クロノブレイク0~可哀想な小山田くんの話~

粟国翼

血とゲロと異世界と

血とゲロと異世界と

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 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 彼は、叫ぶ事しか出来なかった。


 強いて例えるなら、ドラム式洗濯機の中に突っ込まれ回転しながらジェットコースターに乗せられ4Dシアターでド迫力のスター●ーズが早送りで流されているようなそんな感じにくわえて、


 錐揉み状態。


 それが、今置かれた状況に相応しい言葉だろう。


 訳の分からない状況に置かれ、振り落とされてなるもんかと彼は目の前のモノに必死にしがみ付く。


 体中がそれの血で汚れるが、それ処ではない!


 彼が、しがみ付くモノ。


 比嘉切斗______彼のクラスメイト。


 ただし、今は体の穴と言う穴から出血し意識は無く生きてるのか死んでるのかさえ不明だ。


 それでも、他につかまれそうな物が無いのだから仕方ない。


 上下の区別すら付かない亜空間をただ前に______いや、落ちてるのかすら判らずひたすら揉みくちゃにされる。


 「うぷっ!」


 急に、胃から込み上げるような吐き気に襲われた。



 ヤバっ!

 俺、絶叫系とかマジで駄目なんだ____……!!!



 ゲロロロロロロロロロロロロ……。


 『しまった!』と思った時には既に遅く。


 血まみれのクラスメイトは、更にゲロまみれになっていた。


 心の中で詫びながらも第二波が_________


 流石にまずいと思いしがみ付いていた片方の手で口を押さえるが、これがいけなかった!



 ズルッ!



 「え?」


 錐揉み状態の中、血とゲロで滑ったのかしっかり腕を握っていた筈の手がクラスメイトから離れ亜空間に放り出される!


 「うぷっ!? え? ウソ? ちょっと待て!!」


 あっと言う間に、手の届かない距離まで離れてしまい焦ったのも束の間。


 フシュン!


 クラスメイト、比嘉切斗の姿が突如消えた。


 「マジで?」


 荒れ狂う亜空間に、撒き散らされた吐瀉物と途方にくれる彼だけが取り残された。

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 おっす! オラ! 小山田浩二!


 どこにでも居る中学二年のピチピチの14才!


 そんな俺は、今コンビニ裏の路地で不良に絡まれてんだ!


 ま、最初に絡まれてたのは親友の仲嶺って奴なんだけど帰りがけに通りかかったらガッツリ目が合っちゃってさぁ…。



 瞬き4回で「タ ス ケ テ」のサイン。



 もう、行くしかないって突入したのは良いけど


 ・ 格好良く俺登場


 ・ 不良強すぎ


 ・ 親友逃げる


 ・ 今に至る



 うん! 我ながらなんたるテンプレ!


 マジ、どうしよう…。



 「おい、コラ! さっきまでの威勢はどーした? ああ??」


 着崩したグレーのブレザーにブリーチに失敗したまだら色の髪の眉なしヤンキーが、俺の学ランの襟を掴みメンチきってきた。


 「お友達は、逃げちゃったみたじゃん? 何とか言えよコラ!!」


 もう、何発目か分からない右ストレートが顔面を捉える。


 「…っぶ!」


 鼻血を噴く俺見て、ゲラゲラと笑うヤンキー達。


 仁…置いていくとかマジっすか…?


