第4話 巨人と人の連合会議・その弐

 ユミルの社会は封建社会でもある。戦闘力に最も秀でた者が、統治者として全体をまとめる統治者となる。ただし、その統治者にユミルの女がなった前例はなかった。

 ユミルの女は男と比べて身長が一回り小柄で、戦闘力においても劣る存在として生まれてくるのが通常だった。そしてユミルのそれは、人間のそれよりはるかに顕著な差である。女が王となるほどの戦闘力を持つことは、生態的にあり得なかったはずなのだ。

 ゆえにユミルの女は、戦闘力に優れれた男に庇護を求めるかわりに、その男との間に子孫を設ける役割を担う。それがユミルにおいてはごく普通の社会構造である。

 だがセレーネは、女王となれるだけの戦闘力を有して生まれてきた。それはもはや突然変異という他になく、その存在自体がユミルとしては異質だったのだ。


 セレーネは王としても異質だった。下位存在と呼ばれる一般的な兵士階級のユミルを有限な資源とし、効率よく活用するための術を模索した。決して彼らの命を大事に思ってのことではい。無慈悲なユミルの女王として、兵士をより効率よく運用したかっただけだ。

 だが、この考えは他の統率階級の上位存在たちに反対され、受け入れられることは無かった。彼らは強大な自分たちが、小細工を弄して戦う必要が何処に有るのかと反発した。

 セレーネは同時に情報を重視し、部下であるものたちに敵対戦力の調査をさせようとした。部下たちには、そのようなことをセずとも十分にユミルは勝てるとやはり反発を受けた。

 彼らは決して頭が回らないわけではない。それらが有効な手段であることは理解出来ていた。理解していて、それらを用いずとも戦えることを己の誇りとしていたのだ。

 セレーネには理解出来ない感覚だった。ゆえに、部下と考えを話し合って妥協点を探るということをしなかった。

 今にして思えば、相手を理解しようとしなかったのはセレーネも同様である。話し合いで妥協点を探ることを覚えたのは、人間の社会に適合するための生活の中でだった。もしかしたら、そういったことをユミルの女王として実行していれば、何かが変わっていたのかもしれない。

 だが、もう過去の話だ。今は同族よりも護りたい者たちがここにいる。


「まあ、前々から薄々そうなんじゃないかと思っていたが、あんた以外のユミルはどこまでバカなんだ?」

「まあ、人間の感覚だとそうかもしれないが……一応断っておくが、連中は考える頭がないわけじゃない。有効だと理解する頭は持ち合わせている。その有効な小細工を弄することが、連中には屈辱と同義なんだ」

「何度か聞いてその度思うんだが、誇りと有効性を天秤にかけて誇りを優先するのはいいが、その結果敗北しているんじゃな。優先順位を変えようとしないのであれば、それはバカとなんら変わりないんじゃないのか?」

 その言葉に、セレーネは無言で嘆息した。たしかにそれはそうだろう。だが彼女は彼女で女王として、少しづつ意識変革から始めるということをしなかった。それが成功していなかったから、ユミルが頭脳戦ではここまで与し易い相手のままというのは、若干皮肉めいて感じざるを得なかったからである。

「私は情報の有効性についても考えていた。常に相手の最新の情報と自分たちの情報を吟味し、戦力をどのように分配するか。部下にもそれを教えたつもりだったが……まあ、私も部下に対して常に冷淡で無慈悲な対応していたからな。その態度も反発の要因だったとするなら、私が提唱した情報の取得と分析を、今まで念入りにしていたとは考えにくい」

 マヌエルもこれには納得する。たしかに、ハインラインに来た直後のセレーネは、良くも悪くも冷静で冷淡だった。自分にとって価値があるかないか。それによる対応が、はっきりとしすぎてもいた。

「結論を述べると、情報の取得の軽視と分析の甘さ。それが今回のユミルの侵攻作戦という、愚策そのものだというのが私からの見解だ」

「根拠は……? あんたのことだから、特になにもなしにそう分析したというわけではないんじゃないか?」

 他人の機微には疎いものの、セレーネは実のところ情報の取得や分析に熱心な性格でもある。彼女の見解をマヌエルが当てにするのも、彼女が単にユミルの事情に精通しているからというだけではない。

「個人的に、ハインラインの情報部に調べさせていたデーターだが……この部分を見ろ」

「ふむ……いや、ちょっと待て……俺は情報部からなにも聞いていないぞ?」

「単なる個人的なツテだ、別にそれはどうでもいいだろう」

「あんまりよかないし、第一それ女が絡んでないか?」

「……確かに、調査してくれたのは女性職員だったな。なんで分かった?」

「カマかけただけだよ。つうか、本当に女なのかよ! つくづくあんた、女にモテるな!」

「どうでもいいから、さっさと見ろ」

 女性のはずのセレーネが、なぜここまで女性にモテるのか。マヌエルは理不尽なものを感じながらも、彼は小型擬似スクリーン投影端末に映し出さた情報をみる。これは小型の端末からまず擬似的なスクリーンそのものを作り出す装置で、そのスクリーンへと情報が映しだされるように見える仕組みだ。

