【終章】

魔王よ、あたしを……

第一話 ついにここまできたか、勇者よ


「え、えええ!? そそ、それ本当!? ガチで?」

「ああ、ガチだ」

「おいコラ勇者、陛下におかしな言葉を教えるな」


 オリガとアルバートが薬を持って魔界へ帰還してから、三日が経っていた。ケイアの薬とシェーラの栄養ドリンク――改めて思い出しても、口に出来る代物には見えなかった。煙出てたし――によって驚くほどに回復したジルは今、魔王の玉座に座りオリガ達を見下ろしていた。

 ううむ、玉座の形はほとんど同じなのに、オーギュスト国王とはかなり違う。超絶イケメンです。ごちそうさまです。

 ……って、見惚れている場合ではない。


「お前達には色々と世話になってしまったからな。相応の報酬を、と思っていたが……人間のお前達に何をやれば良いか、結局思いつかなかった。だから、お前達が望む願いを叶えてやることにした。一人につき一つずつ、何でも良いぞ」

「ほ、本当に何でも良いの?」

「ああ。宝石でも土地でも、私に出来ることなら何でも好きに言うと良い」

「本当に良いんですか、陛下? 確かに二人にはかなり助けられましたけど、何もそこまでしなくても……」


 オリガ達を横目に見ながら、ジルの脇に立つサギリが言った。もっともらしいことを言うんじゃない!


「あの変態勇者のことですから。きっと、『まずは叶えてくれる数を千個にして!』とか言って、陛下に変態的な要求を延々にしてくるに決まってます」

「やめろ! 乙女の心を読むな!」

「否定はしないのね、オリガ」

「それはそれで愉快そうだが……それでは、制限を付けさせて貰おう。聞いてやれる願いは一人一つだけ、それ以上は認めない。それから、一度決めたものは変更不可だ」


 やれやれ、とジル。くそう、チビ大臣め余計なことを。だが、魔王が願い事を一つ聞いてくれると言っただけでも、ご褒美としては破格である。


「うふふふ、これはオリガちゃんの勝負どころかしらー?」

「オリガ殿、何をお願いするのですか? 勇者殿だからやっぱり、世界の半分ですか!?」

「くくっ、これは見物じゃのう」


 シェーラとリイン、アルバートがオリガを激励する。いや、激励というよりは高みの見物に近いか。特にリイン、勇者だからやっぱりって何だ。

 まあ、良い。この際何でも良い。


「えっと、ちょっと作戦会議して良い?」

「それがお前の望みか?」

「きいいいいぃ! 違う! そんなお馴染みのボケを放ったつもりはない!!」

「ふふっ。冗談だ、気が済むまで相談してくれ」


 口角を上げるジルに威嚇しつつ、オリガは隣に立つメノウの服を引っ張りつつ彼らに背を向けた。

 こそこそと、出来るだけ声をひそめる。


「ど、どうしようメノウ。この展開は予想してなかったんだけど!」

「うーん、そうねぇ……でも、魔王さまは一人一つずつって言ってるし。お互い好きなようにおねだりすれば良いんじゃない?」


 頬に手を添えて、メノウが猫のように微笑を浮かべる。お、おねだりだとぅ!? 何だ、そのいかがわしい響きは!