 今、此処にいない『親友』に思いをはせてみる。


 仲嶺仁ナカミネ ヒトシは、幼馴染で同じ漫画研究会の部員だ。


 のび放題の髪に80キロを超える体をまるで恥じるように背中を丸め漫画・アニメ・ライトノベル・フィギュアをあさる姿は、偶像としてある『オタク』そのもの…と言うか『オタク』だ。


 幼稚園からの腐れ縁で、何をするにも結構一緒にいる事が多い。


 今日はテスト期間中と言う事もあり、部活動が無い事を除けば平穏無事に一日が終わり後は家に帰るだけ。


 ぶらぶら歩きながら、来たいるゴールデンウィークには部員みんなで『聖地:秋葉原』への巡礼を提案しようとほくそ笑んでいると。


 コンビニの影から呻く様な声と、複数の人影。


 そこには、カツアゲという名の募金活動が絶賛開催中で普段ならスルーだけど…。


 「聞いてんのか!コラ!!」


 眉無しまだら頭の背後にいた、灰色のパーカーを着た金髪のおしゃれ坊主頭が俺の腹に前蹴りを入れる。


 「ぐっ!」


 現実逃避的回想から一気に引き戻され、給食の麻婆豆腐が喉の辺りまで一気にせり上がった。


 その時、一人が眉無しヤンキーの肩を叩き通りの方を見るように促す。


 俺もそれにつられて、通りに目を向ける。


 道路を隔てた向こう側に、通りかかった人影と目が合ったような気がした。



 比嘉…?


 俺の視力はかなり悪い。

 普段はコンタクトをしているが、先ほどから何発も殴られている間に片方のコンタクトが飛んだ様で視野が悪くその表情までは読み取れないがアレはクラスメイトの比嘉切斗ヒガ キリトに間違いないだろう。


 比嘉切斗は、この街で知らない者はいない『正義の味方』『地上に降り立った最後の天使』『美の女神』などと詠われる『あのお方』の弟君だがそれとは対照的に存在感の無い奴と言うか、全ての事に興味が無いという感じで教室でもまるで空気のようにいつの間にかそこにいて気がついたら帰っているそんな感じの奴だ。


 俺と比嘉は、幼稚園の頃から同じ学校に通っていたが殆んど口を利いたことがない。


 0.5秒。


 比嘉が俺のほうを見たのは、その位だ。


 そして、まるで何事も無かったかのように歩くペースはそのまま立ち止まる事無く歩き去っていった。



 マジですかぁ!?



 まあ、普通そうだよな…。


 別に、比嘉に今の状況をどうにかして欲しいと思った訳じゃない…出来る事なら警察でも呼んでくれるならそれに越した事は無いんだけども。


 「はい! 無視されてやんの! 今の知り合いだろ? マジ受ける!」


 俺の雰囲気から、そう察したおしゃれ坊主がゲラゲラ笑う。


 …無意識に助けを求めるような表情をしていたのか?


 なんだか、情けない気持ちになった。


 視線を地面に落とし膝をついた俺に、ヤンキーの言葉が突き刺さる。


 「さっきのアレなんだっけ? 『俺の友達に手を出すな!』だっけ? どこのヒーローだよ! 結局、俺等にボコられんのが落ちやん?」


 うん…ちょっとした黒歴史刻んだかもね。


 「でも、残念だよね~あの豚さぁ今頃『疾風のダイキ』に捕まってる頃だと思うから! お前のやった事なんて無駄だから~」



 はい?



 得意げに喋るヤンキーのセリフに路地の空気が凍る。



 「ぷっ…はは…『疾風』? ナニそれ、ヤンキーの癖に『二つ』とかあんのww」


 何処のギルドだそりゃ?


 ここ、リアルっすよ?


 もしかして、こいつら患ってらっしゃる?


 今、巷で認知度の上がってきた例のあの病気を!



 厨ニ病。



 かつて、俺も患っていたから気持ちは分かります…カッコいいよね『二つ名』。


 堪えきれず、肩を震わせる俺にヤンキー達の殺気が一気に上昇する。



 「おい」


 おしゃれ坊主が、なにやら合図すると繭なしは膝を付く俺の髪の毛を掴み上げた。


 「痛い、痛い、痛いって!」


 「はいはーい!今からお前『処刑』決定だから!」



 横目で見ると、おしゃれ坊主がトーントーンと軽くステップを踏む。



 あれ? なんか手馴れてらっしゃる? 素人じゃないね…。



 「ああ、俺ら空手習ってるから」



 おしゃれ坊主が事も無げに言う。



 ちょっ!