「なるほど。ニ年前の大規模侵攻作戦から現在のユミルの投入戦力が二百五十%で、L1コロニー宙域の対ユミル戦力比が百五十%へ推移している試算か。L1駐屯艦隊の総兵器数は地球圏連合の政策でむしろ減少してるとはいえ、ギガステスの配備や改修自体は、むしろ進んでいるからな」

 ふと、そこまで言ってから、彼はある可能性に気付く。おそらくはセレーネが言いたいことも、それなのだろうと思いながら。

「……まさか……二年前の戦闘結果と現在のL1駐屯艦隊の兵器数、それを単純に偵察部隊で類推して、ユミルの側が今回月を制圧可能な投入戦力を試算して投入したというのか?」

「だから、愚策だといっている。どうやら連中は、二年前の侵攻作戦からはなにも学ばなかったらしいな」

 なるほど。マヌエルは今回のユミルの侵攻作戦を、もっと深淵な意図によるものだと考えていたのだが、どうやら深く考えすぎたということか。

「まあ、今後はそれなりに頭を使ってくるかもしれん。今回の戦いは、ユミルにとって無為に消耗していい戦力とは言い難いものだった。おかげで、連中が本気かつ慎重にならざるを得なくした、ということは十分考えられる」

「……侵攻は、またすぐに行わると思うか?」

 実のところ、いままでに関してはユミルの側が頭を回すことを躊躇していたからなんとかなっていた面も大きい。地球人は地球人で、異星体による侵略が現実の脅威になっても、いまだに地球人同士で利権争いを行っている。

 今回の大規模侵攻で少しでも足並みがそろえば別かもしれないが、どのみち地球側が戦力の拡充や戦力配備の見直しを行うには時間が必要だろう。

「ないだろうな。ユミルは生殖で増える金属生命体だ。数が増えるには時間がかかる。向こうが頭を回さないバカのままだと仮定しても、今回の侵攻作戦で消耗させてしまった戦力は、さすがに無視出来ないはずだ。どちらにせよ、戦力の補充に時間をかけざるをえない、と私は見ている」

 なるほど、とマヌエルは納得する。戦力の逐次投入という愚策によって、向こうには結果的に戦力がまだ残ってはいるものの、強気に出るには心許なくなったということだ。

「なら、ユミルの件は一度棚上げして置こう。時間に猶予があるなら、こちらもその間に戦力を整えることは出来る。後の問題は、地球圏連合の対応の方だ」




 実のところ、ハインラインにとって本当に厄介なのは、地球圏連合の今後の対応かもしれない。

「連中、明らかにユミルが月を橋頭堡にするつもりなのは、分かっているはずだろう。なのにそうしなかったのは、宇宙移民の発言権を抑制するためだ」

 セレーネは無言で頷く。それにはとっくに察しがついていた。彼らは自分たちが宇宙移民の統治者として、発言権を強めたいというのが本音なのだ。だから、月などの主要な勢力圏の防衛を敢えて薄くすることで、その勢力を削ごうとした。

「ただ、今回の一件で流石に連中の言い分も危うくなったはずだ。今回の侵攻作戦でも、ユミルは地球に戦力を向ける兆しが全くなかった。これを地球圏の防衛を手薄にするための陽動だとは、もはや誰も信じまい」

 それについては、セレーネも同意見ではある。もはや地球圏連合の公式見解を鵜呑みにするものは皆無どころか、このままだと地球圏連合内部でさえ、世論の反発が本格化するおそれがある。

 仮に月をユミルに占領されてしまった場合、地球の防衛が苦しくなるという以前に、月の工業地帯が壊滅的な打撃を受ける危険性が高い。

 月の工業地帯では、重力圏では精製が難しいような超高純度の物資などを大規模生産しているのだ。地球圏の衛星軌道上や軌道エレベーターなどでも生産は行われているが、流石に月の生産力を無視できる程大規模ではない。

 とはいえ……

「ハインラインが過大評価されているということはあり得る。連中はこちらの技術の出処に疑いと興味を抱いているだろう。ハインラインには背後に大きな組織が関わっているんじゃないかとな。そこが懸念材料だ」

「……俺たちの背後にいる何者かが表れるまで、月の勢力を追い込むつもりだっていうのか? 有り得そうなのが困るな」

 実は地球圏連合が月へ駐屯させる防衛戦力を薄くしていたのも、ギガステスの元となった技術を生み出せる組織を炙り出す、という目的があったのかもしれない。

「まあ、今後はもう少し慎重に防衛線力を吟味するとは思うが。今回の侵攻でハインラインもそれなりに追い込まれていた。それで炙り出せないようでは、今後も月そのものを賭けの材料にするのはリスクが高すぎる、と考える者が増える要因としては十分だろうからな」

「存在しないものを炙り出そうとされても困るんだよな。そろそろ、地球人同士で駆け引きをしている段階じゃないと、気付いて貰いたいもんだが。まあ、警戒と取引材料については考えておこう。そろそろ、連中の態度次第では月の勢力もそれなりの対応を検討するはずだ」

 地球圏連合の首脳陣にあまり期待しても無駄だとは分かっていたのだが。取り敢えず地球圏連合については、比較的良心的かつ妥当な選択がなされることを期待するしかない。


 巨人と人の連合会議は、それでひとまずお開きとなった。

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