顔色は悪いが間違いない。


 年だって俺より上だと思うけど、それでも間違いない。


 その超絶美人な面構えは、さらにその美しさを極め_______つーか、まるでコピーだよ霧香さんそっくりじゃん!




 「比嘉______」




 グオン




 久しぶりに会う美貌のクラスメイトに歓喜が込み上げようとした瞬間、頭上で何かが青白く光る。



 「え?」


 「くっ! もう時間が無い! 小山田!!」



 比嘉が叫んだときには、俺の体がふわりと宙に浮く。



 「へ? ちょっと何コレ、ひっ比嘉!?」



 抗う事も出来ず浮き上がる体、何とか留まろうとバタバタさせた手を慌てて獣人が掴んでくれたけど!



 ブシュっと噴出す血、俺の手を取った獣人の手の甲から肩までがバックリと何かに切り付けられたように傷を作る!




 「おい! あんた大丈夫かよ!?」



 俺の問いに、獣人は唇をかみ締めただけで反応は無いが聞かなくてもかなりの苦痛に違いない!




 「聞け! 小山田!」



 立つ事もままならない、比嘉が這いながら宙に浮かび上がった俺を必死に見上げる。




 比嘉が俺に向って何か叫んでる!



 が、青白い光の洪水と巻き上がるような風が吹き荒れ上手く聞き取れない!



 「____がせ、魔王を_____お前は魔王に会わなければならない!」



 へ? 何ソレ?



 「つか、お前っきっ霧香さんは!?」




 天井からの光が強まり、獣人に掴まれほぼ垂直になった俺を上へ上へと引っ張る。



 「くっ!」



 ブシャっと肉を裂く音がして、俺を掴んでくれいている腕が更に血にまみれ獣人が顔を歪め遂に血で滑った手がズルッと俺を手放してしまう!



 「比嘉ぁ!!」







 ___ごめん_____を頼む________





 青白い光の中で、比嘉の声が途切れる。



 あ、遠ざかる。



 やっと、やっと、会えたのに!




 待って、待ってくれ!




 助けなきゃ、二人を。



 湧き上がる感情に根拠は無かったが、比嘉と霧香さんを救えるのは自分しかいないと何かが確信させた。




 「待ってろ! かならず_______俺がお前と霧香さんを迎えに行くから!!」




 俺を見上げた比嘉の目が見開き、更に何かを叫んだが俺には届かない。



 遂に、視界が青白く染まり




 ぐにゃり




 後頭部の下の辺りが、握り潰されたように歪んだ気がして俺は吐き気と共に意識を手放した。






------------------------------





 _______きな_______



____________起きな_______




 う…いやだ、気持ち悪い_____もう少し横になりたい________。





 「起きろっつてんだよ! この馬鹿!!」



 バチィィィィィィィン




 「うぎゃっ!?」



 左頬に衝撃が走り俺は、まどろみの中から引きずりだされた!



 回る視界、揺れる脳ミソ、どうにか体を起すが…ぎも"じわ"る"い"…うぷっ。




 「吐くならさっさとしな!」



 肩で息をしながら呻く俺に、カランカが冷たく言い放つ。




 「ゲホッ…鬼っ!」


 「鬼? はっ! あれに比べればまだ可愛いもんさ! どうするんだい? アンタの所為だよオヤマダ!」



 不機嫌と言うか何処か切羽詰まったように落ち着かない様子で、捲くし立てるカランカ…なに…?



 俺の所為だ? 話がみえねぇな。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 真っ青な空に、突如雷雲が集まり稲妻が走る!



 ガシャァァァァァァァァン



 腹の底を抉るような、爆音に俺は思わず耳を塞いでそのまま地面に顔伏せる!



 「______っしたぁ~なん______」



 俺は、ようやく事態を把握する。


 水浸しの村に、何者かが無作為の破壊の限りを尽くしたと思われる無数の家や商店やその他の重要施設の残骸。


 しゃがみ込んだ俺の前に立つカランカは、後姿からでも察しがつくくらい満身創痍。


 構えている大剣は、その持ち手てを血で汚しながら半分をぽっきり失ってはたが戦うには問題ないとカランカが俺を遮りそれと対峙っする。



 だが、どう見ても相手が悪い。


 …コレはカランカには荷が重過ぎるだろう。



 逆立つ金髪、血走る金の目、むき出しの牙…ああ、戻ってる。



 狂戦士。



 暴走すれば、世界は灰塵と化しその命尽きるまで止まらない。



 しまった…まさか、完全に制限を突破されてないみたいだけど『ちょっと死んでた事』がガリィちゃんにこんな形で影響を?



