第4話【あの日】

 

 今、俺がいるのは『大罪会』に反乱を企てた組織が本拠地にしているラスベグスだ。ここはあの日からも相変わらず賭博の街だ。支配者が変わってもあり続けるとは業が深い。そんな街を支配するのが『Money talks』だ。金こそが絶対だという考えのもと行動する組織だ。

 

 俺からすればどうでもいい彼らの組織も今日で終わる。俺たちに反意を示すこと自体、この変容した能力社会では悪である。半年経った今でも表面だけを見れば世界に変化を感じない。それでも、根底となる秩序はすでに崩壊し、俺たちが新たな秩序になっているのだ。

 

 世間からは俺たちが能力を使い、既存社会の崩壊を阻止したように見られている。でも、そんなことはない。俺たちがしたことは自身の力を見せ、力による支配を実現させただけ。結果としては変わらない。社会の支配者が中途半端な能力者ではなく絶対的な能力者になっただけ。既存社会の破壊を行ったことに変わりはないのだ。

 表面からはわからなくとも内部には能力者に有利となる決まりが出来始めているのだ。

 

 この町もそうだ。今までは政府に管理されていたラスベグスも、今では犯罪組織が裏から実効支配するような街になってしまっているのだ。これも『諸行無常』の一つなのだろうか。

 

 俺の眼下には『Money talks』の本拠点だったカジノの残骸がある。欲望のままに行動する俺たちの脳内に手加減という言葉はない。そのため一度始まれば、満足するまで力の行使は続けられる。現に今も少し先にあったビルが倒壊している。中折れ状態だ。あのビルも『Money talks』の拠点の一だったのだろう。別に違くてもどうでもいいのだが。

 

 俺たちがしていることは正しいのだろうか。『あの日』から半年たった今、ときどき俺は『あの日』の決断を振り返るようになっていた。ラスベグス上空で俺は『あの日』を振り返る。

 

 

 

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 今俺が持つ最古の記憶はある一室から始まる。俺は自身の記憶にない一室のベッドに寝ていた。物語であればこう言うべき場面だろう。「知らない天井だ」と。あとで知ったことだがここは俺の部屋だった。「知ってたじゃん」と心の中で自身につっこみを入れたのは内緒の話だ。

 目を覚ました俺はまるで誘拐にあったかのように混乱した。見慣れない部屋、見慣れないベッド、見慣れない机、見慣れない本棚に見慣れない本。すべてが知らないものだった。何もわからない状況で俺がしたことは思考停止。考えることをやめた。そうしなければ俺は狂ってしまうと思ったからだ。

 思考停止した俺は何気なく部屋の中を見渡す。ただの一室のように思っていた部屋の中にはものが散乱していて、誰かが使っているとは到底思えない部屋だった。割れている窓から心地よい風が室内に入ってくる。はためくカーテンを手でまとめながら俺は外を見た。見慣れない風景だ。自身がいるこの一室がどこにあるのかもわからないが、この風景もどこの風景かわからない。

 思考停止を続ける俺が何気なく窓の外を眺めていると爆音が聞こえてきた。

 音に遅れて俺の視界には吹き飛ぶいくつかの屋根が見えた。吹き飛んだ屋根達があったであろう場所からは黒煙が昇り、下には炎が見える。数か所同時に起きたその爆発は、俺には同時多発テロのように思えた。

 思考停止をしていても混乱する者は混乱する。混乱しながらも俺は違和感を感じた。俺は思っているより混乱していない。混乱しているのは思考だけで、俺の心臓は一切高鳴っていない。まるで平時であるかのような心音に俺は落ち着いていく。「トクン、トクン」と一定のリズムを刻む俺の心臓。眠くなる俺の本能を抑えて俺は考える。ここはどこなのだろう。

 

 俺はその答えを探すために自身の記憶を探す。そして気づく。俺は俺の事を何も知らない。知っているのは言葉と一般的な常識ぐらいだ。俺の思考が日本語で行われていることに気づく。俺は日本人だったのだろうか。それ以上に俺の事を知ることはできなかった。俺は誰から生まれ、誰と共に育ったのか、俺には一切わからない。俺は俺だったのだろうか。それとも別の何かだったのだろうか。オカルトめいた思考に囚われた俺の耳に、先ほど以上の爆音が聞こえた。

 俺がいるこの二階の部屋をも震わせるほどの爆発。それに伴う轟音。日常ではありえない状況でも俺は不思議と冷静でいられた。もはや自分が人でないかのように感じる。俺の持つ常識に照らし合わせれば今の状態は明らかにおかしい。普通なら直ちにこの部屋から出て逃げるべきなのだろう。しかし、俺の思考はそれを拒否する。それどころか、俺の本能はこの部屋にあるベッドで眠るように訴えてくる。抗いがたい感情だ。いう寝れば、真冬の朝の布団の中で微睡んでいるときに感じる睡魔だ。

 俺はどうしていしまったのだろうか。「ここから逃げろ」と訴える理性・・を抑えて「寝ろ!」と本能・・が訴える。いつの間にか、俺は外から聞こえる悲鳴や轟音をBGMに眠りに就いていた。

 

 

 

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 ≪怠惰を司りし者よ。七つの大罪を集め、世界を治めよ≫

 

 

 寝ぼけた俺の頭に声が響く。俺がもう一度眠りに就こうとすると、激しい頭痛が俺を襲ってきた。

 

 「ぐ、ぐあ」

 

