第15話 奥苗春希の反撃
比空望実が被害にあった次の日。奥苗春希は朝、比空望実を迎えに行って一緒に登校した。
「制服、大丈夫だったのか?」
「うん、まあね。とりあえず予備のを着てる。親から何か言われたら汚れたとでも言って誤魔化すよ」
学校についてすぐ、奥苗は比空を教室に残して、他のクラスに向かう。
することは昨日の晩に決めていた。まずは比空と同じように他に被害者がいないか訊きにいく。そこから少しずつ情報を集めて、犯人を絞っていってやる。
奥苗は一つ目のクラス。一年一組の扉を開けた。知らない顔が教室の中に点在している。奥苗は肺を膨らませて吐き出す息に言葉を乗せた。
「この中で、最近パンツに違和感を覚えたやつは二年三組の奥苗春希のところまで来てくれ」
そう言って奥苗は扉を閉じる。よし、こうやって分かる人には分かる言葉を残しておけば、あとで身に覚えがあるやつは二年三組の教室にやってくるだろう。
奥苗はそうやって、一年一組から三年六組までのクラスを順に回っていった。
その日の昼。誰か相談者が来ないかとずっと扉を見張っていたが、パンツに違和感を覚えたであろう生徒は誰も現れなかった。
「おかしいな」
放課後。相談部。パイプ椅子に座って奥苗はうなる。
「いや、おかしくないでしょ。というか、その変態的な発言を全校生徒に言いふらしたことにわたしは驚いたよ」ソファーに座っている比空は呆れたように言った。
「そうなのか?」
「直接的じゃない物言いは相談者に配慮してていいと思うけど、奥苗の言葉じゃぼやけすぎて何が言いたいのかさっぱりわからないよ」
「……そうか」どうやら間違った行動を取ってしまったようだ。「比空は何て言って他の被害者を捜したんだ?」
「わたしは、話をしてくれそうな子を見つけて、その子に最近変なことなかったかを訊いて、そこから少しずつ情報を集めていった」
比空はなかなか面倒な作業を踏んでいたらしい。
「それより、わたしも少し考えてみたんだけどさ」
「なにをだ?」
「犯人が誰かってこと」
奥苗は厳しい表情になる。
「おれがやるって言っただろ。比空はおれのこと信頼できないのか?」
「そうじゃないよ。ただ、相談部に届いた相談は、わたしたち二人で解決させないとって思って」
納得はできないが、その言い分に理解はできたので渋々奥苗は頷く。
「わかった。そんで何がわかったんだ?」
「その前にひとついい?」
比空は人差し指をたてる。
「なんだ?」
「なんで最近奥苗はパイプ椅子に座ってるの?」
奥苗は自分が腰掛けているものを見下ろす。
「ダメか?」
「いや、もしかして、わたしの隣に座ることを照れてるのかと思って」
「なっ!?」椅子から転がり落ちそうになった。「比空は時々とんでもないこと言うな」
しかも話を振ってきた比空の顔は少し赤い。
「違うの? じゃあ、なんでわざわざパイプ椅子なんて持ってきたの?」
「はあ? そんなの」言葉がとまる。そういえばなんで持ってきたんだろう。首を捻る。
「まあいいや。それでね、気づいたんだけどさ」比空は体勢を変える。ソファーが軋んだ音をたてる。「わたしの下着が切り刻まれたのはプールの授業中でしょ?」
「そうだな」
「わたしそのプールの授業中、ずっと一人の人を監視してたんだ」
「誰をだ?」
「もー、わかるでしょ?」
奥苗は考える。プールの授業中ということは二年三組の生徒だろう。そこまで考えてはっと気がつく。
「久住佑か?」
比空は頷いた。
「わたし久住くんが怪しいと思ってたから、最近ずっと目で追ってたの」
そういえばそうだったなと奥苗は思い出す。
「そんで、久住は何やってたんだ?」
「久住くん。プールの授業は今まで一度もサボったことがなかったんだけど、あの日は出席してなかったの」
奥苗の表情が変わる。