 ヤンキーなのに空手習ってるって…ああ、なんか聞いたことあるなぁ…県だか市だかで不良更生の一環として格闘技を通して心技体を鍛えるとかなんとか…つか!


 何処の誰だ!


 格闘技に精神を鍛える効果が有るなんて言った奴は!?



 思いっきり悪用してますよ!?



 「もうちょっと上げろ」


 眉なしは、おしゃれ坊主の指示どうり俺の髪を掴んだまま少し上に引き上げた。


 おい…まさか…!


 「昨日、『中段蹴り』ってやつ習ったんだよね~」


 マジか!?


 誰だよ!こんな奴らを中途半端に強くしたの!?


 「おい! ちょっと待て! 足は腕の4倍の力があるんだぞ!? それで頭蹴ったヤバイしょ!?」


 俺の必死の抗議に、ただニヤニヤと笑うヤンキー達。


 「は? しらねーし……死ね!」


 おしゃれ坊主の繰り出す中段蹴りが、まるでスローモーションのように見える。



 ああ…走馬灯ってこんな感じ…。


 が、俺にその蹴りが当る事は無かった。


 「がっ!!」


 おしゃれ坊主が、背後からブレザーの襟を取られ引き倒されそのまま腹を踏みつけられる。



 「なっ! ちょ!! ヘギッ!!」



 俺の髪を掴んでいた眉なしの顔面に、鋭い蹴りが炸裂し格闘ゲームさながらの倒れ方をした!


 もう一人の方は、恐れをなし路地裏を飛び出していく。


 瞬殺。


 俺は今まで生きてきた中で、この時ほどこの言葉が相応しいと思えたことは無かった。


 「大丈夫?」


 綺麗なソプラノが、響く。


 薄暗い路地裏に差し込む光を背に、女神が立っている。


 腰まである美しい黒髪には、まるで天使の輪の様に光が反射し漆黒の瞳は見つめられただけで息を呑む。


 俺の通う中学の付属する私立尚甲学園:高等部の深紅の校章が刺繍されたセーラー服に身を包んだその人を、この街で知らぬものはいない___。


 比嘉霧香ヒガ キリカ


 強気を挫き弱きを助け、曲がったことは決して許さない___彼女の通る所には正しき裁きが下る!


 『正義の味方』


 人は彼女の事をそう呼ぶ。


 ぼーっと、見とれる俺に女神が手を差し伸べる。


 「もう、大丈夫よ」


 「どうして…ここに…?」


 もしかして、比嘉が…?


 女神の手を取り、ふと足早に去ったクラスメイトを思い浮かべる。


 「こぉぉぉぉじぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

 「ぐはっ!!!」


 突如、80キロを超える巨体が俺にタックルしてきた!



 「仁!?」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔が、俺の腹に埋まる。


 「こぉじぃ~うう…ぐじゅ…」


 仁は、俺の学ランを鼻水やら何やらでベタベタにしながら号泣するる。


 「ここには、その子が案内してくれたの」


 女神が、まるで微笑ましい物でも見るような慈愛に満ちた笑みを浮かべる。


 「良かったよぉ~浩二が死んだらどうしよう…って…」


 「死ぬは大袈裟だろ! あんま無事じゃねーけどな…いてて…」


 口では虚勢を張ってみるが、マジびびった!


 うん、一歩間違ったら死ねるね!


 「……ごめんなさいね」


 女神が膝を付き、俺の顔をハンカチで拭う。


 「は? え? わゎ…」


 なにコレ!?


 めっちゃ良い匂い…じゃなくて! ええええええええ!!


 っち、近い!!


 女神様!? 近いっす!!?


