第六話 ドラゴンは後で美味しく頂く予定です。食事的な意味で。



「おんどりゃー!!」


 目の前に降り立ったドラゴンを一撃で斬り伏せ、その身体を踏み付け更に高くオリガは跳躍する。勇者になってから今まで、オリガは可能な限りで不殺を心掛けてきた。しかし、今回ばかりはそうは言っていられなかった。

 生死が背中合わせとなった、苛烈な戦場。手加減する余裕はないし、加減したところで怯むような相手ではない。それでも、敵であったとしても命を奪うことは心が痛む。

 ……痛むけど、オリガは腹を括ったのだ。


「ドラゴンのお肉は滋養強壮と、美肌効果に優れた高級な食べ物ですってよおおおぉ!!」


 シェーラからそう聞いた瞬間、迷いはオリガの中から一欠片も残さずに消え去った。ドラゴンの肉は高級品で、栄養価が高いとのこと。

 自分で食べるのもありだが……これをだな、ジルに食べさせてみるとどんなことが起こるだろうか。滋養強壮って、精力剤の従兄弟みたいなものでしょ?


「ひゅうううぅうう!! 滾るうううううぅ!! 妄想が捗るうううぅう!! ありがとうございますううぅ!」

「凄い……、勇者さん強いです!」

「カッコイイですオリガさーん!!」


 そんなオリガの野望には気が付かずに――もはや見て見ぬフリをしてくれているだけかもしれないが――賞賛の声を浴びせてくる兵士達。それだけでも、オリガのモチベーションは上がる。

 ドラゴン達は確かに強い。デカい図体の割に、翼があるからか動きは素早い上に空を自在に飛ぶ。吐き出される火炎を避けながら戦うのは、なかなかに難しいけれども。


「ジルの大鎌に比べたら止まって見えるし、リインの炎に比べたら弱火なんだよねぇええええ!!」


 この魔界に来て、オリガは成長した。傍目から見れば、やられっぱなしにしか見えなかっただろうが。そんなことはない。

 失敗から学ぶタイプなだけだ。


「オリガ殿、凄いです! 見てください、ドラゴン達がオリガ殿に恐れをなしたようですよ?」


 オリガの援護に回っていたリインが、空を指して叫ぶ。確かに、敵勢の攻撃が弱まってきた。

 心なしか、数も減ってきたように思える。


「ん……? オリガ殿、あのドラゴンを見てください。深い赤色の」

「深い赤色……?」


 リインの声に、オリガも空を見上げる。多くのドラゴンは、こげ茶や灰色のものが多いが。そのドラゴンだけは様子が違っていた。

 他のドラゴンよりも一回り以上も身体が大きく、色は深い夕日のような赤。額にはサイのような角に、背中には棘。見るからに、いかつくて強そうだ。


「恐らく、あのドラゴンがこの群れの長かと思われます。数も減ってきました。あれを仕留めれば恐らく、群れという形態を保てなくなるかと」

「ほっほーう? ボスってわけね。っていうことは、栄養価もボスって感じなのかなー?」

「え、栄養価?」

「あれ、でもあのドラゴン……一体どこを見て……」


 赤いドラゴンは、積極的に攻撃を仕掛けている様子はない。それよりも、じっと周りを見つめて辺りを観察しているように見える。

 まるで、何かを待っているかのような……。その視線を辿るリインが、焦りを露にして叫んだ。


「っ、まずい!」

「え、どうしたのリイン?」

「陛下の魔力が、凄まじい勢いで減少しています。おかしい、この程度の戦いで陛下がここまで消耗する筈が……あ、ああ! 自分としたことが、失念していました!!」

「ど、どういうこと?」

「昨日の、自分の話を覚えていらっしゃいますか? この魔王城は、陛下の魔力で形を保っていると。昨日のあの嵐のせいで、陛下の魔力は既に通常よりも低下していたんです。加えて、体調不良……これ以上魔力を失えば、陛下は――」

「何それ、緊急事態じゃん! あ、リイン! 見て、ボスドラゴンが!!」


 今までその場で羽ばたいていた赤いドラゴンが、おもむろに体勢を変えて移動を開始した。

 オリガの方を、まるで嘲笑うかのように一瞥して。


「くっ……どうやらあの長は、陛下が疲弊するのを待っていたようです! 他のドラゴンとは違う、いえ……部下のドラゴン達でこちらを消耗させて、陛下の魔力が減少する頃合いを見計らっていたのでしょう」

