コワくないよ! 目堂さん

炊き立てご飯は冷凍保存

第1話 謎の美少女



 県立神織かみおり高校、入学式。


 俺は緊張しながらも、その校門をくぐる。


 神織高校は、ここらじゃ名の知れた進学校だ。俺は学区外からこの高校を受験して、なんとか滑りこみで合格することができた。今年から、この神織市に暮らす祖父母の家に寝泊まりして通うことになっている。


 まあそんなわけなので、周りには知っている顔なんて一つもないんだけど。


 おっと、俺の名は九品田守彦くしなだもりひこ。今年からこの神織高校に通うことになった。特にスポーツができるわけでもなければ特技があるわけでもない、ごくごく平凡な生徒だ。


 勉強は中学では中の上くらいだったけど、この学校じゃ下から数えた方が早いだろうな。まあ、もともと目立つようなタイプでもないし、高校生活も平穏無事に終えられるといいんだけど。




 そんなことを思いながら、俺は玄関へと向かっていく。


 道の両脇には桜の木が植えられ、新入生を祝福するかのように咲き誇っている。いかにも入学式といった風情だ。


 道行く新入生たちは地元で同じ中学だったのか、何人かで集まって玄関へと向かっている人が多い。知り合いが一人もいないってのは、さすがにちょっと心細いものがある。


 と、前の方で立ち止まっている集団が目に入る。そのまま石にでもなったかのように動かない彼らの姿に、何かあったのかと興味をそそられる。


 集団のところまで速足で近づくが、特に何があるわけでもなく、彼らはただただその場に立ち止まっているだけだった。いったい何をやっているんだろう、こいつらは。


 不審に思いながらも視線を前方に戻すと、やはりところどころで新入生が立ち止まっている。あの先に何かあるのだろうか?


 不思議に思い前へと進んでいく俺だったが、その足が唐突に止まった。



 視界に入ってきたのは、今までに見たこともないほどの美少女だった。艶やかな長い黒髪、透き通るように白い肌。日本人離れした彫りの深い顔立ち。ハーフか何かなのだろうか。


 そして、彼女を一目見ただけで、俺の身体はまるで石にでもなったかのように動かなくなった。な、何だこれ!? あの子があまりに美人過ぎて身体が固まっちゃったのか? 微妙に息苦しさも感じてしまう。


 頭の向きも変えることができずにいる俺の視線の先で、その美少女はまっすぐに玄関へと向かい俺から遠ざかっていく。あ、あの子も新入生なのだろうか……?


 彼女の姿を見た新入生たちは、男女の別なく皆その場に立ち止まってしまう。どうやらこうなってしまうのは俺だけではないようだ。確かに、テレビでもそうそうお目にかかれないレベルの美少女だったもんな。


 彼女の姿が視界から消えてしばらくすると、俺の身体も動くようになる。いやー、びっくりした。美人を見ると身動きとれなくなるもんなんだな、都会ってこえー。


 その後、俺は玄関前の掲示板でクラスを確認し、校舎へと足を踏み入れた。











 そんなこんなで一か月半が過ぎたんだけど。


 例の美少女、俺と同じクラスでした。名前は目堂沙夜めどうさよ。俺と同じく、学区外からこの高校に進学してきた子らしい。


 彼女、めちゃくちゃ頭がいい。ついこないだの中間考査では、英数理社はすべて満点でぶっちぎりの学年トップだった。ただ、なぜか現国と古文の出来はイマイチだったらしいけど。


 でも、クラスでの彼女は明らかに浮いていた。高校生活が始まり、学区外から入学した俺にも友だちができたってのに、目堂さんの周りには人が寄りつくどころか、誰も視線を向けようともしない。


 みんなが彼女から視線をそらす理由は明白だ。彼女を見ると、どうしても身体が動かなくなってしまうのだ。あれは初対面だからかと思っていたのだが、そういうわけでもないらしい。


 高校が始まってから最初の半月くらいはいろいろ大変だった。授業では急に先生が黙りこむし、体育では彼女の50m走のタイムを計る係がストップウォッチを押せなかったり。

 今ではだいぶ慣れてきたのか、彼女を見てもずっと固まりっぱなしってことはなくなってきたけど、授業でも先生にさされることはすっかりなくなってしまっていた。


 必然的に、友だちもできず。

 入学早々、目堂さんは孤高のポジションを確立してしまっていた。そのあまりの美しさと近寄りがたい雰囲気も相まって、今では「女王」なんてあだ名までついてしまう始末だ。

 最初は男子からの人気も抜群だった彼女だったが、そのあまりに圧倒的なオーラを前に、声をかける男子も庶民が身の程をわきまえるかのごとく減っていき、やがて男子たちの話題にものぼらなくなっていった。


 もっとも、本人にはそれを気にしているような気配もない。必要な時以外は誰に話しかけることもせず、一人で本を読んでいる。昼食の時も教室で一人悠然と弁当を食べてたりするし、はた目には高校生活を満喫しているように見えなくもなかった。


 まあ、そんな変な子がクラスにいるわけだけど、俺は特に積極的に彼女にかかわろうとはしなかった。どう考えても俺みたいな凡人とは違う生き物だし、面倒なことには巻きこまれたくないしね。俺は平穏無事にこの高校生活を過ごしたいんだ。