 「コレは、私の責任だわ…」


 女神は、今にも泣き出しそうに眉を下げる。


 「え?」


 「あの子達、教育委員会から頼まれて私が空手の指導をしている子達なの…」



 マジっすか!?


 ハンカチを俺に持たせ、女神はすっと立ち上がる。


 「もう、二度とこんな事させないから…」


 「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」」


 地面に転がってたヤンキー達が、情けない声をあげズルズル後退する。


 女神の背中には間違いなく『鬼』が宿っていた。



               ◆◆◆




 「武術とは、心技体を鍛えるのもの…喧嘩やましてや弱いものをいたぶる為に使う物じゃないのよ分った?」



 「「……あぃ…」」


 ボロ雑巾を通り越し、ゴミのようになったヤンキー達に女神が言葉を突き刺す。


 「…言ってる事とやってることが、こうも違うといっそ清々しいな」


 俺の言葉に仁も頷く。


 さっき逃げた、ヤンキーもきっと後で同じ末路を辿るだろう。


 女神が、此方を振りかえる。


 「送っていくわ」


 そう言うと、女神は俺の手を取った。




 ◆◆◆





 ジリリリリリリリリリリリ!



 ガチッ!


 俺は、いつもの様に目覚ましを止め目を開けた。

 いつものベッドに見知った天井。


 !?


 ぼんやりとした頭に、体を動かし難い程の痛みが走り俺の意識が完全に覚醒する。


 あれはゆ…夢じゃねぇ…!


 その証拠に、全身に打撲痛と筋肉痛が交互に襲う。

 って、事はアレも?


 ニタァっと顔が緩む。


 そうだよ…俺、霧香さんと手繋いで家まで歩いたんだ…。


 右手には、あの柔らかい感触が残ってる!!


 誰が何と言おうと残ってる!!!!


 危うく死にそうな目に遭ったけど、これならお釣りが来るぜ!!


 途中から空気になってたけど、仁!

 マジでありがとう!!!



 ブブブ!!


