第2章:俺の辞書には選択肢がない

第2章−[1]:俺の弁当が盗まれた

1時限目が終了し、俺は自分の机で一人項垂れていた。

というのも、昨日の放課後、最後の手段の部活の新設申請が失敗に終わったためだ。

そんな時、俺の耳にある生徒達の会話が聞こえてきた。

クラス内では既に生徒達のグループが形成され始めている。

その中でも、トップカーストと言っていいだろう一際目立つグループの生徒達の会話だ。


「みんなは部活の入部届け出したのか?」

「えっ?速水君は、もう部活決めたの?」

「ああ、俺は今日の朝に出してきた」

「えっ?早いなぁ」

「俺は中学の時と同じ部活を選んだだけだから、大したことじゃないさ」

「確か、速水君は中学の時はサッカー部とか言ってたっけ?僕は中学は部活やってないからなぁ…」

「あはは。諏訪は帰宅部かよ、なんか諏訪っぽいよな」

「なんだよ。そう言う大山はどうなんだよぉ?」

「俺は中学の時は野球部だったぜ。万年補欠だったけどよ」

「なんだよ、それ。あんまり人のこと言えないじゃないかぁ」

「あはは。でも一応部活はしてたしな」

「友部は中学の時は何してたんだ?」

「サッカー部一択っしょ!そんなもんで高校でもサッカー部しかないっしょ〜」

「友部、サッカー部だったのかよ?まぁどうせ友部のことだから女子にモテたかったとかだろ?」

「大山、何言っちゃってんの〜?それじゃあ俺がまるでチャラ男みたいっしょ〜?」

「「チャラ男じゃん!」」

「ヒデーーー!ねえ?速水君、これどう思う〜?酷いっしょ〜?」

「あはは。友部はノリは軽いけど、そんな奴じゃないと思うぞ」

「さすが速水君だわ〜。分かってるわ〜」

「「「あはははは」」」

「友部もサッカー部かぁ。あーあ、僕は何にしようかなぁ?」

「どうせなら可愛い女子がいる部とかが良いよな?」

「大山、人のこと言えねぇっしょ〜」

「「あはははは」」

「でも、そんな理由で部活選んだら後悔するぞ。ちゃんとやりたいことを決めないと」

「「「速水君の言う通りだよな〜」」」


どうも、彼等の話題は部活についてのようだ。

諏訪と大山とかいう奴はまだ部活が決まっていないみたいだが、彼等が悩んでいる理由と俺の理由は根本的に異なっている。

彼等は部活の選択で悩んでいるが、俺の悩みは部活の選択肢と選択権がないことだ。

そもそもスタートラインから違うのだ。

あれ?そう言えば、俺のスタートラインってどこにあるんだ?

えっ?あるよな?ひょっとしてないのか?というか、ゴールはどこだ?

おぉ、これ絶対迷子になってるだろ。

どこかにマップ売ってないのかよ。買えないから立ち読みだけど。

あぁ、何気に心が折られてる(泣)

それにしても、会話を聞いているだけの第三者の心を折るとは、リア充とはなんとも恐ろしい生き物なんだ。注意しなければ!