「あいつが犯人なのか?」自分の声は思った以上に冷たく硬質だった。
落ち着け。冷静に判断するんだ。
「いや、でもわからないんだ」落胆するように比空はソファーに身体を沈めて首をすくめる。「だってそのあと、わたしの下着とか制服が切られるなんて思わなかったから、後を追いかけたりはしてないし」
「証拠はないってことか」
それでも久住佑が疑わしいことには変わりない。
「久住にその時間何してたか訊いてくるわ」
奥苗は腰を上げる。
「そんなの素直に言わないと思うよ」
「そうかもしんねーけど、とりあえずな」
と、奥苗が扉を開けると目の前に男子生徒が立っていた。
「おおう?」
突然視界の中に人影が現れたので驚いて変な声が出た。
「なんだ? なにしてんだ?」
「ごめん。驚かせちゃったみたいだね」
柔らかい口調。奥苗に七王国とパンツの関係を教えた作延好道が相談部の扉の前に立っていた。
「お、おう。心臓に悪いぞお前」
「少し話したいことがあったんだけど」作延は奥苗を見る。「もしかして今からどこかに行くの?」
「おう。ちょっと二年三組に行ってくるぞ」
「もしかして綾瀬真麻さんのやつまだ探してるの?」
「まあな」
「……そうなんだ」
「なんだ? おれに訊きたいことでもあんのか?」
「そんな感じだよ。ただ、先に奥苗の用事を済ませちゃっていいよ。焦ってるみたいだしさ」
「そうか。悪いな」
奥苗は作延を置いて走り出す。廊下を歩く生徒たちを躱しながら二年三組へと向かう。教室に辿り着いて視線を走らせる。けれど、残念ながら久住佑の姿を捉えることはできなかった。
「もう帰っちまったか」
奥苗は相談部へと足を戻す。
相談部の外の廊下で作延好道が立って待っていた。
「待たせたな」
「いや、僕のほうこそ急がせたみたいでごめん」
「じゃあ中で話すか」
奥苗が相談部の扉に手を伸ばすと、その手を作延が掴んだ。
「ちょっと比空さんがいないとこで話せないかな?」
なんだろう。比空には聞かれたくない内容なのだろうか。
「いいぞ」
奥苗と作延は部室から少し離れた廊下で向かい合う。
「っで、どうしたんだ急に?」
「相談部って綾瀬さんのブルマ切った人探してたでしょ」
「おう。そうだが」
作延の言葉に違和感を覚える。違和感の原因を探し、すぐさまその疑問を口に出す。
「作延なんで綾瀬のブルマが切られたこと知ってんだ?」
作延には綾瀬のブルマに触ったことがあるか訊いただけだ。ブルマが切られたことは伝えていないはず。奥苗は作延の顔を見据える。
作延は肩をすくめる。
「妹に聞いたからだよ。綾瀬さんが困ってるってね」
「なんだ。そういうことか」
作延も綾瀬のことを気にかけていたんだ。いい奴だ。比空も作延も大して仲良くない人間のことを気にかけている。真似できないな。
「下着を切るような犯人を追いかけて、大丈夫なのかなと思ってさ」
比空の制服や下着が切り刻まれたことは誰にも言えない。
「心配すんな。比空はもう犯人を追いかけねーよ」
「そうなの?」
「ああ。代わりにおれが犯人を見つけるからな」
作延が驚いた顔になる。
「奥苗が? この前まで関心がなさそうだったのに何かあったの?」
「色々とな」
「ふーん。そうか」
「そんで、お前の話ってなんだ?」
「実はさ。僕も奥苗のこと手伝いたいと思ってるんだよ」
「それは助かるな。けど、いいのか?」
「今回の事件には七王国とパンツのことが関係してるみたいじゃないか。男の理想を語った隠語に関わることなら僕にも興味があってね。それに」作延は一度言葉を切る。小さくため息を漏らしたあと続ける。「実は、僕の妹もパンツを盗まれたって言っているんだよ」
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