俺の嫁は狂戦士②

 カランカは、ソレを咎めるでもなく俺の額から剣先を逸らす事無く突きつけた。


 「全く、面倒な事になったねぇ」


 カランカは、俺に剣を突きつけたまま地面に座り込んだまま赤ん坊を抱くガリィちゃんとその胸の中できょとんとした顔で此方を見る赤ん坊にため息を付いた。


 「コージ…!」


 パリッっと、ガリィちゃんの金色の髪に小さな稲妻が走る!


 俺は、それを制止するように手を振った。


 「世界を救いたいあんた等に、唯一『勇者』を成長させる事の出来る俺は殺せないだろう?」


 「ほ? 知ってたのかい? ああ、確かにその通りさ…」


 額に突きつけられた大剣が、すっと下ろされる。


 「だから、アンタにはアタシ達と一緒に『勇者の使徒』として魔王討伐に参加してもらう!」


 「!!!?______じょ!!?」


 『冗談じゃない!』っとガリィちゃんが叫ぼうとした瞬間、岩陰や木々の間からカランカと同じ素材の防具に身を包んだ兵士と思われる一団が現れ俺達を完全に包囲した!


 見た所、魔力に特化したエルフ50に物理攻撃が中心の巨人族が30に加え『勇者の従者』たるカランカねぇ~見るからに無理ゲーだ!


 が、それでも本来なら狂戦士のガリィちゃんの敵では無い…そう『本来』なら!


 「コージ! 下がって! こんな奴等ガリィが______」


 「やめろ!!」


 俺が叫んだときには遅かった!


 バチッ!


 「ぎゃぅっ!?」


 ガリィちゃんは、喉元を押さえ体を丸めるように横たわりヒクヒクと痙攣を起す!


 「やっぱり…暴走してないから何か仕掛けが在るとはおもったけどねぇ…」


 カランカの声が、目を細め冷たく呟く。


 「ガリィ!!」


 地面に放り出された赤ん坊を抱え、俺はガリィちゃんに駆け寄る。


 「なに コレ…?」


 「あ~…レンブランが造ったリミッターだよ、言うの忘れてた…落ち着いて魔力を抑えるんだ!」


 俺はガリィちゃんの崩壊した精神を再構築したが『狂戦士の力』の制御は困難を極めた為、普段は本来の力の100分の1位の出力に止める様に神経回路を調整しソレを超える魔力を放出しようとした場合レンブンランが造った『鎖の首輪』形の魔力制御装置が発動するようにプログラム変更した訳だが…参った!


 …コレじゃ効きすぎだ!


 ガリィちゃんの震える手を握り、魔力の調整を______なんて、カランカが許すはずも無い。


 ジャリッっと、ブーツが地面の小石をつぶす。


 「さぁ、大人しく来てもらうよ!」


 屈強な巨人族の戦士を従え俺たちを包囲したカランカは、拳を振り上げニヤリと笑う。


 その鉄槌は、俺の頭部に無慈悲に振り下ろされ霞む視界に見開く金色と赤ん坊の泣き声が虚しく響いて俺の意識がそこで途絶えた。




           ◆◆◆



 ……いった…は…は…~!


 

 …ははは~♪


 上手く行った!


     上手く行った!


   僕ちゃん天才!!!!


 『…なにが?』


 え"?


 何!?


 聞こえてるの????



 …いや~何でもないよ…うん!


『はぁ? なんだそりゃ? 余計に気になる!』


 ああああ!


 もう!


 さっさと起きなよ!


 小山田くん!


 

 ガリィちゃんが困ってるよ!


 バチッ!


             ◆◆◆


 「うぎゃっっっっ!?」

  

 理不尽に突き抜ける電撃に、俺の体がその意志とは関係なく跳ね上がる!


 起き抜けに何かゴミみたなのを吸い込んでしまい咳き込みながら体を起す俺が最初に目に付いたのは、敷き詰められた藁に鉄格子。


 まるで家畜小屋のようなこの感じは、レンブランの村でぶち込まれた牢屋ににて…いや、牢屋だコレ!



