第四話 何で昔の絆創膏ってバッテンに貼ってたの?


 それから数時間後。時刻は夕暮れ時、皆が仕事を終えて空気が弛緩する頃。太陽が地平線の向こうに沈んでも、息苦しい程の熱気は衰えない。

 それでも、この石造りの『玉座の間』の空気は不思議とひんやりしている。


「……ねえ、何でここ?」

「よくここで妙な音が聴こえる、と見張りの兵士から報告が多くてな」


 仕事があるということでシェーラとは昼食後に別れた為、この場に居るのはオリガとメノウ、そしてサギリの三人だった。魔王と言えど、ジルはずっと玉座に腰を下ろしてうたた寝しているわけではないらしい。

 むしろ、ジルはここに居る方が少ないとのこと。普段仕事をするのは執務室で、昨日は定例の謁見がありそのまま部屋にも戻らずに眠ってしまっていただけらしい。

 魔王イコール玉座という安直な考えが通用した昨日は、運が良かった。今日だったら、このクソ暑い中を探し回らなければならなかったかもしれない。


「ねえボクちゃん、具体的にどういう音が聴こえるっていうの? ココ、結構音が響くからちょっとした足音でも大袈裟に聴こえてしまいそうだけど」

「ボクちゃん言うな! ……ああ、確かにそうだ。だが、普段はここにあまり多くの見張りを置くことはない。特に高価な物品などは無いからな、精々外と内に一人か二人ずつだ。それでも、複数人が歩いたり走ったりするような足音に、何かを叩きつけるような音。とにかく、色々な物音が聴こえるらしい」

「でも、音だけって……さっき言ってた、物が動いたり変な影が動いたり、そういうのが目撃されたところの方が良いんじゃないの?」

「ば、馬鹿者! そんな生々しい場所に行って本当に幽霊が出たらどうする……い、いや。お前達が剣や、その銃とやらで暴れても良いようにここにしたんだ。ここならば広いし、壊れやすいものも無いからな!!」


 今にも泣きそうな顔で、サギリが必死に捲し立てる。果たして、本気で幽霊騒ぎを解決する気があるのだろうか。


「……そんなに怖いのなら、あたし達に任せて部屋に帰っても良いのよ?」

「そそ、それではお前達に幽霊を倒したなどと誤魔化されてもわからないではないか!」

「信用されているのか、されていないのかわからないわねぇ。まあ、いいけど」

「それよりさ……あれ、何?」


 オリガがこの部屋に入ってきた時から気になっていたのだが。床や壁に貼られた、白い大きな十字のテープのようなもの。

 何だろう、ちょっと古いタイプの絆創膏にしか見えない。


「何って、建物専用の貼布剤だが? 昨日、陛下がお前を屠る為に張り切り過ぎた後の傷跡がなかなかに目立つからな。それを貼っておくと、損傷個所の直りも早くなるんだ」

「貼布剤って、布とかに薬を塗って傷口に貼るやつ?」

「それ以外に何があると言うんだ?」


 きょとん、とサギリ。あー、なるほど。魔界では生き物と同じように、建物も少しの傷なら自分で治すのだと聞いたような気がする。

 拝啓、国王陛下。人間界の常識が、一週間ももたずにぶっ壊れそうです。


「とりあえず、夜になるまでここで様子を見るぞ。他にも、妙な報告があった場所はいくつもあるが……下手に動き回るよりは、一か所に待機している方が良いだろう」

「賛成。ああんっ、幽霊でも不審者でも何でも良いから早く撃ちたいわぁ!」


 メノウがショットガンを抱き締めながら、恍惚の表情で言った。先程、ドワーフ達が試しに作ってみたという弾丸をいくつも貰っていたからか、早く試したくて仕方がないらしい。


「うーん、でも結構ヒマだなぁ」


 玉座の間に来て、早一時間ほど。特にやることもない為に、オリガはピカピカに磨かれた床に腰を下ろした。最初は咎められたものの、やがて疲れてきたのかメノウとサギリまでその場に座り込んでしまった。

