第4話  華麗なる舞踏会


「本来なら護衛を増やす、あらかじめ野盗を掃討しておく、そんな対策を講じるんだが」


 宿屋の一室で騎士ナイトソンが難しい顔をした。


「神殿に釘を刺されているんだ。『我々の旅に他者の過度な介入は不可』と」

「ぐぬぬ」


 どんな不合理な内容でも「それが神サマの御意思だから」と言われればぐうの音も出せないのが世の常だ。

 ただそれが人の身の安全に最大限の配慮を許さないとは、下々の扱いが過酷すぎませんかねえ。


「野盗の噂は門兵から聞いたものだから、街の警備隊も警戒はしているはず。相手が大規模な盗賊団なら網に引っかかったかもしれないが」

「私達狙いで活動していない集団だと捕捉は難しいって事? ダーリン」

「その通りだハニー」


 或いは僕達が直面しようとしている危機がそれなのか。

 折れた聖剣を携えた一行を付け狙う、謎の武装集団。


「……まさか、魔族?」

「予測の感じから、多分人間だと思いますけど、魔族には人に擬態する者もいるとか……」


 少し前までなら御伽噺と笑えた喩え。

 だけど今では笑い飛ばすのも困難。


「……ふっ、それでも神が我らを嘉したもうなら」


 僕に難しい事を騎士様はやってのけた。


「道は前に拓ける、そう信じて進むとしよう」

「着いていくわ、ダーリン」


 ひっしと抱き合う2人。僕が何を言うでもなく護衛が方針を決めてしまった。

 結局は進むしかないんだけど、戦いになると僕が役立たずなのは間違いない。

 斧を振り回す腕力はあっても戦い方なんて知らないんだから。


「わたしも全力でサポートしますから」

「頼りにしてるよ、本当に」


 魔術師が助力を請け負ってくれた、ありがたい事である。

 勿論戦いになんてならないのが一番だけど。


 ……そこの2人、僕達はそんな関係じゃないんで抱き合ったりしませんから。

 横目でこっちを見ても無駄ですから。


 馴れ馴れしく妹の肩を抱いたスティーブがどうなったか知らないんですか!


******


 ローラデンの街を出発して2日。

 エルネーキア大神殿、世俗から距離を置くように立てられたらしい目的地に近づくにつれ、周囲の風景がどんどん緑に覆われつつあった。


 道幅はあるし傾斜も無いが、ほとんど山道。

 僕にとっては馴染みある雰囲気だが平地と違って隠れる場所が多い。

 なるほど、襲う側にとっては有利なロケーションなのだろう。


 ただし、未来予測の魔術で事前に襲撃の可能性は提示されていたわけで。


「やったねリーズ、的中じゃん」

「喜んでいいのかどうか」


 僕達の行く手を阻む、いかにも柄の悪そうな数名の男達が現れた事に驚きはなかった。


「問題は、彼らがただの野盗か否かだね」

「ええ、ダーリン。人に化けた魔物かもしれないもの」


 そう、予測された襲撃だったが、ひとつ重要な警戒事項があった。

 折れた聖剣を携えた僕達の旅、果たして襲撃者が本当にただの物取りかどうか。アコットさんの危惧はそこにある。


 果たして彼らが邪教の崇拝者や、魔族の一員でないと誰が保証できよう?

