【三章】

勇者にだって弱点があるんだもん!

第一話 色んな意味での、事後の朝



 勇者オリガと、相棒のメノウが魔界に滞在してから三日目の朝。オリガは随分前に目を覚ましたにも関わらず、ベッドの中で毛布を頭まですっぽりと被ったまま。


 ただ、ひたすらに唸っていた。


「うぅー……うあー……あー、あー」


 頭を抱えて、ベッドの上でゴロゴロと転がりながら悶える。彼女はひたすらに、己の不甲斐なさを嘆いていた。繰り返し思い出されるのは、昨晩のこと。

 悪戯に擽る銀髪に、ふんわりと香る石鹸の香り――女子より良い匂いがする男ってどうなんだろう。まあ、でも相手はジルだから許せる。むしろご馳走様です、うへっへっへ――は、夜が明けた今でも鮮明に思い出される。

 

「うあー……あたしのばかぁ、なんて……なんて勿体無いことを……」


 上手いことすれば、今こうして潜り込んでいるのはジルのベッドだったかもしれないのに! 未来の旦那が、自分の隣ですやすや眠っていたかもしれないのに! 考えれば考える程、後悔は間欠泉並みの勢いで噴き出してくる。

 どうして、昨日の自分はあそこから逃げ出してきてしまったんだ! だって、まさかジルがあんなに積極的に来るなんて思ってなかったんだもん! 絶対にからかわれたのだ!

 ちくしょー!! こっちが男慣れしていないのからって、舐めやがって! 


「覚悟しなさいよ、ジル……今度はこっちが犯してやるー!!」


 毛布を跳ねのけ、野犬のように吼える。爽やかな朝の第一声としてはどうかと思う内容ではあったが、気にしない。この部屋に居るのは、隣のベッドで眠るメノウだけ。

 そういえば、この女。オリガが部屋に逃げ込んでベッドに飛び込んだ時には居なかった筈だが。一体どこに行っていたのだろうか。

 軽く揺すってみるも、当分起きそうにないので放っておくことにして。


「よーし……何にせよ、今日も頑張るぞ! そうだ、そもそも最初からベッドにインだなんて難易度が高過ぎたのよ。初期装備でドラゴンを討伐するようなもんじゃん」


 冷たい水で顔を洗い眠気を完全に流して、髪に付いた寝癖を直す。そして寝間着からいつもの鎧に着替えると、髪もいつも通りに一つに結い上げた。

 ううむ、そういえばジルの髪は柔らかくてサラサラしていたなぁ。自分の剛毛とは大違いだ。持ち主の気質に似た髪は多少癖があるものの痛み知らずで、太陽のように鮮やかな金色である。

 せっかく人目を惹く綺麗な髪なのだから、下ろした方が良いとメノウはよく言っている。オリガとしては剣を振るときに邪魔なので常に一つに纏めているのだが、


「……髪型、変えてみようかな」


 鏡に映った自分の姿を見て、ぽつりと零すオリガ。今までお化粧とか、服装とか全然気にしなかった。なんなら興味すらなかったのに。

 ジルを婿にすると決めてから、なんだか自分の色んなところが気になってきた。綺麗に、可愛くなりたいとかそういうことだけではなく。

 彼に見合うように、隣に並べるように。


「と、とにかく。化粧品も服も揃えるにはお金が必要なんだから! 今日も頑張ってお金を稼がなきゃ、ほらメノウ! いい加減に起きなよ!」


 今日は街まで行って、魔物討伐クエストでも探そう。いつまでも毛布にくるまったメノウを叩くと、オリガは窓際に向かう。カーテンはまだ締め切ったまま。

 気持ちの良い朝のお日様でも拝んで、今日も一日頑張るのだ!


