第四話 医者「ただの良い話だと思ったのに」

 ※



「うーん、引き受けたは良いけど……思っていた以上に結構な重労働だったわねぇ」


 名前のわからない薬草がたくさん入った箱を担いで、メノウはもう何往復目になったかわからない医務室への通路を行く。それ程距離が離れているわけでもなく、荷物自体も大して重くはないが。

 繰り返すと、結構大変だ。魔界は人間界とは違い、性別というよりも種族によって体力や腕力に差がある為に女でも力仕事を任されることは珍しくないらしい。

 事実、サギリよりもリインの方が力があるらしい。ううむ、何とも情けなくて堪らなく可愛い。


「あ、メノウちゃん! ありがとうー、その箱の薬草はすぐに使うからこっちに持ってきてー」

「はぁい、わかったわぁ」


 シェーラの声を辿るようにして、メノウは箱を抱えたまま医務室の中へと入る。シェーラの医務室は病室と診察室が分けられており、診察室へは病室を通って引き戸を開けて中へと入らなければならない。

 今は引き戸が開けっ放しの状態で固定されているので、メノウはそのまま箱を両手で持ったまま中へと入ることが出来た。


「ごめんねー、メノウちゃん。箱はそこに置いておいてー?」

「ここね、よいしょ……っと」


 棚の近くに箱を置いて、メノウは酷使した腰を拳で軽く叩く。水色のカーテンで締め切られた窓からは、相変わらず風が乱暴に叩きつける音が聴こえてくる。


「お手伝いありがとー、メノウちゃん。わたしの方はもう少し頑張ったら出来るから、そうしたらお茶入れて休憩しよう? メノウちゃんは、寛いでてー」

「ふふ、わかったわぁ」


 ここは素直に甘えることにして。メノウはシェーラが座る椅子の隣にあった丸椅子――本来は、患者が座るべき椅子である――に腰掛ける。

 

「シェーラはさっきから何を作っているの? 薬?」

「うん、頭痛薬。こういう天気の日って、頭が痛くなる人が多いからねぇ。ストック分だけだと、足りないかもしれないから……よし、これで出来上がりー」


 そう言って、シェーラが出来たばかりの丸薬をいくつかの小さな小瓶に詰めた。鮮やかな黄緑色のそれは、薬というよりお菓子に見える。

 それにしても、とメノウは思う。


「魔界なら、どんな病気や魔法でも魔法ですぐに治しちゃうのかと思っていたのに。意外とそういう薬も使うのねぇ?」

「うん、そうだよー。何でも魔法で解決……というわけには、残念ながらいかないのよねぇ。回復の魔法は確かに便利だけど、その分リスクもあるから」

「リスク?」

「えっとねー……魔法で傷が消えているように見えるかもしれないけど、実は傷を消しているわけではなくて、細胞の再生速度を一時的に速めているだけなのよ」


 つまり、シェーラの話によるとこうだ。怪我や病気を魔法で治すというのは、怪我や病気を消し去るのではなく治るまでの時間を早送りにしているだけに過ぎないのだそう。時間や苦痛は短縮出来るが、身体への負担は自然治癒よりも大きい場合が多い。

 だから、怪我や病気の程度によっては寿命を縮めてしまうこともあるそうで。


「……あら、それじゃあ一昨日のオリガの怪我っていうか、致命傷というか、あれは……? 回復魔法っていうのは身体の自然治癒力を高めるだけ、なんでしょう? ああいう放っておいたら死んじゃうくらいの傷を回復するのって不可能なんじゃない?」

「昨日、陛下がオリガちゃんに施したのは回復じゃなくて、その上位の蘇生魔法なのよ。蘇生魔法は魔法の中でも特に難しい方で、魔力も凄くたくさん必要なの。陛下だから、パパッと簡単に見えちゃったのかもしれないけど」

 

 どうやら、回復魔法と蘇生魔法は種類が異なるよう。また、蘇生魔法は対象が死亡したとほぼ同時に行わなければ失敗してしまう。時間が経ってしまっていたり、寿命で亡くなったり、肉体が再生不可能なくらいに損壊している場合も成功させるのは難しい。