 スマホが短く震える。


 「メールっと!」


 画面を指で叩きメールを開く。



 From:ひとし


 Sud:ごめん


 『今日、日直だった先行く( ノ゜Д゜)すまんorz それと、昨日は有難うヽ(o´д`o)ノ。o.゜。*ΤНДЙК'S*。゜o。ヽ(o´д`o)ノ 』



 仁からの、先行くメール。


 そこに記された感謝の言葉に、自分から助けに入っておいて見捨てりゃ良かったと死ぬほど後悔しただけに何だか居た堪れない気持ちになる。


 「…いくか…」


 自責の念を振り払い、取り合えず顔を洗うべく洗面所へ向うべく俺は部屋を出た。


 「おはよう、浩二」


 リビングを横切ると、ベーコンとトーストをテーブルに並べていた親父が満面の笑みで俺の顔を見る。


 「ははは、また派手に青くなったなぁ」



 俺の顔を見て、親父がさも面白い物を見たと肩を振るわせた。



 「マジで!?」


 「母さんが出張中で良かったよ」


 俺の親父:小山田浩一オヤマダ コウイチは、大学教授兼主夫。


 講義の無い日は、こうやって朝飯を作ってくれる。


 母さん曰く、俺と親父はまるでクローンのようにそっくりらしい。


 「男はその位元気があった方が良いと僕は思うけど、母さんは違うからね? 後3日でそれが治らないと相手の子と法廷で会うことになるから早く治そうね…」


 親父は、笑みを浮かべていたけど額にうっすら冷や汗を浮かべている。


 「うん…」


 親父の言わんとすることの分かる俺は、ゴクリと生唾を飲む。


 母さんはやり手の弁護士だ、今まで負け無しで全国から依頼がひっきりなしに舞いこんでくる。


 赤いパンツスーツに赤縁眼鏡。


 小山田ゆりこ《オヤマダ ユリコ》『法廷の赤い悪魔』と言えばその筋で知らぬ者はいないだろう。


 全てにおいて完璧に依頼をこなす母さんに、もしも欠点があるとしたらそれは家族愛だ。


 母さんは、家族を守る為なら『法廷の赤い悪魔』の力を十二分に発揮し相手を抹殺する…社会的に。


 ヤンキーのことはムカつくが、社会的に抹殺されるのは幾らなんでも可哀相だし少なからず霧香さんも関っているので母さんにばれるのは不味い。


 俺は、冷や汗を拭いながら洗面所を目指した。


 「うわ」


 鏡に映る自分のあまりの姿に俺は絶句する。


 昨日はさほど見立たなかったが、一夜明けて顔のいたるところに青痣あおあざが浮き出てなんだかゾンビになりかけの感染者みたいだ。


 3日で治るかなこれ?


 元々イケメンと言う訳でもない何処にでもいそうな平凡顔が、見るも無残に腫れ上がる。


 視野が狭いと思ったら、目まで腫れてんのか…今日はコンタクト使えねー。


 痛みに耐え、ばしゃばしゃ顔を洗い学ランに着替えてリビングに戻る。


 登校時間が迫る中、ベーコントーストを口に詰め込んでいると親父がテーブルに小さいケースを置いた。


 「?」


 「その目じゃコンタクトは無理だろ? 父さんの眼鏡を使いなさい、度は同じはずだよ」


 「ごっく…ありがと、じゃ! 行って来る!」


 俺は、眼鏡ケースを学ランの内ポケットにしまいそのまま玄関へ走った。


 車に気を付けるんだよ~と親父の声がする。


 前日ヤンキーに絡まれた事を除けば、いつもと変わらない朝だ。


 振り返りもせず、慌てて俺は走り出だした。


         


 ◆◆◆




 軽いジョギング程度の速度で、通いなれた通学路を走る。


 少し遅れてはいるが、このペースで行けば遅刻は無いだろう。


 それにしても、何でまた付属中学が高校と別の場所にあるんだよ!!


 俺は、側面にそびえるレンガの壁を睨みつけた。


 私立尚甲学園付属中学しょうこうがくえんふぞくちゅうがくは、高校と中学がそれぞれ道を隔てて別の場所に立っている。


 建てられた年代が違うとかで、同じ系列の学校でありながら校舎が全く別の場所に建てられてしまったらしい。


 現在、俺がいるのは高校の建物付近だからこのペースで走り続ければ後十分で中学校のほうに到着することが……ん?


 高校の校門付近に、ぼんやりピンク色の影を見つけ目を凝らす。


 コンタクトをしていないぼやけた視界で、最初それが何なのか良く分からなかったが…。



 …比嘉?



 近づくにつれて、それが霧香様の弟にして俺のクラスメイトの比嘉切斗ヒガキリトだと言う事が分かった。



 アイツ、こんな所で何やってんだ?



 俺は、咄嗟とっさに電柱の影に隠れ様子を伺う。



 登校時間は迫っていて、私服でこんな所をうろついていたのでは確実に遅刻してしまうだろう。


 にしても、アイツの私服姿なんて始めて見たけど、意外だなぁ。


 比嘉は、可愛らしい猫のイラストのプリントされたピンクのTシャツにGパン、左右で色の違うスニーカーと言う教室の隅で大人しく読書をしてるような普段のイメージからは想像出来ないファンシーな恰好をしている。


