第5章−[3]:スレ違いは斯く生まれる

「若松先輩、ニットを連れてきました」

「おはようございます」

「もうニット君、遅い〜。双葉のお腹と背中が引っ付いちゃうよ!………あれ?」

「失礼します」

「し、失礼します」

「うん? ニット、そちらの方達は?」

「あ、えーっと、琴平の友達の南條さんと………」

「俺は新見の戦友の日出(ひので) 明(あきら)といいます」


へぇ?『日出 明』って言うんだ。初めて知ったわ。

自慢じゃないが俺はボッチで人の名前を覚える必要がなかったからな。

それにしてもお正月に拝みたくなる名前だ。名前に後光が差してるぞ。南無阿弥陀(なむあみだぶつ)。って、これは違うか。


「えっ?君はニットの友達なのか?!」

「ええ、戦友ですけどね」


どうも日出は戦友という言葉が気に入っているらしい。

昨日の敵は今日の友とか言い出しそうだ。


「友達でも戦友でもないですよ。単なる他人です」

「単なる他人は酷くないか? 教科書を借りた仲じゃないか」

「お前が一方的にな」


「あなたは………」

「うん? 愛衣君どうしたんだ?」

「あっ、いえ、彼は中学の時に『何一人でカッコ付けてんだ?!粋がってんじゃねえ』と言って新見君に喧嘩を仕掛けてきた………」

「えっ? 彼がか?」

「あっ、あれはそのぉ。俺も若かったもので……」


だ・か・ら、1年前だろうが。お前は培養液にでも浸かってたのか?

お前何菌? 新見菌とか言うなよ。思い出して心が折れるから。って、折れたわ(泣)


「そうか! 君がそうか! それは歓迎するぞ!」


えっ? どうして?

俺に喧嘩を売ってきた奴なのに何故に歓迎されてるの?

ボッチの試練を加速させる気なの? 俺はオリンピックに出たくないんですけど!


「え? はぁ。よろしくお願いします………。おい新見、どうなってるんだ?」

「俺が知りたいわ」


ホントにどうしてこいつが歓迎されているのだろう?


「それより伊藤先輩、今日は彼女達も一緒にお昼を食べて良いですか?」

「あっ、ああ、琴美君、勿論だ。賑やかな方が楽しいしな」

「あ、あ、わ、私は琴美と同じクラスの南條 南と言います。突然お邪魔してすみません」

「南、そんなに緊張しなくても大丈夫です」

「だ、だって琴美………」

「うむ。そうだぞ。南條君、もっと気楽にしてくれ」

「は、はい。ありがとうございます」


う〜ん。俺の時とは扱いが違うくないか?

俺が初めて来た時はこんなに優しく歓迎されなかったぞ。

弁当盗まれて蹴られて毒吐かれて氷漬けにされたからな。それはもうツッコミどころしかなかったのに。

ボッチには試練を、リア充には優遇をってやつか? なら仕方ないか。


「うん。それじゃあ、ニット君。お・べ・ん・と・う!」

「あ、ああ、ありがとうございます。これ俺のです」

「わ〜い」


「「えっ?」」


「あ? なんだよ?」

「「あ、いや(えーと)。ひ、ひょっとして新見(君)って若松先輩と付き合ってるのか(付き合ってるの)?」」

「ああ? そんなわけ………」

「えへへ、そう見え………」

「「「それはない(です)!」」」


えーっと、伊織先輩、愛澤さん、琴美さん?

そこまで全力で全否定することはないんじゃないですかね?

いや、分かってますよ。勿論弁えてますよ。

俺ごときにそんな大それたことが許されないのは分かってますけどね。

ええ、大切なメンバーへの冒涜を許せないのは分かりますけどね。

でも、俺へのボッチ試練が厳しすぎませんかね?


それにしても先日伊藤家のお祖母様に残心を折られてて良かったよ。

もう折れるものはないからね!

うん。ボッチ強化所の成果が出てるな。


って、愛澤、冷気!冷気が漏れてるぞ!


「だそうだ」

「あ、ああ、そうなのか………」

「ああ、双葉先輩はお米好きで単に俺の弁当目当てなだけだ」


『ホッ!』

『チッ!』


あれ? 今、ため息と舌打ちが聞こえなかったか?

と、それどころではなかった。


「そういえば双葉先輩にお願いしたいことがあるんですが」

「ふぁに?」


はや! もう食べ始めてるのかよ! どれだけお腹空いてたんだよ?!

