※◇13.“Crystal宮殿事件” 生の光と死の光


『その青年、名はクリオス。彼の職業は鉱物発掘家。時にはひとりで、時には仲間と共に、新たなる鉱物を求め、世界を駆け回る旅人でした。そんな彼がいつしか、たったひとりで吸い寄せられるように辿り着いたのは、真っ青なコバルトブルーの海に浮かぶ離島でした。この時彼は、まさか自身がひとつの国を築き上げていく大きな人間となるなんて、微塵も思っていませんでした』


 映像が動き、次に映ったのは薄暗い洞窟。キィン、キィンと、何かを掘り起こしている音が鳴り響いてきた。


『彼は寝る間を惜しみ、夢中になって洞窟の壁を掘り続けました。離島着地から数週間が経った頃、彼は思わず腰を抜かしました。掘り続けていた壁の中から突如、ミルキー色のハート型をした珍しい大量の鉱物が、せきを切ったように溢れ出してきたのです。ハート型の鉱物が全て雪崩落ちたその時、クリオスは目を痛いほど見張りました。現れたのは、全長二メートルほどある赤褐色の巨大な鉱物でした』


 フォールンの言葉に操られているかのように、映像はその情景を映し出す。


 変わらずクリオスの顔は見えぬものの、その鉱物達は、何もかもを分かっていないゆう達でさえ感じれる取れるほどに、強いオーラを放っていた。


『彼は発掘家でもあり、研究者でもありました。仲間を集めてその鉱物達を島内に存在していた空家あきやへ運ぶと、すぐに調査を開始しました。すると、赤褐色の巨大な鉱物が霊的な力を秘めており、人々を平和へと導いてくれる非常に優れた力を持っていることが判明したのです。またミルキー色のハート型の鉱物にも【守護・浄化・調和・統合・強化・治癒・安定】、そして幸運を招くなど様々なよき効果があると分かりました。この時、世は各地で戦乱が起こっており、多くの罪のない命が日々奪い取られておりました。そんな時代に心のどこかで不安と不満を抱き続けていた。平和に暮らしたい。この発掘をきっかけに、クリオスは中心者となり、仲間と共に鉱物を信じて新たなる王国を築こうと決めたのでした』


 緑が生い茂っていただけの島の様子が少しずつ見えなくなると、変わって立派な宮殿が海沿いに聳え立った。


『クリオスは発掘した赤褐色の巨大な鉱物には “アイスクォーツ”と、ミルキー色のハート型の鉱物には“ハートクォーツ”と名をつけました。築きは流れるように成功し、少々立地が不便な部分はあるにしろ、平和を求める多くの人々の移住があり、見る間に栄えていきました。仲間からも人望を置かれていたクリオスは国の皇帝エンペラーに推薦され、戦乱の世に誰もが羨む平和主義を掲げたQuartz Kingdomクォーツ王国を確立させたのでした』


 王国はどんどん活性化していく。赤い屋根をした可愛らしい小さな古民家が数多く造られ、賑わう商店街には行き交う大勢の人々。街中に植えられているのは、花のかたちをした不透明と半透明が入り混じっている水晶だ。


『数年が経つと、栄えた王国は、クリオスが暮らす宮殿地域と一般民の暮らす古民家が密集する下街地域で構成されるようになっていきましたが、争いは全く起こることはなく、変わらず平和は保たれておりました。クリオスが思う以上に、皇室に飾っていたアイスクォーツは大きな守護の力を発揮しておりました。クリオスはこの国の住人になった者、この国で新たに生命を宿した者に対し、国民である証として、またお守りとして、ハートクォーツを授けました。クリオスの仲間達が研究を重ねて構築した花のかたちをしたクォーツも街中に植えられ、それらは日々国民が祈る平和を吸収し神へと届けるように、天へ向かって真っ直ぐ伸び咲いておりました』


