第43話 ▲暗黒舞踏 アポフィス・黙示録ダンス

「オージン卿。……フレスヴェルグはどうした?」

 アマネセル姫とプレベールと共に戻ってきたアルコンは、ツーオイ石の前で魔方陣を作って瞑想に入っているオージンに声をかけた。

 するとアマネセル姫が身体を崩し床に倒れた。アルコンが抱きかかえる。体力がほとんど尽きている。

「おそらくアラオザルだ。だがそこへ直接追うことは出来ない」

「なぜだ?」

 オージンは地下へのエレベータを封じられ、別の方法、すなわちアストラル・プロジェクションで姫の深層意識から地下神殿へと向かうために、魔方陣を作って儀式魔術の呪文を唱えていたのである。

 オージン卿はアマネセル姫を魔方陣に寝かせた。

「やつは、足だけでなく姫の意識の中に呪いを打ち込んだ。それが、姫の身体を蝕んでいる。姫のプラーナ(生体ヴリル)の消耗が激しいのはそれが原因だ。姫の深層意識の中にヤツがいる……つまり、姫の深層意識は、ヤツが今居る場所とつながっているんだ」

「何だと?」

 これからオージン卿が向かうアマネセル姫の夢の中が、決戦地・アラオザル神殿だった。

 果たしてオージン卿はピラミッド神殿に肉体を残し、アストラルプロジェクションで姫の意識に入ると、意識の深層を降り、そこから新地下神殿アラオザルに到着した。


 新地下神殿は、まだ完全には整備されていなかった。ほぼ半分が廃墟のまま、無残な様をさらしている。「ホルスの眼」が揺らぐ黄色い灯りが闇の中にその異様を確認した時、ロード・カカ・オージンの意識体は、黒い巨体が自分と神殿の間を塞いでいる事に気が付いた。それは巨大な四足の動物で、上体をゆっくりと起こすとすさまじい威力の前足を振り下ろすと、ホルスの眼をたたきつぶした。龍の咆哮かと錯覚するようなうなり声が響き渡る。神殿自体が放つ青白い光の中に、全長五メートル超、三つの頭を持った漆黒の番犬の姿が浮かび上がった。おそらくフレスヴェルグが遺伝子操作で造り出した怪物で、それは魔王の城を守っている。オージン卿は杖を聖槍・グングニルに変化させると、その魔力が放つ強烈な光で、目くらましを仕掛けた。と同時にレーザーソードを抜いて魔犬ケルベロスに斬りかかった。


「くそっマリス・ヴェスタめ。これは一体なんだ? 単なる人工精霊ではないかッ!」

 フレスヴェルグの大き目の独り言が神殿に反している。マリスが万が一にもと考え、偽カンディヌス、すなわちフレスヴェルグに渡したのは人工精霊バレリアだったのである。

「しかし、アミュレットの中には確かにプレベールは居なかった。とするとやはりプレベールはツーオイ石の中だったのか?」

 ケルベロスの咆哮は、フレスヴェルグの耳まで届いていた。どうやらあの堅苦しい頭の固い白魔術師オージン卿がここまで来たようだ。その時、十二芒星を冠した地下神殿のクリスタル「輝けるトラペゾヘドロン」のデータを確認していたフレスヴェルグは、ツーオイ石に闇エネルギー・ヴリトラが限界を超えて蓄積しているのを認めざるを得ないと結論した。もはや、反動によってこの大陸の大壊滅は免れない。ツーオイ石は、確実にアトランティスを打ち砕く……。そんな感慨にふける暇もなく、フレスヴェルグは目の前の別の敵と対峙している。

 黒ヒョウから変化したイゾラはヱクスカリバーを持って、フレスヴェルグに向かっていった。議長は街中で出会ったカンディヌスの姿をもう取っていないと判断し、イゾラが結局議長がどこにいるか考えて行動した結果だ。そして、その予想は的中した。ツーオイ研究者であるイゾラはオージン卿が解読できなかった地下の直通エレベータの方程式を解読できた。イゾラは地震が再発し始めてからというもの、これまでヴリトラ蓄積、爆発を食い止めようと必死になってきた。そしてアイデンティティの危機に直面した。力の為にここまでやってきたはずだ。だがその結末が国土の滅亡とは、決して認めがたい話だ。議長もシャフト評議会も誰一人信用できない。もちろんレジスタンスもだ。あのヱメラリーダの特攻で議長が死んでいなかったとは驚きだったが、そんなことは今やどうでもいい。クリスタルの事故を起こす者、何人であろうとこの自分が阻止する。

