第7話
比空望実が容疑者三人の名前を挙げた次の日。
昼休みが始まる鐘が鳴ってすぐに比空と奥苗は容疑者の一人である作延好道が所属する二年一組の教室に向かった。
作延好道は高校一年生の時、奥苗春希と同じクラスだった。席が近かったことも手伝って二人は仲がよくなり、つるんで何かをすることが多かった。七王国とパンツの話も、作延としたくだらない、他愛もない会話のひとつだ。
廊下から覗くと、作延好道は友人と昼食をとっているところだった。
「顔見知りなんだから奥苗が話してきてよ」
「おれが? なんて言えばいいかわかんねーよ」
「綾瀬ちゃんも盗まれた詳しい時間帯とか日にちはわかんないみたいだし、アリバイを訊くってことはできなさそうね」
「だいたいあいつがそんなことするわけねーぞ」
「それはわたしにはわからないよ」
奥苗は思考を巡らせる。
「とりあえず、訊いてみるわ」
「よろしく」
比空が軽く手を挙げる。教室の中にまで入る気はないらしい。
奥苗は小さくため息をついたあと作延の元に向かった。
作延は奥苗が近づくことにすぐに気づいて手を振った。
「久しぶり。どうかしたの?」
聞く人を落ち着かせる声音。全体的に作延は中性的な容貌をしている。いつも微笑みを湛えているような人間で、男子生徒にも女生徒にも親しまれている。
「いや、ちょっと部活でだな」
「部活? ああ、相談部の活動ってこと?」
奥苗は首肯する。
「んで、ちょっと作延と話したいんだけど今大丈夫か?」
「ん? 少しならいいよ」
奥苗は教室の一番後ろに作延を誘導する。ここなら小声で話せば誰かに聞かれるという可能性も低くできるだろう。
「もしかして、この前訊いてきた七王国と下着に関係すること?」
「そんなとこだ」
奥苗は一度比空を見て、これから質問する意志を伝える。比空は小さく頷いた。
「あのさ、単刀直入に作延に訊きてーんだけど」
「なに?」
「後輩のさ、綾瀬真麻ってやつのことなんだけど」
「ああ、綾瀬さんね。いい子らしいね」
「知ってんのかよ!?」驚きで声が大きくなってしまう。
「びっくりするところかな? だって僕の妹その子と同じクラスだよ」
「……あー、そうなんだ」
上手い返しが見つからなくて、奥苗はただ納得した。
「それで、その綾瀬さんがどうかしたの?」
「おう。訊くぞ」奥苗は作延の耳元で声をひそめて言った。「お前、綾瀬真麻のブルマに触ったことあるか?」
一瞬の間。
「ええええ?」作延の呆れ返った声音。「奥苗なに言ってんの?」
「ちげーって、ちゃんと理由があんだって」慌てて顔の前で手を振る。
奥苗は比空を目線で示した。
「比空さんがどうかしたの?」
「いや、あいつの能力まだ話したことなかったよな?」
「能力?」作延は怪訝そうな顔をする。
奥苗は比空の能力を作延に説明した。
「それって冗談とかじゃなくて?」
「マジだ」
作延は少し間を置いてから納得したような顔になった。
「そうなんだ。面白い能力ってあるもんだね」
「そんで、比空がお前も綾瀬真麻のブルマに触ってるって言うんだよ」
「比空さんが勘違いとか、間違えた可能性は?」
「ないな。あいつの能力が出した答えは絶対正しいんだよ」
「ずいぶんと信頼しているんだね?」
「おう。比空の能力は間違えたことがねーからな」
「そういうことじゃないんだけどね。まあ、いいか。それなら答えは一つだ」作延は正面から奥苗を見る。「たぶんあの時だ。妹に弁当届けたときさ、間違えて隣のロッカーに入れちゃったことがあるんだよ。それで、どうやらそのロッカーが綾瀬さんのだったらしいからさ。その時に手に触れちゃったんだと思うよ」
奥苗は肩の力が抜けるのを感じた。
「なんだ。そういうことかよ」
「というわけで、比空さんにもそう伝えといてよ」
「おう。わかった」
よかった。やっぱり作延は関係ないんだな。安心して奥苗が教室を出て行こうとすると、作延に呼び止められた。
「奥苗」
足を止めて続く作延の言葉を待つ。
「比空さんの能力だけどさ。下着被ったらわかるとか、日数制限とか、濡れたらどうなるかとか、あんまり人には言わない方がいいと思うよ」
「……そうか」
比空に悪いことをしたのだろうか。自責の念が募る。
