仕事の範囲

「『モグラ』……?」



 市庁舎のダンジョン課オフィスを訪れた坂上の言葉を、イサナはオウム返しに訊き返した。



「ダンジョン生活者……および、ダンジョンを根城に犯罪行為を行う者たちのことだ。俗称だけどね」



 そう言って坂上は湯呑みに口をつけた。



「話は聞いています。無届けの『入り口』を不正に利用する者たちがいると……」


「産業廃棄物の不法投棄なんかにはぴったりだからね。いわゆるヤクザ屋さんなんか、それを商売にしてるのもいる。だが、ここで言うのはそういうレベルのヤツじゃない」



 そこで、坂上の隣に座っていた男が口を開いた。防衛省の事務官僚だという。



「逃げ回っている犯罪者や無戸籍者、公安にマークされた過激派といった連中がダンジョン内に逃げ込み、そこを根城にしています。問題は、そういう連中が結びついてひとつのコミュニティになっているということです。中で生まれた子供なんかも、もういるかもしれない」


「まさか……!」


「専用の『神様』や『宗教』なんてものも、どうやら生まれてきてるらしいよ」



 坂上が補足した。防衛省の官僚は続ける。



「さらに困るのは、彼らが高確率で『特能者』であるという点です。今回、襲撃してきた連中のように……



 ナナイはそこで、声を上げた。



「待ってください! ということは、まさか……!」



 官僚の男は頷いた。



「ダンジョンに潜った犯罪者やテロリストが、そこで『社会』を形成し……魔獣と手を組んで組織化、こちらに襲撃を仕掛けてくる……これは最早、安全保障の問題です」



 ナナイの顔が青くなるのが、イサナにはわかった。



「しかも、市民が暮らす都市の、どこにでも出入り口があるという……日本は既に、内戦状態にあると言っても過言じゃない。よって、この地域のダンジョンは、防衛省の管轄に置くことを検討中です」



 イサナは坂上を見た。坂上は、神妙な顔で首を横に振った。



「裾花ダンジョンには自衛隊の前線基地を置き、内部の調査と魔獣および『モグラ』の掃討の拠点とする。県警にも協力を仰ぎますが、こちらの皆さまの活動も、管轄に置かせていただく形になります」


「そんな……!」



 悲鳴にも似たナナイの声が響いた。





「やられた……」



 デスクに突っ伏しているのは、長野市役所企画政策部・部長――つまりナナイより更に上の上司である、増田イチタカであった。



「これで利権は全て中央に持っていかれる。経費はかさむばっかりで、そして地元には一銭たりとも落ちてこない」



 そもそもの「ダンジョン課」の仕掛け人でもある増田の悔しがる様は尋常ではなかった。もっとも、地元業者との癒着や談合などの噂が絶えない男でもある。心配しているのは市政や地域経済より、自分と仲間内の懐かもしれない。



「……さすがにこれは、どうしようもないっすねー」



 部長の部屋を出たところで、リコが言った。



「確かに、そんな危険な連中がいるところへ、ダンジョン物産館もないかぁ」



 横に広い身体を揺らして、美谷島が応じた。その横で、金箱がメガネを光らせる。



「物騒な……物産館……」


「いや、苦しくないそれ?」



 そんなやり取りが行われている横で、イサナは手元を眺めていた。ナナイがそれを覗きこむ。



「ミヤビさんのこと……心配だろう?」


「……別に」



 イサナの煮え切らない返事に、ナナイはむっとした顔になった。



「どうしてだ? このままだとミヤビさん、過激派として捕まるか、下手すれば殺されて……」


「……あいつが選んだことなら、俺が口を出すべきじゃないでしょう。業務の範疇でもありませんし」


「本当にそれでいいのか、お前?」


「……求めてもないのに手を差し出されるのって、相手にしたら迷惑でしょ」



 ナナイは黙り、寂しそうな表情でイサナを見た。


 電話が鳴った。



「……はい……ええ、では住所を……」



 リコが応対し、電話を切ってから声を上げた。



「市民の方から、『入り口』の通報でーす。すぐ来てほしいって」


「俺、行きます。これは業務ですし」



 イサナが立ち上がった。



「……私も行こう」



 ナナイが続いて立ち上がり、鞄やツールを用意し始める。



「え……? 俺ひとりでいいっすよ。課長自ら来なくても」


「暇だからな。こんな時でもなきゃ現場に行けないし、たまにはいいだろう?」


「はぁ、まぁ……」



 イサナは渋々と承知し、自分のツールを用意し始めた。

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