 冷たい光を眼に宿し、ヱクスカリバーで斬りかかったイゾラの身体を、フレスヴェルグの背後に揺らぐ女の影が、暗い蒸気のように浮き上がって、実体の腕とは別に肩から飛び出してきた。闇の守護者アポフィス。その黒く細長く伸びた腕は、ヱクスカリバーを鍵爪で掴むと、もう一方の「腕」がイゾラの心臓めがけて飛び込んでくる。この間、フレスヴェルグ自身は一度も身体を動かしていない。その「腕」はイゾラの身体を貫いた。カラカラと乾いた音を立てて石畳に落ちたヱクスカリバーを、フレスヴェルグの実体の右腕がようやく動いて拾い上げた。


 その直後、今度は背後に白く輝く杖を持った男が現れた。

 オージンは男に杖を投げつける。フレスヴェルグは黒衣を翻してはねのけた。紐がスルスルとほどけ、黒衣が落ちると「人の形」をしたクリスタルがあらわになった。しかしその手にはヱクスカリバーが握られている。

「二十年ぶりだな、フレスヴェルグ。あの時、私は判断を誤ってはいなかった。お前を生かしておいたのが全ての間違いだと思っていたが、いいやそうではなかった!」

 目の前のクリスタルは徐々にメタモルフォーゼしている。

「確かに私は、あの時殺したはずだ! お前はあの時、死んだはず。フレスヴェルグよ。私は二十年前、お前を逃してはいなかった。……だがなぜそれが蘇った?」

「せっかくだが……白魔術師よ。フレスヴェルグは、我が真名ではない」

「……」

「私を殺すことによってお前は全てを忘れ去り、黒魔術師フレスヴェルグだと思った。それが真実だよ……!」

「ならお前は一体何者だ?」

「我が魔術を教えてやろう。私にとって『死』とは、世界を塗り替える魔術となる。誰も私を殺すことなど決してできん!」

 アストラルボディであるオージン卿は、相手が正しいことを語っていることをその瞬間に悟っていた。二十年前、オージン卿は彼を倒した。そしてキメラの乱が起こった際、ジョシュア・ライダーはシクトゥスの命を狙った。鳥人たちはシクトゥスの危険性に気づいた。ライダーは暗殺に失敗したと思っていたが、そうではなかったのだ。ライダーは確かにシクトゥス暗殺に成功したのだ。ライダーが殺したことにより、シクトゥスは現在のシクトゥス4Dになった。そしてシクトゥス4Dは情熱党を抹殺し、クーデターを起こした。

 その次は、アクロポリスに舞い戻ったヱメラリーダだ。あの時サイボーグ少女は特攻によって確かにシクトゥス4Dを殺した。だがシクトゥスは、それによってツーオイの完全掌握に至ったのである。

 オージンはフレスヴェルグを地下アラオザルに追い詰め、すべてを暴いた。そう、フレスヴェルグは何度も死んでいるという事実を! 一対一ではフレスヴェルグは確かに弱い。少なくとも過去三度死んでいる。アポフィスを召還することに特化した頭脳派・技巧派であり、パワーではライダー、オージン、ヱメラリーダにすら及ばない。「暁のバラ剣」を持った本気のアルコンにも勝てないかもしれない。それゆえに、コソコソ這い回り、せこい。実際、先ほどヱクスカリバーで襲ってきたイゾラ・マジョーレに勝ったのは運が良かっただけだった。ところがもしオージンがこのまま殺せば、またこの男の魔術が発動する。シクトゥスは弱い。逃げ回る。でも余裕があるのだ。

