第49話 ▲ヱデンのソースへ ラストダンス

石炭紀 三憶年前 アフリカ・ユグドラシル


 目の前にあるのは巨大なシダ類のジャングルだった。その大きさは、十数メートル以上で、青々とした葉は日差しを覆い、マリスはまるで小人になったような感覚に襲われた。プレベールとマリスは蒸し暑いジャングルの中に立っている。こここそがヱデンの園。およそ三憶年もの遥かな昔。やはり、アフリカに栄えたヱデンという名の文明。このシダ類を生み出したのは、ヱデンの遺伝子工学である。その他、見たこともないような色とりどりの巨大で珍しい植物の数々。

 ユグドラシルという巨大な施設が存在するヱデン。ひとつの都市といってもいい巨大な施設から、天空に向かってヴリルの流れが枝のように伸びていた。それぞれの枝は七色の輝きを放っており、あたかも宇宙に向かって延びる巨大な樹のようであった。視覚化されたヴリルと予想がつくが、どのような素材、いやエネルギーなのか正確な事は分からない。その光の枝ぶりは、地球という惑星から宇宙空間へと飛び出す規模だった。その枝葉には研究所たるセフィラの階層が浮かんでおり、全てが……森羅万象があった。そこは一体性の法則を体現した楽園だ。緑豊かな地上には、ユグドラシル以外、アクロポリスのような人口密集地帯などどこにもない。

 最初からヱデンに存在したという、知恵の樹と生命の樹。それはアガペーから生じた陰と陽であり、つまり一つの樹を二つの角度から見たもの、本来は二つでひとつのもの。それがこのユグドラシル、またの名をセフィロトだ。知恵と生命の樹、ユグドラシルは根のヴリルが地球の中心核、アースコアクリスタルに伸びている。ユグドラシルはアースコアクリスタルから生えているのだ。

 ユグドラシルを成り立たせている地下へ行かなければならないと、プレベールは言った。

 ユグドラシルの根を伝い、二人は地球の中心核へと光ヴリルのエレベータを降りていった。プレベールはそこで何かを思い出したらしい。

 アースコアクリスタルの中は、陰と陽のヴリルが交差するアガペーの海であり、そこからプリズムにかけられ、一切の森羅万象が生じていた。つまりは人類文明の始祖が生み出す科学も、芸術も、超能力・魔術も枝葉であり、何もかもがアガペーエネルギー、つまり「愛」から生み出されていたのだ。愛とはエネルギーであり、法則である。アガペーとは、ヴリルがヴリルたる根源だったのだ。

 宇宙中から理想を求めて、多種多様な種族がこの星に理想郷を作る大実験のためにきていた。この星に新しい国を作ろうという理想に誰もが燃えて、種族としての再起、魂のリベンジをしようとしている者もいた。このヱデンという偉大な実験の中で……。

 ここでは旧神たちが活躍し、新たな生命実験が行われた。そこへ「新種族」が宇宙の因果律によって、運命に導かれるようにして飛来した。それは今日、「古き者共」と呼ばれている宇宙の罪人たちだ。彼らはこの宇宙で四億年前に「オリオン大戦」を引き起こした。その中にはアポフィスも居た。彼らは移送されてきた。彼らにとってこの星は、宇宙の流刑地という認識が存在するのはそのためだった。辺境地に流され、だから彼らは「哀しみの星」と呼んできた。これが、かつての宇宙大戦のA級戦犯達である。かつて宇宙全体で行われた大戦争で勝った者と、敗れた者同士。つまり、旧神と旧支配者は、再びヱデンという星で出会ったのだ。

 プレベールはマリスに言った。

「アポフィスら旧支配者は、大戦で負け、自身の生み出すヴリトラの堅牢な監獄の中に閉じ込められた。だから彼らはこの悲しみの星と呼び、自分達を閉じ込めているこの星を破壊し、宇宙へ逃げたいといつも願う」

 旧神と古き者共の再会は、当然のように新しい世界でも軋轢を生んでいった。古き者共の出現は、一体性の法則に守られた楽園ヱデンを乱した。両者は光と闇、二元性の対立構造を生み出し、ここで最初の智恵の実が食されたのである。つまり智恵の実とは、二元性の思考そのものだった。

「なぜ、ヱデンには最初から知恵の樹があったのだろうか」

 禁忌とされる実。その事をマリスが考えているとユグドラシルに異変が起こった。

 空中でアポフィスはヴリトラを撒き散らすブレイクダンスを踊りながら、ユグドラシルの頂点を目指し、天高く上っていった。それぞれの研究室がある各色のセフィラ、すなわちケテル、コクマー、ビナー、ケセド、ゲブラー、ティフェレト、ネツァク、ホド、そしてイェソドを、巨大なヴリトラの念力でつんざきながら頂点のマルクトへと駆け上がっていく。邪悪な存在が神聖な領域に足を踏み込む事は、本来は決して許されない。だがそれをアポフィスは邪悪なヴリルの精神力のみでなそうというのだ。マルクトでアポフィスは、神になろうとしていた。