 男達のひとりが進み出る。僕達にナイフの切っ先を向け、


「フヒヒッ、お前ら有り金と女を置いていけや。そうすりゃ命だけは助けてやんよ」

「パーフェクトに野盗だと思いますね僕は!」


 平凡な村人だった僕が持つ野盗の知識なんて知れたもの。

 それでも、彼の言動はあまりにも。


「心配しすぎだったかしら、ダーリン?」

「そうだねハニー。ひとまずは安心といったところかな」

「よかった」


 誰も僕の見解に異論はなかったようだ。


「ア~~ン? てめェら、俺っちを舐めてるんですかねェ???」


 ナイフ男はこちらの態度に気を悪くしたらしい。得物を舐め舐めしながら先頭に立つナイトソンさんにじり寄り、


「ふがっ」


 息の抜けるような音を漏らしてその場に倒れこんだ。

 ナイフ男、死んだ。

 いや、生きてるけど死んだ。


「この旅で初めてだね、護衛の役目を果たすのは」


 涼やかな騎士様の声と正反対に、ナイフ男は地面を転がりながら呼吸できない苦しさに悶絶していた。

 何が起きたのか分からず、結果がとてもシュールな光景。


「……リーズ、素人にも分かる解説プリーズ」

「剣の柄で衝かれた、のだと思います」

「ほぅ」

「横隔膜って器官をですね、こう」

「そういう痛そうな解説はいいデス……」


 ナイトソンさんはほとんど動かなかった。ちょっと肩が動いたかな程度のものだったのだけど、それだけで男は生きてる事に感謝できない様子。


「や、野郎!」


 ニヤニヤと僕達を囲み、数の優位に浸っていた後ろの集団が殺気立つ。

 武器をちらつかせていた連中が揃って構えた。

 戦いとは無縁の木こりには相手が魔族でなくとも充分な命の脅威を感じるのだが


「リーズ、彼の守りは頼むよ」

「分かりました」


 やや緊張した面持ちのリーズに対し、どこまでも冷静な騎士ナイトソン。

 ゆっくりと剣を掲げた彼の隣に立つ女神官アコット。


「え、アコットさん?」


 後ろに下がらず、むしろ前に出たアコットさんに驚きの声で呼びかけたのだが、彼女はニコリと笑顔を寄越した後


「ダーリン、討伐の方針は?」

「後で街の警備隊に引き取ってもらうとしよう」

「分かったわ♪」


 ダーリンが剣を、ハニーが拳を構えた。


「っだろ、ふざけんじゃねえぞ!」


 野盗のひとりが槍を構えて2人の間に突っ込んだ。

 アコットさんの姿が一瞬ブレた。

 何かが折れる音がして、野盗が吹っ飛んだ。

 野盗の姿は向こう側の繁みに消え、その場には折れた槍だけが転がっていた。


「……は?」

「アコットさんは、王国屈指のですから」


 リーズに補足説明を頼む前に2人が野盗の群れに突撃した。

 その後の戦いの様子を言葉にするのは難しい、何しろ遠目で眺めているにもかかわらず2人の動きを目で追えないんだから仕方ない。


 それでも分かった事がひとつ。

 英雄譚などにある「勇者が敵兵をバッタバッタとなぎ倒す」話、あれは誇張じゃないのかもしれない。


「くそっ、こいつらを人質に取れば!」


 騎士と神官に草を刈る如く倒されていく野盗の皆さん。

 それでも多少は頭を使ったのか、生存本能の為せる技なのか、危険な2人を迂回して僕達に迫ってきた野盗もいたりした。


「くっ!」


 思わず斧を構え直す。

 腰が引けているのはご愛嬌だが、反応できただけ褒めてもらいたい。

 ──もっとも、その必要もなかったのだけど。


「『力場フィ・ルド』」


 魔術師リーズが片足で地面を踏み叩く。

 それで僕達の周囲に“見えない壁”が作られた、らしい。


「壁というかですね、魔術で形成した斥力場が」

「分かり易く」

「殴った力と同じ力で殴り返す壁を作ったと思ってください」


 リーズナブル、理屈はともかく何が起きるかは分かった。

 突っ込んできた野盗が何も無い場所にぶつかってひっくり返ったり、激昂し武器で殴りかかるもビクともしないのだから。


 見えない壁による防御は完璧、それでも敵の数は多い。

 ひょっとして名の有る大盗賊団だったのかと思うくらい多かった。


「思ったより大勢ね、どうしようダーリン?」

「仕方ない、をやるぞハニー」

「うん♪」


 バラバラに無双していた2人が突然戦場で寄り添う。

 そしてお互い向かい合い、手と手をつなぎ合わせる。

 その様子を僕が見た感想は


「社交ダンス?」


 村長や村の年配夫婦が集会場で勤しむあれの体勢。


 呆気に取られた野盗が隙と見たか、一斉に襲い掛かる。

 無理もない、僕だってそう思う。

 2人が個別で暴れまわっていた時よりもずっと与しやすいし、そもそも戦う態勢じゃないだろう。


 でも。

 優雅に、とても優雅に。

 騎士と女神官は踊りながら、今までよりもよほど素早く。


「うん?」


 圧倒的速度で野盗の群れを駆逐しだした。


「……うん???」


 目の錯覚ではない。

 ターン、クイックターン、ジルバのテンポでチェンジプレイス、情熱的なタンゴから大きくのけぞりレイバック、リバースターンからの連続スピン。


 華麗なステップ、3拍シャッセの度に散る野盗の命運。

 ダンサブルな剣舞に、拳舞に、蹴撃に、確実に刈り取られていく。


 妹よ、まだ社交ダンスに興味のない妹よ。

 世の中物騒だ、万が一に備え習っておいた方がいいんじゃないかな。


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