 以前、オージンは確かに彼を殺した。だがそのつど歴史は書き換えられ、人々の記憶が塗り替えられ、「姿なきモノ」が他人に入れ替わっていた。乗り物を乗り換えるように。死んだのは「姿なき者」ではなく、元の犠牲者の方が死んだということに、世界の記憶が塗り替えられるのだった。つまり殺されたのは別人で、この男ではない時空に書き換えられるのだ。ヱメラリーダにやられた事でまた世界が変わり、最後、またオージンが殺せば……。そうして世界は何度も何度も更新して、男が誰かに入れ替わるたびに、前の世界よりより最悪になっている。しかもみんな忘却する。その死は確かに誰もが目撃していたにも関わらず。だが、次の瞬間みんな忘れるのである。

 十二芒星を掲げた神殿。オージンは最初からルルイエではないアラオザルこそが第一神殿で、ここにあるダーククリスタルをこそが力の源泉と見ていた。これこそ、最初にアポフィスを召還した石なのだ。「輝けるトラペゾヘドロン」はサブの存在だろう。

「フン、なるほど。まさに、悪魔か」

「……悪魔とは人間の事だよ。悪魔は人間の心の中にいる。それを知らぬとは言わせんぞ白魔術師オージンよ」

「……」

「私は『悪』ではない……。私はシクトゥスよりもシャフトの忠実な使徒だ。奴など不完全な飾り物に過ぎなかった。シャフトは、アトランティスにおいて常にピラミッドの頂点だった。そのピラミッド社会を崩す行為は、アトランティスを崩す事になる。そんな事は許されん。絶対に。しょせんはお飾りにすぎない皇帝家などに覆される訳にはいかん。連中がでしゃばる事で偉大な近代アトランティスの歴史に泥を塗る事があってはならない。飾りもの共にピラミッドは崩させぬ。だが! それを私が完成させたのだ」

「背徳の偽善者め、その汚い口を閉じていろ。シャフトを牛耳る事でアトランティスを牛耳ろうとしたお前に、陛下の運動が不都合だっただけではないか! そこで陛下を罠にはめ、クーデターの陰謀を計画した。確かにお前のような黒魔術師に、堕落した近代アトランティス人の歴史は都合が良かったようだな。だが世界を破壊する以外、黒魔術師に一体何ができるというんだ。そんな男に、この国を導けると、本気で思っているのか」

「ソレが秩序の為ならば……全ては正当化される。秩序を維持するためならやむをえん。本当にそう思わぬのか、ロード・カカ・オージン。私は、誰よりも模範的なアトランティス人だ。貴様も伝統ある魔術一門の出だ。お前なら、きっとその真意が分かるはず」

「ならばはっきり言わせてもらおう。お前がアトランティスの忠実な使徒だなどと、百億年早いぞ! 貴様こそシャフトの伝統を破壊し、アトランティスを滅ぼす張本人だとな!」

「都合のいいものだな、白魔術師の論理というのは。勉強になるよ」

 フレスヴェルグの形をしたクリスタルは眼を細め、オージンの言葉を遮って笑った。

「何だと?」

「貴様も、このアトランティスでクリスタルの恩恵を受けて来た一族のはずだ。全てのアトランティス人が、クリスタルの恩恵を享受している。誰一人として例外なく。時には恐怖の水晶体として黒魔術師の弾圧にも関わった。その一方で、クリスタルのもたらす破壊を非難している。ばかばかしい話だ。全ての存在は、光と闇の両方の性質を併せ持っているにも関わらず。クリスタルとて例外ではない。貴様らは、クリスタルの都合のいい面だけ見て、事実から眼をそらしているだけだ!」

「お前の目的は一体何だ? 最初から、この世界を破壊する事だったのか……」

「破壊ではない。我が名は、プロメテウス。私こそが人類を解放する。私こそが人類を自由にする。新世界の秩序を作る者だ。そして私はキメラのような不完全な者たちではない本当の新人類を、ここから創造する」

「それが、古き者共の『繭』か?」

「いいや、それも違う。あれは古き者共と契約した私が、この戦いに勝つために、彼らの兵士を受け入れただけの事。大いなるアポフィスの召喚と共にな。だが、そんな事は計画の途上段階に過ぎない。真の創造とは破壊の後に訪れる。それは新しいアダムとイブを創造し、神となる計画に他ならない!」

 プロメテウスは禁じられた「ホムンクルス計画」を復活させた。ネクロポリスの『繭』がある層よりも深いところに、すでにホムンクルスたちの素体が存在する可能性をオージン卿は考えている。