 つか何?

 なんか揺れてんですけど!?


 牢屋全体が、ゴトゴトと地震…じゃねーこれ…。


 流れる景色と、時折ガタンと大きく揺れる牢屋。


 ガタガタと牢の四隅から聞こえるの音は恐らく車輪。


 寝ぼけた頭がようやく自体を理解する…俺達はどうやらカランカに捕まって売られる仔牛如くドナドナ中らしい。

 その証拠に移動する牢屋の回りにはオリハルコンの鎧に身を包んだ屈強の兵士たちが此方を見ながら顔を赤らめ鼻の下を伸ばして…って、おかしくねぇ!?


 「コージ!!!」


 兵士に気を取られていると背後からガリィちゃんが、焦ったように俺のを呼ぶ!


 「ガリィちゃ…ブッ!!」


 振り向くと、そこには涙目の全裸けも耳美少女が赤ん坊に授乳する姿が!!


 「くっついて離れないの! たすけてコージ!!」


 どうしよう!

 鼻血がとまらねぇぇぇ!!


 つーか! 全裸がナチュラル過ぎて、ガリィちゃんに服着せるの忘れてた!


 そんなガリィちゃんの痴態に、兵士どもが艶かしい視線を向ける!


 「っち! てめーら見てんじゃねーよ!!」


 俺は、慌てて学ランの上着をガリィちゃんに掛けて胸に吸い付く赤ん坊を剥がしに掛かった!


 チュバッ!


 「やーうー! まんまー!」


 「何が『まんまー』だ! ソレ俺の! お前の飯はこっち…ってか、喋べっ うぶっ!!」


 赤ん坊は引き剥がした反動を利用し、今度は俺の唇を襲撃する!


 しまった!と、思ったがもう遅い!


 『ぶじゅぅぅぅぅぅうぅぅぅうぅうぅうぅぅ~~!』


 唇に吸い付いた赤ん坊が、強引に俺の舌に喰らいつく!


 「ぷぇあっ! ちょ! まっ!!」


 懇願を無視し、小さな手で俺の両耳をつねるように捕まえ頭を固定した赤ん坊は不機嫌そうに『腹が減った』と舌に喰らいつきじゅうーじゅうーと吸う。


 その様子を柵ごしに見ていた兵士達からは、なにやら微笑ましい珍事を見守るが如くクスクスと笑い声が広がる。


 恥ずかしい…年端も行かない赤ん坊に口腔内を貪られる姿を大勢にガン見されるとか!!


 今なら羞恥心で死ねる!!!


 俺の気持ちなんかお構いなしに、羞恥心の欠片も持ち合わせていない赤ん坊は本能の求めるまま『よこせ! よこせ!』と生えかけの歯で舌をギリッっと噛んだ。 


 イテテ…分かったよ!


 あーあー、飯食ったばっかだったのに。


 俺は、目を閉じて意識を集中した。


 すると、唇に吸い付く赤ん坊の体がにわかに発光する。


 「コージ!!?」


 その異様な状況に、ガリィちゃんが慌てて俺から赤ん坊を引っぺがす!


 「けぷっ」


 ガリィちゃんに引っぺがされた赤ん坊は、満足そうに可愛らしくゲップをしてふにゃっと微笑む。


 この飢えた獣め! 

 可愛いじゃねーか!

 ちくしょ!


