第40話 ▲アトランティスの長い一日

紀元前八〇八七年十月三十一日


 ユグドラシル大本部にイゾラ・マジョーレが戻ってきた。ヱメラリーダの自爆で負傷したハウザーは、医務室に入ってきたキラーウィッチの姿を目視するとにやっと笑ったが、その手に握られた茜色の剣を見て不審に思った。

「マリス・ヴェスタを探すんだな」

 ハウザーはかすれた声で言った。

「あの女は裏切っていた。二重に三重にもだ。議長が死んだ、諸悪の根源だ」

「長官、お聞きしたい事があります。アリーナの処刑のあと、ラムリザード号によって、ただちにアリーナは埋められた。けど、死体はそこに本当に埋まっているのですか」

 ハウザーはイゾラの問いに黙り込んだ。解せない。どういう意味なのだろうか。

 その刹那、とつぜんイゾラの握ったヱクスカリバーが閃いて、宙に一線を描いた。ハウザーの首が胴から分かれて吹っ飛び、無残にも壁にたたきつけられて床に転がっている。イゾラは、無言のハウザーから察した。ハウザーは何も知らない。埋まっているのか、埋まっていないのかを。

「事故を止める為には、……もはや殺るしかない。ラムダを」

 ラムダはアリーナで起こった本当の出来事を隠蔽した。皇帝ら死刑囚が皆別の次元へと上昇し、死んだ訳ではなかったことを。それを、アトラス帝がアクロポリスに出現したときに、はっきり感じたのである。

 議長亡き後、ラムダ・シュナイダーが後継者になる可能性が高い。キラーウィッチは剣を鞘に収めると、速やかに医務室を出た。

 シャフトの正体は黒魔術である。黒魔術師、ネクロマンサーは悪魔をも御せると思い、使役しようとしてきた。イゾラもその目的を明瞭に認識していた。そう、ネクロマンサーはアポフィスに忠誠を誓いながらも、その力を利用し、結局は魂を売らないで目的を達成したらすり抜けることができると考える。旧支配者も同様に。だが、もはやイゾラにはそれが信じられなくなっている。このままでは、ヴリトラ増大によって、アトランティスは沈む。ネクロポリスにも浸水し、「卵」は全滅する。皇帝らの次元上昇は、正しい者達を処刑してしまった事の証明である。そう……アポフィスの目的は最初からアトランティスの破壊、さらにはこの星の破壊にあったのだ。とても我々に御せるものではない。


 運命の十月三十一日を迎えたアクロポリスは、「廃都」と呼ぶにふさわしい。一体何者のせいでこのような廃墟になったのか。三色の高層ビルは悉くがれきの山を作り出し、百万市民はこぞってここからの脱走を図った。この天変地異の惨状にシャフトの洗脳は役に立たなくなっていた。市民は何が起こっているのかはっきりとは分かっていなかったが、雪崩を打つようにして帝都を離れたのである。もちろん動物の影もなかったが、なぜか烏だけは依然何処でもその影を見る事ができた。

 廃墟と化したユグドラシルに忍び込んで魔術防壁を施し、再び潜伏したニヴルヘイム基地に集結したレジスタンス達は、プレベールの説得を続けるアマネセル姫を守りながら、外の様子を伺っている。そこへアルコン隊長が戻ってきた。

「駄目だ、とてもじゃないが太陽神殿の包囲は突破できん。で、ライダー、姫のご様子は?」

「プレベールは、まだ姫に心を開かん」

「そうか。……くそっ、時間がほしい!」

 帝都に戻ってきてから何度、その言葉を吐いたか分からない。

「だが、いい話ならあるぞ」

「何だ?」

 今さらこの国にどんないい話があるというのか。

「アトランティス海軍を打ち破ったヘラス軍の三千人が、アンゲロス大将に率いられて、遂にアクロポリスに向けて上陸してくるぞ。今までのシャフト発表のラグナロックの大勝利報道は、上陸という事実によって、物の見事に崩れ去るという訳だ!」