 遅刻寸前の中、友達でもないクラスメイトが私服で通りをうろついていたとして普段ならスルーするだろう。


 が、高校の校門を見上げる比嘉の表情は何やら鬼気迫ききせまるモノを感じる。



 俺の中に、湧き上がるような好奇心が顔を覗かせた。



 人の不幸は蜜の味とまでは行かないが、普段ほぼ無表情な比嘉があんな顔をするなんて…ぞくぞくと背筋が震える。



 比嘉は、校門に背を向けその場を立ち去ろうとした。



 「あ…」



 俺は、立ち去る比嘉に咄嗟に声をかけた。




 「おい! そこの薄情者!」



 ビクンと比嘉の体が跳ね、足が止まる。


 俺は、立ち止まった比嘉に近づき声を______。



 「なら話しかけるなよ!お前に構ってる暇は無いんだ!」



 比嘉が振り向きもせず、辛辣な言葉を俺に浴びせこの場を立ち去ろうとした。



 明らかな『拒絶』。



 常人なら、この突然の先制攻撃に怯むだろうが俺は違う!


 俺は、立ち去ろうと動き出した比嘉の肩を躊躇ちゅうちょなく掴んだ!



 「…何だ! 離せよ!」



 比嘉は、うざいとばかりに俺の手を振り払おうと此方に向き直った。


 ビクッ


 痣だらけ俺の顔を見た比嘉は、一瞬固まったが直ぐにいつもの仏頂面に戻る。



 「何だ? 僕に謝れとでも言うのか? 助けなかったから?」



 たぶん、本人も気付いてないくらい微かに声が震える。


 なにコレ、クソ楽しい…。



 「お前なんかあったのか?」


 「…はぁ?」



 唐突にかけられた言葉に、身構えていた比嘉の力が抜ける。


 きっと俺に、文句の一つでも言われると思ったんだろう。



 「いや~つーかさぁ、登校時間ギリだろ? しかし、それお前の私服? キャラ合ってねーし?」



 比嘉が眉間に皺をよせ、怪訝そうな顔をする。



 そんな顔スンナよ…俺の『S』に火がつくじゃねぇか。



 俺は、今にも発動しそうな心の闇を押さえつけにっこり笑って言葉を続ける。



 「あ…気にすんなよ!? 昨日の事なら気にしてねーからさ! だって不良三人だぜ? 俺だって逃げるって!」



 比嘉の眉間に更に皺がよる。



 「怪我だってたいした事ないし! それに霧香様が降臨で瞬殺だったぜ! いや、マジ天使つか女神…て?」



 俺は、比嘉の行動に言葉を失った。



 だって、余りに自然に比嘉が俺を抱き締め……ぐふっ!!!



 その細腕のどこにそんな力があったのか、俺の胴に巻きつく腕はギリギリと肋骨を締め上げる!



 つーか、く、苦しい…息ができねぇ…ギ、ギブ!



 見かけによらず馬鹿力で締め上げにかかる比嘉に、俺は格闘技選手のように降参の意思を伝えるべく背中にポンと軽く触れた。




 ?




 何だこれ?



 違和感に、俺は触れた手の平を滑らせる。


 彼のシャツ越し背中には、およそ男子が身に着けるべきではない上半身用の下着と思われる感触が確かにあった。



 勘弁してくれよぉぉぉぉ!!!



 つーか、比嘉! お前そんな趣味が!? 霧香様が知ったら泣くぞ!!



 「小山田」


 少し長めの前髪から黒曜石のような二つの瞳が、こっちを上目遣いで見てる。



 初めてコイツの顔を直視したけど…流石、女神と称される美貌の霧香様の弟君。


 男とは思えない透き通った肌、走っていたのか赤みの差した頬にうっすら汗が浮く。



 超絶美人。



 …………!!!!!



 うお! ヤバイ!! 危うくあちら側の世界に目覚めちゃう所だったよ!!



 マジで、今度写メらせて!お前の待ち受け絶対売れる!!



 「今から僕が言うことを信じてくれ」



 真剣な瞳、きっとい知れぬ事情があるんだろうが…。



 その前に、せめて力を緩めてくれないか?



 マジで死ぬから!



