ここはいつからモンスター屋になったんだ?

yukke

売れないペットショップ

 冬の寒さも和らぎ、気候も暖かく安定している。


「春だねぇ~」


 俺は自分のショップの中にある、レジカウンター内に設置したパソコンの前に座り、キーボードを叩いている。


「暇だ……」


 俺の名は瓦木信也(かわらぎしんや)、28歳。売れないペットショップ『リトル』の店長だ。つっても、店員は1人だがな。


 何といっても世はペットブーム。一旗揚げるには絶好のチャンスと見て、バイトを掛け持ちして金を貯めまくり、そして半年前、少し小さいけれど念願のペットショップを開いた。借家で家賃7万と言う場所だが、初めはこれで十分だろう。


 ただし、ペットショップとは言っても小動物、つまりウサギやモルモット、ハムスターやインコ、そして爬虫類と言った物を扱う店だ。

 小さい店の中に、結構ギリギリで置いている。その為、俺の店には爬虫類は置いて無い。


 ウサギは2~3匹で置けなくなるし、ハムスターもケージを何個か並べるので限界である。その為、大きめの底の深い水槽を使い、各色3ペアずつにしている。


 因みに店の奥半分は、餌やケージと言った飼育用品を置いているので、入り口近くの半分のスペースに生体を置いている。


 そして何で犬・猫にしなかったのか。それは犬・猫は正直もっとお金が必要になるし、目利きも重要になってくる。

 実は犬・猫は仕入れがブリーダーだけじゃ無く、競り市の様な場所で買い取るからだ。


 だが競り市と言っても、魚みたいなものじゃなく、広い場所に沢山の子犬や子猫が居てそこから選ぶのだ。

 だから、ここで目利きの力が無ければ、状態の良く無い子を選んでしまい、後が大変になるのだ。


 しかし、だいたい良い子犬に限って、ト○タのクラ○ン、もしくはメルセ○スベ○ツに乗った奴等が来て、根こそぎ持って行きやがる。

 金のある奴等が勝者、つまり残った子から選ばなければならないので、目利きが重要になってくる。


 俺はそんなのは不可能だと感じたし、そもそもそんな金も無い。


 だから、先ずは小動物で稼ごうと思い、バイトしていた同じ系列の店の店長に頼み、色々融通して貰い開店に至ったのだが、店を出す場所を間違えたのか、中々客が来ないのである。


 住宅地は避けたし、出来るだけ大通りに近い場所を選んだ。角地でもある。

 難点は、周りに大きな商業施設が無いのと、最寄り駅が遠い事か? まさかそれか?


「は~クソ……このままじゃ1年持たずに閉店に追い込まれる。何とかしないと!」


 やれるべき事は全てやってるつもりだ、無料のホームページを作ったり、Facebookで宣伝したりと必死になっている。そして、新聞を取る代わりに、自作したチラシを挟んで貰う様に頼み、定期的にチラシを入れている。


「これ以上他にどうしろと……えぇい、嘆くよりもやれる事はやってやる!」


 俺は、若干癖毛の付いたショートヘヤーを掻きむしりながら唸る。俺の容姿か? いや、それは関係ないぞ。


 確かにイケメンとは言えない顔付きに黒縁メガネ、そして細身の体、どう見ても冴えない男であり、力も無さそうに見えるけどな、それとこれとは関係無いはずだぞ。


 すると、店の扉が開き母親と小学生位の女の子が入ってくる。


「いらっしゃいませ~!!」


 久々のお客に大声出してしまったよ。だけど、今日初めての客だ!


 するとそのお客様は、入って直ぐにある平台に置いた、ハムスターの入ったケージを覗く。そこは、何個かのケージを専用のパイプを使ってつなぎ、広々とした形にしている。


 つまり、ハムスターのケージはこんな風に出来ますよ、と言う例を見せている。決して、伸び伸びしたハムスターの姿を見せ様とはしていない。だってハムスターは夜行性、明るい時間は殆ど寝ているから。