 ちなみに、今は三人が居るということで室内に他の見張りは誰も居ない。行儀が悪いと叱られることはないのだ。


「ねー、チビ大臣。ジルってさあ、どんな女がタイプなわけ?」


 やることもないので、自然と世間話が進んでしまい。ついつい口から出た疑問に、サギリが唸りながら悩む。


「チビ大臣と言うな! さあな、そんなこと僕だって知りたいぞ」

「そういえば、男の人はよく自分の母親と似たタイプの女を好きになるって聞くけど。魔王さまのお母さんと同じような性格なら、意外とお気に召すんじゃない?」

「ほう、なるほど。陛下の母君は、それはそれはお美しく元気な方だぞ。確かに、陛下は大人しいからな。物静かな、というよりは少し気が強くて元気がある女性の方が合いそうではある」

「ほほう、つまり……あたしか!」

「お前のそのプラス思考、最早尊敬に値する」

「魔王さまのお母さんも美人なの? だとすると、知らない内に女性のハードルが上がってるんじゃない?」

「うぐっ」

「あ、そういえば前に陛下が『容姿は自分に見合うくらいで良い』と言っていたような」

「そうそう居るわけないじゃん、そんな女!」


 冷たい床の上でのた打ち回って、オリガが喚く。いや、落ち着け。クールになれ。あたしはまだ十七なのだ。あと十年もすれば、メノウも真っ青なワガママボディの美女になれるかもしれない。

 希望は捨てない、諦めたら試合はそこで終了だって誰かエライ先生が言ってた。


「それにしても、魔王は代々魔人が務めてるって話だけど……もしかして、今までの魔王もずっとジルみたいな美形がやってたってこと?」

「いや、そういうわけでも無い。あくまで、魔人は優れた容姿の方が多いという意味合いだ」

「ねえ、魔王さまが受け継いだ『シキ』っていう名前は、過去の魔王さまのお名前なんでしょう?」


 メノウが自分の膝を撫でながら――冷えてきたのだろうか、だったらもっと着込めば良いのに――サギリに問いかける。そういえば、その名前には聞き覚えがある。

 ジル・シキ・ティアレイン。ジルの名前の中に存在する、シキという名前。確かに、シキは過去に実在していた魔王であるとジルは言っていたが。


「そうだぞ? シキ様は今から五百年ほど前に実在していた魔王様だ。魔人の髪は、魔力の性質を現すものだと聞いただろう? 陛下のような銀髪は魔人の中でも大変珍しくてな。今のところ、資料では陛下の他にはシキ様しか銀の髪の持ち主は確認されていない」

「髪の色で何か違いがあるの? あたし達人間って魔力が無いからさ。イマイチ、ピンと来ないんだよね」

「そうだな……魔力を口で説明するのは難しいが、魔力の他にも性格が異なるんだ。赤い髪の持ち主は好戦的で苛烈、逆に青い髪の魔人は冷静沈着など。そういえば、二百年ほど前にピンク色の髪を持った女王が居てな、何でも淫魔さえ黙らせる程の性欲の持ち主だったとか。あまりにも酷かったから、当時は女王の髪を無理矢理別の色に染めてしまったらしい――」

「あら、それなら魔王さまの髪もピンクに染めちゃえば厭らしくてえっちなお兄さんになっちゃうのかしら?」

「何その話、詳しく。詳しく!」

「ええい、そこに食いつくな痴女ども! 現在、魔人の髪を染めることは重罪だ! 一本でもやったら、即火炙りだからな!!」


 ちっ、残念。


「とにかく、銀の髪は珍しいのだからもっとありがたいと思え! 珍しすぎて、結局陛下がどういうお人なのかよくわかっていないのだがな!!」

「何で開き直ってるのよ」

「でも、前例があるだけマシじゃない? そのシキっていう魔王さまがどういう人なのかを知れば良いのよ。例えば……どういう人がお嫁さんだったのか、とか」

「それだ!! メノウ、ナイス! さあ、チビ大臣! さっさと教えなさい、シキがどういう魔王で、どんな女を嫁にしたのかを!!」

「それが他人にモノを聞く態度か!?」


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