そんなに慌てて食べなくても誰も取らないから。リスみたいになってるぞ。


「あ、あのですね。明日から中間試験が終わるまで弁当交換会も中止にしませんか?」

「えーーーーーーーーーーー?」

「米粒飛んでる! 飛んでるから! 食いながら喋るな!」

「ゔ、ゔん、ごくっ! だ、だってニット君が変なこと言うからだよ」

「変じゃないでしょ」

「変だよ。だって大切な逢瀬を中止なんて」

「逢瀬って言うな! ご飯を食べるだけだろうが! 仰々しく語るな!」

「ええ、だってお米の王子様だからね」

「だ・か・ら! それだと俺を食うことになるだろうが!」

「えっ? ニット君は食べない………、あれ?う〜ん。食べたい?」


えっ? 何? 俺を食べる気なの?

ひょっとしてお腹が減り過ぎて俺が米俵に見えてるのか? それは重症だぞ。

俺の中にお米は入ってないからな。たぶん他の人と同じだから。って、同じだよね?

というか、お腹壊すからやめなさい!


「「「「食べるな(食べさせません)!」」」」


『チッ!』


あれ? また舌打ちが聞こえた気がすけど?


「俺の中にお米は入ってませんよ。それより話の続きですが」

「ああ、ニット、急にどうしたんだ? そ、そのぉ、今は生徒会活動も休止中でメンバーが揃う機会はこのお昼休みしかないからな。わ、私としても理由は知りたいぞ」

「そうですね。私も知りたいです」

「………」

「理由は昼休みも中間試験の勉強をしたいからですよ。昨日大変なことを聞きましたからね」


嘘ピョーーーん!外で弁当を食べるのに勉強なんてできましぇん。


「あ、まぁ、そうだが………、それなら此処でも良いんじゃないか? こ、此処なら私も教えてやれるしな」

「そうそう、そこが問題なんですよ」

「えっ? 何がだ?」

「いいですか? 胸に手を当ててみてください」

「えっ? 胸にか?………って、ひょ、ひょっとして、こ、これが気になって………」


えっ? どうして顔を赤くしてるの?

愛澤さん、琴美さん? どうしてそんな白い眼で見るの?

あれ? もしかして………


「ちがーーーう! バカか! 胸に手を当てて考えろって言ってるんだ! 俺を変質者にするんじゃない!」


って、おい! こら、そこ! 第1ボタン外して誇らしげにしてんじゃねえ!

双葉! キャラブレしてるから! 色物枠に嵌ろうとするんじゃない!


「あ、ああ、す、すまない。ついつい」

「そうそう、これこれ! 毎回こういう流れになるじゃないですか。これでどうやって勉強しろと言うんですか?」

「あ、いや、それは………、じゃ、じゃあ、喋らないように我慢するぞ!」

「いや。それだと尚更集まる必要もないでしょう?」

「うっ、うぅ」

「ええ〜。でもダメだよ〜。約束は守らなきゃだからね」

「まぁ、若松先輩のお弁当は置いておいたとしても、集まらないのはどうかと思いますね」

「ええ〜。双葉のご飯がメインだから置いてっちゃダメだよ」


メインってなんのメインだ?

こいつの場合、きっとメインディッシュのメインだよな?


「いや。この際それよりも集まれるかどうかだな」

「ええ〜。でもお弁当交換会なんだよ」

「うむ。そうだな。では、集まる名目も変える方が良いかもしれんな」

「ええ〜」


「皆さん、そんなに深刻に悩まないでここは新見の………」

「「「煩い(煩いです)!」」」


「えーっと、新見? 俺はどうして怒られた?」

「そんなに気を落とすな。これが生徒会だ」

「お前は苦労してるんだな」

「「「煩い(煩いです)!」」」


あーあ、日出が沈んじゃったよ。こういうのを日没って言うんだな。

だから来るなって言ってやったのに。


「実は私も中間試験までの間は教室で勉強したいと思っていたのです」

「えっ? 琴美君?」

「あっ、勘違いしないでください。私はニットに賛成した訳ではないですから。そ、その、あれです。ニットとの勝負が掛かってますからね」


人には賛成しなけど政策には賛成するって、お前はどっかの政治家か?