「ふふ。心配しなくても、魔王さまを横取りしたりしないわよ。ワタシのお願いは決まっているから」

「お願い、じゃなくて野望でしょ」

「だからオリガはオリガで好きにしなさい。あんたはもう、自分のことを自分で決められるでしょう?」


 そう言って、メノウはオリガの肩を叩くようにして無理矢理前を向かせた。再び、ジルと目が合う。ううむ、こうして向き合うとちょっと緊張してしまう。

 でも、オリガはもう決めたのだ。


「えっと、じゃあ……あたしから、良い?」

「もちろん」

「それじゃあ……それじゃあ、ジル! ちゃんとこっちを見て、うたた寝しないで聞きなさい!」


 大きく息を吸って、ビシッと人差し指の先を向けて。


 オリガは堂々と、言い放った。


「魔王ジル! あたしを、あんたの側近にしなさい!」


 しん、と辺りが静まり返る。わー、やっぱり静かすぎると耳が痛くなるのねー。数日前、正にジルと初めて会った日と同じことをしてしまった。

 でも大事よね、復習するって。


「……はて、儂はついに耳が遠くなったのかのう?」

「アルバート殿、恐らく自分も同じ言葉が聞こえたかと」

「ねーねー、オリガちゃん。何で側近なのぉ?」


 お嫁さんじゃないの? シェーラが腑に落ちないと言わんばかりに、首を傾げている。確かに、彼女の言う通りだ。

 何でも一つ、願いが叶う。誰が見ても、またとないチャンスだ。ほんの少し前のオリガだったら、迷わずそれを願っただろうし、ジルは叶えてくれたかもしれない。

 でも……それは多分、お互いの為にならない。


「ふふん、知りたい? あのね、ジルは最初……あたしにこう言ったのよ。このお城に、一週間の滞在を許可するって」

「ふむ、確かに言ったが」

「その一週間、もう過ぎちゃったんだよね。だから、とりあえずその期限を撤回して貰おうと思って。ついでに、いつまでもお客様扱いじゃ居心地悪いからさ」

「客人ではなく、側近として陛下に仕えようと? 勇者のお前が?」

「その通り! ちゃんと働くから、相応のお給料は頂戴よね。チビ大臣?」

「チビ大臣って言うな! 雇う前にクビにするぞ」

「でもー、それだけの為なら側近じゃなくても良いんじゃない?」


 納得いかない、とシェーラが食い下がる。そう、彼女の言い分はもっともだ。でも、オリガは決めたのだ。

 ジルを護る。ズルしてお嫁さんにして貰うのではなく、自分の力で彼の隣に並ぶ。彼からプロポーズして貰えるような自分になれるように頑張る。

 だから、今はこれで良い。


「……それが、お前の望みか。オリガ?」

「うん、そう!」

「なるほど、良いだろう。ならば、お前には今日から私の側近になって貰う」

「よっしゃー! ありがとう、ジル!」

「ええ、本当に良いんですか? 勇者が魔王に仕えるだなんて前代未聞ですよ」

「確かに、魔王にと言った勇者は初めてだな。でも、だからと言って問題はない。何せ、この城はまだまだ人手不足なのだから」


 何やら含みのある会話。しかし気にしない。何はともあれ、これでオリガは晴れてジルの傍をくっついて回れる立場を手に入れたのだ! しかもお金まで手に入る。

 ああ、自分の手腕が優秀過ぎて震える。


「それなら、ワタシも同じことをお願いさせて貰うわ。このお城に雇って欲しいの。出来れば武器の開発とか、研究とか、設計とか、試し撃ちとかさせて欲しいのだけれど」

「おーい、偏りすぎではないか? まあ、お前の場合は最初から予想は出来ていたが」

「わかった、二人纏めて雇ってやろう。役職などの細かいことは追々決めさせて貰う」


 承諾を得たオリガとメノウが顔を見合わせ、我慢出来ずにハイタッチをした。改めて考えると、自分達は本当に凄いことをしているのかもしれない。

 倒すべき魔王、そして魔族達と手を取り合うことが出来た。自分達はきっと、人間と魔族が共に平和を分かち合う為のきっかけになるだろう。


 何年後か、何十年後かはわからない。でも、人間と魔族はわかり合える。自分達が、それを証明するのだ。


 そして、いつの日か。ジルと永遠を約束出来るように。いつか訪れるであろう、未来の為に。まずは出来ることから頑張ろう。オリガはこの日、そう心に誓ったのであった。


 めでたし、めでたし――






「それにしても、サギリ。どうやら私は、少しばかり自惚れてしまっていたようだ。これしきのことも見通せなかっただなんて……まだまだ、魔王としては未熟だな」

「ううーん、流石にこれは予想出来なくても仕方がなかったかと。ほら、元々の勇者があれですし」

「……へ? 何、何のこと?」

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