第16話ケルベロス・パック①

「子供相手になにやってるの!」

 食堂にようすを見に来たイクがサキナをどやしつける。そこには斗真におおいかぶさっているサキナの姿があった。

「出してください」

 もぞもぞと下になっている斗真がもがく。



「しばらく安静にしてなさい」

 医務室のベッドに寝かされたサキナの肩にイクは手をおいた。

「ふぁい……斗真くんは?」

「サキナがクッションになって無傷よ。ご苦労様」

 その時インカムが鳴った。


「斗真くんを発令所に……本当にいいの?……はい、本人に確認してみます」

 イクは斗真を振り返った。

「食堂で言っていた例のコミュニケーションできるって話、確かなの?」



 発令所に斗真がイクに伴われてやってきた。

「サキナは大丈夫です?」

「軽い脳震盪のうしんとうですね。意識ははっきりしています。しばらく頭痛は残るでしょうが自然に治るはずです」

「そう、それはよかったわ」

 イクの説明に胸をなでおろすサヨリだった。


「さっそくですけどこれを見てくださる?」

 サヨリが斗真に3Dモニターを指し示した。

「これって量子レーダー?」

「そうよ、やっぱりわかってしまうのね」

「でも何も映っていませんけどこれ」

「映っているよ、ゴーストが」

 チエコが口をはさんだ。

「どいてくれるよう言ってくれない、人魚姫たちに。アップはもういらないって」

「ああ、そういうことか」

 斗真はモニターをしばらく見つめサヨリに視線をうつした。

「ニンゲンを助けてほしいと訴えてますが……」

「どいてくださったら検討すると伝えてくださらない」

 サヨリは小さくため息を吐いた。


 モニターの白いゴーストが消えていった。

「視界クリア」

「交代ね」

 チエコの声にミサキが立ち上がった。モデルなみの八頭身にマイクロビキニという過激な肢体だ。あまりのまぶしさに斗真は目が潰れそうだった。


 ミサキの代わりにドローンを担当していたスズが操縦桿を握った。

「ちょいちょいっーと」

 鼻歌まじりでシーキャットを操る。

 トレードマークの八重歯がきらりと光った。

「潜望鏡深度につけました」

 非貫通式の潜望鏡カメラから映像が届く。

 国防艦〈きりくま〉の船尾が間近にある。

「ドンピシャ!細かい操艦はかなわないわ」

 ミサキが感心する。


「でも本当に斗真くんがゴーストを消したのかな?」

 ミツが疑問をていした。

「たまたまとかじゃないの?てか、そもそもあれって人魚?」

「まだクォーブがひとつ浮かんでいますね」

 斗真は量子レーダーの隅に浮遊する丸い量子オーブに意識を集中した。

「ハート型に変えてみせます」

 クォーブが歪み、やがてハートマークとなってゆらゆらと漂いはじめた。

 サヨリは身を乗り出した。

「次は星印」

 ハートはコマのように回りだし☆へと変化した。

 小さな歓声と拍手が発令所にわき上がった。

「これは今後の作戦行動を再検討する必要がありますわね」




 シュノーケルが上げられシーキャットは艦体、乙女ともども生き返った。

「電気のある生活って素晴らしい!」

 本来は潔癖症ののあるマリが喜びにうち震えた。

 久しぶりにフルパワーで運転されるエアコンにふんだんに使える水。

 水着を脱ぎ捨てシャワーを浴びた少女たちは化粧をしておしゃれな服に着替えた。


 狭い通路でこするようにすれ違うたび斗真はかぐわしい香りに意識が遠のきかけた。

 接触しないように努力しても自己主張の激しいお互いの盛り上がりがそれを許さなかった。

 あっちでムニュ、こっちでポヨンという有り様だ。

 そんな嬉しくも恥ずかしい思いをしながら斗真は賄いを各部所に出前してまわった。


「ケルベロス・パック」


 発令所にやってきた斗真の耳に聞きなれない単語が飛びこんできた。

 中に入るとサヨリが〈きりくま〉の艦長と通信しているところだった。


「無人潜水艦で構成されたアメリカの新しい群狼戦術ウルフ・パックのことでしたか?」

『そのとおり。ブルートライアングルの偵察に出した水中無人機UUVが4隻潜んでいるのを見つけた』


 日本の水中無人機はユニークでスクリューなどの推進装置をもたない無音潜行システムを採用している。

 ではどうやって前へ進むかというと浮き袋を膨らませたり縮ませたりしながら潜航と浮上を繰り返し、その勢いでハンググライダーが滑空するように推力を得るのだ。

 従って見た目もハンググライダーそっくりだ。


「今回の『航行の正義作戦』の面子には入っていませんわね」

『ああ、我々が戦闘している間も沈黙したままだった。気に入らん連中だ』

「よく教えてくださいました。ありがとうございます」

『なんの礼を言うべきはこっちだ。よく助けてくれた。それに音響兵器など重要な情報もね、なにかわかったらまた連絡する』

「よろしくお願いいたします」

『では元帥によろしく』


(元帥?日本に元帥なんていたのか)

「ニンゲンが捕らえられているのは青い三角定規ブルートライアングルね」

 いぶかしむ斗真にサヨリが視線をむけた。

 斗真は黙ってうなずいた。




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