 藁の上に蹴躓いていた俺は、そのまま後ろに倒れこんだ。


 「こっコージ!? 大丈夫!!」


 赤ん坊を抱いたガリィちゃんが、突然ぶっ倒れた俺を心配そうに覗き込む。


 わお…ナイスアングル。


 羽織った学ランからのぞくたわわな実りが艶かしい…やっぱチラリズムは男のロマンだなマッパよりそそる…。


 けど今は。


 ぐうぅぅぅぅぅぅ…。


 絶景を前に、俺の腹が『花より団子』だと警鐘を鳴らした。


 「は はらへった…」  


 飢餓状態の俺に対して、満腹になり幸せそうにガリィちゃんに抱かれて眠る赤ん坊。


 そう、赤ん坊は今の所この方法でしかカロリーを摂取する事が出来ない。


 コレは俺の仮説だが、多分俺の摂取した栄養を赤ん坊が強制的に魔力に変換して吸い上げていると言った感じなのだろう。


 レンブランは魂が吸い上げられていると解釈してたみたいだけど、もしそうなら俺なんてとっくに死んでるだろうから…多分…きっと、魂とかではないと思いたい!



 ガタゴトとドナドナされること半日。


 すきっ腹を抱えた俺の目に飛び込んで来たのは、もはや懐かしさすら感じるあの村。


 「あそこは…」


 その村を目の当たりにしたガリィちゃんの表情が曇る。


 そこは、過疎化の進む廃れた村クルメイラ。


 レンブランとガリィちゃんの故郷。


 但し、どう言う訳か廃れていたはずの村は物々しい不陰気の兵士達で溢れ村の外壁は敵からの攻撃でも防ぐかのような先端の尖った太いでその回りを囲む…まるで砦だ。


 「止まれー!!」


 カランカの声が響くと、牢屋を引いていた一団が止まる。


 さっきから気になってはいたが、こいつら一体何なんだ?


 四畳半ほどの大きさの車輪のついた牢屋を半日以上引き続けたこの緑色の生物。


 緑色の鱗に長い尻尾、鍛え抜かれた太ももに鋭い鍵爪…一言で例えるなら直立二足歩行をする大トカゲだ。


 牢屋の柱と台車から伸びる太い鎖をその屈強な体に巻きつけ、休む事無く馬と同じ速度で引き続けた大トカゲ20人(匹?)はようやく休む事を許され方膝を地面に着け上がった息を整える。


 そんな緑の集団の一人の頭にガツンと、かなり大きめの石が当った。


 俺が石の飛んできたほうを見ると、恐らく石を投げたであろうエルフの兵士がゲラゲラと醜悪に笑い更に石を投げつけるが周りにいた兵士達はソレを咎めるでもなくその様子を笑いながら見ている。


 何個も石が直撃しているにも関らず、その大トカゲは片膝を地面に着き背筋を伸ばしたまま微動だにせずただ真っ直ぐに前をむく。


 ガッツ!


 遂に、石の直撃した側頭部がぱっくりと割れ血が流れた。


 「おい! てめーら! 仲間になにしてんだ!!!」


 俺は、余りに理不尽な仕打ちを受けるこの緑の生物が不憫になり思わず声を荒げる!


 すると、俺の言葉がさも面白いとばかりに回りの兵士達がゲラゲラと笑い出した。


 「おい、お前! そりゃ何の冗談だ? リザードマンが『仲間』だって? 冗談にしちゃ上出来だな! がはははははは!」


 巨人族の兵士が、腹を抱えて大笑いし微動だにしない『リザードマン』と呼ばれた大トカゲに蹴りを入れる!


 巨人族にしては小柄だか、身長5mはありそうな兵士の蹴りを受けたリザードマンは体に巻きつけた鎖の所為でダメージを逃がす事も出来ず更に鎖が肉に食い込み血を流す。


 「おい! なにすんだ!!!」


 「こいつらリザードマンは、家畜と同じだ! こんな連中と同じに見やがって…カランカ様の命令がなけりゃコイツと同じ目にあわせる所だぞ小僧!」


 蹴り倒され地面に這うリザードマンを、巨人の兵士は更に踏みつける!


 仲間が酷い仕打ちを受けていると言うのに、他のリザードマン達は片膝を地面に着く体勢を崩さす真っ直ぐ前を向いて微動だにしない…なんで誰も助け______。


 その時、目の奥がチリチリと痛み頭の中にスライド写真のように画像が浮かぶ!