 シャフトは戦争報道で情報統制を敷き、勝利を謳い続けて来た。それが虚偽に過ぎない事は、ヘラスの上陸によってあっさりと白日の下にさらされるだろう。ヘラスはわずか数万の将兵によって、百万以上のアトランティス帝国軍を撃破し、地中海を解放した。それはヘラス=エジプトの連合軍だったが、最終的にアトランティス海軍を打ち破ったのは、アトランティスが海戦で勝利した際の戦利品だった。戦利品というのは輸送艦の事である。戦線が伸び、補給に事欠いたアトランティス軍はそれを奪おうとした。ところが輸送船内には屈強なヘラスの兵士達が隠れていた。彼らは各船内に侵入の後、同時多発的に白兵戦でアトランティス海軍の動力を破壊すると、兵を打倒した。帝都アクロポリスが天変地異に脆弱だったように、近代的軍隊も動力を破壊されると途端無力になる。こうして三千の先兵を送りこんできたヘラスがアトランティス本国を占拠するのは、時間の問題に過ぎなかった。

「こいつは天の采配と言うべきか。アクロポリスは大混乱になるだろう。我々がやる事は唯一つ、アクロポリスの要塞都市としての機能をここからできるだけ解除する。彼らと合流して、一緒に太陽神殿へ突入しよう、アルコン。そうすれば逆転も不可能じゃない。ヱメラリーダの弔い合戦だ!」

 アクロポリスの三重の運河は堀としての機能がある。どういうつもりで、ライダーがヱメラリーダを無言で見送ったのか。それはまだ窺い知れない。やっぱり議長の命を狙うライダーは、ヱメラリーダを利用しただけなのか。

「あぁ間に合えばいいがな。シャフトは躍起になって最終兵器を発動するだろう。そうなれば、事故は確実に起こる。しかしまだ一つ問題がある。死んだはずのシクトゥスだが、生きているという情報があるんだ」

「……何?」

「あの時の奴の死がもしフェイクだったとしたら。ヱメラリーダの自爆によって、シクトゥスが本当に死んだのかどうか不明だ。事実はあれ以来姿を見せていないというだけだからな。しかしもし、もし仮にだが、生きているとすれば、もう別の姿になっている可能性が高い。そうだとすると、我々には、一体誰がフレスヴェルグなのか我々には分からないだろう。とにかく私はヘラス軍と合流するから、ここと姫を頼む」

「アルコン、アーサーと呼ばせてくれ。あなたはかつてアーサー・ペンドラゴンという名を封印した。姫にもしものことがあったら、クロノス帝の血を引くあなたが王家として起つ事になっているはず。今こそあなたが起つのだ。アーサー!」

 オージン卿の励ましに、アルコンは黙ってうなずく。

「急げ!」

 古巣をライダーに任せると、アルコンは再び戦場へと走り去った。


 岸壁に身を隠したアルコンは、洋上にヘラス軍の船を確認した。帝都を防衛する機能でもあるシャフト保安省は、大神殿に陣を構え、彼らを迎え撃つ事ができなかった。アルコンはたった一人でヘラス軍と対峙した。クーデター以前、帝政が敷かれていた頃、「祭典」の時にアルコンはアンゲロス将軍と会った事がある。二年ぶりの再会だった。

「カリメラ!」

 アンゲロスはヘラス語で「おはよう」と陽気に挨拶した。

 アンゲロス・パパデウス大将はアルコンが生きていた事を喜び、アクロポリスの現状とレジスタンスの話を聞いた。ヘラスは、王党派がことごとくシャフトに殺されたと考えていた。わずかな人数になったとはいえ、アマネセル姫も生き残った事で、将軍はアトランティス再興に力を貸すと約束した。

「大勝利ですな」

「今、貴公らの国が危機に瀕していることを我々は理解している。魔術、科学技術、それは所詮人の力に過ぎぬもの。大自然の中で人間は所詮無力、ちっぽけな存在に過ぎない。その自然を自由にコントロールできるというのはおごりだ。しかし我々ヘラスは自然に対する畏怖と尊敬の念を持っている。人の力に奢ったアトランティスは滅びる。しかし真の魔術師なら知っているはずだ。魔術とは決して自然に逆らうものではなく、自然の流れを知り、その法則を自らのものとして一体化するものだということを。アトラス大帝のアガペー理論はわれわれと通じる道だ」

