雑貨屋の日々

 「何でこの店の場面に入る度に厄ネタで始まるんですかね」

 ケイが、たまらず不満を誰にでもなくぶつけた。

 店の一員となったキュラノスを含めた雑貨屋の面々が、カウンターを取り囲んでいた。カウンターには、

 『ルルイエ異本』が置かれていた。

 「古本屋をとっちめちゃえばいいんじゃないかな?」

 「そうだ!とっちめろー!」

 若干苛ついたニルテと杏奈が物騒な事を言い始めた。 

 「二人とも落ち着いて。……でも、どうすっかな、これ……」

 店長は二人をなだめたが、自分もここ最近で一番困っていた。

 「『ルルイエ異本』……旧文明の狂気の遺産ですよね、言ってしまえば」

 それを尻目に、ケイが言った。

 『ルルイエ異本』とは、簡潔に説明すると、クトゥルフ神話作品に出てくる魔導書の一つである。つまり、この本、“とっても危ない本”である。 

 「これは、写本のようですけど、何にせよ、危なすぎる本ですよね」

 キュラノスが核心を突いた。

 「下手に読むのもアウトな代物だし、ねぇ」

 ケイもお手上げ、といった具合に言った。

 「どうします、店長?」

 キュラノスが、店長に指示を仰ぐと、

 「う~ん……とりあえず、非売品の棚行きだね。使いたければ鍋敷きにでもしようか」

 そんな返事が帰ってきた。

 「……過剰封印は止めてくださいよ?」

 過剰な梱包や封印は、キュラノスのトラウマである。

 「あぁ、うん。勿論」

 店長は、やっべぇ、忘れてた、と思いながら言った。

 

 お昼になって、

 「こんにちは~、ご飯食べに来ましたー」

 この日初めての客が、一人来た。若い男だった。

 「いらっしゃいませー」

 「いらっしゃーい!」

 「あら、いらっしゃい」

 「いらっしゃいませ!」

 「いらっしゃいませ」  

 一斉に返事が帰ってきて、

 「うわっ……看板娘が増えてる」 

 店長の狙い通りの反応を返した。

 「私はぁ~?」

 「店長は看板美女ですね、どっちかというと」

 常連客の様だった。

 「今日のオススメは何ですか?」

 「パエリアね。良い魚介類が入ったの」

 「じゃあ、それで」

 「かしこまりました~っと」

 店長が厨房に引っ込み、男は、カウンターの一番奥に座った。定位置らしかった。

 キュラノスが、男に氷二個と水が入ったグラスを置いた。男の何かに気づいて、

 「あら、貴方、ヴァンパイアハンター?」

 男は、キュラノスを見て、

 「そうだけど、どうして分かったの?」

 目を見開いて言った。

 「同族が焼けた匂いが微かにしたので」

 キュラノスは、遠回しに正体を明かしながら言った。

 「……君、ヴァンパイアなの?」

 「ええ。一応、エルダーヴァンパイアです。ご安心を。血は吸いませんよ?」

 「……」

 男は、暫くキュラノスを見つめて、

 「そっか。僕は、ジャンゴ。人を襲うヴァンパイアを狩って生計を立てているんだ」

 「あら、私も、無差別に人を襲うような下踐な輩はよく鎮めています。以外と、似た者同士なのですね」

 キュラノスは、驚いて言った。 

 「ほらほら、お二人さん。楽しくお喋りしている所に悪いけど、パエリア出来たわよ」

 厨房に引っ込んでた店長が、戻ってきた。その手には、パエリア用の鍋。

 「……店長、早すぎないですか?」

 ジャンゴが、顔をひきつらせながら聞いた。

 「ふふん♪料理スキル、店長マジカル」

 店長が、自慢気に言った。

 「……いただきます」

 ジャンゴは、もう色々諦めた。

 この日は、その後客は来なかった。

 余談だが、この時鍋敷きに『ルルイエ異本』

が使われたのだが、それはまた、別のお話。

                 ―続く―

 





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