第26話 まずはご飯にしましょう

 山道を歩き、森を抜けるとひっそりとした集落に出てきた。

 ここが盗賊の済む場所。

 盗賊という割には血なまぐさい場所ではない。

 ひっそりと畑を耕し、時には狩りをして日々の命を繋いでいるようだった。

「本当に良いのか?」

 シロに引っ掻かれた盗賊が聞いてきた。

「何が?」

「盗賊になるって話だよ。お嬢ちゃん、あのみょうちくりんな二人の連れなんだろ?」

「くどい。やるったらやるの。それが魔法使いの生き方よ。それに盗賊稼業なんて数日で終わるから気にしないわ。それより貴方達も村に帰ったら何をするのか決めておく事ね。それより、ここに頭領はいないの?」

「いる。これからに会ってもらうさ」

 連れられるままに訪れた家の中に入ると、勇者に盛大にゲロッた奴がでんと構えていた。

「あ、ゲロ魔人」

「げっ」

 ゲロ魔人は私と目が合うなり露骨に嫌な顔をした。

「どうしてこいつがここにいる。カスミはどうしたんだ」

 ゲロ魔人はどうにか威厳を保ちながら私と一緒に来た盗賊に聞いている。

「それが…」

 問われた盗賊はこれまでのいきさつを簡単に説明した。

「それでこの…何だ、お嬢さんが盗賊になるってのか」

「そうよ。悪い?」

「ふざけるな。俺達はこれ以上生贄を出さないようにだな…」

「でも弱かったら意味がない」

 元が村人何だから実力なんてたかが知れている。

「ぐっ」

 痛いところを疲れたのか、ゲロ魔人、もとい盗賊頭領が唸った。

「それにこれ以上ツギノから生贄は生まれないわ。これ以上、貴方達が盗賊として生きる意味はあるの?」

「…村には帰れない。どの面下げて村に帰れって言うんだ」

「堂々と帰れば良いじゃない。案外、快く迎え入れてくれるかもしれないでしょ。何でも否定的に物事を見ないで。貴方達は何をしたの? 何もしてないのなら、堂々としなさいよ」

「何もしてないから帰れないんだろ!」

 そこで盗賊頭領が怒鳴り出した。

 どうして私が怒鳴られなければならないの?

「俺達は生贄として捧げられたんだ。それを魔獣が帰れと言って素直に村に帰れるか。村は魔獣に怯えて暮らして来たんだぞ。その不安を消すための生贄だ。だから生贄は死ななくちゃいけないんだ。生きていてはいけないんだ」

 ほう。

「…じゃああんた達はこれから死ぬ。それで良い?」

 無理だなんだとさっきからしつこいな。

 生きてちゃダメ?

 そろそろ私も我慢の限界。

 立ち上がる。

 シロとクロを召喚する。

「おい、何だ? どうした?」

 どうして生きたいように生きないの。

 周りを気にして自分を殺すの。

 例外があっちゃいけないの。

 そんな世界。

 やっぱり世界の方が悪い。

「この盗賊団、私が貰い受ける!」

 そんな世界なら、私が全部壊してやる。

 呪文を唱えた。

 次の瞬間には爆発が起こり、家が四散した。

 勇者がいたら何か腹の立つ事を言われるんだろう。

 でも良いじゃん。

 好きに生きる事の何が悪いの?

 それにこれは彼らを救うためなんだから。

 私、悪い事してる?

「なっ…何をしやがる!」

 今や床しか残っていない家の中、盗賊頭領は動けないのか、そのままの姿勢で素っ頓狂な声を上げた。

「言ったでしょ。これから貴方達は死ぬ。私に殺されるの。これはその前振り。じゃあ次、行くわよ」

 続けて呪文を唱え、そこら辺の建物を次から次に壊す。

「止めろ! 止めてくれ!」

「何? 生きてちゃダメなんでしょ? 私が全部お仕舞にしてあげるわよ」

「止めてくれ! ここで生まれた子供もいるんだ!」

「それで?」

「これ以上、ここを壊さないでくれ!」

「私、言ったわよね? 村に帰ったらって。それが嫌で、かと言ってここで死ぬのも嫌。しかも子供がいるからこれ以上はここを壊すな? ふざけてるの? 子供を言い訳にしないで。何で生きてちゃいけない連中が子供作ってんのよ。子供を言い訳にしないで。生きたいんでしょ」