「そのために私はツーオイ石、お前達がネクロポリスで発見したこのヱクスカリバー、アマネセル姫、そしてネクロノミコン、大いなるアポフィス、ヱデン……全ての、全ての力を手に入れ、神と同等になるのだよ! 新時代のな。それこそが我が真の天地創造計画なのだ」

「神と同等になるだと……。ラーをも畏れぬ背信者め! お前は今、自分で正体を明かしたのだ。邪神アポフィスを召喚しようとする行為、それはお前が魂を売ったと云う動かぬ証拠ではないか!」

「白魔術師よ、私もはっきり言っておくが、聖白色同胞団などまやかしだ。そんなものがもたらす情報に真実は何もない!」

「お前こそ、なす事、語ること、すべて間違いだ! お前ごときに所詮、創造などできはせん、現にこの世界を破壊する事しか、できんではないか! しかしそれもここまで。私は全力でお前を阻止する」

 プロメテウスは微笑んだ顔に手をやり、彫像のように動かなかった。

「……そうか遂に見えたぞ、お前が一体何者なのか。プロメテウスというのは真名ではないな。シクトゥス4Dと呼ばれた男の正体が、一体何者なのか? フレスヴェルグでもプロメテウスでもない。お前自身、何者だったのかを覚えていないな!」

「……」

「お前は、すでに本当の自己を見失った男だ。本当の自己…『大生命の一部たる自己』を忘却している」

「ハハ……ハハハハハハ! 何かと思えばくだらんな」

 自分で自分を忘却していることを看破したオージンはさらに相手を追及する。

「我々は、純粋な光の粒子、愛のヴリルエネルギーで出来ている。私も、お前も。それは大きな生命体の一部なのだ。いいか、二十年前に言った言葉をもう一度繰り返そう。大生命の一部たる我々は、誰も因果律からは逃れられぬ、誰一人として。それが証拠に、今アクロポリスはキサマの招いた災禍に見舞われているではないか、貴様自身も」

「因果応報だと? まだそんなつまらんことに拘っているのか。これだから、白魔術師というのは……」

「黒魔術師よ、お前は因果の理法を無視すれば自分には全く無関係だと考えるが。それは完全なる間違いだ! たとえ無視したとて、因果がめぐらないのではない、問題が先送りになっているだけだ! そこで気づかねば後でもっと大きな問題となって自らに降りかかる。お前は何度も何度も過ちを繰り返すたび、過去長い転生でその代償を支払ってきた。その真実の姿が、私には今その姿が視えている……それはお前が、大生命の一部である、一体性の法則を思い出す瞬間まで、その身をもって何度でも繰り返されるだろう。お前自身が何者であるか思い出すその時まで!」

 忘却の男はオージンに因果について問い詰められ、因果を否定するも、さらにその非についてオージンに問い詰められ、遂に沈黙した。

「……神になりたかった男よ、私はお前に留めをさす。今度こそ本当にお前に終りが訪れる。そしてこの国を救うために」

「できるか、できるのか? やわな白魔術師よ。お前の魔術はまだまだひ弱だぞ! 殺した所で、私は世界を造り変えるだけだぞ、ハハハハハ! お前はまた私の事を忘却するのだろうな! その時には、もうお前は、今私に語った事など全て忘れている!」

 やはり図星だ。男は自分を忘却している。虚勢を張っている。

 目の前の男は変容を遂げ、オージンはレーザーソードを突き刺した。もうそれは形をとどめてはいなかった。流体クリスタルとなって下へと続く階段へと波打っている。本性を露にした「彼」は焦っていた。それは人の形を取った「生けるクリスタル」だった。人のフリをしている内にクリスタルの自己を忘却し、いつの間にか自分が扱うクリスタルをモノ扱いするまでに至った。今回は死ぬ気がなかったようだった。それで逃げの算段を打ったようである。ヱクスカリバーが虚しく地面に転がっている。男は、それを使えば直ちに破滅の剣の霊力が自分に跳ね返ると知っていたらしい。「姿なき者」はアラオザル神殿からさらに、地下へ地下へと流れ落ち、逃げていった。そこで何かを得ようとしているのだと、オージンは直感した。……卵だ。奴はそれを求めている。きっとその力と一体化するつもりだ。オージンは眩く輝くと白龍へと変化し、プロメテウスを追跡した。