「あと、綾瀬さんのことだけどさ。他にも触ったと思われる人がいるんでしょ?」
「おお、よくわかったな」
「そりゃあね。じゃなかったら僕の言うことを簡単に信じたりしないでしょ」
「そうか?」
作延が犯行に及んでいないということは最初から信じていたが。
「もうその人たちに話聞いたの?」
「いや、これからだぞ」
「じゃあ、その人たちには比空さんの能力を伝えずに質問した方がいいよ」
奥苗は比空に目をやる。確かに、比空の能力を勝手に誰かにばらすのは駄目だな。
「おう、わかった。ありがとな」
「気にしなくていいよ」
奥苗は作延に別れを告げて比空の元に戻った。
「それで、どうだったの?」
「あいつは犯人じゃなかった」
「どうしてそう言い切れるの?」
「あいつの妹がな、綾瀬真麻と同じクラスなんだ。そんで作延が妹の弁当箱を届けに行くときに間違って隣の綾瀬のロッカーを開けちゃって、その時に触れたんだろうって言ってたぞ」
「ふーん」比空は唇に手を当てる。
「作延くんに何て訊いたの?」
「ああ、そのとこで比空に謝らなきゃいけないんだ」
「な、なにか変なことでもしたの?」うわずった比空の声。
「比空の力のこと作延に話しちまった。ごめん」
奥苗は頭を下げた。作延に話す前に一度比空からの了承を得るべきだった。
「ああ、そうなんだ。べつにいいよ」
比空はひらひらと手を振った。
「いいのか?」
「だって普通なら信じないし、信じたとしてもちょっと変な子だねって思われるくらいだし」
比空が歩き出したので奥苗も歩を進める。そういえば神王院姫耶の前でも比空は隠さずに能力を見せていたなと思い出す。
「あいつはそんなこと思わねーぞ」
「へー。ずいぶん信頼してるんだね」
「まあな」
入学当初のことを思い出す。わからないことだらけで途方に暮れていたときに一緒にいてくれたのは作延好道だった。
「比空とクラス違ったから作延とよく話してたんだよ」
「そうなんだ。知らなかった」
そういえば比空が高一のときどんな生活を送っていたかもよく知らないなと奥苗は思った。誰と仲がよかったのだろう。そういう話を二年生になってからした記憶があまりなかった。
「作延くんが七王国の話をしてくれたんだよね?」
「そうだぞ」
「ねえ、七王国に含まれてる下着の種類ってなんなの?」
奥苗は作延に教えられた記憶を掘り起こして答える。
「ブルマがマーシアだな。んで、縦縞がイースト・アングリア。動物柄がエセックス。純白がウェセックス。Tバックがケント。紐パンがサセックス。ノーパンがノーサンブリアだな」
言い終わって横を見ると、比空が下を向いて髪の毛で表情を隠していた。
「どうした?」
「いや……学校の廊下でするような会話じゃなかったかもと思って」
言い終わったあとに言われても困るんだが。
「比空が訊いたから答えたんだぞ」
「そうだね。ごめん」
比空は足早に進む。奥苗は歩調を速めて横に並ぶ。
「とりあえず購買でパン買って食べよう。それから次の人に話を訊きに行こう」
奥苗は同意する。二人で連れ立って購買に向かい、比空はジャムパンとイチゴミルクを買い、奥苗はカツサンドとバナナジュースを買った。
二人は並んで歩きながらパンを頬張る。
「ねえ、一個変な質問してもいい?」比空はジャムパンを囓りながら言った。
「おう。いいぞ」奥苗は空になったパンの包装袋を手で丸める。
「奥苗はどのパンツが好きなの?」
「……変なもんでも食ったのか?」
「ジャムパンは美味しいよ」
「そんなこと訊いてどうすんだ?」
「変な質問だってことはわかるんだけど、なんとなく、気になって」
比空の声はどんどん小声になっていった。
奥苗は廊下の隅にあったくず入れに食べ終わったゴミを入れる。
「白、だな」
沈黙が続く。比空の反応が返ってこない。変なことを言ってしまったのかと不安になる。
「おい。答えたぞ」
「……うん。どうなんだろう。普通すぎでリアクションに困るよね」
気まずい雰囲気を漂わせながら二人は次の容疑者のいる場所に向かった。
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