第九話 【理想】ヌメヌメ+にょろにょろ+凛々しい女子=「くっ、殺せ!」


 件の洞窟は、リインの案内のお陰ですぐに見つけることが出来た。入り口付近は草が生い茂っており、人や大型の魔物が頻繁に出入りしている形跡は無い。

 光源となるものは何も無いからか、向こう側から暗黒色の闇が犇めいている。かなり大きな洞窟であり、オリガとリインが並んで歩いても余裕がある。


「リイン、見て。足跡があるよ」


 洞窟の内部に入る前に、オリガが足元を示す。雨でぬかるんだ道を歩いてきたからであろう、真新しい足跡が奥へと向かうように続いている。

 靴底の種類から考えるに、足跡は間違い無く二人分だ。


「これ、あたし達が探してる二人……かな?」

「そうですね……断定は出来ませんが、こちらの足跡は城で兵士に支給されているブーツのものだと思われます。可能性は高いかと」


 リインが頷く。そして、何やらごにょごにょと独り言を紡ぐと、金色に輝く蜻蛉を呼び出した。先程、偵察用の蝙蝠を呼び出した時と同じだ。

 どうやら、これが噂に聞く召喚魔法というものらしい。勝手な想像では、光り輝く魔法陣に巨大な精霊がドーン! そして攻撃バーン!! な感じで魔法の中でもとにかくド派手で花形的なものかと思っていたのだが。

 リイン曰く、小さな使い魔程度ならば簡単な詠唱――今、リインがごにょごにょと言っていたやつ――で事足りるらしい。

 なんだか、地味だな。


「オリガ殿、こちらの使い魔が洞窟の中を照らします。自分が先行しますので、オリガ殿には後方の注意をお願いしても宜しいですか?」

「わかった。任せて」


 そう言って、リインが先に洞窟の中へと足を踏み入れる。オリガも彼女の後に続く。先程までは真っ暗だった洞穴の中が、蜻蛉が振り撒く金色の光によって眩しいくらいに明るくなっていた。

 ジメジメと湿っぽく、どことなく生臭い空気が気味悪い。見る限り、意外と奥までは距離があるよう。脇道などは無く、最奥まで一本道とのことなので迷う心配は無さそうだ。

 うん……迷う心配は、無さそうなのだが。


「……ねえ、リイン。念の為に聞くけど、この森って魔物が居るのよね?」

「もちろん、生息していますよ。ですが、この雨と風ですからね。自分の寝床から動くことは無いでしょう」


 オリガの疑問に、リインがこちらを振り向いて頷く。確かに、人間だろうと魔族だろうと魔物だろうと関係無く、今日のような大荒れの天気の中をわざわざ無意味に散歩するような物好きは居ないだろう。

 でも、だとすると。


「あの、さ……ここが魔物の寝床になってる、って可能性は――」

「しっ。オリガ殿、静かに!」


 突如、リインが立ち止まり人差し指を己の唇の前に立てる。同時に、洞窟の奥から何やら衣を裂くような悲鳴が聞こえてきた。

 オリガも口を閉じて、耳を済ませる。鳥か何かだろうか? 否、どうやら違う。


 ――ひいいいぃ!! きもいいいぃ!