 アラオザルは青白く発光した岩壁に取り囲まれた地下湖の隣にある。「天井」に自然に輝く石がまるで夜空を見上げた時の星々の輝きを宿していた。この湖はアクロポリスの温泉を潤している豊富な地下水脈の供給源の一つになっているのだろう。問題は温泉があるということは、地震・火山の多発地帯ということで、アヴァランギ平原を囲む三方の山々も火山だという事である。

 そこには無数の卵が整然と並ぶ実験場、いや古き者共の「農場」だった。どこまで続いているのか、薄暗くて判然としないが、部屋は音が反響しているので確かに巨大なホールのようだった。

 地底湖畔に、旧支配者たちの卵がずらりと並んでいる。フレスヴェルグはその力を得たらしく、最後の力を奮い立たせて悠々と巨大な翼を広げるアルゲンタヴィスと化していた。白龍の姿を取ったオージン卿と、二つの巨大なエネルギーが湖畔でぶつかり合った。

 大怪鳥アルゲンタヴィスといえど、白龍の猛威の前に敵ではない。白龍は相手をかみ殺した。首を曲げてダーククリスタルを破壊すると、忘却の男(クリスタル)は死んだ。

「これで、本当に終わったといえるだろうか……」

 プロメテウスは、過去、代々のアトランティスの黒魔術師がクリスタルに込めてきた邪悪な念が、クリスタル自身を変容させ、自分が黒魔術師だと思い込まさせていた。そして、自身の正体を忘却させるまで闇にまみれていったのだ。本当に殺してよかったのか。私は何かを忘却しているのでは? しかし奴は確かに逃げようとした。それは真の身の危険があったからではないか。元の姿に戻ったオージンは火炎呪文を唱え、プロメテウスだったモノを燃やすと、卵を全て破壊した。

 オージンは男の最後の言葉が気がかりだった。プロメテウスは新人類の創造などという、神に挑戦する計画を進めていた。だがそれは、キメラ達を創造したアトランティス人の姿をもっと極端にしただけで、アトランティス人達の中に、自分自身もいる。アトランティス人自体が神に反する道を歩んできたと言わざるを得ない。つい先程、相手に言った言葉がそのままオージン自身にも返っていた。


 地上において、ライダーの破壊龍はヒュドラに勝利した。アクロポリス上空に静寂が戻ったものの、街は元の姿をとどめていない。パパデウス率いるヘラス軍と合流したアルコン達円卓の騎士は、クリスタル大神殿を占拠し、その中には金髪をなびかせたプレベールも居る。中枢神経の間で儀式魔術を行い、プロメテウス……いや、「忘却した男」を倒して姫の深層意識からオージン卿の意識が戻ってきた。みんなが驚いたことに、その手には戦利品たるヱクスカリバーが握られている。静かに眼を開けたオージン卿は、議長の最期について語った。後はもう、ツーオイ石にプレベールが還るだけだった。

「ここまで本当に長かったな。みんな、御苦労さん」

「あぁ……隊長も」

 すすけた笑顔でライダーが笑った。

「陛下も情熱党も、ヱメラリーダもインディックも死んだ。だが、その死は決して無駄ではない。最後に、俺達はゴールにたどり着いたんだからな」

 プレベールが一歩進み出ると、アマネセル姫はなぜか怪訝な顔をして黙っている。

 ツーオイ石を前にしてプレベールが突如、金髪には変わりないがショートヘアの少女の姿へと変化したからである。

「一体、何が起こっている?」

 プレベールが本来の姿に戻ろうとしているのだと、アルコンは想像した。だが、別の可能性もあるにはある。無論、前者なら何も問題はないのだが。

「こいつはもしかすると」

 オージン卿とアマネセル姫だけが依然険しい表情で眺めている。プレベールだった存在がツーオイ石の中へと吸い込まれていった。

「皆下がれ! こいつは、プレベールじゃない!」

 オージン卿が叫ぶとともに、ツーオイ石は眩く輝き出した。一気に冷気が漂い、気温がドンドンさがっていく。

 「彼女」はその本来の姿にシェイプシフトした。一体これは何者なのか。マリスがプレベールを、偽プレベール(黒鳥)へとすり替えていた事に、彼らは初めて気がついた。ツーオイ石は暗く、邪悪なエネルギーを周囲に充満させた。