 プレベールはすぐさま翼を生やして飛び上がると、ブレイクダンスするアポフィスに立ち向かっていく。


「よければ、……私と一緒にダンスを踊りませんか」

 白く眩く輝くプレベールはバレエを舞って誘った。

「ワタシとダンスバトルで決着を着けようというのか?! 愚か者め。よい度胸だ!」


 漆黒のブレイクダンサーと、純白のバレリーナ。両者の異なる回転運動は、空中で衝突、爆発した。マリス・ヴェスタはその瞬間、頭上に皆既日食を見ていた。皆既日食と大爆発の瞬間に、黒衣のアポフィスのブレイクダンスと、純白のプレベールのバレエの、二つの渦がヴリルの乱気流を作り出していく。上昇と下降のベクトルの二つのチャクラが、空中衝突していた。

 長く果てしないヱデンのセフィロトの戦いで、プレベールの白い身体は吹っ飛ばされた。猛スピードで落下したプレベールは大地にクレーターを作った。マリスが駆け寄ると、傷ついている。

「大丈夫。これは、ガイアの姿そのものだから。私は、ガイアを反映している……」

 傷だらけのガイアの姿は、プレベールに映し出されていた。

 プレベールは傷だらけのまま立ち上がった。再び飛び上がってバレエを舞い続けた。アポフィスと光と闇の回転はますます速く、衝突はますます烈しく火花を放ち、とうとう眩く大爆発した。

 マリスは上空を見上げ固まっている。宇宙へ達しようというはるか上空での爆発だったが、なぜかはっきりと見えていた。これまでは……。今、爆発した上空に二人は存在しなかった。

「プレベール、アポフィス……二人は一体何処へ?」

 プレベールとアポフィスが存在したはずの処に、巨大な光があった。そこにあるのは、たった一つの巨大な光。もしかして二人は融合して光になったのだろうか。

「暖かい……」

 マリス・ヴェスタは全身でその光を受け入れた。

 マリスの中で何かがはじけた。イメージが洪水のように溢れ出す。それは叫びとなってマリスの可憐な口から飛び出していった。

「そうか……ようやく分かったわ! 禁忌の二元性の果実とは、異なる種族の意見対立を意味している。宇宙中の価値観が違うもの同士がこのヱデンという惑星に一同に会し、二元的な状況に追い込まれる苦しみの中からさえもアウフヘーベン(止揚)をして、より高次の星になるという、旧神の間で伝わる宇宙の伝説があるらしい。それがヱデンの実験! 善悪の実、二元性の実は確かに楽園に存在する。けど、決してそれを口にしてはならない。それは、この世界がどうしても二元性の対立が起こりやすい世界という意味。創世のヱデンの時代、色々な種族が、運命に導かれるようにしてこの地球に集まって来る。それで宇宙人の博物館などと呼ばれている。だからそれらは、すべて必然だった。旧神達の生命実験も、旧支配者達も、全ては二元性という智恵の実の超越、統合という瞬間のためにあったんだ」

 光と闇の両者は遂に融合し、ラーに出会ったのである。

 やがて、その中から、うっすらと白く輝くプレベールの姿が見えた。傷一つ存在しない。マリスのところへ降りてくる。こうして、新たな歴史が始まった。

「光と闇、二人が融合したのがラーなの?」

「いいえ、そうじゃない。私たちの戦いを察して、ラーがやってきた。ラーは私たちに、事の真相を告げにきたのよ」

 新生プレベールもヱデンの意味を思い出したらしい。ラーは二人に、稲光のようなインスピレーションを授け、智恵の実の意味を教えた。ラーは、セントラル・サンという銀河の中心から別れて来た偉大な存在だった。

 同族同士でいると、停滞を生んでいく。そこに成長はなくなる。どんなに自分と異なる相手だと思っても、恐れることなく、相手の力をバネにして更なる高みへと飛翔する。新たな創造を恐れない。常に挑戦する。そうやって新たな創造、新たな価値観、新たな形を作っていくのが、天地創造の原理なのだ。

「アポフィスは?」

「あれよ」

 アポフィスが奈落へと堕ちていく様が見えた。

 古き者共は、大戦でのリベンジをこの星で画策し、二元性の劇における闇……すなわち悪役を演じてきた。アポフィスと古き者共は旧神と戦争の末、この地上から姿を消した。彼らは地下深く封印されたのだ。

 ユグドラシルが、さらに巨大化しているように見えた。

「ユグドラシルは、二元性の汚泥の惑星から生えて宇宙へと向かって成長している。二元性の汚泥は、宇宙樹を育てる養分なのよ。そうして地球での戦いとその超克の歴史は、宇宙の五臓六腑に養分を送る血管を通って宇宙中へと還元される」