               ◆◆◆



 「…という訳だ」



 と、申されましても…。


 比嘉の口から発せられたのは、信じろと言うほうが到底無理なファンタジックな内容だった。



 要約すると




 1:現在、俺達以外に『比嘉霧香』と言う人物を記憶している人間はいない。


 2:霧香様の私物が謎の消失をする、ただし比嘉が触れている間は消えない。


 3:霧香様が、昨日から帰宅していない。



 と、言った所か? 



 しかし…何だが良く分からんが、一つだけはっきりした事がある。


 比嘉よ、お前は例のあの病気にかかっている…それもかなりの重症だ!


 それに、霧香さんが帰宅しなくて気が動転してるのは分かるがコレはもはや警察に届けた方がいいんでない?



 そして、更にいうなら。


 「なあ比嘉…なんで俺とお前は手とかつないじゃってる訳?」


 俺は、霧香様と会った昨日のコンビに裏の路地へと比嘉に強制的に案内させられていた。



 がっちりと手を繋いで。



 「はぁ? お前の姉さんに関する記憶が消えないようにだ! 話を聞いて無かったのか? 馬鹿め!」



 俺の控えめな質問は、かんぱつ入れず辛らつな言葉で返された。


 うわっ!

 可愛くねぇ!


 しっかし、イメージとキャラ違いすぎだって!


 きっとアレだよ、コイツ寝ぼけて頭とか打ったんじゃね? 


 んで、『カ●ロット症候群』発病して人格変わった挙句に記憶まで混濁してるんじゃねぇ? マジで!? いくら何でもファンタジー過ぎでしょ!!



 おまけに、痛い妄想拗らせて姉の下着を着用って…救えねーよぉ!!


 やがて、俺たちはコンビに裏の路地に到着した。


 途中、登校中の同級生に何人もすれ違ったし、部活の後輩にも見られたけど。



 「本当にここか?」


 「ああ、俺がここで絡まれて霧香様が助けてくれた」


 「そうか」


 比嘉は、薄暗い路地を無言で見つめる。



 「姉さんとはここで別れたんだな?」


 「ああ」


 ウソです、家まで送って貰いましたw


 「分かった、もう忘れていいぞ」



 比嘉は、無表情にそう言い放つと力強く握っていた俺の手をあっさりと離した。




 「あ…ちょ_____」



 手が離れると同時に、ぐらんと視界が回り出す。




 え…何で…?



 俺の意識はそこで途絶えた。



            


 ◆◆◆



 なんだ…この匂い…?



 「ぐっ…ごほっ! ごほっ! …?」


 咽返るような血の臭いがして、俺は目を覚ました。


 ああ、何だか凄くダルいこのまま寝てたい…。


 ベシャっと何かが倒れる音がして、うつ伏せに倒れたままの俺はようやく目を開く。


 ぼんやりとした視界が、あるものを捕らえた。


 何だ…コレ?


 薄暗い路地に似つかわしくない円状の白く眩い光。


 しかし、その円の中はおびただしい血血血血血血血血…そしてその中心にいるのが…。


 「比嘉!」


 意識が一気に覚醒する!


 俺は飛び起き、比嘉に駆け寄った!


 「何だよこれ!? つか血出すぎ!!」


 比嘉は、体中の穴と言う穴から血を流しなおかつそれが止まらない。


 何だか知らないが、このままでは比嘉が死ぬ!!


 とりあえず、体を抱え…いや駄目だろ!? 動かしちゃ!!


 「マジやばくね!? き、救急車!!」


 どんどん広がる『血の池』。


 胸ポケットにしまってあるスマホを取り出そうとするも、手が震えて上手く動かない!


 顔面蒼白の比嘉が、なにやら口を動かす。


 ちょっと待て!?


 今、救急車を呼んでやるから!!!


 突然、周りを囲んでいた『円』から強烈な光が放たれる!


 「わわわっ!」


 行き成りの事に、俺の口から情けない声が漏れた。


 眩い光は、俺たちを包みその場から消える。



 路地裏には、いつもと変わらぬ静寂が訪れた。


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