「ヴリトラがあふれ出す。外へ出ろ! ライダー、姫を頼む」

 アルコンが叫んで、円卓の騎士と兵士たちは雪崩を打って廊下を走った。

 黄金のピラミッドが暗く濁っている。その周辺を、実体化したヴリルの黒と黄色のガスが覆っていく。その中を稲光が輝いて、ピラミッドの頂点に立っている「女」の姿を照らし出す。

「アポフィスだ」

 アポフィスの肌は純白だったが少し青みがかっている。彼らが予想したそれとかなり異なる姿だった。しかしこれまで本当の姿を見た者は誰も居ない。

「何だって、……じゃあこいつが?」

 古代ヱデンの地を追放され、光明神ラーと、人類を堕落させようとする古き者共の戦いの中で、人は同じ過ち……ヱデン追放を繰り返し続けた。アポフィスは、人類に智恵の実を食べるように唆した蛇であり、カオス、這い寄る混沌そのものである。「ラ・アンセム」、アトランティス創世神賛歌によれば、アポフィスはラーの黄道の運行を阻む宿敵といわれている。ラーの最大の敵にして、光と闇の最終決戦の段階で出現するのだ。だが、最終決戦は過去何度となく繰り返されてきた。あのラビュリントスを飾った蛇の正体とは……アポフィスの事に違いなかった。ライダーが戦ったヒュドラは、どうやら囮に過ぎなかった。しかし、全てがプロメテウス達の計算通りという訳ではない。

「騙された……我々は、まんまと。マリス・ヴェスタに。あの女に!」

 アルコンはつぶやく。ヱメラリーダは正しかったのだ。

 シクトゥス4D議長になり替わったネクロマンサー・プロメテウスは、ツーオイ石でアポフィスや古き者共の召喚を目指していた。さらに、シャフトの世界征服のためにツーオイ石を最終兵器として使用した。オージン卿に地下のさらなる地下で培養した「卵」を破壊され、それらの策略に全て失敗したが、闇のエネルギー・ヴリトラ自体は自動的に増殖を続け、プロメテウスの本来の意図とは別に、遂にあふれ出した。つまりプロメテウス、忘却の男はまだ、死んではない。それはより最悪の姿に世界の記憶を作り変える。

「プロメテウスは、闇を御せると考えていた。それが黒魔術師の愚かさと傲慢さなのだが、所詮、彼らは操り人形。逆に闇に利用されるのがオチなのだ!」

 その闇が実体化したのがアポフィスである。これは、マリス・ヴェスタが作った偽プレベールの、マリス自身も気づいていなかった正体だった。それはこれまでシクトゥスが、ツーオイ石の中に蓄積した暗黒想念ヴリトラが、卵から孵化するというプロセスを経ず、偽プレベールの形を乗っ取って、人格を持って実体化したモノだった。

「いよいよ、スーパースターの御登場だな」

 この期に及んで、アルコンは皮肉をつぶやくより他何も思いつかない。

「諦めるな、全員で戦うぞ!」

 ライダーが叫び、オージン卿、ヘラス軍も総攻撃を仕掛ける。無数のブラスターや長銃から、色とりどりのレーザーが雨あられと降り注ぎ、ライダーとオージン卿の念動力で浮かび上がった瓦礫や光弾がアポフィスに降り注ぐ。ライダーはヱクスカリバーから光弾を生み出していた。破壊竜が突入を繰り返す。だが、全く効果がない。

「ダメだっ」

 アポフィスの黙示録のダンスが始まった。リズムの速い踊り。プレベールも、情熱党たちも誰もかれもがみんな魔術舞踏のダンスをした。宇宙の気の流れを読んでダンスをする。あるいはヴリルを受信する為に。その中で、アポフィスのダンスは流動的でスピーディかつダイナミックだった。

 闇のエネルギーを受信して全身で表現し、さらに世界中へとまき散らしていくダンス。それこそ、宇宙のエネルギーをダンスと歌で受信したヱメラリーダ達情熱党と全く正反対の作用だという証拠だった。その姿は、かつての事故が起こった時以来、完全ではないが中枢神経の間でイゾラ達に何度も目撃されてきた。だが、影のような姿で出現していた為に、シャフトは、議長は秘匿した。しかしながら次第に出現回数が増え、今日、10月31日のアトランティスの最期の瞬間に、アポフィスは完全なる姿を現した。それが黙示録ダンスを舞う日が来た。それは一万年後の世界で、ヒップホップダンスと呼ばれるものに酷似していた。


 燃えろ、燃えろ、悲しみの星よ。

 旧神共が思惑で造られたこの醜い世界よ。

 我が身体を拘束せしこの牢獄よ。

 滅びよ、滅びよ、滅びて何もかも消え去ってシマエ!! 

