第6話 目堂さんへの提案



 目堂さんの正体を知ってから半月。


 あいかわらず、目堂さんはいつも一人で高校生活を送っていた。正体がバレる気配はないけど、友だちができる気配もない。


 ただ、どういうわけか俺のことは気に入ったらしく、たまに俺を連れ出しては食事の毒見をさせたり、あれこれとからかったりしてくる。




 そして、今日も俺は放課後目堂さんに呼び出され、屋上前の階段の踊り場で並んで座っていた。


「私、たこ焼きやお好み焼きをおかずにごはんを食べる関西人の習慣を、関東人が炭水化物をおかずに炭水化物を食べていると笑うというネタがあると聞いたことがあるのだけれど」

「また唐突な。それがどうしたの?」


 すると、目堂さんはおもむろにカバンから何かを取り出す。

 それは、コロッケパンとポテトサラダを挟んだサラダパンだった。


「これを見なさい、九品田くん。このコロッケもポテトサラダも、どちらも主な材料はじゃがいも、つまりは炭水化物よ。それをおかずにごはんを食べているのだから、正直お互いさまよね」

「つまり、目堂さんは関東人も人のことは言えないって言いたいの?」

「まさか。私はそんな無粋なことは言わないわよ」


 そう言って、目堂さんがサラダパンを口元へと近づける。


「私が言いたいのはね……」


 パンを一かじりすると、目堂さんはキメ顔で言った。


「この国の食べものは、どれもおいしいということよ」

「は、はあ……」

「ほら、九品田くんも食べなさい。コロッケパン、おいしいわよ?」

「いや、俺別に腹減ってないから……」

「ああ、あなたがほしいのはサラダパンの方かしら? ふふっ、私の食べかけの方がいいだなんて、あなたなかなか大胆なのね」

「違うから!」


 あらぬ疑惑を必死に否定する。


 まったく、あれ以来何度かここで目堂さんと会ってるけど、いつもこんな調子だ。よくわからないことを言い出したかと思うと、スキを見逃さずに俺をからかってくる。


 まあ、そうしているときの彼女は、教室で一人本を読んでいる時とは違って生き生きとした顔をしてるし、俺は何だかちょっと得をした気分になるんだけど。


「それはそうと九品田くん、あなたもずいぶんと私に慣れてきたんじゃないかしら?」

「そうだね、最初の頃ほど身体が動かないってこともなくなってきたかな」


 本当に動くか確認するかのように、俺は首をぐるぐると回す。


「目堂さんこそ、学校生活はどう? だいぶ馴染めてきた?」

「同じ一年生のくせに、ずいぶんなものの言いようね」

「いやだって、目堂さんは学区外からの進学だし」

「それを言うならあなただってそうでしょう?」

「ま、まあ、そうだけど。でもほら、目堂さんは日本に来てからまだ日が浅いでしょ?」

「だったら、質問は『日本には馴染めてきた?』でしょう? ご心配なく、私はもうすっかり日本に慣れ親しんでいるわ」

「そ、そう。それはよかった」


 苦笑いする俺に、目堂さんが右手の指を一本ずつ折っていく。


「ミソでしょ、しょうゆでしょ、それにポン酢でしょ、日本にはずいぶんといろんな調味料があるのよね。めんつゆや焼肉のたれもなかなかよね。ああ、納豆は正直自信がなかったのだけれど、意外とすぐに慣れることができたわ」

「基本、目堂さんって食べものの話が好きだよね……」


 まあ、日本の食事に慣れたのは何よりだけど。


 と、目堂さんが若干不服そうに俺を睨んでくる。


「何よ。九品田くん、あなた私が食べものの話しかしないとでも思っているの?」

「い、いや、そんなことは」

「もちろん、私は日本の現役女子高生の生態にも精通しているわよ!」


 自信満々に、目堂さんはカバンから少女漫画を取り出して俺の目の前に突きつけてくる。


「日本では、遅刻ギリギリの時間にパンをかじりながら道を走ればいい男と出会えるんでしょう? どの本にもそう書いてあったわ」

「て、定番のイベントだね……」

「でしょう」


 なぜか目堂さんは得意げに胸をそらす。


「まだまだあるわよ? 日本では、顔のいい男はそっけない態度を取りながらもあれこれと尽くしてくれるんでしょう? ちょっとこちらが何かをしてあげれば、かわいくないことを言いながら最後に一言ありがとうって言ってみたり。こういうのをツンデレって言うのよね?」

「目堂さん、知識が偏り過ぎてるよ……」

「何を言っているの? 私の事前リサーチによれば、この書物は日本で最も女子高生たちに読まれている書物なのよ? つまり、この国で最も女子高生たちに影響を与えている書物ということよ!」

「ま、まあ、それはそうかもしれないけど……」

「あ、九品田くんはさっき言ったことマネしちゃダメよ? 別の書によれば、イケメン以外がこれをやると通報されてしまうそうだから」

「ほっとけ!」


 てか、最後のはアニオタがアニメのマネをしたら的なネットあるあるだろ! あんた何でそんなもん知ってるんだよ!


