哀憫リノベイト

雪車町地蔵

第一話 防人と再誕者と防人の死

予兆 -シアワセ ナ ヒビ‐


 BANG!BANG!BANG!


 連続する大口径回転弾倉式対物飛翔体射出装置――アンチマテリアル・リボルバー・ライフルが、超構造体ゼタ・ストラクチャーに反響し、耳をつんざく連続した発砲音を響かせる。


 BANG!


 一発の銃弾を撃ちだすごとに、一体。


 BANG!


 引き金トリガーを一度引き絞るたびに、一体。


 BANG!


 襲いくる〝奴ら〟が一体、また一体と緑色の血煙をあげ、肉片をまき散らし爆発四散する。薄闇のなか、無機質で広大な密閉空間に、緑色の花が咲く。


 ガチャン。


 特殊極まりない蹴出機エジェクターが最後の薬莢を吐きだし、都合六発、全弾を射出――薬室チャンバーが空になる。

 当然、替えのマガジンなんてものは無い。これで撃ち止めカンバンだ。

 俺は即座に腹ばいの遠距離射撃体勢から発条仕掛ばねじかけのように立ち上がり、ライフルから、より取り回しが容易な回転式自動拳銃【マテバ10-71-10】に持ち替える。

 単発の威力、そして整備不良さえなければ信頼のおける安定性。

 この銃は一撃必殺の凶器だった。

 もっとも、その凶弾にかかったところで〝奴等〟の死を悲しむものなど存在しない。そもそも殺し切れるかは別問題だった。

 飛び出す。

 集団の眼が一斉にこちらを向く。

 彼我距離は60m。

 幾らなんでもこの距離で、マテバは威力を発揮できない。

 走る。

 堅く、硬い、超構造体の床を強化樹脂ゴム製の長靴ブーツで踏みしめて、走る。

 〝奴等〟が殺到する。

 その動きは、可動速度は、こちらの優に3倍に値する。

 瞬く間に間合いを詰められ、先頭の一体が、濃緑色の体液だえきを引く大口をかっぴらき、こちらへと肥大した腕を叩きつけんと振るう。

 咆哮。


『GURUOOOOOOOOOOO――』

「黙って死ぬ。もういっぺん死ね」


 咆哮が終わるよりも早く、そいつの口腔に突きこんだ俺のマテバが銃火ガンファイヤーを吐きだす。


 BANG!


 緑色の脳漿がぶちまけられ、そいつが、化け物がゆっくりと傾斜していく。

 人型のそれ。

 人の形のまま、人ではなくなった憐れなしかばね



 ――再誕者リノベイト


 

 その化け物を狩り殺すのが、防人ガードナーたる俺の生業だった。


 BANG!BANG!BANG!


 連なる発砲音。

 鼓膜を痺れさせる鎮魂の音色。

 俺に群がるリノベイトの集団、その数十体が、次々に倒れす。

 倒れ臥し――臥した端から起き上がる。

 そう、こいつらは不死身だ。

 いかなる銃器も、リノベイトを殺し切ることはできない。

 穿


「やれやれ……」


 俺は被っていた中折れ帽子ボルサリーノ・フェドーラを目深にかぶり直し、タクティカルベストの衣嚢ポケットからしわくちゃの紙巻き煙草を取り出す。

 火をつけ、一口紫煙を吸いこみながら、げんなりと呟いた。


「死んでも死にきれねぇなら――やっぱ殺してやるしかぁ、ねぇよな……!」


 煙草を投げ捨て、走り出す。


 BANG!


 第二血戦セカンド・ラウンドの幕が、銃声とともに上がった。



 ◎◎



 あらかた殺せない化け物、リノベイトを殺し続け、なんとかその集団を退けた俺――リュウカジュ・ミロクは、超構造体を第167階層の深度まで潜ることに成功した。

 そうしてそこで、お目当てだった有機性資材再生工場バイオマス・プラントを発見するに至ったのだ。

 通常の人類が住居化している階層よりも100は下に潜っているため、そのほとんどが手つかずで、首尾よく食料や簡易な医療品、ついでに幾つかの武器弾薬を補給することが出来た。