 何もかも消えて、宇宙の塵になってシマエ!!


 ツーオイを完全に乗っ取ったアポフィスの舞いは、全自動でブラックナイト衛星を操作すると、気象兵器を発動させた。もはやプロメテウスの意思でもなんでもない。ラムダがクラリーヌに語ったとおり、全てはアポフィスの手のひらだった。遠く離れたヘラスのテラ島は噴火し、土地の一部は海中に没した。その報を部下より聞かされたアンゲロス大将はぼうぜんと見守っている。共倒れだ。

「神よ、なぜ我々には時間がなかったのです? 時間さえあれば、世界を救えたのに。こんな理不尽な事がありましょうや? 偉大なるラーよ、時を与えたまえ!」

 アルコンは叫んだ。

 その衝撃もつかの間、今度は水晶炉からピラミッド上空へ向かって巨大な閃光がほとばしった。ピラミッド神殿自体は無傷で、物理的に砕け散った訳ではない。暗黒と黄色を混ぜたような色彩の、ツーオイ石に蓄積していた闇……ヴリトラが逆流現象を起こし、天に向かってきのこ雲を形成し、一挙に溢れ出してきたのである。それはまさに現代人が見れば核爆発と同様の光景である。

 オージンはプロメテウスを殺したものの、結局また世界の記憶は彼の意図する方向へと変わったのかもしれなかった。だがそれは、想定外の事態を引き起こしていた。

 天空に巨大な光が出現した。それは黒いキノコ雲でも遮る事ができないほど巨大な炎。すなわち巨大すい星だった。宇宙が一体性の法則で結び付けられているとき、ガイア上で生じた巨大なヴリトラのエネルギーが、彗星を引き寄せたのだ。

 偽シクトゥス4D議長自身がこれまで何度も口癖のようにいい、決まり文句になっていた「想定外」の事態。いいや、魔人プロメテウスにとっても全ては誤算だったに違いない。世界最終戦争に勝利者はいない。共倒れの運命のみが待ち受けている。今度はヘラスにではなく、アトランティスに災厄が降りかかってくる番だった。

 彗星はアヴァランギ平原に中心に巨大な爆発を伴って落下していった。先程のヴリルが実体化したきのこ雲のスケールではない。まさに世界の終りだ。

 衝撃波と共に巨大地震が襲いかかった。アトランティスが沈む瞬間が迫っていた。

 アヴァランギの平原を囲む三方の火山という火山が噴火した。豊かに実った作物が溢れる大地をクレバスが走り、粉々に砕いていく。数千メートル級の高さの巨大津波が迫っている。洪水が赤・黒・白の各色の高層ビルを次々となぎ倒してゆく。もはや、百年前のヴィクトリアの比ではない。

 黒いキノコ雲の中を大鷹が飛んでいった。その男は、ラムダ大佐亡き後のラムリザード号へと引き上げられていった。だがそれに気付く者など、円卓の騎士達の中にはいなかった。

 アマネセル姫は仲間に連れられながら、杖をつき、スカートのすそを左手で引っ張り上げながら、必死で走った。丘の上にはオージン卿が念のため待機させた飛行船が集結している。

「最後まであきらめてはいけません、立ち止まらないでください!」

 アルコンは怒鳴った。大地は裂け、巨大津波が街を、ロードマスターを、人々を飲み込んでいく。五つの島を丸のみする津波に乗って、大プールのオルカたちが柵を超え、海へ脱していった。


 お前のせいで何もかも台無しだ! お前がアトランティスを滅ぼしたんだ。……お前が!


 誰かが叫んでいる。

いいやこれは、死んだはずのヱメラリーダの声だ。

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