それに勝負は既にお前の勝ちで決まってるぞ。


「そうか。だったら4対3でお昼は集まらないってことでいいな」

「えっ? 4対3ってなんだ?」

「多数決ですよ。琴平、南條さん、日出と俺は集まらない派ってことです」

「ええ〜、でも南條さんと日出君は生徒会じゃないよ」

「この集まりは生徒会活動じゃなくて弁当交換会ですよね? で、今日は南條さんと日出も参加している訳ですから投票権はありますよね?」

「あっ、いや、それは………」

「それともこれも生徒会活動ですか? それなら校則で試験前の活動は禁止されてますが?」

「「うっ、うぅ」」

「ええ〜、双葉のご飯は〜? お米の王子様が約束破った〜〜〜!」

「煩い! そこ、話を逸れるな! それが問題なんだ。少しは自覚しろ!」

「ブーーーーー!」

「ブーじゃない! それじゃあ、中間試験が終わるまではお昼の弁当交換会も中止ということで。あっ、でも教室には来ないでくださいよ。『教室』には絶対にですよ。双葉先輩分かりました?」

「双葉はそんなに空気読めない子じゃ………、って、うん?」

「残念だが仕方ないな。仕方ないよな。うん。我慢だ。ニット、双葉はちゃんと見張っておくからな」

「う〜ん?………」

「そうですね。少しの間ですからね。我慢も必要ですね。伊藤先輩よろしくお願いします」

「あっ、そか! ………うん! 教室には行かないよ!」


良し! これで当面のミッションはクリアできたな。

それより日没君、そろそろ日の出を迎えた方が良いと思うぞ? そんなことでは此処では生きていけないからな。


「こ、琴美、なんだか微妙にスレ違ってない?」

「そうですか? ………でも、これだから平穏が保ててるのです」

「平穏? えっ? これが平穏? そうなの? ねえ、私達もスレ違ってない?」


◇◇◇


「先生、ありがとうございました」

「ああ、頑張れよ」


俺が今いる場所は放課後の職員室だ。

そこで俺が何をしているかと言うと、聞き込みである。

まぁ、聞き込みと言っても去年の中間試験の平均点だけど。

しかし『闇に紛れて生きる大作戦』を決行中の俺としては非常に重要なことなのだ。

下過ぎても上過ぎてもいけない。それはプラスにしろマイナスにしろ目立つ行為に他ならない。本当の闇とはゼロの境界線を示すのだ(俺談)。うん。決まったな!


とはいえ、さすが進学校だ。平均点が異常に高い。

どの教科も70点から80点の間になっている。

やはり授業中に爆睡していたのが痛いな。これは何としても休み時間に取り返さないと。


さてと、あとは数1の平均点を聞ければコンプリートだ。

っと、数学の先生はどこにいるんだろう?


俺が数学の先生を探して職員室をキョロキョロと見回していると、ふいに俺の後ろから俺の肩に手が置かれる。


うーん。この既視感はなんだ?

手の大きさから言って女性だな。そして肩を掴む手から全身を拘束するかのような闇のフォースが伝わってくる。


えーっと。あーっと。

………

うん。これはデジャブだ。きっとそうだ。

こういうことは無視するに限る。ここで振り返って、そこは異世界でしたなんてオチは避けるべきだ。もし青い眼の鬼化した少女がいたらどうする?って、それは嬉しいか?


って、言っている場合じゃないな。手に汗掻いてきたし。

よし! それじゃあ、ヨーーーイ、ド………


「新見、何をブツブツ言ってるんだ? まさか逃げないよな? あぁ?逃げないよな?!」

「はひぃぃぃ! あはは。な、夏川先生、そ、そんな逃げるわけないじゃないですか」


うぅ、やっぱり振り返えるべきじゃなかった。

予想通りそこいたのは年季の入った鬼でした。眼が赤く光ってるよ。全然可愛くないよ。


「ところで新見、職員室で何をしているんだ?」

「あ、そ、それはですね。そ、そうです。あ、あれですよ」


痛い痛い痛い! 怖い怖い怖い! 近い近い近い!

おぉ、三暗刻ができてるよ。高配点だよ。


「そうか。あれか。よし、それじゃあ、私が相談に乗ってやろう」


何? この学校の先生は相談事に飢えてるの? それとも流行りなの? Can○amの何ページに載ってるの?


「えっ? 俺に相談事はないですけど?」

「あぁ? 私が間違ってると言いたいのか?」


だ・か・ら! それは恐喝と言うんです!


「あっ? 何か言ったか?」

「言ってません」


「そうか? じゃあ、生徒相談室にでも行くか」


うぅ、何、この流れ?

