第45話 ▲ベールを脱いだプレベール

 ここは?


 時計を確認する。十二時間前だ!

 やった、私は、十二時間前に戻ってきた。

 十二時間前といえば、まだアポフィスは出てきていない。ちょうど、ヘラス軍が上陸し、アルコンと出会った頃だ。アクロポリスは今頃、戦争で混乱しているだろう。時間を遡ったのは、ひょっとしてツーオイの仕業か……、よかった。プレベールは確かにそこに居る。ツーオイの中に宿っている。ありがとう。あたしの叫びをプレベールが聞いたんだ。

「ジョシュア・ライダー……」

 ライダーが破壊龍を召喚し、ラムダが作り出したヒュドラと戦っている。どうやらここは大神殿の近くだ。

 混乱で誰もマリスに気付いていない。マリスは元の姿に戻っていた。マリスは急いでヱクスカリバーを抜くと太陽神殿の中へと入った。ツーオイに呼び掛け、光のヴリルが闇のヴリトラを凌駕する条件の魔術方程式(フォーミュラ)を素早く計算する。ヴリトラのヴリル・デトックスに成功すれば、アポフィスは出てこないだろう。計算通りのダンスをするマリスの目の前で、アポフィスが出現した。

「何故よ。どうしてなの」

 マリスの計算では、プレベールが出現するはずだった。

 その直後、天空から彗星が現れ、アヴァランギ平原の中央に落下した。大洪水と共に太陽神殿は水につかっていく。……駄目だ!

 どんどん水が押し寄せる中、マリスは再び、ツーオイの前で歌を唄った。


 アクロポリスの天空を、破壊龍がグルグルと渦巻きながら舞っていた。

 もう一度、十二時間前へ再び飛んできたのだ。マリスはヴリトラのヴリル・デトックスを計算し、魔術舞踏を行ってプレベールを召喚する。アポフィスが出現し、彗星が落下した。大地が沈んでいく。マリスはそれを三度繰り返した。何度やってもアポフィスが誕生するのを避けられなかった。別の可能性を考えてみても、議長が自らの手でアポフィスを召喚してしまう。いいや、それはもはや偽議長の意図が介在しようがしまいが、結局同じ結果だった。ヴリトラはもう手遅れなほど、とうの昔にツーオイ石を汚染していた。

 私はあきらめない。

 あきらめない。

 何か手はないのか。何か他の方法は……。

 マリスは考え込んで救いの道を探った。助かる論理の筋道を見つけようと必死だった。しかしアマネセル達レジスタンス、円卓の騎士のやり方はもちろん、自分のどんな方法でも結局アトランは滅びるしかなかった。どのように魔術方程式を解いてもアトランティスは沈む。解いて解いて解いて……どれも時間切れで終わる。……なんて馬鹿だ! すでにそれが滅亡の方程式でしかない事に気付き、マリスは途方に暮れていた。

 おそらく、問題の根はかなり深い。彗星衝突。それは地球に蓄積されたヴリトラに引き寄せられる。考えてもみろ。その軌道は、ずっと以前に決定されたものだ。ヴリトラの量を計算すると、もっと以前の時代からヴリル・デトックスしないといけない。たとえアトラス大帝が、上からの革命を成功させたとしても、すでに手遅れだったのだ。そうとしか言えない。ツーオイ石よ、教えてほしい。一体どこまで遡ればいいんだ? マリスはそれをツーオイに問い正すべくデータを計算し、はじき出された答えを見て愕然とした。

「百……年前? そんなバカなッ!」

 誰も生まれていない。百年前、ヴィクトリア津波を引き起こしたクリスタル発電所爆発時に、彗星がガイアに衝突する軌道が決まった。百年前にあった今回の破局の前兆たるヴィクトリア津波に戻らないとアトランティス崩壊は避けられない。自分達の時代は、最初から滅びに向かっていたのだ。マリス・ヴェスタはもちろんの事、関係者全員誰一人この崩壊から避けられなかった。生まれた瞬間からすでに手遅れだった。とっくにアトランティスの滅亡は避けられないと、ツーオイは結論付けている。その事に、姫を含む焔の円卓のメンバー達は誰も気づかずに、上からの革命を行おうとしていた。帝は一体どうするつもりだったのだ、ドルイドたちは? 王党派は、情熱党は。

 マリスは覚悟を決め、時間を百年前に設定した。

 ……飛ぶしかない。

 

 戻れない!


 なぜだ? ツーオイ石が自分を拒否していた。自分の言う事を聞かない。十二時間前には、何度も何度も戻ってくれたはずなのに。

 いいや、きっとそうじゃない。そこまでツーオイは戻れないのである。おそらく技術的な限界だろう。

 あの時、海王はマリスに言った。アトランティス文明は無に帰し、ガイアはアクエリアスまで再び眠りに着くと。ツーオイの中に閉ざされたプレベールも、海の底で一万年の間眠る。一万年後のアクエリアスの時代まで、プレベールもガイアも目覚めないのだ。銀河の中心にあるラーすなわちセントラル・サンから、アガペー・エネルギーの洪水が到達する水瓶座の時代に、人類はようやく輪廻の輪を脱出するチャンスが巡る。

 それなら一万年後か。やっぱり問題解決は一万年後しかないって事だ。

 ……いや一万年後なんて冗談じゃない!

