Action.11 【 ママチャリとわたし 】

「あれぇー? 自転車がない!」

 わたしは思わず大声で叫んでしまった。

 さっき、スーパーで買い物を終えて出てきたが、自転車の鍵を外した所で買い忘れた品物を思い出した。あわてて、買って戻ってきたら、わたしの自転車が駐輪場からなくなっていた。

 あっちこっち駐輪場の中を捜し回ったがやはりない。

 鍵を付けたまま、放置したのは私の不注意だけど……その間、たった五分くらいである。まさか、そんな短時間に自転車を盗まれるとは思ってもみなかった。


 あーああ……ガックリしてしまった。もう脱力感でいっぱいだ。

 こんな日に限って1・5リットルのお水を三本も買ってしまった……今から三十分かけて歩いて帰宅するのかと思うと悲しくなってきた。

 思えば、あのママチャリを買ってから十数年経つ。

 盗られても惜しいというほどのシロモノではないが、子どもが小さい頃にはよく後ろに乗せて走ったもの、やっぱり愛着がある。

 わたしの好きなラベンダー色のボディだった。前カゴと後ろカゴを付けてお買物に便利な仕様にした。後ろカゴに嵩張かさばるトイレットペーパーやテッシュの箱を乗せられるし、前カゴには引ったくり防止のカバーを付けて安全なのだ。自分ナイズされたママチャリはわたしに取って快適な乗り物だった。


 いったい誰が、あんなかっこ悪いママチャリなんか盗んだんだろうか? 

 どうせ、どこかに乗り捨てるくらいなら、ボロ自転車でも返して欲しいと思ったが、しかし古い自転車の盗難届をわざわざ交番に出しに行くつもりもなかった。

 その日は腕が千切れそうに重い荷物を持って、ヨッコラショ、ヨッコラショ……言いながら、ようやく帰宅した。


 それから一週間ほど経ったある日、明日には新しい自転車を買う予定だったので、今日が徒歩での最後の買い物なのだ。

 いつものスーパーに向かう途中の商店街を歩いていると、わたしの目の前を見覚えのあるラベンダー色の自転車が通り過ぎて行った。

 ああ、あれって? わたしの盗まれた自転車じゃないの!?

 あわてて自転車の後を追いかけた。わたしのママチャリには見知らぬ若い男が乗っている。レンタルショップの前で自転車は停まった。派手な格好をした学生風の男で、自転車の鍵も掛けずレンタルショップに入ろうとするのを呼び止めた。

「ちょっと! その自転車に見覚えがあるんだけど……」

 いきなり、見知らぬおばさんに呼び止められて若者は、ン? という顔で振り向いた。

「こないだ、スーパーの駐輪場でなくなった、わたしのママチャリ!」

「しらねーよ!」

 怒ったような無愛想な顔で答えた。

「自転車の登録番号を調べさせて貰うわよ」

 その言葉に若者はちょっとたじろいだ。

 ちょっと怖かったけど……昼間だし、ここは人通りも多い場所なので、まさか若者が怒って暴力を振るうとも思えないので、ちょっと強気に出た。

 

「その自転車は兄貴が乗ってきたんだ」

 自分の自転車ではないという。

「お兄さんが? どこから持ってきたの?」

「兄貴の友だちん家からだよ! 俺はしらねーよ」

 何んとか誤魔化そうと必死だ。

「ちょっと、カゴの中調べさせてね。ここに入れてある筈よ」

 私はカゴカバーを開いて中を覗いた。

 あった、あった! 日焼け防止に百円均一で買った手袋とエコバック、それから先週のスーパーの売り出しチラシ。

 間違いない。この自転車は、わたしのママチャリだ。

「見て、この手袋とエコバックはわたしのよ! この自転車も私のものだわ!」

 わざと大きな声が言うと、通行人がチラチラこちらを見ていく。――さすがに盗難自転車に乗ってきた若者はマズイと察知したようだ。

「そんなオンボロ自転車いるかっ!」

 そういうと、とっとと走って逃げていった。


 ふふん、やっぱり正義は勝つのだ――。

 わたしは小鼻を膨らませてベタな台詞を呟いた。

 自転車のサドルをテッシュで丁重に拭いてから跨った。ああ、この感じ……やはり、長年乗り慣れた自転車は身体に馴染むわ。

 ペダルを踏むとゆっくりと車輪が回って進み出す。何んともいえない安心感が、この自転車にはあるのよ。

 ゴメンね! もう二度と盗られたりしないから、戻って来てくれてありがとう!

 明日、新しい自転車を買わないで、この自転車のタイヤとチェーンを取り替えてメンテナンスをして貰おう。もう一度、新品みたいにピカピカにしてあげるから、ずっとわたしの重いお尻を乗せて走ってくださいね。

 いつものスーパーに向かって、ペダルを漕ぐと爽やかな風が頬を撫でていく。


 ママチャリとわたしは、切っても切れない関係、二人三輪でいこう!

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