 映像は切り変わり、宮殿の高貴な皇室内が映し出された瞬間。


「あ!」


 思わず優は声を上げた。


「どうしたの?」

「あれ見ろよ、誠也せいやの持ってる本じゃねぇか?」


 優が示した箇所に、仁子ひとこは暫く目を凝らした。


「そうかしら。似ているけど、少し違うような……」


 仁子の疑問の声を感じ取ったかのように、映像はブックに焦点を合わせると、徐々にズームアップしていく。


『やがてクリオスは明るく美しい妻を持ち、四人の子供に恵まれました。残念ながら妻は四人目を出産した際に亡くなりましたが、雇った世話係達の協力を得ながら、四人の子供達を精一杯育てていきました。それと併せて国を統括すると言うハードな忙しさの中でも、クリオスはクォーツに対する研究を毎晩欠かすことはありませんでした。そんなある日、クリオスはアイスクォーツのビジュアルに奇妙な変化が起こっていることにふと、気がつきました。表面に浮かんでいるいくつもの小さなグレー色の斑点模様に胸がザワついたクリオスは、それについてただちに研究に取りかかりました。すると、アイスクォーツの守護の力は強大ではあるが、いつしか生物の命同様に、必ずその効力が朽ちてしまう時が訪れると言う衝撃的な事実が判明したのです。アイスクォーツの寿命がいつやってくるのか、そのまま研究を続けていても中々答えが得られず、平和の危機に焦りを感じていたクリオスでしたが、彼の賢明な努力は報われ、その崩壊を防ぐ力がハートクォーツにあると突き止めたのです』


 拡大されたブックの表紙を見て、優はハッとした。思った通り、今ここにある古びたブックと非常に近い雰囲気をしているが、煤けや黄ばみが一切ない。あの不気味な手も描かれておらず、水晶で造られたタイトル文字“Crystalクリスタル”のみが美しく刻まれている。


『クリオスがそれを突き止めるに至ったきっかけは、今まで目にしたことのない生命力を宿す、強い赤色に輝くダイヤモンド型のクォーツを持つ者との出会いでした。クリオスが全国民に守護のために配っていたハートクォーツは心を持っており、人間を主人と認識する力があると判明したのです。主人の成長に合わせかたちをダイヤモンド型に変形させるハートクォーツは希少数で、変形と共にミルキー色はその主人に合った色へと変わり、力を覚醒させる。覚醒した色つきのクォーツを全て集めることが出来れば、アイスクォーツを超えるひとつの大きな虹色のクォーツを生み出すことが出来、永遠の平和を手に入れられる。クリオスは人望あるが故に、責任感の強い男でした。国民の、家族の笑顔を護りたい、永遠を手に入れたい! クリオスは早急に希少なハートクォーツを持つ選ばれし者達を探し始めると同時、そのダイヤモンド型のクォーツに新たな名称をつけたのでした。それがこのブックのタイトル……』


 仁子の口が小さく開き、ポソっと音を吐き出した。



「“Crystal”」



 スクリーンの中の本が開いた。そこから優しい金色の光が溢れ出す。


『Crystalを持つ選ばれし者達は次第に見つかり、彼らはクリオスの指示により、宮殿内にある宝石室へとCrystalを納めていきました。希少なハートクォーツに選定されただけあり選ばれし者達は魅力溢れる優秀な人材ばかりで、クリオスは彼らに職での高位や下街から宮殿への勤務異動など、感謝の賜物を与えました。Crystalが見つかるたび、クリオスはそれについての記述をしていき、本は次第に図鑑化していきました。収集がある程度安定するまで宮殿外へは極秘としていたCrystalの存在、その全ての数が十五個であると分かり収集数が十四個に達した時、全貌について全国民へと知らせると、選ばれし者達は今まで以上に称えられるようになりました。あとひとつを見つけるに迫り、さらなる平和へ向かおうと王国中が一丸となってCrystal探しに力を入れていた最中であったからでしょう。クリオスは気がつきそびれてしまったのです。その光景に、激しい嫉妬と憎悪を抱く人間が潜んでいたことに。その人間は、誰もが求めてやまなかった最後のひとつのCrystalを隠し持つ選ばれし者でした。彼の抱える異常なまでの嫉妬と憎悪に主人の心を感じ取る生きものであるCrystalは遂に耐えかね、最後のひとつは破滅の色へと堕ちました。彼は、全国民の今までの努力を切り裂き全てを崩壊させることが出来る強大な悪の力を手に入れてしまったのです』