 ついでにいえば、滅多に手に入らない貴重品を手にする僥倖ぎょうこうもつかめた。我ながら幸運だったと言っていいだろう。

 もう何階層か下に潜れば、本格的な軍事工場アームズ・プラントもあったのかもしれないが、リノベイトの発生量が予想よりもはるかに多く、流石に断念せざるを得なかった。

 そういう訳で、大量の荷物を愛用の携行式圧縮空気浮揚艇インスタント・ホバー・クラフトに満載し、リノベイトどもともう一戦やらかして、そうして俺は、なんとか依頼人たちの待つ区画まで戻ってくることが出来た。


 第21階層768単位ユニット――通称〝兜率天とそつてん〟。


 1324名の居住者と、比較的安全な立地、そして上層への扉を持つ超構造体のなかでも恵まれた人類生存圏である。

 そして、再誕者から人々を護り、物資の調達を行う防人たる俺が、主な拠点とする区画でもあった。

 深層にまで潜っている間に一日が経過したのか、768単位全体で朝焼け色の照明がかれ始めており、天井を覆う超構造体も、先ほどまでの夜色から、茜色へと変色しつつあった。

 閉塞空間を流動する空気の流れも、何処となく爽やかで朝を思わせる。

 そうか、徹夜になってしまったのか……

 疲労の息を吐きながら懐を探り、紙巻き煙草を取り出す。

 口元にそれを咥えたところで、


「ミッロクゥゥゥゥゥ!!」


 と、大きすぎる声をかけられた。

 思わず口をへの字に曲げる。煙草がぴょこんと揺れる。

 声がした方へ視線を向けた。

 髪の長い、簡素な衣服に身を包んだ、小麦色の肌にそばかすの目立つ少女が駆けてくるところだった。

 両手をぶんぶん振り回しながら走り寄ってくる途中で「あぎゅん!」と、そいつは何もない所で蹴躓けつまづいて、顔面から床に激突した。


「あー……」


 何とも言えない気分で見守っていると、その少女はぶるぶると肩を震わしながら顔を押さえ、ゆっくりと起き上がり、


「みろくぅぅぅ~」


 と、どうしようもないぐらい情けない声を上げた。


「痛いよぉ~」

「だろうな。見りゃわかるわ」


 どうする?

 介錯いる?


「隙あらばあたしを殺そうとするのやめてよ!? 怖いよ、精神病質者サイコパスなのミロクは!?」

「失敬な、俺は正義の防人だぞ。報酬様に忠実なみんなの猟犬だ」

「猟犬は訓練されてるから無暗に噛みついたりしないよ! なに、なんなの!? こんな美少女が迎えに来てあげたってのに、いったい何が不満なのよっ!!」


 ぷんすか! と少女――ヴァルナーは怒るわけだが、不満というなら全般的に不満だ。

 俺も今年で結構いい年になるおっさんなので、少女趣味は無いし、どうせ出迎えてくれるのなら、こう……


「ボッキュンボンな、豊満的美女グラマラス・レディーの方がいい」

「キィィィィッ!!」


 歯噛みをして悔しがる少女。

 その胸は平坦であった。


「せめて尻な、ケツがデカくなってから口説きにこいよ。乳臭いガキに興味はない」

「いーっだ! そんなこと言うミロクには、おとーさんに頼んで報酬なしにしてもらうんだからっ!」


 彼女の父親はこの区画の代表だ。

 その一人娘にして愛娘、次期代表たるヴァルナーが頼み込めば、俺をつまはじきにすることも不可能ではないだろう。


「で。その場合、この物資はどうするつもりだ。いらないのか?」

「ぐっ」

「食料も衣料品も足りていないから、俺に今回ほどの階層まで潜らせたんじゃないのか? ほかの区画の防人では到達できない150階層以下の地下まで」

「ぐぬぬ」

「まあ、報酬がないのなら、この物資類は他の区画に売り払うまでだな。引き抜きの話なんて昔からあるし、つまり俺も、とうとう兜率天と、おさらばなわけだ」

「いやぁー!? あたしまだミロクに処女奪ってもらってないいいいいい!! 別れたくなぁぁぁいいいいいいいい!!! あたしも防人になるぅぅぅぅ!!! してもらうううううう!!!」