まぁ、注意するなら聞くなって話だが…、聞こえてくるものは仕方ないよな。

うん!仕方ない!決して、俺にとっては唯一の情報源だからって訳じゃない。

それじゃあ、続きを聞くとしよう。


「そういえば女子で思い出したけど、生徒会って美女揃いって聞いたけど本当なのかなぁ?」

「あっ、それ、俺も聞いたわ」

「俺もだわ〜」

「なんでも、学校のアイドル的存在が揃ってるって話だけどぉ」

「ああ、今年の新入生の中にも生徒会に入った女子がいるらしいけど、上級生に負け劣らずの美女らしいって話だよな」

「ええ、それズルいっしょ〜。一人ぐらいサッカー部のマネージャーで入ってくれてもいいっしょ〜」

「あはは。やっぱり友部だよな」

「「あはははは」」

「えぇ〜〜〜」

「友部、それ高望みし過ぎだぞぉ。相手はアイドル的存在だし、釣り合うのは速水君くらいだろぉ」

「「だよな〜」」

「おいおい。こちらが一方的に選ぶ訳じゃないんだから、そういう話は不謹慎だろ。それに俺は勉強と部活でいっぱいだから、今は恋愛には興味ないんだ」

「「「ええ?勿体ないでしょ〜」」」


部活の話から一転、今度は女生徒の話題らしい。

まぁ、思春期の男子が集まれば、必然的に女生徒の話題になるのは頷ける。

女生徒に興味がない奴なんて、モテないことに自信がある俺ぐらいなものだろう。

うん?興味がない訳じゃないか?無駄な期待はしてないってだけだな。

あれ?そう言えば速水とかいう奴は興味がないとか言ってるけど、ひょっとして、こいつはBLか?腐女子の大好物か?絶対近寄らないからな!

あっ、俺は男にもモテないんだったわ。……、あぁ、また折られた。

しかし、この速水の会話を聞いていると、どうにも爽やかな好青年に思えてくる。

しかも、見た目も良い。身長が高く、髪型にしてもお洒落を無理やり意識した感じではなく、自然でありながらそれでいてお洒落感が漂っている。爽やかなイケメンだ。

俺が見てもそう思うのだから、こういう奴が女子の人気を一手に独占するのだろう。

所謂、男の敵というやつだ。

実際、クラスの女子達が憧憬の眼差しを速水に向いているのを時折見かける。

あっ、俺もたまに視線を感じるぞ。俺の場合は嘲笑の眼差しだけどな。辛い!(泣)


そして、ここで2時限目の予鈴が鳴った。

今回は心が折られただけで、これといった収穫はなかったが、そういう時もある。

ここは次回に期待しよう!


◇◇◇


部活の新設申請が失敗してから数日後。

俺は今、校舎の横手にある通用口入口の前にある階段に座っている。

ちょうど目の前には駐輪場があり、何台か自転車が留めてある。

今は昼休み時間で、お弁当を食べるためにここに来た。

教室ではなく、何故こんな所にいるかというと、理由は2つだ。

1つは言うまでもないだろう、ボッチの定番だ。

この場所は自転車通学以外の生徒は滅多に通らない。当然昼休みの今は人通りなんてない。

そして、もう一つは俺の弁当の中身によるものだ。

俺は包みを開けて弁当を取り出す。

俺の弁当は2段重ねになっている。1段目の蓋を開けるとそこには小さい卵焼きが数切れと、あとはご飯が入っている。そして1段目を外すと2段目には…………一面にご飯が詰まっており、真ん中に梅干しが1つ。所謂日の丸弁当というやつだ。

そう、主菜は卵焼き数切れである!

俺にとっては普通なのだが、俺以外の奴にはそうでないらしい。一度、教室で食べようとしたら何故か大爆笑されたのだ。それからというものここで食べている。

笑った奴らに自分でお金を儲けて自分で作れと言ってやりたい。

まぁ、言ったところで反感を招いて悪目立ちするだけだ。こんなことで俺の計画を台無しにはできない。俺は成長したのだ。


しかし、お弁当を広げたのは良いものの、部活の問題が頭から離れない。

当然だ。晩飯が掛かっている。俺にとっては死活問題なのだ。

俺はお弁当を膝の上から横の階段の上に置くと、もう一度、部活一覧の冊子を見始めた。

今更見返しても変わらないのだが、部活の新設申請が失敗に終わった今、この中のどれかに入部しなければならない現状を考えると、悪足搔きもしたくなるといものだ。

もう一度最初からお金の課からなさそうな部活をピックアップした方が良いのだろうか?果たしてそんな部活が存在するのだろうか?

こうなったら手当たり次第、話を聞きに回るのも手かもしれない。

そんなことを考えながら部活一覧に目を通していると、ふと、視界の端を黒い影が横切った。

『えっ?』と思うと同時、俺は条件反射的に影が過ぎった方に視線を向ける。

そこには女生徒が俺の部活一覧表を覗き込むように立っていた。


「わぁーーーーーーっ!!!ビックリしたーーー!」


俺は思わず悲鳴を上げていた。突然現れるな!心臓に悪いだろ!

