第26話 そのままで

 朝、斉木が目覚めると、壁の方を向いて眠る坂田の白い背中が見えた。グレーのブランケットを腰に纏って、その端を胸元に抱くようにして眠っている『彼』のウエストから腰にかけてのラインが、斉木には神々しいほど美しく映った。

 斉木が『彼』の細い肩にそっと手を置く。自分の節くれ立った指で触れるのが罪な事のように感じるほど儚げなその肩は、見紛うことなく女性のものだった。陶器のように白く滑らかな肌は、確かに斉木には存在しないものだ。

 肩から腕にかけてそっと手を這わせると、坂田が寝惚けたような声を出して斉木の方に寝返りを打つ。

「あ……斉木」

「おはよう、坂田」

 坂田はぼんやりと斉木を眺め、ハッと思い出したように胸元に握っていたブランケットの端をギュッと抱き締めた。

「僕は……」

「綺麗だよ、坂田」

「やめろよ」

「否定すんな。女の坂田も男の坂田も、両方坂田だよ。俺は分けて考えない。『坂田』は『坂田』だ」

 斉木が頬をそっと撫でると、坂田は恥ずかし気に目を逸らした。

「シャワー浴びてくるわ」

 斉木が起き上がると、坂田は慌てたようにブランケットを頭から被る。

 ――コイツ、めっちゃ女子じゃん、下手な女子よりよっぽど女子だよ……斉木は呆れたように笑いながらバスルームに向かった。

 残された坂田は滅茶苦茶に混乱していた。

 ――僕は大変な事をしてしまった。キスくらいならともかく、セックスだぞ? しかも斉木と。これから斉木とどう付き合っていったらいいんだ?

 頭から被っていたブランケットをバサッと除けると、生まれたままの姿の自分の身体が視界に飛び込んでくる。胸元にいくつも残る斉木の『しるし』。昨夜の坂田はそれを嫌がっていなかった。寧ろ歓迎していた筈だった。それが今となっては後悔の証となっている。熱に浮かされたように後先考えずに『その時』を求めた結果がこれか。

 坂田は自分の身体を呪った。身体が男なら、斉木と一線を越える事も無かった筈なのに。身体が女だったばかりに……自分も斉木を求めてしまっていたのだ。

 斉木はどう思っているのか、自分はこれから斉木にどう接したらいいのか。それだけが坂田の頭の中でエンドレスに回っている。

 坂田が一人で悶々としているうちに斉木がバスルームから出てきた。今にも泣き出しそうな顔をしている坂田を見て、斉木はベッドの縁に座る。

「後悔……してんの?」

「僕はバカだったよ。こんな事で斉木との関係を壊すことになるなんて」

「壊れないよ」

「……え?」

 ベッドに片手を着いて体重を預けた斉木は、そのまま坂田の顔を覗き込む。

「なんで壊れんの? 俺はお前の事が好きだ。好きなヤツ抱いて何が悪い」

 坂田は言葉が見つからない。

「何度も言うけど、女でも男でもお前は坂田だから。俺、そこ分けてないから」

「女でもって、そんな事……」

「昨夜のお前は女だったよ。否定すんなよ、女の自分を。そのまんまでいいだろ」

 坂田はなんと返していいかわからない。が、自分の性別をどちらも否定しなくていいという意味が少しだけわかった。そのままでいいのか。そのままで……。

「いつまでもそんなカッコしてるとまた押し倒したくなんだろ? お前すげー綺麗なんだから」

「冗談やめろよ。僕はまだ下腹部に違和感が残ってる」

「あーもう、その言い方がエロい。もう止めらんね」

「おま……何考え……」

 斉木は坂田を押し倒して唇を塞いだ。

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