「この書によれば、女子高生というものは……」

「そ、そうそう、それよりさ」


 目堂さんに火がつく前に、俺は強引に話題を変える。


「最近、学校で妙なことが多いみたいだよ」

「妙なこと?」

「うん。無人のはずの音楽室からピアノの音が聞こえてきたり、理科室の標本が動き出したり」

「それって、学校の七不思議ってやつじゃない! 本当にあったのね!」

「それだけならいいんだけど、急に蛍光灯が割れたりロッカーが倒れてきたりもしてるらしくてさ。ちょっと気をつけた方がいいかもよ」

「あら、それってつまり、私を心配してくれているのかしら?」

「え? ま、まあそうだけど」

「頼もしいわね。それでは、もし何かあったら九品田くんに守ってもらおうかしら」

「え……ああ、うん、もちろんだよ」

「ふふふ、冗談よ。人間の男の子に守られるほど私はひ弱じゃないわ」


 楽しそうにくすくす笑う目堂さん。


「とにかく、そんなわけで今の私は順風満帆、日本の女子高生ライフを満喫しているところなのよ」

「そ、そう。それはよかったよ」


 俺はあいまいな笑みを浮かべると、階段のステップへと視線を落とす。


 目堂さんはこう言ってるけど、正直、高校生活の半分くらいしか味わえてないと思うんだよね。俺以外の生徒と一切交流がないっていうのは、やっぱりちょっとさみしいと思うんだ。


 別にみんなと仲よくしようなんていうつもりはないけれど、目堂さんがバイブルのごとく崇めているあの少女漫画の登場人物たちも、友だち同士で集まってわいわいやってるはずなんだ。せめて気の合う友だちくらいは作った方がいいと思うんだよ、本気で高校生活を満喫したいなら。


 意を決して、俺は目堂さんに声をかけた。


「あ、あの、目堂さん」

「どうしたのよ、そんな顔しちゃって」

「これはよけいなおせっかいかもしれないんだけど」

「水くさいわね。そんなのいいわよ、言いたいことがあるなら遠慮なく言いなさい」

「そ、それじゃ言わせてもらうけど……」


 一つ深呼吸する。


「目堂さん、せっかく日本の高校に来たことだし、友だちを作ってみない? その漫画の主人公たちも、友だちと仲よくやってるでしょ?」


 黙って聞いていた目堂さんだったけど、俺の顔を見つめたまま何も言ってこない。お、怒らせちゃっただろうか。俺の額から、汗が数滴落ちていく。


 しばらくじっと見つめ合っていると、ようやく目堂さんが口を開いた。


「九品田くん」

「は、はい」

「あなた、もしかして私がぼっちだと思ってない?」

「え、ち、違うの!?」


 俺は思わず大声を上げてしまう。


「あ、ご、ごめん! その、友だちがいるって知らなかったから、つい」

「別にいいわよ、そんなことは」


 目堂さんは、少しあきれたといった顔でため息をつく。


「私、これでもそれなりに長く生きているのよ? 今までにできた友だちの数なんて、むしろ多すぎて数えきれないくらいだわ」

「そ、そうなんだ」

「だいたい、今だって大蛇丸がいるし、あなたとだってこうして話しているじゃない」

「それはそうだけど……」


 思わず納得しそうになった俺だったが、すんでのところで踏みとどまる。いやいや、今問題なのはそういうことじゃないだろう。


「でもさ、今教室で話せる友だちはいないわけじゃない。ほら、俺も教室ではいっしょにいるわけじゃないしさ。みんなと仲よくはならなくても、話をする女友だちの一人や二人くらい……」

「九品田くん」

「は、はい」


 俺は思わず姿勢を正す。


 目堂さんは、無表情に言う。


「私のことを気にかけているのね。子供のくせに生意気よ」

「ご、ごめん」

「でも、そういう子は私、嫌いじゃないわ」

「じゃ、じゃあ」

「だけど、それとこれとは話が別」


 手早く荷物をカバンにしまっていくと、目堂さんはすっと立ち上がった。


「私、クラスで友だちを作る気はないわ」


 そう言い残して、目堂さんは階段を下りていった。



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