「そうだよ。悪いかっ!」

「悪いわよ!」

 また逆ギレか。

 私の感情がクロに伝わったのか、クロが私の意思と関係なく魔法を放った。

 収穫を終えて枯草しか残っていない畑が地割れを起こした。

「だったら尚更村に帰んなきゃダメでしょ」

「それは…」

「別に良いじゃん。村に帰って良いじゃん。実は生きていましたで良いじゃん。だってカスミさんは無事に帰ったんだよ。貴方達も村に帰れば良いじゃない。帰りなさいよ」

 盗賊頭領はただじっと私を見つめていた。

 私は手を差し出す。

「ん」

 掴みなさいよ。

 私をこの盗賊の頭領に据えなさい。

 私がまるっと全部解決してあげるわ。

 しかし盗賊頭領は私の手を払いのけた。

「ごめんだね」

「は?」

「ごめんだね。お嬢ちゃんみたいな外の人間に全部任せるのはごめんだね」

「なっ…あんた、私が言った事を忘れた訳じゃないわよね?」

「ここは俺達が拓いた場所だ。ツギノは俺達が生まれ育った村だ。俺達が帰る時期は俺達が決める。そしてそれは俺達を村に帰そうとする力が働き始めた今だ。だがよ、俺達はどうしようもなく臆病で卑屈だ」

 そこで盗賊頭領が手を差し出してくる。

「村に変えるには外の力が必要らしい。部外者にこんな事頼むのは筋違いだがよ、どうか力を貸しちゃあくれないか。小さな魔法使い、その力が必要だ」

 何というか、本当に面倒くさい奴。

「まあ、そこまで言うなら力を貸してあげても良いわよ」

「これ以上、この場所を壊されるのはごめんだからな」

「うるさい」

 あんたも一言多いのよ。

「それより話はまとまったわね」

「そうだな。それじゃあ早速…」

「ご飯にしましょう」

「は?」

「だってお腹減ったんだもん。力を貸してあげても良いわ。でもそれはお腹が一杯になってからよ」

「勝手にやってきて大切な家を粉々にした挙句、飯までねだるなんてふてぶてしいな」

「別にもう二、三軒くらい木端微塵にしても良いんだけど」

「分かったよ! おい、この子に飯を用意してやれ…ってここじゃ無理か。お嬢ちゃん、着いてきな」

 道中、盗賊に囲まれながら別な今まで移動した。

 無理矢理に話を進めたせいか、あまり信頼されていないらしい。

 他よりもほんの少しだけ立派な家に着くと、そこでおやつにもならない量の食事が出された。

「…これだけ? スライムは?」

「文句があるなら食うな。嫌なら出て行け」

 どうやら彼なりの仕返しらしい。

 山に入って魔獣を狩った方がよほどお腹は膨れるんだろうけど、ここでこの場を後にするのは負けた気がして癪だ。

 ぐっとこらえよう。

「それでお嬢ちゃん」

「マリベル=ホリゾン」

「は?」

「私の名前よ。マリベル=ホリゾン」

「ああ。俺はホムラだ。とりあえず自己紹介な。それでマリベルちゃん」

「何よ」

「これからどうするよ」

「ご飯を食べたらお風呂に入ります」

「家を次から次に破壊して、悪びれる事もせず飯食った挙句に風呂だと…? いや、それは置いておこう。そうじゃない。これからの話だ」

「ああ、そっち? そうね、そっちはしばらく様子見ね」

「はあ? おいおい、それは困るぜ。村に帰るんだろ?」

「だからよ。私には連れがいて、彼らは今、ツギノにいるの」

「ああ、あの連中か」

 ホムラは何を思い出したのか、苦々しい顔をした。

「向こうは向こうで何か行動を起こすでしょうね。私達はそれを見てから今後の動きを決めれば良い。だからしばらくは待機ね。その間に壊した物は直すから安心して」

「信頼できるのか?」

「いやあ、どうだろう。カクはともかく、ユウは人間的にクズよね。ただ、信用はしても良い、と思うわ。多分。きっと」

「大丈夫かよ」

「ダメだったらその時は村まで一緒に行くわ。あ、おかわり」

「はいはい…ってダメだダメだ。食料は大事なの」

「何よケチ。じゃあお風呂」

「…おい、風呂の用意だ」

 ホムラの後ろに控えていた盗賊の一味が何も言わずにどこかに行った。

 そしてすぐにあの小娘は一体何なんだとか図々しいにも程があるとかほんのりと聞こえてきた。

「すまない」

「気にしないわ」

 そう。

 気になんかしない。

 聞こえる所で言ってくれた方がまだマシってものよ。

 それに少しやり過ぎた気もするし。

 自業自得ね。

「それにしてもここは普段、どうやって生きているの?」

「畑をやりながら狩りをするぐらいだな。あとは毎年ツギノの生贄が作物を持ってくるから、生贄が山に登らないように献上品を奪ってそれを食べるくらいか」

「貴方達程度の力で山の魔獣は倒せるのかしら」

「それについては心配ない。俺達が狩るのはおとなしい草食の動物だ」

「あらそう。それなら安心ね」

 だからスライムが出てこなかったのか。

「お風呂が沸いたら教えて」

「どこに行く気だ?」

「さっぱりする前に一仕事よ。あと少し狩りに行ってくるわ。スライムが無いと食べた気がしないもの」

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