 「…ちょっと! 何にやけているんだい!?」



 いつの間にか緩んだ俺の顔に、カランカが怪訝な声を上げる。


 

 え?


 だって、これってそれだけガリィちゃんが俺に依存してるって事なんだぜ?



 マジで、可愛いくない?



 つか、もう食べていいですか?(性的な意味)で!



 「がぁぁぁぁぁぁ!!」



 狂戦士はその体から、稲妻を放ちながら天に向って咆哮する。



 「くっ!」



 一瞬、それは正に稲妻の閃光。



 カランカは、光の速さで眼前に迫った金色の狂気を認識よりも早く動いた反射で普通の剣士では既に首から上が飛んでいるであろう一撃を辛うじて回避するが衝撃で派手に弾き飛ばされる!



 「ガリィちゃん!」


 

 血走る金色の目は音に反応して、俺の方を向いたがそこに理性なく己の目に映るのが誰なのかなんて認識しない。



 あるのは、破壊衝動。



 金色の閃光が、水びたしの地面を蹴り牙を剥く!




 ずざざっと地面に引き倒され、仰向けに仰ぐ俺の目に映るのは狂気に歪む可愛い娘。



 「おいで」



 仰向けの俺に跨ったガリィちゃんが、牙をむきだし________ガリッ。



 「オヤマダ!」



 弾き飛ばされ地面に這い蹲っていたカランカが、悲鳴のような声を上げた。



 「よ~し、よ~し…」


 「うう~う~!」


 

 俺の首筋に喰らいついたガリィちゃんが、うなり声を上げわなわなと震える。


 落ち着かせようと逆立った金髪の長い髪をもふもふ撫で付けてやると、それにあわせてファサっと肩に落ち全身を駆け巡っていた稲妻も少しずつなりを潜め始めた。



 「いてて…ごめんね、びっくりしたろ?」



 返答は無い。



 ただ、苦しそうな呻き声と首筋に牙を食い込ませる顎の力が増すばかりだ。



 っ…頚動脈から外れてるから何とか…でも、いつ食いちぎられても可笑しくねぇな。




 カランカが、狂戦士に首筋を咬まれいるにも関らず笑みを浮かべる俺のをまるで化け物でも見るかのような目で見ながらも体を起こし折れた大剣を構える。





 あ、やべっ。



 俺は、首筋に噛み付くガリィちゃんを抱える感じで体を起して今にも斬りかかってきそうなカランカに『待て』と合図を送った。



 何をする気なのか? と、訝しげに此方をみるカランカの目の前で俺は、ガリィちゃんの柔らかい金髪を避ける。



 

 出来るもんなら、あんまり見られたくはないんだけどな…。




 ギリッと食い込む牙。



 その痛みを感じながら、俺はその露になったガリィちゃんの白い首筋に思いっきり咬み付いた!




 

 さて、此処からは色気も糞も無い。




 コードモード。




 黒地にグリーンの1と0の世界。


 折角、女の子の首に噛み付いても感触とか鈍くなるし楽しくは無いね。



 ま、楽しんでる場合でもないけどさ。



 あちこち狂ったコードを片っ端から書き直す、かなり複雑な作業になる為いつもみたいな手かざしとかじゃ繋がりが足りない。



 出来るもんならガリィちゃんに傷なんかつけたくなかったが、此処まで接近されるとそのくらいしか選択肢がないっちゃ無かった。



 ええもう!



 欲望としてはこうさぁ! 行きたかったですよ『ぶちゅ』とさぁ~!



 浄化したかったですよ、さっきの悪夢を!



 つか!


 比嘉さぁ~なんなのアレどう言う事ですか?



 なんの恨みがあって…いや、助けてくれたんだよな…。



 比嘉は俺を救ってくれた。



 あそこが何処であの光は何だったのか何がどうしてなんて思考が及びもしないけど、もう待てない、待っているには時間が立ちすぎだ…やっぱあの異空間での三年はデカイ!



 すっかり大人っぽくなってたなぁ比嘉…待ってろ…必ず霧香さんとお前を迎えに行く。



 



 俺は、ギリッと更に強くその白い首筋に歯を食い込ませる。



 ずるっっと、俺の首に食い込んでたガリィちゃんの牙が抜け全身を駆け巡っていた稲妻がなりを潜めガチガチに力の入っていた体からようやく緊張が取れていく。



 うん、もう此処までくれば…。


 

 もっと手こずるかと思っていた複雑な組み換えと上書きが、こんなにもスムーズに進む!