 それくらいに難解なことを涼しい顔でやってのけるのが魔王ジルなのだ。ううむ、何ともオリガが喜びそうなネタだ。あとで教えてあげよう。


「そういうわけで、お薬は必要なのよー。あ、そういえばオリガちゃんも……ああ言ってたけど、具合悪そうだったし……メノウちゃん、いくつかお薬持っていく?」


 ふと、シェーラが言った。確かに、先ほどのオリガは様子がおかしかった。目の前に愛するジルが居た為に、必死に隠してはいたようだが。

 多分、あの場に居た全員が気づいてしまっている。


「ううーん、そうねぇ。お薬が効くのなら、喜んで持っていくんだけど……あれは、何ていうか……心の問題なのよね」

「心の問題?」

「そう……トラウマってやつよ」


 メノウは椅子から立ち上がり、緩慢な足取りで窓際へと歩み寄る。指先でそっとカーテンを開けると、大きな雨粒が窓を叩いているのが見えた。

 別に、オリガからは誰かに話すなと釘を刺されているわけでもないし。いざという時は、医者であるシェーラに手助けして貰うこともあるかもしれない。

 ほんの少しでも、話しておいた方が良いだろう。


「オリガはね、子供の頃……まだ勇者になる前に、山の中で遭難したことがあったの。あの日は今日みたいに雨も風も強くて、雷も鳴りまくってた。そんな状況で一晩中、オリガは一人ぼっちで木にしがみついて耐えたの」

「そ、遭難!? オリガちゃんが?」

「ええ。ワタシ達の村は山の中にある小さな村でね。こことは全然違う、自然が一杯の場所だった。山には山菜やキノコ、木の実なんかがたくさんあってね。それと、質の良い薬草が豊富だった。魔界に生えているものとは、全然違うんだけどね?」


 目を瞑れば、すぐに蘇る故郷の景色。メノウとオリガが生まれ育ったのは、自然が一杯の……絵に描いたようなド田舎の村だった。

 草木が生い茂り、四季の花が思いっきり咲き誇って。気儘にそよぐ風はどことなく甘く、とにかく気持ちの良い場所。二人の自慢の故郷である。

 だが、そこにある思い出は決して良いものばかりではない。


「オリガはああ見えて、結構なおばあちゃんっ子でね。でも、ある日大好きなおばあちゃんが流行り病に罹ってしまって……村には医者なんて居なかったから、麓の町まで行く必要があったのだけれど、オリガのおばあちゃんはもう自力で動くことも出来なくてね」


 メノウ自身は、幼かったがゆえによく覚えていない。だが、子供好きな優しいおばあちゃんだったのは記憶に残っている。


「だから、オリガはおばあちゃんを助けようとして山に入って薬草を探しに行ったのよ。でも、結局おばあちゃんはそのまま亡くなってしまった。多分、こういう天気になる度に思い出しちゃうのよ、助けられなかった大好きなおばあちゃんのことを」

「そう、だったんだ……オリガちゃん、大変だったんだね」


 しゅん、と肩を落とすシェーラ。あれは、恐らくオリガの中では一番悲しい思い出である筈。だが、それだけではない。

 あのことがあったから、恐らくオリガは勇者として強くなれたのだ。


「ふふっ。久しぶりにオリガのおばあちゃんのことを思い出したわ……おばあちゃんも、オリガのことが相当可愛かったみたいでね? ワタシ達に毎日のように、口酸っぱく説教してくれたことがあったの、懐かしいわぁ」

「お説教?」

「将来結婚する旦那様は、例外を除いて死ぬまで付き合っていくわけだから理想は高く持ちなさい。飽きないくらいに優れた容姿、ちょっとのワガママなら笑って許すくらいの包容力、病気になって働けなくなってもとりあえず三年は生活出来るくらいの財力を持った男を捕まえるように。性格が良ければ、なお良し!」

「……オリガちゃんがオリガちゃんになっちゃった経緯を知ってしまったわー」


 

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