第38話 ▼黙示録 神江原発のパンドラ

二〇一一年三月十五日午前六時


「クリスタル……原発……クリスタル……原発……クリスタル……」

 真帆は何度も繰り返しつぶやいた。ツーオイ石。またの名をパンドラ。

 これは、ハッキングで発電所の事故を止める話なのだ。そのために光シャフトを立てて、クリスタルに蓄積した闇ヴリルことヴリトラを抜く。原発事故の、放射能を含む爆発を避けるためのベント作業と同じである。

 今の世の中は、魔術師や超能力者達は社会の日陰者となり、何の特殊な能力を持たない普通の人々が社会を支配している。当時でいうと、シャフトに支配された被征服者たちだ。世界は全くもって逆転している。ただ、人のなすことはいつの世も同じだ。いつの世にも、シャフトのような利己主義者たちが現れる。ベクトルは異なるが、科学者という点では同じである。トートが設計したアクロポリス、シャフトが形骸化し、堕落した官僚機構マギルドが巨大な破滅をもたらしたように、現代日本社会にもよく似た官僚機構が幅を利かせている。それはシャフト同様のピラミッド社会を形成し、原発村のヒエラルキーの最底辺では、二重三重派遣労働者が中間搾取で残った安い賃金で、最前線で働いている。帝電社員も決して長居しないような場所に、立場の弱い低賃金労働者たちが命を削って戦っていた。

 七十九年のスリーマイル事故。八十六年のチェルノブイリ事故。そしてここ二〇十一の神江。繰り返されてきた原発事故は規模を拡大させていった。安全への配慮を怠り、その都度「想定外」と言い放った者たちが引き起こした事故だった。これは天災じゃない。人災だ。現代のシャフトたる原発シンジケートは学者の警告を次々ひねりつぶしてきたのだから。それにしてもシャフトという名前は皮肉ではないか、と真帆は思った。

 四号機が爆発したという新しい報が入った。昨日は三号機が爆発している。残るは、二号機……。

 仮避難所に留まる真帆たちは、決断を迫られていた。

 しばらく途絶えていた藤咲から再びメールが届いた。藤咲のメールは悲痛の叫び声をあげていた。

「二号機のドライエルベントが失敗した! このままじゃ、東日本壊滅だ!」

 藤咲のいうドライエルベントとは、放射能を含む蒸気を一度水にくぐらせることなく、そのまま大気に放出することで原子炉内の圧力を低下させるベントの事であるという簡単な説明が記されていた。放射能が桁違いに放出されることになるが、もし原子炉が大爆発すればそれどころではない。原発事故によるエコサイドは、東京を含む東日本一帯に拡大する事になる。

 なぜこうなったのか。藤咲のメールによると、神江原発第一には四つの原発があるが、それらの間で爆発の連鎖反応が起こっていた。

 三月十二日、一号機で水素爆発が起こるも、その前にベントしている。

 三月十四日 三号機が水素大爆発した。これもベントしていたお陰で格納機は破壊されなかった。

 三月十五日 四号機爆発。いずれにしても水素爆発は免れなかったが、ベントをしていたおかげで、格納機が破壊される大爆発は起こらなかった。ところが、二号機のベントが出来ていない。

「時間が……時間がない。このままでは二号機の格納機が壊れる」

「……そんなに危険なの?」

 政府は、首都・東京を「廃都」にしなければならない決断を、迫られるのかもしれなかった。ずいぶんときな臭い話になってきた。……にしても、こんな事態になるなんて、一体何というテクノロジーなのだ。まさに、夢の中でアトランティスの光ヴリルを立てる作業と同じ、緊迫した状況が展開している。

「神江の技術者が何とかする! 帝電自体はしょうがない会社だが、彼らは優秀だ、決して諦めない」

 篠田は、避難所の人々に早く脱出するようにと真帆に言った。

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