「いやだ! 私絶対あきらめない。絶対に」

 マリスはまたツーオイ石に語りかけ続けた。

「このまま、このアトランティス文明を諦めろっていうの? あなたならこの国を救う力を持っているはず! お願いよ、答えて!」

「……」

「……あなたは、ずっと何を考えて来たの? 愚か者だって笑うのでしょうね。一体、人類をどう見て来たのか教えて」

 アマネセル姫によれば、プレベールは人類を見限っているというのだが……。

 マリスは白い翼の気配を感じた。それは、大天使カブリールが顕現した証だった。ガブリールは確かに口にした。「受胎告知」しに来た、と……! そういえば、ガブリールは偽プレベールの時には出現しなかった。その時に気づくべきだったのかもしれない。ツーオイ石の中に、それが受胎しつつあるという。

(あなた達、……人類は、ガイアにとって人類は……我が子のようなモノなの)

 何者かの声が聞こえてきた。暖かく不思議な安らぎに満ちてくる。それは、確かに目の前の水晶柱から聴こえて来た。マリスは安堵した。ツーオイの中のプレベールが、とうとう自分の心と完全につながったのだ。ツーオイ石にすがっていたマリスは離れ、まじまじと見ている。まだ姿は見えなかった。だがその声は、確実にプレベールのものだと確信していた。

(ガイアはあなた達の母親のようなもの。アトランティスが永年生み出した闇のヴリル・エネルギーの増大によって、その母親が、今病気で苦しんでいる)

 それで分かった。アクロポリスの中心に立つ「傷だらけのガイア」のことを、プレベールは語っている。あの彫像にはそんな意味があったのだ。

「シャフトのせいなのよ、それは」

(そう。ヴリトラは病苦。だから外科治療が必要で、それが彗星を招き寄せて、大洪水が起こっている)

「止められないの? あなたにも」

「人類が古い殻を脱ぎ捨てて新しく生まれ変わる為の、それは我が生みの苦しみだから。でも人類はいつも、殻を抜け出す事なく死んでしまう。でも、いつの時代にもごく少数、目覚めた人間達が、ガイアの助産婦として活動してくれていた。それを私は、いつも見ていた」

 プレベールの「声」はさらにはっきりとしたものになっている。これがアトランティスに伝わる「傷だらけのガイアの伝説」。

「あなたは…分かっていた。最初からこうなることを」

 マリスの質問に対して、プレベールは初めてその心情を吐露しているのだ。プレベールは、絶望していた訳ではない。産みの苦しみだと云う事は、ただ単に絶望して大陸を沈没させた訳ではなかった事を意味する。

 自分の、ゴールデンキャットガールの歌声が、やっぱりツーオイに届いていた事が分かってマリスは本当にうれしかった。

「君の事を、ずっと……見て来た」

「私を知ってるのね?」

 プレベールが自分の事を知っているという言葉にも、マリスはもう驚かなかった。ツーオイこそアトランティスの智恵の実であり、賢者の石だ。それくらいの秘密はあったとしても。だが自分とプレベールに、一体どんな秘密があるのか。

「君の事。……前から知っているよ」

「一体どれくらい?」

「ずっと。私は永遠の生命だから。ずっとずっと、人類を観て来た……」

「私を、百年前に連れて行ってほしい」

 プレベールは首を横に振る。

「やはりダメなの」

「この問題の根は深い。あなたが、ガイアを救いたければ、もっと遡らないと」

「一体、どこまで遡れば」

「いいのね? 君の記憶を紐解いても?」

 きっとろくな前世じゃないに決まってる。それでも……

「いい」


 では、一緒に行きましょう。


 過去へ……飛べるの?

 そうよ。百年前だって飛べた。私は百年前どころか、何千万年前だって飛べる。でも百年前に遡っても、あなたの問題はきっと解決しない。根本的な問題解決はね。

 さぁ。ツーオイ石の中へ君も入るのよ。

 プレベールが唄っている。


「全ては、君自身の問題とつながっている。繰り返し繰り返し、ラグナロックは、この星で営まれてきた。解決するには、君自身が自分の問題と向き合い、解決しなければならない」

 ツーオイの中に宿ったプレベールの白い顔に、一瞬の躊躇が浮かんだような気がしたが、マリスは押し通した。この期に及んで先へ進まない事など考えられない。

 物凄い熱気が重心室に充満する。ツーオイ石が熱を帯びていた。その熱にマリスは焼き尽くされそうだった。純白のベールに身を纏い、白金の長い髪を持つプレベールの姿が次第に顕れてきた。

「ハッ……」

 マリスは一瞬身構えた。その顔立ちや体格は、あまりにもアポフィスに酷似していたからだ。室内の温度は次第に低下してくる。

「心配しなくていい。私とアポフィスは、クリスタルの光の側面と闇の側面。私は光の側面。彼女は闇の側面。あなたも私の偽物を作った時、二面性に気付いていたでしょう」

 見抜かれていた。両者は一心同体なのか。確かに顔立ちは似ていたが、プレベールの目をよく見ると、アポフィスの様などす黒い邪悪さは宿っておらず、代わりに慈愛と理性に満ちていた。

「さぁ、あなたもツーオイの中にフェードインしなさい」


 今の私には、プレベールがいる。どんな時代のどんな世界に飛ぼうとも、力強い守護天使がいる。世界を救うためには、まずはツーオイを手に入れなくては。何としてもシャフトのような勢力の好きにはさせない。それを決して忘れない。世界を救う力を手に入れなくては……。私は諦めない。私は、どんな手段を使ってでも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る