第五話 魔界の食文化はデンジャラス


「あーあ、一息ついたらお腹が空いてきちゃったわ。ねえシェーラ、このお城の人達って食事はどうしてるの? 食堂があるって話は、ちらっと聞いたけど」


 恥じらいも無く腹を擦りながら、メノウが空腹を訴える。確かに、お腹が減った。でもこの二人、さっき医務室でクッキーとお茶を思いっきり堪能してやがらなかったか、おい。


「うん。わたし達は皆、食堂でご飯を食べるんだよー。すっごく美味しいし、追加でデザートとかお酒とか頼んでもタダなんだー!」

「え、本当! 本当にタダ!?」

「普通のお客様だったら、別のお部屋でおもてなしをしたりするんだけど……多分、二人はそういう感じじゃないみたいだから」


 シェーラが困ったように笑いながら。どうやら、魔界でも各所のお偉いさんや貴族を招く際には王が自ら客人を迎えて一緒に食事会やらパーティーを催すらしい。

 ちくしょう、何それ羨ましい。


「たまにサギリ様や、さっきも話に出た将軍さま達も食堂でお食事していたりするのよー?」

「へえ……流石に、魔王は食堂には来ない……よね?」

「それは流石に……だって、陛下が食堂に居らっしゃったら女の子達が大騒ぎするだろうし。少し早いけど、一緒に食堂まで行かない? ちょっと遠回りして、お城の中を案内してあげるわよー」


 そう誘うや否や、シェーラが立ち上がり背中の羽をパタパタと動かした。ペリ族の羽は飾りではなく本物だから、ちゃんと飛ぶことも出来るらしい。

 しかし、彼女曰く。「歩いた方がカロリーの消費が捗る」とのこと。


「うん、そうだね! 魔王を手籠めにする……じゃなくて、魔王を知るにはまずはこのお城と魔界のことを知らなきゃ!」

「うんうん、その意気だよオリガちゃん!」

「ワタシも、いざという時に隠れたり狙撃出来る場所が知りたいし。シェーラに任せるわ」

「よーし、じゃあ行こ!」


 ウキウキとご機嫌に部屋を出るシェーラの後に、メノウとオリガが続く。夕方になって仕事を終えた者が多いのだろう、城内には弛緩した空気がのんびりと流れている。

 それにしても、廊下で擦れ違う魔族達は本当に様々な容姿をしている。


「魔王は魔人で、シェーラがペリ……だっけ。それなら、あの大臣は? 耳が尖ってたから、エルフ? でも、エルフって金髪色白のイメージなんだけど」

「そうなの、サギリ様はダークエルフよ? エルフにはライトエルフとダークエルフの二つに分けられるんだけど、オリガちゃんが思い描いているのは多分ライトエルフの方じゃないかな?」


 オリガの問い掛けに、シェーラが首を小さく捻りながら答える。彼女の話では、サギリのような褐色の肌に濃い色の髪を持つエルフはダークエルフ、人間界でも有名な方はライトエルフと呼び分けられているらしい。

 どちらも住んでいる場所と食文化くらいしか違いが無いらしいが。ダークエルフの方が若干攻撃的な性格の者が多いとのこと。なる程、納得。


「あっちに行くとー、兵士さん達の訓練場があるの。こっちには大図書館。魔界に存在する中で、自費出版されたもの以外の全ての種類の本があるんだってー。一週間で五冊まで借りられるんだー」

「図書館ねえ……脳筋オリガには縁の無い場所かしらー?」

「メノウも官能小説以外読まないじゃん!」

「わたしは職業柄、よくお世話になってるんだけど……実は、たまに陛下が本に埋もれて居眠りしてる時があるわよー?」

「よし、張り切って通い詰めるわ」

「個人的には、埋もれたまま寝ちゃう状況の方を詳しく知りたいんだけど」


 シェーラがさりげなく教えてくれる魔王の出没情報を逐一脳みそに刻み付けながら、魔王城の中を三人で練り歩く。

 まさか、命を落とす戦場になるかもしれなかった場所をこんな風に歩き回ることになるだなんて。


「はい、着いたわ。ここが食堂よー」

「うわ、何これ超広い!」

「ていうか、このお城ってこんなに沢山の人が居たのねぇ」


 シェーラに案内された食堂は、オリガが今まで生きてきたどんな部屋よりもずっとずっと広かった。丁度夕食時であり、およそ数百人の魔族が思い思いに夕餉を楽しんでいるものの。席はまだまだ空いており、改めて魔王城の巨大さを見せつけられてしまう。

 じろじろと、魔族達に好奇の目を向けられる。檻の中の動物になった気分だが、今のところどこにも敵意や殺意を見つけられないので良しとしよう。


「あ、あそこの窓際のお席が空いてるわねー! オリガちゃん、メノウちゃん。こっちこっち!」

「えっと……注文ってどうすれば良いの?」

「通りかかったウェイトレスさんに声をかければ良いのよ。まずはー、このメニューの中から食べたいものを選んで?」


 四人掛けのテーブルを隣にメノウ、向かいにシェーラといった形でオリガ達が陣取る。テーブルの端には紙ナプキンや各種調味料、爪楊枝などなどがしっかり備え付けてある。

 シェーラがメニューを手に取り、オリガとメノウに見えるように置く。うん、ちょっと待ってくれ。思わずメノウが、笑みを引きつらせてシェーラを見た。


「ねえ、シェーラ。どうしよう、何が書いてあるのかわからない」

「え!? あ、もしかして……魔界と人間界だと文字が違うのかな?」

「いや、字は読めるんだけど……食材が、知らないものばっかりっていうか」


 迂闊だった。メニューの文字は読めはするものの、その意味を噛み砕くことが出来ない。アダンクのから揚げとか、バジリスクのシチューとか。適当に頼んだら、色々と大変なことになってしまいそうだ。


「あー……それは流石に、想定外だったかも。ううーん、料理によっては、毒とかトゲとか入ってるのもあるし。あ、じゃあねー。今日はわたしと一緒のものを頼んでみよう? ぺリはお野菜や果物に乳製品、あとはお魚とかを食べるんだけど」

「そ、それが良さそうねぇ。オリガはとにかく、ワタシはそこまで頑丈には出来てないもの」

「年中へそ出しの女が何をほざきやがるのか」

「あははっ、そうしよう。えっとねー……今夜はお昼も少なめだったから、じゃあ……カルキノスのグラタンと、干しベリーの蒸しパン。あとは、日替わりの温野菜サラダにしようっと」


 そう言うと、お盆を片手に通りかかったうさ耳のウェイトレスを呼び止めて。シェーラが同じメニューを三人分注文し、それをウェイトレスがメモする辺りは人間界と変わらないよう。


「いやー、それにしても……このお城の女の子って皆レベル高いわー。見てるだけでも、目の保養になるわぁ」


 メノウがまるでエロ親父の如く、行きかうウェイトレスや他の使用人を舐め回すように眺めながらしみじみと言った。

 確かに、目の前のシェーラもさっきのうさ耳ウェイトレスも、皆可愛いしスタイル抜群の女の子が多いような。

 なる程ハーレムですね、ご馳走様です。


「それはそうよー。だってー、若い女の子はほとんど王族だったり、貴族だったりお金持ちのお嬢さんだったりするものー」

「へえー……ええ!? 何それ、聞いてない!」

「さっき、陛下を狙っている女の子が多いって話をしたじゃない? そういう女の子が、出来るだけお城の中でお仕事をして少しでも陛下に覚えて貰おうと頑張っているのよー」


 

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