「可愛い~」


「へぇ、こんな風に出来るのね」


 たまたま、小屋からはみ出て寝ているハムスターがいて、小学生の女の子がそれを見て目を輝かせている。


「ハムスターは夜行性ですからね、この時間はこうやって寝てるんですよ」


 俺は、母娘(おやこ)に近づくとそう説明する。すると、その人達はその平台の隣に置いている水槽に目をやり、生まれて3週間くらいの子達を眺め始める。


 1番若い子を水槽の方で3ペアずつにしている。つまり、ケージに入れているのは、悪い言い方をすると売れ残った子達と言う事だ。


「へぇ、ハムスターって集団で飼えるんですね」


「いえ、この子達はまだ若いんで縄張り争いもそんなに無いし、今のところ喧嘩も無いだけです。ただ、何週間かするとお互いの縄張りを主張し合う様になるので、やはり一匹で飼われた方が無難ですね」


 その後、その母娘はハムスターを飼いたくて見に来た事も分かり、色々と説明をして販売する事が出来た。

 それでもハムスターは1番安いから、売り上げは1万円にも満たない。だが、売れた事に変わりはない。


 ちょっとずつだ焦るな……こうやって、ちょっとずつ固定の客を増やしていくんだ。


      ―― ―― ――


 しかし、その後夕方まで生体が売れる事は無く、ちょっとだけ餌や用品が売れただけ。


「焦るな、宣伝はしてる。後は口コミだ……それで左右されると言っても過言では無いかもな」


 レジで今現在の売り上げを確認し、そう呟くものの、やはり売り上げは2万程度、正直かなりキツい……。

 ペットショップで扱ってる子達の餌代もある。店で使う消耗品や電気代の方が、その日の売り上げを上回っている。


「くっ……この業界は2年は赤字、そう言われたんだ、焦るな……」


 俺はまた自分に言い聞かせる様に呟く。


「はぁ、しょうが無い……ちょっと風に当たってくるか」


 そして、ポケットからタバコを取り出し口に咥えるると、そのまま店を出て、車が1台ようやく止められると言う位の駐車スペースで、口に咥えたタバコに火を付け煙を吹かし始める。


「自分のやりたい事をやりたいから、この業界を選んだが、不況の波は厳しくも俺に試練を与えるか……なんつってな」


 タバコを吸って落ち着いたからか、俺らしく無い事を言ってしまった。


「フー……さて、閉店は夜8時、それまで頑張ってみるか」


 そして、俺はタバコを携帯灰皿に入れると1度大きく伸びをする。


「……ぁ、ぁぁ……」


 ん? 何か、聞こえた?


「き…………ぁぁ……あ」


 やっぱり何か聞こえる。女の声? 上から?


 そして、そのままその場に立ち止まり空を見上げると、俺の頭上、空中に何かの幾何学模様が浮いている。


「なんだあれ? あ~でも、何か見た事あるな。そうそう、魔法陣だあれ……って、魔法陣?!」


 驚いて二度見すると、どうも声はそこから聞こえる。


「きゃぁぁああ!!」


 するとその悲鳴の後、今度は俺の視界に縞パンが現れる。縞パン?!


「ぐへぇ?!」


「ひゃぁ?!」


 ものの見事に見上げた俺の顔面に、人のお尻が降ってきた。いや、どう言う状況よ! の前に首がぁぁあ!!


「いたたた……あれ? ここって異世界?」


 ここが何処か確認する前に、俺の顔から降りて欲しいのだが……。


「ムググ……」


「うひゃぁ?!」


 おぉ、やっと退いてくれた……でもまぁ、女の子のお尻の――何でも無い。


「へ、へ、へんた~い!! ドラド君やっちゃって~!」


 ん? 何だ? ドラド? 


 慌てて立ち退いた少女がそう叫ぶと、上から少女と一緒に降りて来た、背中に羽根の付いた小さなトカゲが、ペタペタと俺の元にやってくる。


「おぉ、何だこれ? 珍しいトカゲだな。いや待て、これもどっかで……」


「ギィィィイ!!」


「っ?!」


 すると口を開いたトカゲが、俺の体を丸々包み込む程の炎を吐き出した。勿論、俺はその炎に焼かれて真っ黒こげだよ。


 いや、それよりもやっぱりこいつ――


「ド、ドラゴン……」


「ふふん、ドラド君はその上位種、ハイドラゴン何ですよ。まだ子供ながらに、その威力は一級品!」


 いきなり空から降ってきたこの少女は、ドラゴン何て言うファンタジーな生き物と一緒にやって来た様だ。

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