 声を漏らしてしまうほどの激痛に俺の意識は一気に覚醒する。

 数分続いた激痛が収まった時、俺はいくつかの知識を持っていた。

 一つ目は、今日、この世界に『能力』という力を持つものが現れ始めた事。その『能力』を持つ者達は、世界の三分の二を占めるようだ。

 二つ目は、記憶を代償に『怠惰』という力を俺が手に入れた事。これは一般的な『能力』とは一線を画すレベルの『能力』である事。俺以外にも同じような能力を持つものが六人・・いて、俺はその能力者をまとめる必要があるようだ。

 三つ目は、能力を放棄することはできるが、代償に命を払うことになる事。消えた分は違う人間に受け継がれることで補われるようだ。

 四つ目は、俺が持つことになった『怠惰』という能力の事。既に俺は『怠惰』という能力を十全に使い熟すことができるようだ。

 最後は、今日、この世界に『能力』という力を持つものが現れ始めた理由。まあ、これは今じゃなくてもいいだろう。

 

 さっきの頭痛は、この四つのことを俺の頭二焼き付ける為だったようだ。

 俺が只管に眠いのは『怠惰』という能力の一部のようだ。七大罪の所有者は、その能力に行動を縛られることになるらしいが、もともとその能力に適した者が選ばれるため、悪影響はあまり出ないらしいっもで、俺は元から怠惰な人間だったのだろう。

 

 俺は役目を果たさないといけないようだ。ある程度の自由はあるが、この能力を持つことの義務みたいなものがあり、それを放棄することは能力を放棄することと同義になるらしい。

 死にたくない俺は、仕方なしに『七大罪』を集める必要がある。

 

 やる気を出して立ち上がった俺の部屋に一人の四十歳は超えているだろう女性が入ってきた。

 

 「佐月サツキ! 避難するわよ!」

 

 ぽかんと口を開けている俺にさらに言い募る。

 

 「何してるの! 早く支度しなさい! それにしても佐月が帰ってきてくれていてよかったわ」

 

 ここでようやく理解する。佐月というのが俺の名前で、この女性が俺の母親なのだろう。すでに過去の記憶がない俺からすればただの他人だ。既に興味はない。

 俺は女性の声を無視して窓に近寄り窓を開け放つ。

 

 「佐月! 何をしているの!?」

 

 俺は全開にした窓の縁にしゃがむようにして乗った。その体勢で後ろを振り返り、女性に伝える。

 

 「お元気で」

 

 主観では他人だが、俺の両親であることには変わりないのだろう。口を衝いて出た言葉に疑問を覚えながらも窓の縁から飛び上がる。

 『怠惰』の飛行能力を使う。初めての発動だったが、失敗する気は一寸たりともしなかった。俺の体は飛び上がり、イメージ通りに空中飛行する。

 後ろから女の人の声が聞こえてくるが、俺の脳は理解しようとすらしない。

 

 飛び立った俺は、『七大罪』を探し始める。

 『怠惰』の力の使い方は既に熟知している。俺は自身の持つ知識に従って行動する。

 

 「来い」

 

 俺は両手をたたいて『それ』を呼び出す。本来は手を叩く必要も無ければ、声を出す必要もなく、呼ぼうとすればいいのだが、なんとなくノリでしてしまった。

 

 「ここに」

 

 宙に浮く俺の目の前に跪く形で四人の人が現れた。男装の令嬢のような中性的な容姿に執事服という誰得な格好をした四人が現れた。

 

 「お前らが『付き人』か?」

 「はい。アケディア様」

 

 焼き付けられた知識にもあったが、『アケディア』というのが今後の俺の名前になるらしい。

 

 「そうか。俺の知識にあることはすべて出来ると思っていいんだな?」

 

 俺の知識にある付き人達のスペックは普通の人間を優に超えている。俺は確認のつもりで聞いた。

 

 「はい。我らはアケディア様を支えるための存在。貴方様が望むことはすべて行うことが可能でございます」

 

 うん。そういうことらしい。俺が望めばなんでもできるという謎スペック。疑問は尽きないが今の俺には必要な存在だろう。

 

 「俺以外の大罪を集めてくれ」

 「かしこまりました」

 

 俺の命令を聞いた付き人四人は一瞬でその場から消えていった。とりあえずこれで、大罪のメンバーは集まるだろう。あと俺がすべきことは、拠点選び。焼き付けた知識によると、俺が選んだ場所に七人揃って拠点を建てることを宣言すればそこが拠点になるらしい。

 

 俺は拠点になりそうな場所を探す。まず探すべきは地図だろうか。俺の記憶からこの日本という国の地理は完全に消えている。俺は本屋を探して上空を飛び回る。

 上空から見える街は、爆音と煙に炎、平和とは口が滑っても言えないような街だった。悲鳴も上がっている。サイレンのような音も聞こえる。俺は上空から地上の惨状を眺める。至る所で起きている能力を使った犯罪に俺の心は全く動かない。俺の心には正義心のかけらもない様だ。

 

 俺は、そのまま上空を飛び続け、大きな本屋を見つけた。三階建ての立派な本屋だ。俺は中に入ろうとして金を持ってないことに気づく。仕方なく、俺は本屋に入って立ち読みで済ませることにした。

 本屋の中は人がいなかった。店員すらいないことに首を傾げるが、外の惨状を知っていれば逃げ出すのは必至である。店員のいない店内で俺は地図を探した。

 地図を確認した俺は手ごろな場所を探すが、見つからない。というか、地図だと地形しかわからないことに今頃気付いたのだ。俺が途方に暮れていると、付き人が現れた。

 

 「『憤怒』を見つけました」

 

 俺は持っていた地図を棚に戻し、本屋を出た。

 

 

 

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