それにしても、これほど近くに人が寄るまで俺が気付かないとは、かなり集中していたようだ。もし不意打ちでも受けていたら形勢が不利になっているところだった。

中学を卒業してからは喧嘩を仕掛けられることもなくなっていたので、少し気が緩んでいるのかもしない。まぁ、これも『闇に紛れて生きる大作戦』の成果だがな。

おぉ!こんなところで成果を実感できるとは、さすが俺の計画だ。

この女生徒にも感謝しないとだな。

そして、俺が再度その女生徒の方を見ると、その女生徒は此方のことなど一切気にした様子もなく嬉しそうにニコニコしながら微笑んでいる。

この女生徒の特徴は、ふわっとした黒髪ロング、身長は女生徒の平均程度で清楚なお嬢様風の美少女だ。色に例えるなら淡いブルーといった感じか。

どこかで見たような気がする女の子だ。

はて?どこで見たんだろう?ボッチで人を覚える習慣のない俺にしては珍しい。

それにしても、こいつは何を嬉しそうにしているんだ?何か良いことでもあったのか?あっ、ひょっとして俺を驚かせられて嬉しいのか?俺、ディスられてるのか?新手の虐めか!?

しかし……、虐めとも少し違う感じもするなぁ……。

今もその美少女は嬉しそうにニコニコしたままだ。既に俺の存在すら忘れているのではないかとさえ思えてくる。本当に何が嬉しいんだ?最近の女生徒の感性は全く分からない。昔も知らないけどな。


俺が訝しむ目でその美少女を眺めていると、彼女もそれに気付いたのか、突然、此方に向かって、


「ありがとう」


とお礼を言った。


「はっ?」


何だ?突然現れて意味不明に喜ばれていただけでも驚いているのに、今度はお礼?

何がどうなっているのかさっぱり分からない。


「えーっと。俺はあなたにお礼を言われるようなことは…して…ない………、って、えっ?あれ?あれー?……えーっと……、すみません。その手に持っている物は何ですか?」

「これはそこに置いてあったから貰ったの」


その美少女は柔かな笑顔で嬉しそうに答えてきた。

そう。彼女は今、俺のお弁当を両腕でしっかりと胸元に抱えている。


「えーっと、誰から?」

「あなたから。だって置いてあったし、食べないんでしょ。勿体無いじゃない」

「いやいやいやいや。置いてただけで食べないとは言ってないですよね?!」

「えーーー?そんなの今更言われても、もう貰っちゃったし」

「???」


俺は首を傾げる。おかしい!?

会話の掛け合いは成立している気はするのだが…、何故か意思疎通ができていない気がする?!この美少女の言っている意味が全く分からない。

俺、コミュ障になったのか?


「……すみません。もう一度聞きますが、誰から貰ったんですか?」


もう一度、先程と同じような質問を投げかけると同時、俺は彼女が持っている俺のお弁当にスウーと手を伸ばす。

ヒョイ!……あっ、避けた!


「あなたからよ」


彼女は優雅に微笑んでいる。


「いやいやいいやいや。差し上げるとは言ってないですよね!?」


そう言いながら、俺は再度弁当に手を伸ばす。


ヒョイ!「だって勿体無いもん」

「それは俺が食べなければですよね?」スウー

ヒョイ!「だから、今更言われても困るよ〜」


あぁ、頭がおかしくなる!会話が全く通じない!


「おぉーーーーーーーーいっ!こらっ!返せーーーーー!!」


スー!ヒョイ!スーヒョイ!スヒョイ!スヒョ!

クソッ!ことごとく避けやがる。

あぁ、こうなったら最後の手段だ。俺は痺れを切らして飛び掛る。

すると、彼女はそれを素早く避け、俺に背中を向けると脱兎の如く走り出した。

えっ?持ち逃げ?それって置引きって言うんじゃないのか?犯罪だよね?

いかん!ボーっとしている場合ではない。追いかけないと!

俺は慌てて彼女を追い掛け始めた。

俺の昼飯いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!

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