第17話 普通の学生とサラリーマン

 本部に着いて戦闘服を脱ぐとすぐに会議室のような部屋に通された。そこには十何名かの男女が椅子に座っていた。皆志願者だろう。若いのは僕たちだけかと思ったら半分ぐらいは学生服姿だ。

 後から何名か追加され皆好きな椅子に座る。南は心細げに俺の横に座る。大丈夫? って声をかけたくなるけど、やめておく。この場の雰囲気だ。皆緊張しているが目が力強い。何かを思ってみんなここに集まっているんだろう。


 少しして全員集まったんだろう。前のドアから人が入ってくる。軍服姿で白い手袋をはめて白髪交じりの黒髪をピシッと固めている。一重の眼光が鋭い年配の男性だ。

「今日の戦闘に参加していただろうに今回の志願、心より感謝する。特に東出君!」

 ええ? 突然名指しで呼ばれ驚く。立った方がいいのか? 半腰ぐらいで立つ。

「君のマウスの観察により日本の被害は他国に比べて格段に少ない。人口が少なく元々条件の悪い我々、日本がどの国もできない作戦を遂行できるのも君のおかげだ」

「いえ、たまたまです」

 話は終わったみたいだし半腰のままは辛いから座る。みんな俺を見てるよー。

「では、集まってもらった君達は今日から精鋭部隊となる。隊長は桜田君だ。桜田君」

 この人のこの声? あ、司令部の放送の人かあ。途中から男性に変わったと思ったら緊急事態だから、トップが話をしてたんだな。

 ってこの人、司令官じゃん! きっと。と、ここで一番前に座っていたサラリーマン風の男性が立ち上がり前に出る。

「桜田だ。今日からと言っても明日の作戦の為の精鋭部隊の隊長だ。今日これから作戦並びに方針を決め、それにそって動いてもらうが敵地はほぼ何が起こるかわからない状態だ。それぞれの判断に委ねる時もあるだろう。出来るだけ判断能力の高い者を選んだ。学者とその付き添いには出来るだけ手だし無用と伝えている。マウスの動きが読めないからだ。では、場所を移動して作戦会議をする。今日はこのままここに泊まり明日の出動までを過ごす。学生も多いのでまずは家族に連絡してくれ。本部からは一応伝えてはいるが。ではまずは連絡を、ここを出てすぐ右隣の部屋に設置している電話を使ってくれ」

 僕らは順番に部屋を出る。

「ヤバイなー。怒られる!」

 南は俺にそういいながら早く電話をかけた方がいいと思ったのか足早に右隣の部屋に消えた。

 あー、俺も怒られるわ。気が重い。すっかり母親のこと忘れてた。

 ……とりあえず電話の前まで足取りは重くやって来た。えい! 開き直れ俺! 自宅の番号を一つ一つ指で押していく。


 ワンコール。胸の中まで響いて来る電話の呼び出し音。気持ちの重さが音を増大させる。

 少しの間。それさえも永く感じられた。と、音が入る。俺は慌てて声を絞り出す。

「あ、もしもし」

 続きの言葉が見つからない。どう言えば良いのかわからない。なぜ志願したのか聞かれても自分自身答えが出てはいないのだから。

「薫」

 消え入りそうな母の声が受話器の向こうから聞こえてきた。このまま倒れてしまうのではないかと不安になる。今さらだ。こうなることはわかっていたはずなのに。

「あ、のね。母さん」

 会話の糸口を探して言葉を吐き出す。

「頑張ってきなさい」

 さっきとは打って変わったしっかりとした声。泣きそうだったさっきまでの声とは違い、怒っている様な気合の入った声だった。

「え?」

 そこにはいつもの母ではない母がいた。

「自分で決めて志願したんでしょ? やれることはやってきなさい」

 まるで小さな俺に言い聞かす様に話す母の声。

「うん。わかった」

「そして、必ず帰ってきて。ただいまって言うのよ」

 母の声は震えていた。泣かないと決めていたんだろう。

「ああ。わかった。必ず帰って来て言うよ。だからいってきます」

「いってらっしゃい」

 母が言葉と一緒に息を吐く。堪えているものを出すまいと。

「じゃあ、切るね」

「ええ」

 母から切った。もう限界だったんだろう。

 周りを見ると声を震わし話すもの。目に涙を浮かべているものもいる。

 決意して志願したが決める時間が短く誰かに相談などしている場合ではなかった。みんな同じ条件で志願を決めたんだ。



 受話器を置きすぐに部屋を出る。部屋の中にいるには辛かった。とそこへ、南も部屋から出て来た。目には涙を浮かべている。俺を見て瞬きしたらその涙が頬まで伝った。

「怒られたのか?」

 どう切り出していいかわからなかった。

「うーん。ずっと泣いてた。話にならなくなって、いってきますって言って電話切った」

 辛かったんだろう。母の泣き声を聞くのが。

「なあ、南。絶対帰って来て言おうな。ただいまって」

「うん。そうだね。うん」

 帰れなくても仕方がないと思っていたが、南には帰って欲しかった。例えそこに自分がいなくても。


 何名か廊下に出て来ている。やり切れない思いに飛び出してくる者もいる。みんな普通の学生でありサラリーマンだ。ただの一般人だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る