 コレは、レンブランから引き継がれた知識の一端だ。


 「っ…リザードマン…下等種族 奴隷 家畜…?」


 蓄積されたレンブンランの知識が、俺の脳裏にリザードマンに関する情報を表示する。


 …知能が低く、社会性も見無…一般的に家畜と同じ扱いを受ける下等種族とされているが…それは間違いだ!


 レンブランの見解によれば、彼等は独自の社会性をもち知能もそれなりに高いし魔力も他の種族に引けを取らない筈。


 よく見れば、弄られる仲間を助ける事が出来ない悔しさからかリザードマンたちは微かに体を震わせ拳を握り絞めている。


 彼等には、社会性も知識も十二分にある!

 こんな扱いは間違っている!!


 すっかり、ぐったりしてしまったリザードマンの頭部に巨人の兵士が足を振り上げる!


 あんなオリハルコンのふんだんに使われたブーツのかかとで踏まれたら、きっとあのリザードマンの頭部は簡単に潰れてしまうだろう…くっそ!


 「ガリィちゃん! 出来るだけ下がって!」

 「コージ!?」


 出来れば、飯にありつくまで大人しくしていようと思ったがコレは見逃せない!


 「コード:30456アース・アウェイク!!」


 突如、謎の言葉を発した俺に全ての兵士の視線が集まる!


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


 地面が揺れる。



 「なっ なんだ!?」

 「地震か!?」


 突如揺れだした地面に、兵士達はうろたえ隊列が乱れる!


 「何事だい!!」


 そこへ、異変を察知したカランカが漆黒のユニコーンに乗って駆けつけた!


 「かっカランカ様!」


 余りの揺れに地面に立つ事すらまま成らない兵士が、青ざめた顔で空を指差す。


 「な!!?」


 上を見上げたカランカの目に飛び込んだのは、地面から15m程上空に無数に浮かぶ長さ10m太さ1mの岩の柱。


 それも一本だけじゃない、数百もの岩柱が兵士達の頭上に浮遊する。


 カランカは、牢の中にいるこの異様な光景の元凶と思われる少年に視線を移す。


 「アンタ…!」


 少年は、カランカと目が合うと冷たい笑みを浮かべ手を軽く握り親指を下に向けた。


 「つぶれろ」


 ドドドドドドドドドドドドドドド!!


 細めた左目の緑に、空から無数に降りそそぐ岩柱に逃げ惑う兵士の叫び声と舞い上がった土埃が映る。


 オリハルコンの装備を身につけているお陰で死人は出ないだろうが、コレでは無事と言う訳には行かないだろう。

 その様子を、さも楽しげに肩を震わせながら見る背中に狂戦士と呼ばれた少女はうすら恐いモノを覚え思わず胸に抱いている赤ん坊をぐっと抱きしめた。


 地響きが過ぎ去り、この牢屋とソレを引くリザードマン達を除いて誰も地面に立つ者など…いや、いたか。



 「っく!」


 カランカは、大剣を地面に突き刺し辛うじて体勢を保つ。


 ガッ!


 そんな彼女の目の前で、何十にも魔法強化・魔力無効化などの加工の施されていた筈の牢の格子がまるで腐った木のようにいとも簡単に蹴り壊された。


 ヒョイと牢屋から飛び降りた少年がチラリと自分を見る。


 殺される!


 思わず身構えたが、少年は自分になど興味がないとばかりに何故か牢を引くために使っていたリザードマン達のほうへ駆け寄る。



 何をしているんだ?


