第2話 爺さんは掘り進めていた
気配の小ささはどうやら対象が気を失っていたから、らしい。
少しずつ水を受け付けた爺さんはやがて覚醒を迎える。
「ぐばあ!」
何か話そうとしたのか、級の目覚めに呼気が乱れたのか、突然水を噴き出し盛大に咳き込みだす。実にせわしない。
気管に詰まった水分を全て排出するのに2分ほどを費やし、爺さんはついに断末魔を口にする。
「め……」
「め?」
「飯をくれ……」
そこは水をくれじゃないのか、いや水は噴き出すほど飲んだからいいのかな。
ただし手持ちに食べ物はほとんどない。長旅に荷物など少ない方がいい理論で携帯食が少しだけ。後は定時に魔法陣を使って城から調理済みのご飯を召喚しているのだ。まさにリーズナブル。
それ故に食べ物くださいと言われても提供できるものは、
「干し肉でよければどうぞ?」
「ホブッ、ガガガリ!」
慌てず騒がずアコットさんの差し出したなけなしの携帯食に爺さんは齧りついた。肉齧る音がちょっとやばい感じだが、年の割に歯は丈夫なようだ。
瞬く間に、少量といえど4人分の携帯食を食べ尽くす老人は、
「おかわりは?」
意外と厚かましかった。生存本能がタカってもいい相手だと見抜いたのだろうか。
「これは仕方ないか、昼には少々早いが城に食糧を要求しよう」
手慣れた動作で魔法陣布『転送小門』を広げ、緊急連絡用のメモ書きを置く。
メモ書きが消えて数分後。
いつもより多めの食糧が届いた。
「お待た」「ヒャッハー食べ物じゃあ!」
ナイトソンさんの言葉を遮って爺さんが食べ物に飛び掛かる。
すり減った命の前に年齢は礼節を保証しない。ここにいるのは老いた獣だった。あのラブラブカップルをしてお互い見つめ合い肩を竦める程度の愛情表現で済ませているのだ、余程毒気を抜かれたのだろう。
「えっと、これはいったい何事でしょう……?」
「おはようリーズ」
「おはようございますブロウさん、別に寝てたわけじゃないですけど!」
可愛らしく眉を逆立てて怒ったのは魔術師フリージアことリーズ。
夢遊病者に等しい挙動を取る彼女は食事時になるとこうして目を覚ます。
「まだお昼には早いんだけど、お腹空いたのか?」
「違います! 魔法陣の反応で意識が覚醒するって言ってるじゃないですか!」
「うう、対話が楽しい」
話しかければ答えてくれる、ボケれば突っ込んでくれる。こんなに嬉しいことはない。だからからかいたくなる旅心と男心を許して欲しいものだ。
「それで、これは何がどうなってるんでしょう?」
「ああうん、少し前にナイトソンさんがね──」
周囲から取得した情報と分析から未来予測を立てる魔術の演算に思考を取られたリーズには、飢えて身動き取れなかった老人は算出外だと判断していたのか、老人を拾う顛末は頭に無かったようだ。
かくかくしかじかと説明し、情報の共有を行う。
「ってわけで行き倒れの爺さんなんだ」
「はあ、巡礼の方なんでしょうか?」
「巡礼にショベル持っていくかなあ?」
そこが懸念の老人である。
杖替わりとの解釈も出来なくはないが、流石に重すぎるのではあるまいか。
その辺の木の枝でいいだろうと。重いだろショベル。
この場には爺さんを困った人だねと手を繋ぎながら近所の老人を優しく見守る雰囲気のカップルと覚醒したてで置いてけぼりの魔術師しかいない。
必然的に僕が突っ込み役に回るしかないのだ。
「なあ爺さん、こんなところで何をしてたんだい?」
「むしゃーむしゃしゃむしゃやむしゃしゃしゃむしゃしゃむしゃしゃしゃしゃ」
「話すか食べるかどちらかにしなよ」
「モグモグパクモグモグモグパクパクモグモグ」
「そこで食べるのかよ!」
マイペースか!