「…………」


 あまりにあんまりな発言をするマセガキを直視できず、辟易と両目を閉じ、口を結ぶ俺。

 そう、この少女はどうやら、防人という職業に憧れを抱いているらしい。

 こんな殺し殺されは、真っ当な人間がやるべきものではないというのに。

 そんな風に少女の未来を憂いている間にも、ヴァルナーの発言は熱を帯び、俺はとうとう謂れのない三人の子持ち、借金と薄毛、そして加齢臭に悩みを抱える中間管理職のオッサンにまで仕立て上げられていた。

 ため息を吐く。

 それは、日常に戻ってきたことに対する安堵のような溜め息だった。



 ◎◎



「今回も防人業おつかれさま。確かに受け取ったよ、リュウカジュくん」


 一切の装飾がない灰色の室内で、納品した物資の点検を終えたその男性、ヴァルナーの父親、ミヅクリ・ナランは、向かい合って立つ俺に、人好きがする笑顔でそう言った。

 丸眼鏡に絶やすことのない笑み。ごくごく一般的な一続きの衣服。

 見た限り、至って人畜無害なこの男だが、その手腕は馬鹿に出来ない。

 深度200以上は完全未踏破の(そしてその数千倍以上の広がりがあると予想されている)超構造体都市ゼタ・ストラクチャー・ネスト。

 その唯一外界へと繋がる最重要区画を統治するナランは、他の区画の代表たちからも一目置かれている。

 多くの防人を積極的に雇い入れ、育成し、深層に送っては大量の物資をかき集め、そのたびに区画を整備し、拡充していく。

 超構造体はリノベイト以上に破壊不可能。

 銃器でも壊せないどころか傷一つつかない。

 だから、住む場所を広げるには他の区画のリノベイトを排除し侵攻するか、上階層を抜け――そして〝外界〟に出るしかない。

 だがそこは、絶望の大地だ。

 猛毒の大気が溢れ、強酸性の雨が吹きつけ、放射線が降り注ぐ。数時間皮膚を曝すだけで死に至る魔界。それが外界だ。

 人類最終生存圏――それがこの超構造体都市ゼタ・ストラクチャー・ネスト。

 俺たちが生まれた時にはすでに人類はこの都市の中で暮らしていて、そして記録に残る以上前からあの化け物ども――再誕者と戦い続けてきた。

 そもそも再誕者とは――


「ところで、リュウカジュくん。実はまた、頼みたいことがあるんだけど」

「……はぁん?」


 物思いを遮るかたちで放たれたナランの言葉に眉根を寄せる。

 柔らかい言葉の中に混じる僅かな不穏を、俺の中に根付く防人としての本能が感じ取ったのだ。


克己石エルガリウムを……知っているね?」


 案の定、彼の口から放たれたのは、最上級といっていい厄ネタの一つだった。

 少なくともこの兜率天では、避けては通れない災厄の一つではあったが――


「……そんなに病人が増えちまったのか」


 俺の独白にも似た問いかけに、彼は笑みをかげらせ頷く。

 繰り返す通り、兜率天は、人間が居住可能な区画のなかでは、もっとも外界に近い階層に位置する。

 そのため、ときおり外界から風土病の類が侵入することがある。

 人の住む単位のなかでは比較的豊かな兜率天だが、それでも病人や死人が皆無とはいかない。

 外界への要所であり、外界へと続く扉であるからこそ、医薬品の類は、絶えず必要になるのだ。

 その医薬品や――或いは俺のような防人への報酬をどうやって用意するか。

 他の区画にはなく、この区画だけが取引の材料として用意できるものは何か。

 それが〝克己石〟だった。

 外界に、わずかながら存在する虹色に輝く鉱物。

 それには再誕者を遠ざける効果があった。

 超構造体都市で暮らす以上、再誕者は最大の脅威だといっていい。

 その脅威から身を護る術を、この区画は産出することができるのだ。

 そう――外の世界から、調達することで。


「明日、外界への調査団を立てようと思っている。防護服や防毒面貌ガスマスクの数に限りがあるから、少数精鋭で行きたい。ところが防人の諸君はきみと同じような依頼にてこずって、まだ戻ってきていない。だからね、できればリュウカジュくん、きみにも参加してほしいんだ」