 ユグドラシルの枝は宇宙中へ伸びて、血管になっていた。

「つまり人間の地球上の戦いの波動の流れが、最終的に宇宙の運命を握っている訳ね?」

「その通りよ。欲望や生みの苦しみを昇華し、見事成長にまで至ったとき、それは宇宙全体にとって何よりのギフトとなる」

 もしそうならなければ、苦しみの連鎖が続くだろう。それは苦しみの昇華。いわばユグドラシルは、大乗仏教の経典「法華経」が説くところの泥沼から咲く蓮の花なのだ。

 文明がヱデンとして自然と一体化したコンセプトの元に完成した瞬間、文明はワンネスの中に位置づけされるはずだ。それが、人がヱデンへ還るという意味なのだ。

 ヱデンへの復帰とは、地球と人の、生命の本体と細胞が、完全に一つとなって活動し、地球の生命エネルギーの循環が巡って、星の健康が回復する事を意味する。その影響は、地球という一惑星だけではない。宇宙全体がワンネスの大生命体であり、地球も、その臓器の一つを担っている。つまり地球が健康体になるとき、宇宙全体にそのエネルギー循環が起こって、宇宙全体が健康になる。さらに地球は、宇宙からのアガペーの風、成長ホルモンを受け取って成長する。これが宇宙全体の好循環になる。アガペーとは、そもそも宇宙を有らしめている最高ヴリル。宇宙はなぜ創造されたのか……「愛」ゆえに宇宙は生まれた。それは全ての存在が全にして個、個にして全であり、全が個を自分自身を愛するようにして愛しているからだ。

 ヱデンへの回帰、建設とは、もはや一人類という種が、この星で存続するかどうかという問題ではなかった。地球、宇宙というワンネス生命の健康回復や成長に関する問題なのだ。

 これまでヱデン建設に失敗し続けた人類は、傷だらけの女神ガイアの伝説通り、地球というワンネス生命の成長を著しく妨げ、健康を害してきた。それが人間社会という一個の細胞に跳ね返って、文明は滅び去った。それでも今日まで地球生命体ガイアは、人間を害毒のあるウィルス扱いとはせず、他の生物と同様、「子」である人間をはぐくみ、その成長のために生命エネルギーを与え続けてきた。たとえ、幾つもの文明で一向に成長しない子であっても、ガイアはじっと耐え続けた。

 しかしここからが問題だ。プレベールは言った。

「その成長のタイムリミットが迫っている。ラーから来る成長エネルギーを受け取るには、時期がある。レオの時代や、アクエリアスの時代は周期的なチャンス。水瓶座の時代の場合、さらにアガペーの風が出る時期と重なっている。それはもっと長い周期。宇宙の五臓六腑から来るネットワークから来るアガペーの風が出る時、人類の成長(ヱデンへの回帰)の大チャンスとなる」

 アトラス帝の上からの革命は、アトランティス人がワンネスの生命体の海へと回帰する事だった。文明末期の混沌のアトランティスが、もう一度ヱデンへと還る事を目指すためのもの。プロメテウスのように、必死にエジプトの地下に眠るヱデンを追いかけて戦争しなくても、そこにワンネス社会、ワンネス文明を建設すればよかったのだ。ヱデンの萌芽は、すでにアトランティスの中にあったのだから。

「大切なポイントを見失った社会は、ヱデンへと昇華する事はできない。それが欠落した文明社会は、熟れたリンゴのように重力に逆らえなくなって落ちてゆく。腐ったリンゴは、収穫される事はない。ヱデンか、それともアトランティスの繰り返しか、この文明は岐路に立たされている」

 プレベールは自らの正体について気付いたようだった。

「今回の智恵の実・ツーオイ石の秘密とは、地球の中心核、アース・コア・クリスタルの分身。すなわちガイアの分身」

「プレベール、あなたガイアの記憶を思い出しているのね?」

「うん。私はツーオイ石から生じた光の存在だからね。ガイアの中心核のクリスタルから来た魂。透明なる石・ツーオイ石はアース・コア・クリスタルへと直結している。それが人類の元へ訪れた時、人類はヱデンへと還る」

 思い出すというより、そこへアクセスする事ができるようになったらしい。

「智恵の実って、ツーオイ石のことだったんだね。ヱデナの時代のキーラ・メルパも、ツーオイにアクセスした」

 マリスはレジスタンスを罠にはめるために、ツーオイ石でアポフィスという偽プレベールをコピーしたが、実はそのツーオイの秘密こそ、闇から光へと転ずる、黒い石が白い石にひっくり返るミッションにあったのだ。それは存在の本質の秘密を解き明かす事になる。

「『存在』とは、すべて光と闇の自由を併せ持っていて、その葛藤によって新しい創造が生み出されていく。それが、『智恵の実』がヱデンに存在していた意味。さっきの戦いはその象徴。ツーオイ石のシークレットミッションは、ツーオイの本体である地球のミッション。人類のヱデン追放は、ヱデンの復帰までの長い旅路とセットなのよ。その長い旅路を以て光と闇は止揚(アウフヘーベン)する。つまり、それが『地球というヱデン』のミッションなの。地球自体がヱデンであり、なおかつツーオイそのものだから!」

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