そこはこれこれこんな事情でした、ありがとうございましたじゃないのか。
「どちらかにしろって言うから食べるのを選んだのに理不尽な若造じゃの」
「リーズ、『分解』の魔術で爺さんの歯を全部粉々にして欲しい」
「だ、駄目です!」
場を和ませる冗談なのに何故かリーズは割と真剣な顔で拒否してきた。
どうしてだろう。
「いやー久しぶりにまともな飯をいただけてワシァ満足じゃ」
「3万ゴールドになります」
「金とるのか若造!」
請求してもいい気はする。
僕達の旅費関係は全部国からの支給品、元は血税だし。
……僕?
うん、僕は、うん、折れた聖剣が悪いんだ……そう本心から余所に責任を押し付け切れない自分が憎く愛おしい。
「で、本当のところは何で倒れてたんです? 巡礼中に襲われでもしましたか」
「は? 巡礼? なんでそんな一銭の得にもならないことを」
僕の極めて常識的な予想を爺さんは鼻で笑った。真剣に巡礼をしている人たちが怒りそうだが僕は該当しないので実にコメントし辛かった。
遥か上の立場にある人からの命令なんで、拒否権ない立場なんで。
「それじゃ何してたのか教えてください。じゃないと代金を請求します」
「くっ、この守銭奴め!」
「そこで支払うって言わない爺さんに人を責める資格は無いかな」
最初から食べた分を踏み倒すつもりだったと答えてるようなものだし。
恩を着せるつもりで助けたわけではないけど、そもそもお礼すら言ってこないぞこの爺さん。
「で、話すか払うか斬られるかの三択ですよ」
「若造、余計なものを付け足すな!」
「もしくは魔術で吹っ飛ぶかの四択ですよ」
「やりませんからねブロウさん!」
生真面目なリーズの訂正に心を癒されつつ不審者を問い詰める。
万一助けたのが盗賊だったなんて遺恨は残したくないために。ついでにこの爺さんの性根を少しは叩き直すために。
「……見て分からんのか若造」
「見て分からんから聞いてるんだよなあ、ショベル携帯してても土木工事の人には全く見えないし」
「ならついてこい、ワシの成果を見せてやる」
爺さんの先導の元、街道を逸れて林の奥に向かう。林といっても浅い木々の並びは意外とあっさり抜けて、先に広がっていたのは荒れ地。
いかにも人の手が入っていない土と草と岩の乱れた自然の空間だった。
「うわ、街道の近くにこんな自然満載の場所があったなんて」
僕が木こりをしている山もそうなんだけど、例え人通りが少ない場所でも行き来する者がいれば多少は道らしきものが出来る。草が伸び続ける所と踏まれて育たない所の差があるからだ。
ここにはそういった畦道すら無く、長らく動物たちの楽園だったことが窺い知れた。
僕の驚きに頓着せず、マイペース爺さんは
「若造、あれを見ろ」
「……穴?」
指差された先にあったのは穴、人里離れた恵みの大地に穴が開いている。
一か所、二か所、三か所……10を超えて掘られた穴が穿たれていた。それも割と最近に掘られた新しさが垣間見える土の色。
犯人はまだ遠くには行っていないだろう。というか、
「うむ、ワシはここで穴を掘っている。理解したか若造」
「理解はしたけど納得とは程遠い」
ショベルを持っていた、理由はここで穴を掘っていたから。
成程、成程じゃない。
どうして穴を掘っていたかがまるで解決していない。埋葬か、襲って殺した旅人を埋葬でもしようと企んでいたのか。
いや、それは流石に無いとは思うけど。
「それでどうして穴掘りを?」
「ふん、お主のような若造には思い至らぬ崇高な理由によるものじゃ」
偉く上から目線で自身の目論見を隠して来た。
ならばここは思い切り皮肉を効かせた言葉で反撃に出るべきだろう。
「崇高ねえ、まさかいい年して宝探しでもしてたってわけかな」
「若造、何故分かった」
「本気で宝探しやってたのぉ!?」
爺さんは激しく動揺し、むしろ僕すらビックリした。
妹よ、手堅い商売で堅実な人生を歩む妹よ。
この爺さんは趣味に生きてる人だった。
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