 彼らは、アトランティス人以上に自然魔術を理解していた。だから戦に勝ったのだと、アルコンは理解した。自然と人間、つまり神と人間が一体となって生活する理想郷を、アンゲロスは「金の時代」と呼んだ。その理想が失われると「銀の時代」となり、さらに神と人間の絆が完全に切り離された時、戦乱が巻き起こるアトランティスのような「鉄の時代」となる。

「こっから先は我々と共に」

「うむ」

 そこへライダーから連絡が入り、朗報が続いた。ライダーによると不完全ながらプレベールは姫に心を開き、円卓の計画に同意したというのだ。

「いいぞ。今なら間に合うかもしれん。ヘラス本土への攻撃を許せば、ヘラスのみならず、アトランティスにも同様の被害が及ぶ。こんな所で負けるわけにはいかんからな。よし、クリスタルを奪還だ! 力づくでもシクトゥスを止めるぞ」

 アルコンは叫んだ。

 ヱクスカリバーは失ったが、こっちにはプレベールが居る。そのプレベールが姫に心を開いた。シャフトのラグナロックはヘラスの勝利と共に終焉を迎えた。これまで王党派は、何度も何度も危機に瀕した。死を覚悟し、死地だと感じた事も一度や二度ではない。だがここまで来たのだ。時間との勝負だが、諦める訳にはいかない。ともかくまずヘラス軍を盾にし、ツーオイ石のところまでプレベールを連れていく。ここを乗り越えさえすれば、勝機はある。最初で最後のチャンスだ。

 上陸したヘラス軍の勢いを止める者は、この国にもはやなかった。ヘラスの兵士達はシャフト保安省の制服を見るや否や攻撃した。街中で混戦を続けていたキメラ達はヘラスとアルコン達を、シャフト独裁からの解放軍と知ると、次々合流しヘラス軍はキメラ部隊を伴い、圧倒的な勢力へと膨れ上がった。もはや、シャフト保安省にその勢いを止める事はできない。

「太陽神殿のリアクター重心室に動きがあります。まずい、ブラックナイト衛星とツーオイが連動している。ヘラスの本土攻撃への準備が最終段階に達しています。シクトゥス4Dは……どうやら生きて重心室にいます。議長は、アトランティス軍を苦境に立たせたヘラス軍を壊滅させるべく、気象兵器デストロイヤーを発動させるつもりです!」

 インディックはクリスタル画面のデータを報告した。ツーオイから放たれるヴリトラのエネルギーはブラックナイト衛星を通してヘラスに到達する。太陽神殿はラムダ大佐が守っている。

「仕掛けられた魔術防壁は強力です。ここからでは。しかし我々の手元にはヱクスカリバーがありません。……直接行くしかありません」

 マリス・ヴェスタは混乱で行方不明だった。太陽神殿が再び開城するには、インディック自身が一人でレジスタンスのクリスタル、ヱオスフォル石(曙光石)とデバイスを担いで神殿まで接近する必要があった。

「間にあうか、頼むぞ」

 アルコンはインディックを見送った。

「ここは僕ががんばりを見せるチャンス到来ですね。いいとこ見せなくちゃ」

 インディックは相手に悟られぬためといって単独で神殿へと向かった。ヘラス軍とキメラ達が共同で神殿への物理的攻撃を仕掛ける中、インディックは瓦礫に身を隠し、太陽神殿へのハッキングを開始した。

 物理的戦闘が激化する中、ライダーはラムダと、車や建物を念力でふっ飛ばし合う超能力戦闘を展開していた。様々な物体が飛び交う暴風の中で、インディックは身をひそめながら作業を続けなければならなかった。依然として、太陽神殿を守る魔術防壁に異変はない。