 「ひでぇな、大丈夫かよ?」


 倒れていたリザードマンに駆け寄った少年に、他のリザードマン達が警戒する。




 「落ち着けって! 俺、小山田浩二ってんだけど…ええ~と、『俺コイツ助ける』分かるか?」

 



 少年は、リザードマン達に優しく微笑んだ。 





------------------------------



 

 うへぇ、こりゃひでぇ…。



 俺は、頭から血を流し地面に横たわるリザードマンの傷の具合を見ようと手を伸ばす。




 グルルルルルルルル…



 不意に伸ばされた手に、横たわるリザードマンとその仲間が殺気だった唸り声を上げる。



 「安心しろ、酷い事はしない」



 少しの沈黙し視線を絡ませる。


 すると、横たわるリザードマンの爬虫類的な黄色い瞳の中のぴんと細くなっていた瞳孔が少し緩み他のリザードマン達も唸り声を止め警戒がうすくなった気がした。




 「触るからな?」




 血が流れる即頭部は、ベロリと皮が剥け中の肉が見えている。

 

 

 「ぐっ」



 「あ、わりぃ…ちょっと待てよ!」



 俺は、持って来たレンブランのリュックからガラスの小瓶を取り出す。



 「かなりしみるけど、一番効くヤツだからな」



 手の平に琥珀色の液体を零して、傷口に塗りこむ。



 「ぎゅ!? ううう!」


 「ごめん、ごめん、我慢な!」



 その様子を、心配そうにおろおろしながら仲間のリザードマン達は見ている。




 「アンタ…なにやってんだい?」



 背後からする女の声。


 振り向くと、地面に這い蹲り呻き声を上げる兵士たちの屍累々(誰も死んではないが)の中で唯一地面に立つ人影が此方を呆気にとられたような表情で見ている。


 


 「お宅の、躾のなってない兵隊さんがボコッた怪我人の介抱ですがなにか?」


 

 俺は、素っ気無く答えて治療を続ける…包帯どこやったかな?



 「な まさか…リザードマン如しの為にこんな事をしたっていうのかい…?」



 カランカは、信じられないとばかりに息を呑む。


 オリハルコンの装備を身に着けていたお陰で、死亡者こそいないが強固な装備の中身は血の通った肉…その装甲こそ傷一つ無いが広範囲に渡って降り注いだ岩柱の衝撃は殆どの兵士が身動き取れなくなる重軽傷を肉体に負わせるには十分だった。



 そして、これ程の大惨事を引き起こした理由が奴隷…いや家畜といっても過言ではない下等な種族を救う為だと言う。



 カランカは、眩暈を覚えたようだ。



 

 俺は、やっとリュックから取り出した包帯をリザードマンの頭に巻き他の傷にも薬を塗る。



 その様子を訝しげに見るリザードマン達。



 多分、今まで怪我とかしても治療らしい治療を受けた事がないのだろう。



 良く見れば、リザードマン達の体には生々しい傷跡があちこちある。



 「ごめんな。 俺、治癒魔法とか使えない…って言うか、魔力とかもってないからこんな事しか出来ねぇけど…」



 すっかり治療の終えたリザードマンは、爬虫類特有の目を見開いてまるで変な物でも見るような眼で俺の事を頭のてっぺんから足の先までまじまじと見つめる。



 しかし、酷い。



 怪我をしているリザードマンもそうだが、他の鎖に繋がれている奴等も鎖にすれて手首や足首に血が滲んでいる。



 俺は、横たわるリザードマンの手首に食い込む鎖に触った。



 パキン!



 鎖が、いとも簡単に壊れる。



 やっぱりねぇ。



 この鎖といい牢の格子といい多分、魔力が大いに関係しているんだろう。



 俺に魔力は効かない、それどころか魔力自体を相殺するか破壊してしまう。


 だから、牢の格子だって蹴りいれたら簡単に壊れたし!


 俺は、片っ端から鎖に触って破壊する。



 「ほら、もう自由だ! 早く逃げろよ!」



 何が起こっているのか理解できていないリザードマン達は、呆然とした面持ちで俺を凝視するばかりで誰も動こうとしない。



 「ほら? どうした? 行けよ! こんな所にいたんじゃもっと酷い目に遭うかもだぜ?」



 「馬鹿が」



 背後で、満身創痍のカランカが人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。



 「こんな、考える知能もない家畜に自由など与えても野垂れ死ぬだけさ」



 カランカの言葉に俺ははっとする!