「なんて小癪な! ごめんリイン、ここは任せた!」

「え、オリガ殿!?」


 考えるよりも先に、身体が動いた。ドラゴンの屍を踏み付け、弾丸の如くオリガは駆け出した。剣に纏わりつく血を振り払い、何人もの兵士の合間を縫う。もっと早く気が付くべきだった。ドラゴンが、自分たちが思っていたよりも狡猾であったことを。

 ドラゴンの死骸が、オリガ達が居た陣地よりも多い。獣らしく無差別の襲撃かと思っていたが、相手は空の覇者。


 相手方も、自分達と考えることは同じだったのだ。


「この……邪魔なのよ!!」


 立ちはだかるドラゴンを一撃で仕留めて、オリガは走る。どれだけ走っただろうか、ようやくジルの姿を見つけた。思った通り、やはりボスドラゴンの狙いは自分たちの長である魔王だったのだ。

 銀色の長髪を靡かせ、巨大な漆黒の鎌を振って。周りを彩る、花弁のように散る鮮血。彼の戦いはまるで演舞のように美しく、優雅であるが。

 その美貌は、苦悶に歪んでいる。大きな怪我はしていないようだが、やはり魔力を消耗しているせいだろう。


「ジル!」

「ッ、オリガ!? どうして……」

「歴代最強の魔王らしくないじゃない! この程度のドラゴンに力負けするなんてさぁ? 今のあんたも、色っぽくてウハウハするけどねぇ!!」


 ジルの背後に降りたドラゴンを切り倒し、オリガは彼の隣に立つ。汗ばんだ肌に、息を乱すイケメンなんて涎モノだけどね!


「そんなにキツイのなら、このまま下がっちゃってて良いのよ? その分、勇者のあたしがあのボスドラゴンを仕留めてあげる。そしたら、あたしがあんたより強いってっことになるよね? 勝ったってことよね? 決めたよね? あたしが勝ったら、あたしをあんたのお嫁さんにしてくれるのよね? ね?」

「……言い分はよくわからないが。とりあえず、煽られているということだけはわかった」


 大鎌を構え直して、ジルが笑う。それを見て、オリガも剣を構える。正直なところ、剣を握る手に力が入らなくなってきている。これでも病み上がりですし、限界が近いのかもしれない。

 でも、ここで引くわけにはいかない。残念だがジルを庇う余裕も無いし、護ってやるつもりもない。それはどうやら、ジルも同じらしい。

 ……ならば、自分達が取るべき行動は一つだけ。


「この鎌は、誰かと共に戦うことを想定して作られていない。だから……巻き込まれても、文句は言わないように」

「あんたこそ、ドラゴンのトドメをあたしに取られても愚痴ったりしないでよね!」

「ふふっ、勇ましいな。それでは……頼りにしているぞ、オリガ」

「上等! 行くよ、ジル!!」


 待ちくたびれたのか、地に降り立つドラゴンの長。鼓膜を突き破らんばかりの咆哮を合図に、二人が同時に地面を蹴り前へと駆け出す。

 魔王と勇者の共闘作戦。なんて萌える……否、燃えるシチュエーション。事前打ち合わせなんて必要ない!

 

「オリガ、そのまま進め!」

「オッケー!!」


 ボスドラゴンが四肢を踏ん張り、巨大な口を開いた。唾液に濡れて光る鋭い牙も恐ろしいが、それよりも口中で燻る火炎に戦慄する。

 でも、たとえ炎が吐き出されようとも。オリガは足を止めたりしない。


「――ガラ空きだな」


 ジルの大鎌から放たれる闇色の一撃が、ドラゴンの炎を打ち消す。そこに出来た道を躊躇なく駆け抜けて、オリガは思い切り巨体を斬り付けた。ぎゃっ、と布を裂くような悲鳴。

 だが、まだ決定打には届かない。他のやつよりも、鱗が堅いのだ! 再度剣を振り上げるものの、ドラゴンは長く鞭のような尾でオリガを振り払った。

 直撃はしなかったものの、あまりの衝撃に吹き飛ばされてしまう。


「うわわっ!!」

「オリガ、大丈夫か!?」


 オリガの身体をジルが受け止める。非常に良い匂いがしたけれど、萌えてる場合では無い。ドラゴンは巨大な翼を広げると、地面を叩き付けるかのように大きく羽ばたき地上を離れようとする。

 しまった、空へ逃げられたら手の打ちようがない。


「こらー! 逃げるな卑怯者ー!! ジル、あんたって魔法も得意なんでしょ? 出来るだけ魔力を使わずに空を飛んであのボスドラゴンを追いかける方法は無いの!?」

「なんだか妙にややこしい注文だが……一つだけ、方法がある。オリガ、お前に協力して欲しい」

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