「う、ううん……あと、五分」

「だめ! そう言って五分で起きられるヤツなんて人間界にも魔界にも存在しないんだから! ほら、今日も良い天気……だ、よ」


 分厚いカーテンを勢い良く開けて、ついでに窓も全開にしてやる。すると、全く想定していなかった温度の外気が部屋の中に流れ込んできた。ひんやりと凍てつくような空気は、人間界の季節で例えるならば秋……いや、冬と言って良い。

 流石魔界、昨日の夏は冬に殲滅されたようです。


「さ……さむ! 寒い! しかもまさかの太陽居ない! 本日は不在でした!!」

「ちょっと、オリガ! 寒いじゃない、窓閉めてよ」


 予想外の冷気に、メノウが飛び起きる。いつも腹だの胸だの出してる癖に。腑に落ちなく思いつつ、オリガは窓を閉める。

 すると、今度はドアの方からノックが聴こえてきた。オリガが鍵を開けて、ドアを開ける。


「おはよー、オリガちゃん。今日は寒いねー?」

「あら、シェーラ。おはよう」


 予想していた通り、そこに居たのはシェーラだった。花のように可愛らしい笑顔を浮かべる彼女はいつも通りの白衣姿。ただ、その下に着込んでいるのが暖かそうなハイネックのセーターという辺りはやはりこの気候も魔界では普通のことなのか。


「ふっふっふー。今日はねぇ、オリガちゃん達に紹介したい人が居るんだー」

「紹介したい人?」

「おお……こ、この方が勇者……! 凄い、本物……!」


 にこにこ、というよりはニマニマと笑うシェーラ。そんな彼女の後ろに隠れるようにして、オリガが知らない誰かが居る。誰だろうか、ここ数日はずっと城内に居たが、こんな女は見たことがない。

 ていうか、女の方がシェーラよりも背が高い為に全く隠れられていないけれども。


「ええっと、シェーラ。その人は?」

「うん、この人が――」

「も、申し遅れました! 勇者殿、無礼をお許しください! 自分はリイン・ビュレトと言って、えっと……その、あの……!」

「り、リインちゃん。落ち着いて」


 わたわたと、落ち着かない女の背中を擦りながらシェーラが宥める。短い黒髪に、健康的に日焼けした肌。背がすらりと高く、スレンダーな体躯は豹のようにしなやかだ。獣のような金色の瞳に、頭には羊の角、背中に生えた蝙蝠のような翼などなど何だか特徴が多い。

 堅苦しい口調も相俟って、中性的な印象を受ける。あれだな、美人だがどちらかと言うと女性にモテるタイプだろう。


「リインちゃんはねぇ? わたしと同い年なのに、魔法軍を束ねる将軍様なのよー。格好良いよねぇ!」

「い、いえそんな……恐縮です」

「魔法軍の将軍様ってことは……山籠もりの方?」

「ううん、山籠もりじゃない方」

「なる程、把握」


 山籠もりではない方。つまり彼女は、治水工事の為に遠征していた将軍の方だ。どうりで、見覚えの無い筈だ。

 

「おお……あなたが勇者殿なんですね。お、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」

「え、えっと……あたし、オリガ」

「オリガ殿! 凄い、本物の勇者殿だ……想像していたよりもずっと若くて可愛らしい……」


 じーっと、まるで新種の生き物でも見つけたかのように見つめてくるリイン。なんだろう、この人。あたしが言うのも何だが、


 どうしよう、ちょっと怖い。


「あらぁ、リインじゃない。おはよう」

「はっ、メノウ殿! おはようございます、またお会い出来て光栄です」

「いやん、アナタって朝でも堅苦しいのねぇ? そういうの、嫌いじゃないけれど。今日は寒いから、とりあえずお部屋の中でお話しない?」


 あまりの眼力に辟易していれば、背後からメノウがひょっこりと顔を出した。おや? リインはなぜ、メノウの名前を知っているんだ?

 状況が飲みこめないまま、シェーラとリインを部屋の中へと招き入れる。本来、将軍というものは魔王の盾であり矛でもある立場である筈なのだが、リインからは今のところ敵意は感じられない。

 警戒する必要はないだろう。


「昨日の夜、オリガと別れてからちょっとお散歩しようと近くの森を散策していたんだけれど。そうしたら、リインと男の人が追いかけっこしていてねぇ?」

「自分は魔王城への帰還の途中で、街で盗みを働いている男を目撃したんです。何とか黒の森で追いついたのですが、相手は夜行性の獣人で……メノウ殿が助太刀をしてくれたおかげで、無事に犯人の身柄を確保することが出来ました。先程、サギリ様にもメノウ殿のご活躍を報告させて頂きました。サギリ様は後程相応の報酬を用意すると仰っていましたよ? 本当にありがとうございます!」


 そう言って、リインがメノウに物凄く綺麗な礼をした。なる程、自分がジルに夜這いを仕掛けている間に、メノウは手柄を一つ立てていたというわけか。

 ちくしょう、何か悔しいな!

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