 そうか、いくら潜在的な能力は高くとも今まで何千年と家畜として扱われてきた彼等に行き成り『自由』だと言っても意味など判るはずはない。



 

 しまった…。



 俺が自分の浅はかさを反省していると、今まで立ち尽くしていたリザードマンの一人が急に片膝を地面に付き俺に向って深く頭を下げソレを皮切りに横たわっていない全てのリザードマンが同じポーズで頭を垂れる。




 「おい!」



 「我ガ主ニ忠誠ヲ」




 リザードマン達がいっせいに舌を鳴らした。





 「おおう???」



 突然の事に俺はたじろぐ!



 何コレどゆ…あっ…良く見ればリザードマン達は微かに震えている。




 「コージ!」


 

 背後からの声に振り向くと、学ランの上着をはおったガリィちゃんが胸元でぐっすり眠る赤ん坊を抱えて立っていた。



 いいな…アイツ…。



 

 「コージ、早く答えてあげないとその子たち可哀想だよ!」



 「うえ? 答える??」



 ガリィちゃんの言葉に、胸に顔を埋める赤ん坊を見ていた俺は思わず声が裏返る。



 あ…チリチリと左目奥が痛み情報がスライドする。



 コレは、リザードマンの奴隷が新しい主に対して行なう服従のポーズ。



 つまり、仲間のピンチを救った俺を新しい主として隷属したいって事か…重い、重すぎる!



 こんな異世界で、いきなりリザードマンの奴隷が20人できるとかどんだけだよ!!



 「こっことわっ…げっ!」



 リザードマン達の口から血が滴る!



 何!?



 断ったらこいつ等死ぬの?



 ああ、マジっぽい!!!




 「えっと…あ~聞いてくれ! 俺は『奴隷』や『家畜』はいらない! ちょ、待て! 舌咬むな! 最後まで聞けってばぁ!!」



 俺は、今にも舌を噛み切らんばかりのリザードマン達を諭す!




 「いいか? 奴隷とかじゃなくてさ…もっと、なんかほら友達…そうだよ! 俺とお友達になろうぜ! え~と、仲間! フレンドお分かり?」

 



 俺の言葉の意味がよく分からないのか、リザードマン達は戸惑ったようにお互いの顔を見合わせる。



 う~ん、こりゃ行き成り理解させるのは無理か~…。



  「仕方ない…『許す』」



 その言葉を聞いたリザードマン達が、いっせいに舌を鳴らす。



 それは、主従契約完了を意味する鳴き声。



 不本意だが仕方ない、下手に誤解されて20体もの死骸を作るわけにも行かないし後でじっくり説明して理解してもらうとしよう。



 つか、それよりも…。



 「あ!」



 突然、ガクンと地面に膝を着いた俺にガリィちゃんが駆け寄る。



 「コージ! しっかりして!」



 ぐきゅるるるるるるるう~~~。



 俺の腹が断末魔の声を上げる! 限界だ!



 「はっ はらへった」



 ぐるんと視界が回り、俺はまたもや気絶した。






------------------------------



 ああ…なんだ?



 やたらいい匂いがする…甘い…甘い匂い…唇に押し付けられているいのは、やわらかくて温かくて_______ガジッ!



 俺は、空腹のあまり起き上がる前にそれに食いついた!




 「何コレ!? うまぁっ!!!」 


 「コージ! よかった!」



 安堵の表情を浮かべるガリィちゃんに見向きもせず、まるで地獄の餓鬼の如くその手からソレを奪い貪った!



 「もっとあるよ!」



 どこから持って来たのか、ガリィちゃんが差し出した皿に10段ほど積まれたホットケーキのようなそれはシロップと思われるものを滴らせ甘い匂いを放っている!