 ラムダは、右手に持った赤黒いクリスタルから頭上に向けて赤い光を放った。

 ラムダの出現させた赤い光弾が巨大化していく。その赤い光は街を飲み込もうとしていた。やがてそれは巨大な蛇の様な形に変化した。幾つもの頭を持った大蛇、すなわちヒュドラの形をした光のエネルギーだ。

「なんだ、ありゃ……」

 アルコンが上空を見上げている。

「アクロポリスを覆うヴリトラを使って、ラムダが作り出した一種の生物だ」

 誰かが「おしまいだ」と言った。遂に太陽神殿が再び開城した。ラムダがライダーから身をそらし、インディックの存在に気付いた。インディックの身体を、ラムダのレーザーソードが貫く。その隙に、今度はアルコンの銃撃がラムダの額を貫いた。二人はゆっくりと倒れ、死体が砂塵にまみれる。

「インディック! インディック!」

 返事はない。大神殿はインディックのハッキングによって、ゲートを解放している。そのインディックはもういない。

「一つを開ければ、一つ前に進む」

 そしてまた一人死ぬ。何かを得るために誰かが死ぬ。最後に生き残るのは自分だけ。

「奴は俺が片を着ける。先に行け!」

 ラムダは死んだが、ヒュドラの赤いヴリルは、依然として天高く展開している。だがオージンがじっと観ていた先は、ヒュドラではなかった。右手を掲げたライダーである。

「まずい。ライダーが破壊龍を呼ぶぞ!」

 赤黒い雲を切り裂き、青く巨大な翼を持った龍のエネルギー体が現れた。全長三キロはある巨体は、青い焔を吐きながら、ヴリトラを吸い込んで巨大化しつつある赤いヒュドラに襲いかかる。その巨大な振動が、オージン達のところまで届き、ビルというビルが崩れ始めていった。ユグドラシルが炎上している。

「あの時代と同じだ。やめろ、やめるんだライダー!」

 オージン卿の声はライダーの所へ届いていない。

「あれは一体何だ? オージン卿、あなたはライダーの秘密を知っているのか」

「あぁ知っている---。あれこそ世界を破壊した古代龍。彼はムーの前生で、赤魔術によって闇の勢力の使う黒魔術と戦ったんだ。だが、ああして両者が戦争を起こす事で、そのたびに世界のあちこちで地殻変動が起こった。何度も、何度もな。世界を破滅するものは闇だけが原因ではない。時に力が強すぎるものは、全てを破壊してしまう。そうして約六千年前に、一度世界が滅んでいる」

 アトランティスに伝わる最古の古文書「ドジアンの書」によると、ムー大陸とは、ピグミー、ニンフ、シルフ、サラマンダー、ドライアドのような精霊が支配した世界だったと記されている。文明末期、ムー人は精霊の力を使って戦争を起こした。ジョシュア・ライダーはそこに生きていたのだ。二人の眼の前で起こっている光景は、力と力がぶつかり合い、結果として街が破壊されていくありさまだった。

「早くしろ、中に議長が居る! 宿敵フレスヴェルグを追え!」

 ライダーの叫び声と共に、アルコンを先頭に、ヘラスとの合同軍は、大神殿に突入した。

「誰も居ないぞ」

 ツーオイ石は自動システムで作動を続けている。

「駄目だ……ここでインディックを失ったのは大きかった。ともかく、私はユグドラシルに戻って姫とプレベールをここへ連れて来る。プレベールがツーオイを止めてくれるのを信じるしかない。オージン卿はその間に、出来る事をやってくれ」

「了解だ。奴はまだどこかにいる。俺は奴を追う」

 オージン卿は部屋をチェックしている。

「いつもながら健闘を祈る、隊長殿」

 オージン卿は手を挙げた。

「……あぁ」

 アルコンは握手してニッと笑うと、身をひるがえして走り去った。

 オージン卿はホルスの眼を取り出すと、部屋を調べた。フレスヴェルグが地下神殿へ行くときに使うエレベータがあるはずだ。しばらくしてマジカルステルスに守られた地下への隠しエレベータを発見したが、表情を曇らせる。複雑な魔術計算式で守られており、簡単には解読できない。

「これは厄介だな」

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