「克己石を、集めて来いってことか」

「そういうことになるね。あれの……母親のためにも、ね」


 言って、ナランの眼が、部屋の外へと向く。

 隣の部屋には、ヴァルナーがいる。

 そして彼女の、病床の母親も。

 不意に、脳裏をそばかすだらけの少女の笑顔が過った。

 馬鹿みたいに笑う少女。

 明るく振る舞う彼女。

 俺は。


「……あいよ。その依頼、確かに聞き届けたぜ」


 溜息とともに、ナランの提案を受け入れた。

 笑顔に生彩を取り戻した彼がさっそく報酬の話を始める。

 俺は、それをうわの空で聞いていた。



 ◎◎



「ミロクぅ! 帰ってきたら結婚してあげるからねっ! あとあたしに防人の仕事教えてねっ!」

「だから、乳くせぇガキに興味はねぇし。ついでにやぁ、こんなヤクザな商売イイトコのお嬢さんであるお前にやらせてやれるわけねーだろ」

「……じゃあ、せめて無事に帰ってきて。あたし、ゼッタイ待ってるから」

「……おうよ。こいつ持って、しおらしく待ってろ」


 不安そうな表情を浮かべるヴァルナーの頭に、愛用の中折れ棒を預けて、俺は外界へと続く非常スクランブル昇降口ハッチへと向かう。

 先に準備を始めていたナランたち採取班一行から、全身を覆う一続きの防護服と防護帽を受け取り着用していく。


「まじめに、うちの娘を嫁にもらうつもり、ないかい?」

「こんな、いつぬか解らねぇーヤクザもん連れてきたら、かみさんが泣くぞ」

「リュウカジュくんなら及第点でしょう。あれも文句は言いますまい。もっとも、防人業の跡を継がせるとなれば大反対するでしょうが」

「おいおい」

「……それに、家内も長くはありません。、娘の花嫁姿を見せてやりたくもあります」


 父親として、区長として絶えず浮かべるその笑顔を曇らせ、一人の男としての顔を覗かせるナラン。

 俺は無言で、その肩を叩く。


「そうならないために、克己石でひと稼ぎするんだ。まあ、任せとけよ、ミヅクリ・ナラン」

「……ええ。きみにそう言われると、なんだか大丈夫のような気がしてくる。つくづくリュウカジュ・ミロクというのは、不思議な男ですね」


 言ってろと俺は苦笑し、ナランも笑った。

 全員が防護服を着込み終えて、昇降口を昇る。


「開けますよ、開門! 開門!!」


 ナランの言葉とともに、機械が大仰な音を立て、駆動を初め、そして――扉が、開いた。


 対光学防護眼鏡を貫いて視野を焼いたのは、あまりにも鮮烈な〝赤〟色だった。

 赤。 赤。 赤。

 何もかも、世界のすべてが――赤一色オールレッド

 見渡す限りの地平線の彼方まで、砂が、砕けた岩石のかけらが、巨岩が、あらゆるすべてが赤い景色が何処までも続く。

 吹き荒む風

 渦巻く旋風。

 降り注ぐ斜陽。

 何もかもが真紅で、あまりにも毒々しい。

 見るだけで精神が殺戮されそうな、心のすべてが寂莫せきばくに呑み込まれそうなその景観の中に、俺達は一歩踏み出す。

 振り返る。

 背後にあるのは、天まで届きそうな塔。

 俺達の住むゼタ・ストラクチャー・ネストの、上層部にして

 地下にこそ大部分が秘められたこの歳の、わずかな地上部分は、焦げ付いたような黒色をしている。

 外界は、黒と赤だけだ。

 俺たちの世界の、朝と夜が存在するそれとは比べようがない地獄。

 その中を、突き進む。

 この扉が開くのは3年ぶり。

 僅かでも外界の毒素を都市内部にいれないための措置だが、特例を以てそれを破るほどに、兜率天の状況は悪くなりつつあるのだった。

 そして、兜率天がそうであるのなら、他の区画はそれ以上に。


 ――大丈夫だろうか?


 やにわに不安を覚える。

 胸中に、小さな暗雲が立ち込める。

 それはたちまち版図を広げ、心をざわめかせる。

 勘。

 いうなればそれは、防人の勘のようなもので――


「おーい、ミロクくーん。きみが先頭に立ってくれないと、護衛がいないよー!」

「……ああ」


 すまないと呟きながら、俺はいつのまにか止めていた足を進める。

 背後を、もう一度だけ振り返る。

 酷く、酷く嫌な予感が、していた。



 ◎◎



 その予感が的中したのは、そのわずか数刻後のことだった。

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