能力と役割

 イサナの――いや、イサナの使うその巨大な右腕は、イサナの右腕にぴったりと寄り添うかのように動いていた。


 肘の先から、指先まで。それ以外の部位は存在していない、ただの大きな腕。皮膚は青銅色に輝き、金属的な光沢もありながら、有機的な躍動感も感じられる。指先には鋭い爪、そして金色に輝く指輪と、腕輪によって装飾がされていた。



「……どっこいしょぉ!」



 イサナが、腕を横に振った。その動きに合わせてその巨大な腕が、掴んだ大斧を横に振り、叩きつける。その動きに振りまわされ、牛頭人ミノタウロスが尻もちをついた。



「……『特能者』を見るのは初めてですか?」



 イサナの戦う様子を見守る坂上の傍らに、いつの間にかナナイがやって来ていた。



「こっちの方は片付きました」


「ああ……」


「……私たちはあれを、『魔神の拳』と呼んでいます」



 イサナは右手で拳を握り、頭上へ振り上げた。「魔神の拳」も同様に振りかぶられる。そしてそれを、尻もちをついたままの牛頭人ミノタウロスの脳天へと、一直線に――



「どりゃあぁぁ!」



 衝撃音が鳴り響いた。魔神の拳は牛頭人ミノタウロスの脳天どころか、胴体もろともにその拳骨を叩き降ろす。衝撃が収まった後には拳に押し潰された魔獣の姿だけがあった。頭蓋が砕け、血と脳漿が飛び散っていた。



「……なるほど、それが君の『能力』というわけか」



 イサナは振り返った。



「それを使って市民を守ることが君の使命……ってところか?」


「や、別に」



 イサナは手を少し掲げてみせた。



「これがあったから、この課に配属になっただけっす。仕事だからきっちりやります」


「能力が必要とされるのは嬉しいのだろう?」


「嬉しいっていうか……まぁ、シンプルでいいですよね、って」


「それを使ってなにかを成し遂げようという思いは……」


「いや、そーいうのいいっす別に」



 坂上は呆れたような顔になる。



「せっかくの能力だとは思わないのかい?」


「……意外と貧乏性っすね」


「……ッ!」



 鼻白んだ坂上に背を向け、イサナはナナイの倒した小悪鬼グレムリンのところへと歩いていった。口から泡を吹いてはいるが、息絶えてはいないようだ。イサナはその内の一体に近づき、「魔神の拳」を構え――



「ふんっ!」



 短い気合いと共に振りおろされた拳は、その指先で小悪鬼グレムリンの胸を押し潰していた。



「……わざわざ殺さなくても良かったんじゃないのか?」


「明日ここ、偉い人が視察に来るんでしょ。それに……」



 イサナは拳を上げ、押し潰された小悪魔グレムリンの残骸から何かをつまみ上げた。その指先に、虹色に光る小さな立方体がつままれている。



混沌晶体カオスキューブ……!」



 それは、竹内キク子の家でイサナが「入り口」を封印する時、用いた器具の中に入っていた物体と同じものだ。



「これを集めるのも仕事の内なんです。魔界科学の核となる瘴気の結晶ですが、いつも手に入るわけじゃないので確実に取らないと」



 ナナイが横からフォローをする。



「……なぜ、それがこの魔獣の中にあるとわかったんだ?」


「それも『能力』の内なんで」



 イサナは自分の左手に、その指先ほどの大きさのキューブを移した。と、同時に「魔神の拳」がかき消える。



「さて、それで視察ルートはどうしますか?」



 何事もなかったかのように、ナナイが言った。


 その時、彼らの様子を伺っている影があることに、その場の誰も気がついてはいなかった。





 その日の帰り、イサナとナナイ、リコの3人は柳町の大衆食堂「寿楽」で名物のかた焼きそばに挑んでいた。直径30cmはある大皿に山と盛られた揚げ麺に、具材大き目のアツアツ中華餡がかけられた、その巨大な料理がテーブルに並ぶ。なお、既婚者である金箱と美谷島は真っすぐ帰宅している。



「ダンジョン産業開発計画ってあれですよね、リルガミンの街っぽいですよね!」


「……なんだっけそれ?」


「知らないの!? 日本国民の基礎知識でしょ!」



 リコがイサナに向かってまくしたてている横で、ナナイは浮かない顔をしていた。



「……どう思う?」



 テーブルに備え付けられた酢をかた焼きそばにかけながら、ナナイが言った。



「ん? なにがですかぁ?」



 リコが答えた。こちらはすでにかた焼きそばを頬張っている。



「あの男……坂上だ」


「あー、課長に言い寄ってましたよねぇ。とりあえず二人で会ってみて、それから……」


「馬鹿、そういうことじゃない」



 ナナイもかた焼きそばを口に運びだした。



「なんというか……なにか隠しているというか、胡散臭いというか……こう、得体のしれない感じがな」


「あの辺の人たちってみんな、あんな雰囲気じゃないっすか?」



 餡を崩しながら、イサナが言う。



「わざわざ私たちに、あんなことを言うか?」


「うーん、確かになんか、いわゆる『意識高い系』っぽい感じはしましたね、面倒くさいっていうか」


「あー、それっぽい! わかるわかる!」



 ナナイはなにやら考え込んでいる様子だった。



「課長、早く食べないと、麺が水分吸って増えてきますよぉ」


「わ、わかってる!」



 ほとんど進んでいないナナイに対して、リコの皿は既に半分が攻略されていた。



「……ま、どっちにしろ俺たちの仕事はいつもと変わらないんだし、別にいいんじゃないすか?」


「お前のその欲の無さにも、あの男は喰いついてたな」


「……そっすね」


「イサナ君、出世とかも全く興味ないんですかぁ? ある程度収入増やさないと、今のご時世、結婚や子育ても……」


「必要とされるならするし、無理ならしないだけだよ」



 リコの問いに対し、ぶっきらぼうに答えるイサナに、ナナイは苦笑いをして、再びかた焼きそばをかきこみはじめた。



「……俺がなにかを求めるなんて、そんな……」



 イサナはチャーシューをつまみながら、口の中でひとり呟いた。





「……ああ、それじゃ、よろしく頼む」



 そう言って坂上は、携帯電話の通話を終えた。


 善光寺近くの「ホテル国際21」上層階の一室から、市内の夜景を眺め、ローテーブルのワイングラスを手に取る。



「……お前のような人間が問題なのだ、荒須……」



 ひとり呟き、坂上はワインを口にした。




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※リルガミンの街……ダンジョンRPG「ウィザードリィ」で冒険の拠点となる、ダンジョンのある街である。


※かた焼きそば……量だけでなく味も美味しいのである。

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