 ホント、久々に腹いっぱいだから何だって出来そうだ!



 栄養って大事だな~すげぇ!



 頭が普段より冴え渡る…そうだ、あのお兄さんのコード使える!



 外部リンクあれ良いよな~…うっ!


 

 一瞬あの悪夢がフラッシュバックしげんなりしたが、あの時『追加』されたエネルギーは比嘉の物で間違いないだろう…つまりあの二人は…比嘉マジデスカ?



 あのお兄さんとそんな関係? 霧香さんも知ってんの? ブラジャー着用の時点でその気の可能っ? あれって誰の? 霧香さんのじゃなかったけ?



 

 なんか深く考えちゃいけない気がしてきた!



 うん、忘れよう!



 そして、使えるものは使おう!



 俺は、早速ガリィちゃんの深層にそのコード書き込み自分にも全く同じコードを書き込む・・・あ、そういや自分に何か加工するの初めてだな上手く行くかな? 




 バチッ!



 「きゃう!」

 

 「って!?」



 コードを適応した途端、俺は首筋に焼け付くような痛みと歯を突きたてたガリィちゃんの首筋からまるで乾電池を舐めたときのようにビリビリとした衝撃をもろに口に浴びて思わず呻く。


 

 ザザザザザザ



 何コレ?



 脳裏に走るノイズ。



 ザザザザザザザザ…金髪に畳まれたけも耳、丸々としたボディの人懐こい笑顔?



 小さな手が引かれ、放されていく。


 悲鳴のような鳴き声。



 『必ず迎えに行くから!』


 

 歪む視界。



 ああ、これガリィちゃんの?



 今まで、おぼろげにしか分からなかった感情がダイレクトに雪崩れ込む。



 まって、ちょっと! これ不味いよ!



 エネルギーの共有、感情の共有、リンクなんてもんじゃない!



 相互100%こんなの一心同体って奴じゃ…ちょ、比嘉!



 あのお兄さんをそこまで…って、言うかヤバイ!



 このままじゃ俺!



 俺は、慌ててガリィちゃんに書き込んだコードを消去しようとしたが_______




 「うそ!」



 消えない、と言うか消せない!



 コードは既に1と0に飲まれ探し出すには対象を破壊しなくてはならないほどに深く深く沈む____つまりソレは…。



 「や…だ」



 正気を取り戻したガリィちゃんが、震える手で俺にしがみつく。



 「とらなで…コージはガリィんだもん…お兄ちゃんみたいにどっか行くなんてヤダ」



 涙に潤む金の目が、縋るように俺を見上げる。



 あーあー。



 魔王に会って、比嘉と霧香さんみつけて全部かたがついてレンブランとの約束どうり君が殺されて仕舞う様な危険から全て回避されたなら手放してあげようって自由にしてあげようって思ってたのに。



 駄目じゃん、そんな目で俺みたいな奴に縋って馬鹿だね。



 はぁ、母さん。


 法廷の赤い悪魔。


 冷静沈着に勝利をもたらす凄腕弁護士、その実体は家族の為なら法すら犯して守り抜く。


 俺、その家族に対する狂愛っぷり見ててさ頭がおかしいんじゃないかって思ってたけど今なら母さんのやってきた事すげー分かる。

 


 やっぱり、俺は母さんの子だ。




 呆然とするカランカを尻目に、俺は所有物を抱きしめる。



 ガリィちゃん、君が悪いんだからね?




 ____ もう、逃がしてあげないんだから_____。


------------------------------------------------------


 「随分と乱暴だね? 可愛がってるじゃなかったの?」


 「え? 可愛いよ! 愛してるもん! 見てて分かんないかな?」


 「死ぬ寸前まで追い込んだあげく、感動の再会かと思いきや頭かき回して強制終了でしょ? 何処に愛情が? 下手すりゃ壊れる…とても理解なんて出来ない」


 「コレもプロセスさ~僕等が出会うまでのね~」


 「できれば、永久に出会わない事を祈らずにはいられない」


 「うわ! 酷っ! そんな事言う子は消滅させちゃうぞぉw」


 「…」


 「いやんw 今のは冗談冗談w 大丈夫だって! ぼくちゃんお前の事も小山田君と同じくらい愛してるからぁ~拗ねないでよ」


 「…」



 「あ~そろそろお腹空いたんでしょ? だから機嫌悪いんだ~もう! 早く言ってよね~ww」


 『ほら、いっぱい食べて良いんだよ?』そう言ったソレはグイッっとその唇を押し付けてくる。


 気色悪いと思いながらも本能に負け、もう貪る事しかできなかった。

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