ダメですよ。女教師と男子生徒の二人っきりで個室なんて。

あぁ、俺の貞操がーーー?! 誰か早く結婚してあげてーーー!


◇◇◇


「で、君は平均点を聞き回ってどうするつもりなんだ?」


えっ? 聞いてたのかよ? どれだけ地獄耳なんだよ?! お前はデビ○マンか!

よし! 今日からお前をデビル夫人と呼んでやる。独身だけど。


「うん? 何か言ったか?」

「言ってません」


「そうか? まぁ、いいだろう。ところで、また何か良からぬことを考えてるんじゃないだろうな?」

「良からぬことって何ですか? 人聞きが悪いですね」

「そうか? 君はどうも私が思っていた以上に性根が腐ってるようだからな」

「それはどうも。そんなに腐敗臭が臭います? ………って、ぐるじぃぃぃぃ。タッブ!タッブ!タッブ!」

「どうだ? 吐く気になったか?」

「ええー? 本当に臭いますよ? って、待った待った待った!」

「分かってくれたか」

「はい。分からされました」

「うむ。で、どういうつもりだ?」

「いや。別に深い意味はないですよ。試験の難易度を知りたかっただけですから」

「本当か?」

「なんですか? 生徒を信用できないんですか?」

「ああ、君だからな」

「酷い!」

「当然だろう。もし生徒会のメンバーに悲しい想いをさせたら許さんからな」

「悲しい想いってなんですか? 別にそれで悲しまないでしょう?」

「『それで』とはどういう意味だ?」

「言ってません」

「はぁ。君はまだ分かってないのか?」

「何をですか?」

「まぁいい。結果でしか分からないこともあるからな。大いに苦しめ」

「それ、なんですか? 勝手に人を連れて来ておいて苦しめって」

「あはは。言葉通りだよ」

「性格悪いですね」

「あはは。君ほどじゃないがな」

「それはどうも………」

「ただな、新見。後悔というのは『後で悔いる』と書くんだ。結果的に後で分かったとしても、もう戻ってこないんだよ。だから悔いるんだ。それだけは覚えておけ」

「なんですか、それ? それだと俺が後悔するみたいじゃないですか?」

「そうだな。私もしないことを祈っているよ」


あぁ? 何? その気が重くなる言い回し。もっとストレートに言ってくれ。

真綿で首を絞められているような気分になるからホントやめて欲しい。


「あっ、でも、その時はうちのテニス部で面倒をみてやる」

「えっ? なんでテニス部なんですか?」

「私はテニス部の顧問もやっているからな」


あれ? 夏川先生は生徒指導をしてるんじゃなかったか? テニス部の顧問もしているのか?

ああ、なるほど。女子テニス部員をいやらしい目で眺めた男子生徒を捕まえて甚振るために生徒指導もていると。趣味が実益を兼ねてるんですね。鬼畜だ。やっぱり鬼だ! 俺はそんな餌食にならないからな。


「俺にはそんなお金はないですよ」

「心配するな。私が準備してやる」

「はぁ? そんなことしたら他の部員や教師からクレームが出ますよ」

「そうか? それぐらいバチは当たらんだろう?」

「俺にバチが当たりますよ」

「あはは。だったら私が守ってやる。君にはそれぐらいあっても良いだろう」

「なんですか? 同情ですか?」

「私が君に同情して何の得がある? そうだな………、私は案外君が好きなのかもな。………、あっ、す、好きと言っても生徒としてだからな!」

「分かってますよ。でも教師が特定の生徒に肩入れして大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ。それで問題があるなら教師なんてやめればいい」


「………」

「うん? どうした?」


いやいや。どうしたもこうしたも、俺にも選択権はありま………せんね。すみませんでした。我儘言いました。

って、えーーーー? そうなの? 俺が夏川先生の面倒を見るの?


「いや。何をサクッと怖いこと言ってるんですか?」

「そうか? 普通だと思うがな? 私は私の感情に素直なんでな。大切なものを守りたいだけだ」

「感情ですか? ………素直過ぎでしょ」

「ああ。だから心配するな。それじゃあ、話はこれで終いだ。君も後悔しないように頑張れ」

「はぁ………、そうならないように気をつけますよ」


ああ、クソッ! 後悔って何だ? 感情って何だ? 大切なものって何だ?

世の中そんなものでご飯は食べられないんですよ。

それは与えられた者だけの、与えることができる者だけの特権だ。俺には人に与えられるものなど何もない。

それなのに………、そんなものを、どうしようもないものを俺の辞書に加えないで欲しい。

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