 俺は、飲み込む時間さえ惜しくて次々口に詰め込む!



 「ん"っんんんんんんん!!!!」



 「コージ急ぎすぎ! お水飲んで!」



 ガリィちゃんからコップを奪って、喉に詰まった物を一気に飲み込んだ!



 うっぷ…死ぬかと思った!




 「まるで獣でち」



 聞き覚えのあるしたったらずな声に、俺はようやく食い物から視線を上げた。



 ぶっとい金属の格子の向こうに、白いローブに身を包んだ見覚えのある綿毛のようなふあふあの髪の幼じょ…幼児の姿を捕らえる。



 ん?


 つか、また牢屋なの?



 腹が落ちついてようやく周りの状態を理解した俺はため息つく。




 「一体どんな手を使ったれちか? リザードマンがあんなに抵抗するのを見たのは初めてれち」



 幼女___もとい、勇者の従者:魔道士メイヤは淡々とした口調ながらもその目には好奇心の色を浮かべていた。




 ん? ちょっと待て…抵抗?



 リザードマン達って!!



 「ガリィちゃ」

 「あのねコージ…あの後、村の方からいっぱい兵士がきて皆で逃げようとしたんだけど…ガリィ半分しか倒せなくてまた動けなくなったの…皆もがんばってくれたんだけど…ごめんなんさい!!」



 牢の床に敷かれた藁の上にへたり込んだガリィちゃんが、金色の目からぽろぽろ涙を流す。



 「赤ちゃんが…」


 「え!?」



 牢屋のどこを見渡しても赤ん坊の姿が無い!



 「おい! てめぇ等!」


 「勘違いしないでほしいれち! 勇者はもともと此方のものでち! そりにリザードマン達も重症でちが死んではないせちよ? 珍しい症例でちから生かして捕らえてまち!」



 メイヤはふふんと鼻をならす。





 「こいつ!」



 俺は、分厚い牢の格子に触れる!


 コレでぶっ壊れ______が、なにも起こらない!



 「無駄れち!」



 メイヤが、にやりと笑う。



 「この牢に使われてるのは、対あんしゃん用にこのメイヤ様の創った世界で最も硬い金属『ヤワラカクナイ』れち! あんしゃんは魔力が一切通用しないみたいれちが、そえ以外はそこいらの子供よりも脆くて非力にたいれちからね~」



 ケタケタと得意げに語る幼女…可愛くねぇ!




 「そりに、これ程の強度がありばそこの制限のかかった狂戦士では壊せんれちよ!」



 メイヤの言葉にガリィちゃんが、悔しそうに唇を咬み拳を強く握る。



 「ごめんねコージ」


 「ガリィちゃんがあやまる事ねぇ…って、うおおい!!?」



 空腹の余り気がつかなかたが、ガリィちゃんの両手の拳は皮が破け肉が見えている!




 「何しちゃってるの!?」



 恐らく、此処から出ようと格子を殴ったんだろう…それも一発じゃない何十発も!



 俺はボタボタ血の滴る拳を治療しようとレンブランのリュックを探すが、どうやら没収されてしまっているらしく牢の中には見当たらない!



 「このくらい大丈夫だよ?」



 慌ててる意味が判らないと、カクンと首を傾げるガリィちゃん。


 確かに、狂戦士の自己回復力ならこんな出血直ぐ止まるんだろうけどさぁ!



 「女の子なのに、傷とか残ったらどうすんの!」



 俺の発言に、メイヤがポカンと口を開けガリィちゃんが更に意味が判らないと繭を潜める。



 ん?


 俺なんか変な事言ったか?




 「…種族も違うれちに、なにふざけてまちか? 本当、なに考えてりかわからんれち! あんしゃんの為に三年も振り回さりたかと思うと情けないれち!」



 呆れたと、ため息をつく素振りを見せるメイヤの言葉に俺は耳を疑う!



 「おい! 今なんつった!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る