明かりも人気もない屋敷は薄暗く、しんとしていた。空気は温度計の数値よりも、ずっと冷たくなっているようでもある。洪水でも起こったみたいに死の気配が床下まで迫って、それが所々であふれている感じでもあった。

 サクヤはそんな屋敷の一室で、ベッドの上に膝を抱えて座っていた。窓から射す光は部屋全体を照らすには弱々しく、誰かが落としていった汚れみたいに、隅々に暗闇がこびりついていた。そのか細い光さえ、もうすぐ暮れようとしている。

 この屋敷は唯一、二人の私室のようなものがある場所だった。サクヤの座っている部屋にはベッドが二つ置かれ、いくつかの家具と二人の私物が置かれていた。いくつもある屋敷のうちで、鴻城が一番よく使用していたものでもある。

「…………」

 サクヤは膝を強く抱え、できるだけ体を小さくする。

 鴻城も秋原もいなくなった今、この屋敷はこれからひっそりと死んでいくはずだった。人を避ける〝結界魔法リジェクター〟がいつまでもつかはわからなかったが、それが解けたとしても一般人が立ちいることはないだろう。ある種の鉱物がゆっくりと風化していくように、この場所はこれから時間をかけて壊れていくはずだった。

 二人の部屋は、それでもまだ崩れの少ない状態だった。注意して手をのばせば、わずかに温もりの残った場所を見つけることができる。まだ、死んではいない場所を。

 とはいえ、それも時間の問題ではあったのだけれど――

 サクヤはじっと、ニニの使っていたベッドを眺めてみた。

 そのベッドの横には、あの少年が集めたコレクションがいっぱいに並べてあった。例の、ひどく不気味で殺伐とした、お世辞にも趣味のよいとはいえない玩具の数々である。

 悪夢を見るのには都合のよさそうなそんな玩具の中で、ニニがとりわけ大切にしている品があった。山の中央に置かれた少し大きめの人形がそれで、ブリキの樵に生の内臓をくっつけたらこうなるだろう、という格好をしている。

 ニニはそれを、鴻城からもらったのだった。

 それはたぶん気まぐれか、少なくともそれ以上の行為ではなかっただろう。鴻城希槻にそれほどの悪趣味はなかったし、彼が直接二人に物をくれてやることは滅多にないことだった。多少の悪戯心のようなものはあったかもしれない。

 けれどニニは――この、心というものがよくわからないという少年は――たぶん、その時に決めたのだ。

 鴻城からもらったその人形と、よく似たものを好きになろう、と。

「…………」

 不意に、サクヤの目からは涙があふれてとまらなくなった。歯を強くかんで、嗚咽がもれてこないようにする。それでも膝の上に、ぽたぽたと熱い雫が落ちた。

「何で出てこないのよ、ニニ――」

 震える声を必死に絞りだすようにして、サクヤは言った。いっぱいになったカバンの蓋を、無理やり閉じようとするみたいに。

 でも――

 それはもう、無理なことだった。

 あの少年はこの世界のどこにもいなくなってしまったのだ。

 彼女がどれだけ泣いても、その声が彼に届くことは二度とないのだった。

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