 ――来るな、来るなー! 無駄ににょろにょろしやがって!! ぎゃあああぁだめだあああぁ! 性的に受け付けないいいぃい……


 うん、叫び声は明らかに人の言葉を。探し人二人に間違い無いだろう。

 おかしいな、調理人も兵士もどっちも男だってサギリは言っていたのに。あと、雨のせいで身体中がヌメヌメしているせいかもしれないが。

 なんだろう、『きもい』と『にょろにょろ』が凄く気になる。


「なるほど、ここが魔物の巣になっていたとは……盲点でした」

「あのさ……リイン。提案があるんだけど、今すぐ帰らない? 女子が全身ヌメヌメしてる上に、更にきもいとにょろにょろが加わったらもう何か絵的にマズい気が――」

「気をつけてください、オリガ殿! 魔物に襲われているのは、恐らく我々が探している二人に間違いありません!!」


 キッ、と鋭い視線を洞窟の奥に注ぐリイン。右手を宙に突き出し、歪んだ空気から深紅の宝石を抱く杖を引き抜く。魔法軍の将軍という役職に相応しく、彼女の武器は杖らしい。

 いや、それよりも。


「その空中から何かを取り出す魔法、ジルもやってたけど凄く格好良いし便利そう。あたしも覚えた――」

「――オリガ殿ッ、あれを!!」


 オリガの現実逃避はあっさり流されてしまい。リインが杖で指し示す、洞窟の最奥。そこから凄まじい形相で必死に走る、二人の魔族。

 そしてついに、特に呼んでもないのに、『そいつ』は姿を現してしまった。見る限りは、植物と軟体動物の混合種のような姿。蛇のようににょろにょろと蠢くのは、太くて吸盤付きの物凄くグロテスクな形をした無数の蔦――


 ……否、違う。拳をぐっと握り締め、オリガが堂々と、声高に、宣言する!


「いや……ここは、敢えて『触手』と呼ぼうじゃない!!」


 そう、それは正に触手と呼ぶのに相応しい。目や耳、鼻や口などが存在するのかどうかがわからないくらいに触手で覆われている。

 加えて、自らぬめり気のある体液でも分泌しているのか、リインの使い魔の光を浴びて妖しくテカテカしている。気持ち悪すぎて何か色々と麻痺してきたのか何も感じなくなってきた。

 そういえば、人間界に伝わる話によると魔物という生き物は大昔の魔王が生み出したものが原型らしい。これを生み出したのがシキだったりしたら、是非とも膝を突き合わせて小一時間程語り合いたい。


「あっ、リイン様! 勇者さんも!!」

「ごめんなさいいぃ将軍さまああぁ!! ボクの剣じゃ、あのにょろにょろには歯が立たないですううぅ!」

「お前達への説教は後だ。ここは自分とオリガ殿が引き受ける、邪魔にならないように下がっていろ!」


 今までの礼儀正しい態度が一変。上に立つ将軍として、凛とした態度でリインが言った。半ベソ状態の探し人二人――ずぶ濡れで泥だらけだが、怪我などは無いようだ――を背後に押しやり庇うように立つ。

 おお、格好良い! 流石、将軍。階級持ちの悪魔!


「オリガ殿、自分は援護に回りますので! さあ、どうぞ! 思いっきり暴れてください!!」

「よーし! ……え、何で? もしかして、あたしが前衛なの?」


 オリガが剣を抜き、触手多めな魔物を見据えて構える。だが、ふと疑問が湧いてくる。

 おかしい。なぜ敵がせっかくの触手なのに、あたしが前なのか。


「え? はい、もちろん。オリガ殿は剣ですよね? あ、大丈夫ですよ。間違ってもオリガ殿を燃やしたりしないので、安心してください」

「いや、そうじゃなくてね。多分……多分、だけど。ここはリイン、あんたが前衛に立つべきだと思う!」

「じ、自分が? しかし、あの魔物は生命力が高いのです。外ならばまだしも、この洞窟の中で魔物が燃え尽きるまで炎で燃やし続けたりしたら、酸素が薄くなって我々は全滅して――」

「そんな正論、今はどうでも良いの!!」

「ええ!?」


 もっともなことを言うリインに、オリガが片手で彼女の肩を抱き揺さぶる。せっかくの触手が目の前に居るのに。

 一体何を言っているんだ、この真面目っ娘は!

 

「良い? リイン、よく聞いて。目の前に居るアレは何!?」

「えっと、肉食植物派生の魔物……です」

「それなら、あんたは何者!?」

「じ、自分は七十二の柱の一を担う悪魔であり、魔王陛下の盾であり矛である魔法軍将軍――」

「そう! あんたは強くて美人な女戦士! そして、あれは超絶卑猥な見た目の触手! この二つが揃ってしまったのならば、もうあの展開からは逃れられないの!!」


 つまり! オリガが意気揚々に叫ぶ。


「クールで凛々しい女戦士が! 触手生物に捕まって逃げられないことを悟り『くっ、殺せ!』みたいな捨て台詞を吐きつつ、卑猥なあれこれを受けて最終的に――」

「オリガ殿、足に触手が絡まりまくってますけど」

「…………あへ?」



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