第4章 俺の報告をまじめに聞いてんのか、あいつは?

『ふ~ん?』

 それが、俺が自分の部屋から今回の出来事を報告したときの、ユマの第一声だ。

 今回もなぜかテレビ電話に映ったユマの姿は風呂上がり。そういうタイミングが定番らしい。今回は髪にタオルを巻いたままで、それどころかシャツすら着ずに体にもバスタオルを巻いた状態だった。もちろんビールは飲んでいる。


「興味なさそうだな」

 俺がいうと、ユマはぷは~っと息を吐く。

『さすがに今回は王女を狙うやからとは関係ないだろう?』

 俺もそう思う。なにしろ相手は怪人するめ男だ。しかもやっていることは若い女のストーキング。


『ま、その五月ちゃんとやらと一緒に守ってやるんだね、その先生を』

 一番乗り気なのはサルだがな。あいつはそういうことにはまるで役に立たないと思う。もちろんラピュタは使用禁止だ。そのことだけは俺もしつこく釘を刺しておいた。ストーカーひとりにあれを使うのはあまりにも大げさすぎて馬鹿げている。


『それよりあたしは前回のカジノの事件の方がよっぽど興味がある』

 げっ、またあの事件のことを蒸し返すのか?

 少々うんざりした。けっきょく如月も百合子も玉城も、『神の会』の関係者だという証拠も確信もないままうやむやになったままだ。なにせ物的証拠がないのはもちろん、あいつらは誰ひとり自分が『神の会』のメンバーだなどとはいっていないまま、全員行方しれず。あのカジノは次の日には跡形もなく消えた。百合子は学校にもきていないらしい。

 正直いって俺にはお手上げだ。これ以上探ることはできない。


「ユマはどう思う? あいつらは『神の会』か?」

『なんともいえないね。だけど話を聞く限り、如月が王女に関わったのは偶然だ。カジノの事件は向こうから仕掛けてきたけど、如月が復讐のためにやったと思えば筋は通る。まあ、如月はたんなる古武道の反逆者ではなく、バックになんらかの組織があってもおかしくないけどそれが「神の会」とは限らない。どうも違う可能性の方が高いね。どう見たって如月の狙いは王女には見えない。そもそも学校を選んだのはあたしだ。そこに偶然「神の会」の関係者がそんなにたくさんいるのはできすぎだろう?』

 まあ、そうなのかもしれないが、俺の疑惑は晴れない。なにせ『神の会』とはどんな組織なのか、未だにくわしいことはなにもわからないのだから。


「王宮のまわりにはなにか異変ないのか?」

『なにもないね。案外偽の情報に踊らされただけかもしれない』

「『神の会』に関する新しい情報は?」

『それもないよ。それこそ偽情報っぽいな。我が国の情報部も当てにならないものさ。それほど不確かな存在なんだよ、「神の会」ってやつは。ほとんど噂に等しいくらいのものさ。よく聞くだろう? 世界を裏から支配する謎の黒幕とか、ユダヤの陰謀とか、その類のものだと思った方がいい』

「つまりサルには当面危険はない?」

『あたしはそう思ってるけど、用心に越したことはないさ。如月がまたなにか仕掛けてこないとも限らないからね。ついでにその怪人するめ男とやらも、一応用心した方がいい』

「わかった」

『王女は今なにをしてる?』

「なんか本を大量に買い込んで、ストーカー対策のために読んでいる」

『はっ、王女らしいね』

 ユマは苦笑いすると、ビールをあおった。


『んじゃ、仕事の話はここまでとして、姉としてあんたに聞くけどさ。ジン、あんた五月って子に気があるの?』

「は?」

 いきなりなにをいい出すんだ、この女は?


 ユマはにやにや笑いながらいう。

『いやぁ、王女がいうんだよ。五月ちゃんはおまえが大好きで、おまえもその気があるって。「見ちゃいられないから、くっつくように説教して」ってうるさいんだ』

 あの馬鹿は俺の目を盗んでなにを告げ口してやがるんだ。

『あっはっはっはっは。あんたも年頃になったんだねえ』

 ユマはビール片手に大笑いしながら、俺を指さす。じつの姉とはいえ、なんて失礼なやつなんだ。


「ユマこそさっさと結婚しろ」

『うへえ』

 ユマはおどけてのけぞるふりをする。

『じゃ、そういうことで、その五月ちゃんとふたりで仲良く浅丘先生を守ってやるんだぞ。うひひひ』

「黙れ」

 俺は接続を切った。仕事の話は終わったとユマがいったのだから問題はない。

 どっと疲れる。


 だいたいふたりで仲良く守るもなにも、俺はそんな心配はないと思っている。

 そもそもするめ男はあしたどうやって浅丘先生を襲うつもりなのか?

 常識で考えれば、学校でそんなことをするのは不可能だ。そんなことをすれば、捕まるのは目に見えている。


 あれは盗聴を見抜かれたことに対する、悔しまぎれのはったりだろう。

 つまりはあした、学校で事件なんか起こるわけがない。

 俺はそう信じていた。

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