 パチンッとフォールンが指を鳴らすと、スクリーンは真っ暗になった。


「なっ、何!?」


 途端、響き上がってきた高笑い。


 性別さえ判断がつかない。今まで耳にしたことのないおぞましい音だ。


 優の腕には、怯えた表情を浮かべている仁子の手が添えられた。そして再び、優の左目はズキンと痛んだ。


『Crystalのことを公表したにも関わらず、一向に見つからない最後のひとつ。クリオスの焦りや苛立ちは世話係や息子達にも隠しきれないほど表に出るようになっておりました。その一方で、覚醒させた強大な悪の力に気がついていたその人間は、残りのCrystalを全て手に入れ、自身の真っ黒なCrystalの中に纏めて取り込み、世界を支配したいと言う欲に駆られておりました。そうして、事件は起こってしまったのです』


 一瞬の静寂ののち、銃声が空気を裂いた。


 続いて響き出したのは金属音が交わる音だ。引っ切りなしは、戦いの激しさを表しているのだろうか。ただの真っ黒に塗り潰されたスクリーンには、赤い血のようなものが、ぽたぽたと滲みを描き始めた。


『勃発したのは四月一日。事件名は“Crystal宮殿事件”。その日は宮殿内で舞踏会が開かれており、大勢の国民が集まってダンスを楽しんでおりました。悪の力を手にした者は、時計の針が正午をぴったりと指した瞬間、宮殿を襲撃したのです。舞踏会が執り行われている一室にいたCrystalに選ばれし者達は、人々を護るため、集めた十四個のCrystalを護るため、全身全霊をかけて戦いました。罪のない犠牲者が出る中で……』


 スクリーン上でうごめいていた血液は弾け、現れた赤と黒の光線が勢いのままにぶつかり、爆音が上がった。


『強い。本当に、強い。“せいの光”と“死の光”は激しくぶつかり合いました。悪の力を手にした者、即ち死の心を持つ者が真の嫉妬と憎悪の刃を向けていたのはクリオスではなく、生の心を持つ者だったのです。しかし生の心は勝り、死の心を追い詰めるに至りました。死の心にとどめを刺し、残虐な事件は収束へ向かうと思われたその瞬間、屍と化したはずの死の心を持つ者の左胸から真っ黒の邪悪な魂が飛び出しました。そしてあろうことか、部屋の片隅に置かれていたCrystalの本の中へと入り込んでいくではないですか!』


 抑揚をつけフォールンはナレーションを盛り上げる。浮かび上がった映像に、ゴクリと唾を呑んだ。


『感じたことのない恐怖と怒りに駆られたCrystalに選ばれし者のひとりは正気を失い、逃がすまいと暴れる本を捕らえ足で抑えると、表紙から伸び出してくる恐ろしい漆黒の手を滅ぼすため無造作に刃物で切り刻み始めました。その選ばれし者は、殺し切ってやる! 二度とこの世に生まれ変わって現れぬよう封印してやる! と狂った人形と化したように翻る声で叫んでおりました。ガタガタと動き抵抗していた本がやがておぞましい手を引っ込め大人しくなると、その中から正常な色を取り戻した最後のひとつのCrystalが勢いよく飛び出しました。それが宮殿の天井ガラスを破って飛んでいくと同時、本には奇跡のように赤い紐がかかりました。死の心を持つ者はCrystalに選ばれし者達の手により、見事封印されたのでした』


 ポツンと再び映し出されたブックは見る間に煤け、黄ばみ、表紙に傷だらけの灰色の手が描かれた。


 過去の本はこうして、今現在ここに存在している本の姿へと化したのだ。


 スゥと消えいくスクリーン。それと共に、続いていた優の左目の痛みも消え去った。


『クリオスは選ばれし者達に護られご生存されましたが、永遠の平和を欲深く求めたが故に招いてしまったこの恐ろしい事件に対する自責の念に深く溺れました。その感情に耐えることが出来ず、彼は事件からおよそ二週間ほど経った頃に自害しました。悲惨すぎる末路でした。クリオスの死後、残された選ばれし者達は天井ガラスを破っていった最後のひとつのCrystalを探索しましたが、それが見つかることはありませんでした。そうして、アイスクォーツはクリオスの研究通り効力を失い、平和だった王国は瞬時に他国に乗っ取られ戦場と化し、生き絶えたのでした……』


 フォールンは口を真一文字に結ぶと、深く頭を下げた。一旦の幕閉じを示す演出だろう。


 しばしの沈黙ののち、固まった空気を破ったのは仁子だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る