 そんなある日の放課後、俺は家に帰る前に友だちとトイレで連れションしてたんだけど。


 洗面所で手を洗い、ハンカチを取り出そうと尻ポケットに手を入れる。


「あれ?」

「ん、どうした?」

「ハンカチが入ってなくてさ」


 おかしいな、いつもここに入れてるのに。


「家に忘れてきたんじゃねーの?」

「いや、いつもここに入れてるから。どっかに落としたのかも」


 俺は友だちに詫びを入れる。


「悪い、ちょっと探してくるわ。お前ら、先に帰っててくれる?」

「別に待っててもいいけど?」

「いや、大丈夫。結構時間かかるかもだしさ」

「わかったよ、じゃあまた明日な」


 帰宅する友だちと別れると、俺はまず教室へと戻る。




 教室にはまだ生徒が何人か残って、部活の準備やら何やらやっている。


 とりあえず俺は自分の机の中をのぞく。うん、入ってないな。


 尻ポケットから落っこちたのかもしれない。俺は教室にいたクラスメイトに聞いてみる。


「みんな、ハンカチ見かけなかったか? 水色のなんだけど」

「うーん、別に見てないぜ?」

「私も見てないよ」

「そうか、ありがと」


 ここじゃないか。俺はみんなに礼を言う。


「もし見つけたら渡すよ」

「サンキュー、助かる」


 クラスメイトに手を振って、俺は次の場所を調べに行く。



 その後、更衣室や理科室も見に行ったんだけど、やっぱり落ちてない。職員室に落し物を聞きに行ったけど、ここにも届いてなく。うーん、どこに落としたんだろな。合格祝いにもらったものだから、なくすわけにはいかないんだよなー。


 あ、そう言えば今日は昼飯をあいつらといっしょに屋上扉の前で食ったんだったっけ。あそこに落としたのかも。

 そのことを思い出すと、俺は屋上に続く階段へと向かった。





 うちの高校、普段は屋上に出ることできないんだよな。屋上へと出る扉の前の踊り場が普段人のいない穴場的なスポットで、俺たちはたまにそこで飯を食いながらこっそりマンガ読んだりしてる。


 ここになかったら、今日はあきらめて明日また職員室に行くか。落し物が届いてるかもしれないし。


 そんなことを思いながら階段を上っていると、上から人の声がしてきた。あれ、誰かいるのか?


 声につられて階段の上を見上げた俺の足が、凍りついたかのように動かなくなった。


 俺の視線の先には――「女王」こと目堂沙夜がいた。踊り場に腰かけてパンを食べながら、何ごとかをつぶやいている。


「それにしても、この国の食べ物はおいしいわね。それにおもしろいし。このピザパンなんて、パンにチーズとピザソース乗せただけのシロモノなのに堂々とピザを名乗ってるんだから」


 何だ、ひとりごとか? パンをほおばっては楽しそうに笑う。


 だけど、次の瞬間俺はありえないものを見た。


「せやな、この国にはスパゲティナポリタンなんてもんもあるやさかい、何でもありや」


 関西人じゃない俺でさえデタラメだとわかるエセ関西弁が聞こえてきたかと思うと、目堂さんの肩ににゅるりと大きな蛇が現れる。


 ……え? 何だあの蛇、よく見たら、目堂さんの、あ、頭から生えてる……!?


 我が目を疑い、もう一度目を凝らす。

 だが、見間違いなどではなく、その蛇は確かに目堂さんの頭から生えていた。

 ウソだろ、まさか目堂さんが、に、人間じゃなかったなんて!


 気づけば、俺は思わず絶叫していた。


「うわああああぁぁ!」


「な、なんやなんや!?」


「誰!?」


 しまった! 見つかった! こ、殺される!? 

 全身から血の気が引いていく。今すぐ逃げ出したいが、例によって身体が動かない。


 そんな俺を、目堂さんは階段の上からじっと見つめていた。


「あなた……九品田くん?」


「あ、う……」


 首を動かすこともできず、俺は開きっぱなしの口からうめき声を漏らす。


 そんな俺を見下しながら……目堂さんは、なぜかくくくと笑い始めた。


「そう、見られてしまったわけね、私の正体を」


 すっくと立ち上がると、目堂さんは冷笑を浮かべながら言う。


「いいでしょう、あなたには教えてあげるわ、私の正体を!」


 手のひらを広げて俺の方へと突き出す目堂さんは、いつもクラスで見る姿と違い、妙に生き生きしているように見えた。

 恐怖で身がすくんでいるというのに、俺は彼女の姿につい見とれてしまう。


 俺の視線には構わず、彼女は言葉を続けた。


「目堂沙夜というのは仮の名! 私の正体は、あなたたちが言うところのギリシア神話に登場する悲劇の美少女……」


 ここが決めどころと言わんばかりに、彼女は声を張った。


「そう、私の本当の名は、今も神話に語り継がれる悲劇の美少女、メドゥーサよ!」



 これが、俺と目堂沙夜のはじめての会話だった。





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